研究報告1:被災者雇用が復興と自立に果たす役割~被災地調査からの示唆~
震災から2年、復興を支える被災者の雇用を考える
第66回労働政策フォーラム(2013年3月13日)

研究報告(1)
被災者雇用が復興と自立に果たす役割~被災地調査からの示唆~

小野 晶子  労働政策研究・研修機構副主任研究員

写真:小野晶子研究員

JILPTでは、2012年度から「東日本大震災からの復旧・復興と雇用・労働に関するJILPT調査研究プロジェクト」を実施しています。このプロジェクトは、震災に伴う雇用・労働面への影響とそれに対する政策対応について、分析よりも記録に主眼を置いて、実態を把握しようというものです。今日は、その中から、基金を使った被災者雇用についてご報告します。

先ほど本多課長からもお話がありましたが、緊急雇用創出事業は被災地での雇用において大きな役割を果たしています。同事業はもともと、リーマン・ショック後の失業対策事業として2008年に創設されました。当初は生活防衛と失業対策を目的としており、本格的な雇用に至るまでのつなぎ雇用の創出と人材育成の性格を備えていました。この事業が東日本大震災発生後、震災対応事業として拡張されました。

緊急雇用創出事業には、個人の雇用を一時的に守るという目的があります。しかし、私には、失業対策事業に留まらない被災者雇用のあり方は何かという問題意識がありました。その中で研究の基点として影響を受けた考えが2つあります。

キャッシュ・フォー・ワークと希望学の考え方

1つは、この後報告される永松先生のキャッシュ・フォー・ワークという考え方ですが、その重要性は、被災者自らが主体的に地域復興の仕事に携わることで、地域のことを深く考え、そこで絆が生まれ、互いにつながれることにあります。そのことで、被災者の生活だけではなく、精神の安定にもつながり、ひいては地域の復興にもつながっていきます。

もう1つは、玄田先生のご専門である希望学というものです。この学問では、希望を―Hope is a Wish for Something to Come True by Action(希望とは、具体的に何かを行動によって実現しようとする願望である)―と定義しています。社会における希望とは何か、希望が生まれる社会的条件は何か、地域における希望をどのように作り出すのかといったことについて、玄田先生は釜石市での調査をもとに明らかにしようとしています。

この2つの考えの影響を受けつつ、私が考える基金の行うべき被災者雇用のあるべき姿をポイントとして3点あげました。1つめは、地域と被災者の希望につながる雇用であること。2つめが、地域の自立をめざすための雇用であること。3つめが、地域復興を早めるための雇用であること――です。この3点が、被災者雇用における失業対策事業プラスアルファの部分として必要となり、同時に鍵になるのではないかと考えています。

実態把握調査で明らかになったこと

「緊急雇用」における被災者雇用の実態を把握するため、被災地で調査を実施しました。まず、フェーズ1として、主に沿岸部にある44市町村の緊急雇用担当部門に電話やメールで現在の状況を尋ねました。

そこで明らかになったことの1つめは、緊急雇用事業の基金は、ありとあらゆる地域の事業で使われていることです。これは、基金の事業使途が柔軟であることを意味します。

2つめは、各市町村に共通して雇用数が多い事業は、行政事務の補助と仮設住宅の支援だということです。

3つめは、基金による委託を受けた事業主の多様性です。民間企業もありますが、NPOや一般社団法人など様々な事業主が自治体からの委託を受けています。

4つめは、基金の執行ルートにはパターンがあるということです。

基金執行のパターン

図1 基金執行のパターン

図1画像

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基金の執行ルートをパターンごとに分けると、図1のとおりになります。緊急雇用創出事業では、まず県に基金が設置されるのですが、そこからお金が流れるルートが何通りかあります。(1)と(2)は通常のルートで県から市町村に流れ、市町村が被災者を直接雇用する、あるいは民間企業、NPO、社会福祉協議会、漁協などに事業を委託して、委託先が被災者を雇用する場合です。

一方、(3)は、県が被災地の市町村に代わって基金を執行するパターンです。これは主に福島県の「絆づくり応援事業」などでみられるものです。なぜこのような方法が必要かというと、福島では原発事故の影響で、避難者が各地に散らばっており、そのような状況で市町村民を包括的に支援するためには、県がイニシアチブを取る必要があるからです。福島では県内を6つの地域ブロックに分けて、各ブロックに担当する人材派遣会社を割り当てて、様々な支援事業を展開しています。

(4)は、非常に珍しいパターンで、北上市の例がこれにあたります。北上市は岩手県の内陸部にあり、沿岸部の大船渡市と大槌町を支援しています。被害が深刻で自らは動けない近隣の市町村に代わって、被災していない市町村が基金を執行する例です。

