基調報告:第67回労働政策フォーラム
仕事と介護の両立支援を考える
(2013年5月31日)

基調報告 社員の仕事と介護の両立を企業としてどのように支援すべきか─仕事と子育ての両立支援との違い

佐藤 博樹  東京大学大学院情報学環教授

写真:佐藤博樹氏

最初に、企業が社員の仕事と介護の両立を支援することが重要になってきていることをお話します。

そして、副題とさせていただきましたが、まだ子育ての両立と同じように考えて支援すればいいと誤解している企業も少なくありません。もちろん共通する部分はありますが、仕事と介護の両立を支援するときは、子育ての場合と違った留意点があります。そのことを2番目にお話します。

最後は、具体的な支援の仕方について、後ほど先進的な取り組みの企業から事例報告もありますが、その基本的な考え方についてお話します。

親の介護に直面する社員が増加

企業が仕事と介護の両立を支援する必要が高まっている背景には、介護に直面する社員が増えていくことがあります。

2025年には、団塊の世代が75歳を超えます。この75歳がどういうことかというと、もちろん70歳代の前半から介護を必要とする人が出てくるわけですが、75歳から79歳ぐらいになりますと、10人に1人程度が要支援・要介護の状態になります。そうすると、団塊の世代のお子さんたちにあたる団塊のジュニア層が親御さんの介護に直面します。

団塊のジュニア層は、みなさんの会社においても人数が多いわけです。これまでも社員が親御さんの介護に直面することはありましたが、これからは、団塊のジュニア層にみられるように介護の課題に直面する社員の人数が増えてくることが確実なのです。

もうひとつ大事なのは、団塊のジュニア層は、親の世代に比べて親の介護の負荷が大きいことです。団塊のジュニア層は兄弟数が少なく、また、未婚の人も相対的に増えています。このため、親の介護の課題に直面したときの負荷が高くなります。

極端な言い方をすれば、企業からすると、会社を退職してしまえば、社員の仕事と介護の両立を支援する必要はなくなるわけです。しかし、これからは社員に65歳までは元気に意欲的に仕事に取り組んでいくことが求められます。

団塊のジュニア層が親の介護に直面しはじめるのは50歳前後からです。そこから65歳までの15年間近く、仕事と介護を両立しながら、会社の中で組織に貢献し、意欲的に働いてもらうことが重要になります。

基幹的業務を担う社員の離職

仕事と介護の両立がうまくいかないと、本人が仕事に意欲的に取り組めないだけではなく、最悪の場合は離職につながります。

介護の課題に直面する社員層は、多分みなさんの会社の中で管理職や基幹的な業務を担っている人たちです。

もちろん子育て層が大事な仕事をしていないという意味ではありませんが、相対的に見れば、やはり会社の中で管理職として働き、あるいは基幹的な仕事を担う層が仕事と介護の課題に直面することになるわけです。その人たちがうまく両立できず、意欲的に働けなくなり、あるいは離職してしまうことは、会社にとってのマイナスがより大きくなります。

離職は本人にもマイナス

もうひとつ、離職は本人にとってもマイナスの影響が大きくなります。たとえば50歳で離職すると、生涯所得が大きくマイナスになります。あるいは介護の課題が解消した後、再就職しようとしたとき、たとえば55歳になってからの再就職は非常に難しいものとなり、キャリアの継続にとってもマイナスです。

仕事と介護の両立が難しくて離職した方に伺うと、仕事を続けていたときよりも、辞めてしまった後のほうが大変だと話されます。毎日が介護だけになり、収入も途絶えます。復帰しようと思っても、戻れなくなります。そういう意味では、介護の課題に直面してもきちんと仕事と両立でき、意欲的に働ける仕組みをつくっていくことが企業として重要になります。