被災者が仕事に就くことで得られる効果

調査のフェーズ2として、2012年の8月から11月にかけて、11市町村の緊急雇用事業受託事業主へのヒアリング調査を実施しました。今日は、調査で集めた事例を「地域」と「事業内容」という2つの切り口でみていきます。

これらの事例をみるに当たって、シンプルな視点を持っていただきたいと思います。それは、「被災者が仕事に就く事で得られる効果は何か」というものです。事業が被災者の生き抜く糧となっているか、事業が地域と被災者の希望につながるか、事業が地域と被災者の自立につながるか、そして復興促進につながるか。こうした視点で事例をみていきます。

南三陸町の漁協の事例

まず、「地域」では、南三陸町の事例をご紹介します。南三陸町では、震災後の津波で、死者566人、行方不明者237人、建築物の罹災率約62%と甚大な被害が出ました。

震災後に実施した緊急雇用創出事業による雇用者数は、2011年度が474人、2012年度が792人となっています。雇用者数の多い事業は、「避難所や仮設住宅支援等」で約150人、「漁業復興事業、湾内航路の確保、養殖施設の区画割り整備等」で約60人、「行政事務補助」で約40人です。

図2 南三陸町 事業主(漁協)

図2画像「2011年度・区画漁場整備事業・水産業復旧支援事業・養殖業復興支援事業、2012年度・養殖生産等復旧支援事業・魚市場機能再生事業」

図2は、現在、漁協が使っている建物で、志津川湾を臨む高台に建っています。建物はNGOのピースウィンズ・ジャパンが寄贈しました。震災前、漁協の建物は湾のすぐ側に建っており、津波で流されました。その時、漁協の職員は避難していたのですが、支部長だけが建屋に戻り、津波にのまれて亡くなりました。

震災前、志津川湾の漁協支部では、1,075隻の船が所属していましたが、震災で約95%の船が流されてしまい、5隻のみが残ったそうです。

漁協では、緊急雇用事業で2011年度は52人、2012年度は57人を雇用しました。

湾には、湾内の航路の確保や養殖施設の区画割用のブイが設置されていたのですが、津波ですべて流されてしまい、漁師達は生活の糧をすべて奪われてしまいました。

そこで、漁協では、「区画漁協整備事業」を立ち上げました。これは湾内の漁場や養殖場の区画を整理するものです。震災前の区画では、大きな船が通るための航路が確保されていなかったものの、利害関係の対立もあり、改善が困難でした。ところが、皮肉なことに津波ですべて流されてしまったため、改めて湾内の漁場のあり方を考え直そうという機運が生まれました。「今やれること、今だから出来ることをやる」と逆境を前向きに捉えて事業を展開しています。

南三陸町では、水産業が主要産業なので、魚市場の復旧は最優先課題でした。魚市場の復旧に町を挙げて取り組んだ結果、被災地の魚市場で最も早く立ち直ることができました。

魚市場の上に併設されているNPO法人は、もともと沖縄の環境調査を行っていたのですが、町内にある自然環境活用センターと交流があった関係で、震災後、南三陸町に拠点を設けたとのことです。

このNPOは、魚市場で水揚げされる水産物の放射能の測定、町内の空間線量の測定とデータ記録などを行う「地域漁場再生調査事業」を実施。2011年度、2012年度にそれぞれ地元の被災者3人を雇用しています。

ただ、彼らは素人なので、事業運営のキーになる専門家が必要です。震災前から自然環境活用センターでインターンとして働いていた藤田さんという23歳の若者が、震災後このNPOで職員になって、専門家として働いています。ただ、彼は被災者でも失業者でもないため、彼の給料は緊急雇用事業の人件費からは拠出できず、NPOが持ち出しをしている状況です。

観光協会の地域人材育成の取り組み

一般社団法人南三陸町観光協会では、地域の若者をなるべく雇用して、地域人材として育てることで、町から流出しないよう取り組みを行っています。

同協会は、震災後の4月末から毎月、地元の魚屋が中心となり、「復興市」というイベントを開催しており、毎回1万人から1万5,000人もの人が訪れています。企業からの支援やボランティアの参加も多数で、NECや三菱商事といった企業から毎月、ボランティア研修というかたちで90人近くの社員を受け入れているそうです。この話を聞いて思ったのは、同協会は外部の力を動員するのが上手だなということです。

ボランティアは、受け入れる側にもそれをさばく能力が重要です。その点について同協会に尋ねたところ、「相手側の要望に合わせてコーディネートするのも能力の1つです」との答えが返ってきました。何らかの事業を運営する場合、マンパワーは絶対に必要なので、それを受け入れて上手に回す能力を若者にも身につけて欲しいと考えているそうです。