介護の課題を抱えている社員は多い

こういう話をすると、そうは言っても、現状では、社員の中で介護休業を取得する人が少なく、あるいは面談のとき、親の介護の話はあまり出てこないと指摘されます。

私は、いろいろなデータを見ていますが、実は介護の課題を抱えている社員は多いのです。にもかかわらず、なかなか会社に介護の課題を伝えて、会社のいろいろな支援を使うことには至っていません。

介護の課題が会社側に伝わらない背景には、まだまだワーク・ライフ・バランス、あるいは個人的な課題を会社に伝えないほうがいいと考える人が中高年に多いこともあります。これまで人事から、部下の仕事と子育ての両立を支援してくださいと言われ、仕方がないと思っていた管理職、つまり、ワーク・ライフ・バランスを自分のこととして考えてこなかった層が、実はワーク・ライフ・バランスの課題に今、直面しているともいえます。

実際、社内研修の際に75歳以上の親御さんがいる社員に手をあげてもらうと、そのなかには一定割合で介護の課題を抱えている人がいます。調査でも、75歳から79歳の親御さんがいる人が100人いれば、その10分の1にあたる10人の社員は親の介護に課題を抱えていることになります(図表1)。

図表1 年齢別の要支援・要介護度

  要支援以上 要介護以上
65~69 2.0% 1.6%
70~74 4.6% 3.5%
75~79 10.4% 7.7%
80~84 22.0% 16.3%
85~89 40.5% 31.9%
90歳以上 62.0% 55.0%

(厚生労働省「介護保険事業状況報告」2009年度より作成)

しかし、こうした情報はなかなか会社に上がってきません。自分だけでうまく両立できればいいのですが、実は悩んでいる人も少なくないのです。こういう状態を解消することが大事です。

子育て支援との違いを考える

そういう中で、どういう点に留意して仕事と介護の両立を支援すればよいのか。先ほど子育てとの違いを考えなければならないとお話しました。まず、当たり前のことですが、対象層が異なります。

子育ての場合は、20歳後半から、30歳前半層ぐらいが主要なターゲットになります。男性も対象層ですが、残念ながらまだ子育ては女性という考え方が強く、20歳代後半から30歳代の既婚の女性が中心となりがちです。

そういう意味では、社員全体からみると、仕事と子育ての両立は一部の層の課題と受け止められがちです。しかし、介護の場合は、40歳代後半から65歳までの間、ほぼ全員の社員が直面する課題といえます。

もう1つは、支援の仕方です。たとえば、仕事と子育ての両立の場合、女性であれば妊娠がわかってから、「会社にはこういう育児休業の制度があり、復帰後は、短時間勤務もあります」と情報提供しても間に合います。男性の場合は、職場の上司などに子どもが生まれたと言ってもらえないとわかりませんが、健康保険など、いろいろな手続きで子どもが生まれたことがわかります。

ところが、介護の課題は、本人が会社に言ってくれないとわかりません。介護の課題に直面してから、たとえば、こういう制度が使えますとか、あるいは地域のここに相談に行きなさいと伝えることはできますが、それでは遅いのです。そういう意味では、介護の課題に直面する前に、事前の情報提供を行うことが重要になります。

介護に対する事前の心構えを

では、どんな情報を事前に提供すればいいのでしょうか。

子育てと違い、介護の課題は多様です。子育ての場合は、お子さんが生まれて、このくらいの年齢になればハイハイを始めて、離乳食を口にするなど、どういう形でお子さんが育っていくかわかります。成長段階に応じて、必要な情報を提供できます。

けれども、介護の課題は、たとえば、親御さんと同居しているのか。あるいは、別のところに住んでいて、遠距離介護が必要なのか。同居していても、在宅介護で対応するのか、あるいは施設を検討するのか。認知症があるのかなどにより、対応が大きく異なります。これらについてすべてを網羅した情報を事前に提供することは無理があります。また、それでは本人にとって必要ない情報も多くなります。

そういう意味では、やはり事前に提供すべき情報は、事前の心構えになります。たとえば介護の課題に直面したら、自分1人で解決しようとしないで、会社に相談すること。地域では地域包括支援センターなどに相談することなどの情報を伝えることです。

もう1つ大事なことは、自分で介護するのではなく、仕事と介護の両立をマネジメントすることを伝えることです。それに加えて仕事を辞めてはいけないことを伝えることです。仕事と介護の両立も大変ですが、退職した介護のみの生活はさらに大変になります。仕事との両立を前提に介護の課題を解決することが重要です。そういう心構えに関する情報提供をすることが大事なのです。

介護はマネジメントが重要

仕事と子育ての両立では、男性も女性も、子育てできるように支援するわけです。しかし、介護の場合はできるだけ本人が直接介護しないで済むように支援することが大事です。介護を必要とする親御さんが必要なサービスを受けられるようにマネジメントすることが重要なのです。

つまり、介護保険制度の仕組みや社内のさまざまな制度を使って、親御さんが必要な介護サービスを受けることができ、社員は仕事を続けることができるようにすることが重要です。

とくに女性は、自分を育てた親御さんを自分で介護することが大事だと思う方もたくさんいます。しかし、自分で介護したら、仕事を続けることが困難になります。

それだけでなく実は、介護サービスは専門家が提供するほうが質が高いのです。たとえば、入浴の介助なども、素人がやると危険です。専門のヘルパーさんなどに任せたほうが、親御さんは質の高いサービスを受けることができます。

そのかわり、自分としては、親御さんがより質の高いサービスを受けられるように、ケアマネジャーを探したり、専門家と相談するなど、そういうマネジメントが大切になってきます。こうしたことを含めた事前の情報提供が重要になります。

社員に情報提供するタイミングは

では、どの段階で情報提供すればいいのでしょうか。これは企業で講演すると必ず聞かれることです。

私は、社員が40歳と50歳の時点、それに親御さんが65歳になった時がポイントだと思います。

社内で課長研修をやるとき、40歳以上の人に手をあげてもらいます。課長研修ですから、40歳以上が多くなります。続けて、介護保険制度の被保険者になっているかも尋ねます。しかし、半分ぐらいの人は手をおろしてしまいます。

40歳になると介護保険に入り、保険料が給与から天引きされます。ところが、最近は給与明細が電子化され、自分が介護保険に入っていることを知らない社員も少なくありません。40歳で介護保険に入り保険料を支払うわけですから、そのタイミングに最初の情報提供をすることが大事です。

40歳時の社員に伝えておくこと

では、企業は40歳時に社員に何を伝えたらいいのでしょうか。40歳時では、介護保険の概要や社内の休業などの仕組みを説明すると同時に、親御さんも介護保険の被保険者であることを伝えるべきです。

介護保険によるサービスは65歳を過ぎて、原則、要介護・要支援の状態と認定されて初めて使えるものです。企業は65歳まで雇用機会をすることになるので、基本的に今いる社員が介護保険制度サービスを利用できるのは定年後になります。

大切なのは親御さんが65歳を過ぎて認定を受ければ、介護保険によるサービスを使えることを説明することです。親御さんが元気で、まだ実感がわかないかもしれませんが、40歳時にはこうした情報提供することが大事です。

50歳時にもう一度説明する

もう1つは50歳時です。50歳ぐらいになると、キャリアプランやライフプランなどのセミナーが始まります。これから65歳まで意欲的に働いてもらうために、キャリアをどうするかを含めて、キャリアプランやライフプランのセミナーを開催する企業が増えています。こうしたセミナー時に情報提供するのは効果的です。

図表2 介護をしている人は50歳代が多い

図表2 グラフ:クリックで拡大表示

(資料)総務省「平成18年度社会生活基本調査(介護統計表)」より作成

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50歳というのは、多くの社員の親御さんが75歳以上になる年齢です。調査でみても、介護をしている人がもっとも多い年代でもあります(図表2)。この50歳時には、もう一度、説明が必要だと思います。50歳から65歳までは、親御さんの介護に直面する時期でもあります。仕事と介護を両立しながら、仕事もきちんとこなしてもらうことが重要です。その意味では、40歳時と同じことをもう一度、きちんと伝えることが大事です。50歳の段階に入ると、真剣に話を聞くようになります。