基金による雇用が地域の希望の着火剤に

これらの事例をもとに被災者雇用の意味を考えてみたいと思います。基金による雇用は、地域の希望の「着火剤」です。核となる地域の産業や人材の育成に基金を投入することで、希望の火は大きく広がっていくのです。さらに地域の核をみつける力、情報発信力、外部の人材の受け入れ能力を身につけたとき、NPOや支援者、Iターン、Uターン者、観光客など外部からの支援を得られることで、地域は強くなっていくのではないでしょうか。

南三陸町の方々と話すうち、基金についていくつかの課題も浮かび上がりました。1つは今後、基金による公的な雇用から、地元産業の雇用へとどう結びつけていくかという点です。もう1つは基金による支援をいつまで行うかという点です。支援は長すぎると自立を妨げることから、いずれは引き上げる必要がありますが、そのタイミングの見極めが非常に難しいとのことでした。

仮設住宅支援の事例

次に「事業」の事例を見ていきます。今回の調査では、8つの自治体の仮設住宅支援事業主さんにヒアリングしました。

阪神・淡路大震災の時、仮設住宅で高齢者の孤独死が相次いだことから、見回り、見守りの重要性が叫ばれるようになりました。今回の震災では、ほぼすべての仮設住宅団地で見回りが行われています。

この仮設住宅支援事業は、緊急雇用創出事業の中でもっとも雇用人数が多い事業です。委託先の法人形態はNPO、社団法人、社協、人材派遣会社、業務請負会社など多岐にわたります。

さまざまな新しい協働のかたち

図3 北上市 沿岸自治体支援事業

図3画像

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この事業で重要なことは、さまざまな新しい協働のかたちが生まれていることです。先ほどの北上市のケースでは、事業を委託されているのは人材派遣会社ですが、単独で実施しているわけではなく、北上市がつくった協働チーム、これはNPOや沿岸自治体の社協で構成されているのですが、このチームと連携しながら、仮設住宅支援を行っています(図3)。こうしたコラボレーションは非常に画期的ですが、彼らによれば、自分たちの組織の不得意な部分を補うために協働しているとのことでした。たとえば、NPOはミッションが明確で、ノウハウがあるという強みを持っていますし、人材派遣会社は経営や採用といった組織の運営に長けています。また、社協は、地域密着型の組織なので、地域の情報を得やすい。

仮設住宅支援事業で雇用される仮設住宅支援員の仕事内容は大きく(1)見回り、見守り活動(2)支援物資の整理、配布、ボランティアや支援団体との連絡、調整(3)管理人業務(4)コミュニティ活動支援、イベント、サロン活動――の4つに分かれます。このうち、(3)と(4)については、実施主体によって見解が分かれる部分があります。たとえば(4)のコミュニティ活動支援は、支援しすぎると、コミュニティが機能しなくなるそうです。敷地内の清掃や草刈りはもともと自治会の中で住民たちが無償で行っていました。これを管理人がやってしまうと、住民たちは何もやらなくなってしまいます。ですから、管理人に任せるのではなく、コミュニティ活動自体を再構築しようという動きも出ています。

この問題を考えるうえで、仮設住宅の住民が住んでいた所が、もともとどんな地域だったかを踏まえる必要があります。飯舘村や相馬市のようにしっかりとした地域コミュニティがあり、住民活動が盛んな地域では、仮設住宅でもごく自然にコミュニティが生まれています。

他方、仙台市周辺のような都市型の住宅地域ではコミュニティ活動はあまり活発ではなく、このような地域では管理人に頼りがちになります。ただ、自治体の方には「重要なのは現在の仮設住宅でストレスなく過ごせること。むしろ、仮設住宅から出た後、新しく住む地域でのコミュニティ活動に尽力していただきたい」と管理人による代替を評価する意見もみられました。

緊急雇用対策事業の良さと課題

最後に緊急雇用対策事業の良さと課題についてお話したいと思います。まず、良さですが、(1)「雇用」自体が事業の目的なので、事業をフレキシブルに展開できること(2)事業費が100%国の負担であること、そして何よりも幸運だったのが(3)基金自体が存在していたこと――です。

課題については、冒頭で提起した「失業対策事業プラスアルファ」の部分にあるのではないでしょうか。雇用条件の設定では、被災者または失業者という制約があることから、事業をうまく展開できないこともあります。また、事業の期間設定については、平時の失業対策と異なるため、集中投下と継続的支援が必要とされます。被災者を支援するという意味では、心のケア、精神的充足に関することも考えて行かなければならないでしょう。