親が65歳になったら話し合いを

3つ目は、親御さんが65歳になった時点です。親御さんが65歳になったとき、社員が親御さんと話し合いをすることが大事です。

親御さんが65歳の誕生日を迎えると、親御さんのもとに、介護保険証が届きます。みなさんも親御さんが65歳以上なら、同居していても、遠距離でも、介護保険証はどこにあるのか一度、尋ねてみてください。多くの場合、大事にしまってあります。介護保険証は健康保険証と同じものと思っている高齢者が少なくありません。介護保険は認定を受けないと使えないのですが、その点など理解されていないことも多いです。

親御さんと介護のことを話すのは難しいことです。でも、65歳になり介護保険証が届いた時は、親御さんと話をするチャンスです。介護保険の仕組みはこうなっていますよ。まだ元気だろうけど、介護の問題はどうして欲しいのか。こうしたことについて、親御さんと話し合うチャンスです。ですから、親御さんが65歳になったとき、介護のことを話し合うように社員にリマインドすることは重要です。このような事前の情報提供が企業には求められます。

介護休業は両立のための準備期間

育児休業は自分で育児する制度ですが、介護休業は自分で介護に専念するための制度ではありません。もちろん緊急対応もありますが、仕事と介護の両立のための準備期間、アレンジ期間なのです。介護休業を取得して介護をしてはいけないのです。

でも、このことを会社の人事の方も誤解しています。一般に、介護に要する期間は4年から5年ともいわれます。にもかかわらず、介護休業の期間は法定で93日です。なぜでしょうか。自分で介護するなら、これでは絶対足りません。これは緊急対応のための制度なのです。親御さんが倒れて、有給休暇が足りなくなり、介護休業を取って、その間に介護認定を受けるなどアレンジして自分が早く仕事に復帰する。そのための準備期間なのです。この期間に介護に専念してしまうと仕事に戻れなくなります。

図表3 希望通りの年休取得別 仕事の継続可能性

図表3 グラフ:クリックで拡大表示

図表3 拡大表示

そういう意味では、企業による仕事と介護の両立支援の制度は、そのあたりを誤解しないで設計してほしいと思います。たとえば、長い休業よりも、分割して休業を取れるようにすることが大事です。介護の場合には、施設に入居しても、今度は施設を変わるとか、病院から在宅に移るとか、そういうことで3、4日休む必要が生じます。調査でみても、年休を取りやすい職場にいる人は、親の介護の問題があっても仕事を続ける可能性が高いと回答する割合が多くなっています(図表3)。こうした点を踏まえて、企業は両立支援の制度を設計することが求められます。

ワーク・ライフ・バランスの実現を

では、仕事と介護が両立できるのはどのような職場なのでしょうか。

図表4 職場における相談できる雰囲気の有無別 仕事の継続可能性

図表4 グラフ:クリックで拡大表示

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調査では、実際に介護に直面することになった場合、職場の上司や同僚に相談できる雰囲気の職場では、仕事が続けられると回答する割合が高くなっています(図表4)。そういう意味では、お互いどういう課題を抱えているかを、日頃から話せる職場であることが重要になります。ほかには、過度な残業がないとか、年休が取得しやすいことも関係します。これは、広い意味でのワーク・ライフ・バランスが実現しやすい職場です。仕事と介護の両立を可能とするには、ワーク・ライフ・バランスが実現できる職場づくりをしておくということが重要になります。これは育児の場合でも同じです。

子育てとの違い、あるいは共通点もありますが、仕事と介護の両立に関する基本的な情報を、介護の課題に直面する前に提供し、社員のみなさんがその情報を使ってうまく仕事と介護を両立できるようにマネジメントできるような支援をすることが大事です。