パネルディスカッション:第65回労働政策フォーラム
欧州諸国における職場のいじめ・嫌がらせの現状と取り組み
(2013年2月28日)

写真:檀上の講演者の様子

パネリスト

ヘルゲ・ホーエル
マンチェスター大学ビジネススクール教授(イギリス)
ロイック・ルルージュ
ボルドー第4大学比較労働法・社会保障研究所研究員
(フランス)
マルガレータ・ストランドマーク
カールスタッド大学教授(スウェーデン)
マルティン・ヴォルメラート
弁護士(ドイツ)

コーディネーター

内藤 忍
JILPT研究員

内藤 今日は、パネリストの皆さんにご報告いただいた内容と、会場の皆さんからいただいた質問を踏まえて、論点を3つ用意しました。1つ目は、「欧州諸国における職場のいじめの実態」です。職場のいじめの発生率、当事者類型(誰から誰への行為か)、行為の種類などの実態には、各国で違いがあるのでしょうか。また、職場のいじめの背景・原因、職場のいじめがもたらす影響について、欧州諸国ではどのように考えられているのでしょうか。2つ目は、「職場のいじめに対する国の対策」(法政策、行政政策、司法制度)です。3つ目は、「職場のいじめに対する労使の取り組み」です。今日は、諸外国の職場のいじめの現状と取り組みから、日本の取り組みのあり方への示唆を得たいと思います。

論点1 欧州諸国における職場のいじめの実態

いじめの当事者は普通の人

内藤 1つ目の論点の欧州諸国における職場のいじめの実態について、もっとも多かった質問はいじめの背景・原因に関するものです。まず、いじめる人、いじめられる人はどういう人か、いじめの当事者についてお答えいただけますか。

写真:ホーエル氏

ホーエル氏

ホーエル ヨーロッパでは長年研究が行われてきました。まず指摘したいことは、いじめは個性が理由だと考える人が多いということです。被害者がいじめられるのは個性が原因であり、いじめをする人も個性の問題だとよくいわれます。しかし、最近の調査をみると、ほとんどの被害者は、私や皆さんと変わらない普通の人たちです。いじめに遭う可能性は誰にでもあります。場合によっては少し神経質な人や知的レベルが高い人がいじめに遭うことがわかっていますが、こういうパターンは典型的ではありません。

いじめる側についてはあまり調査されておらず、よくわかっていません。自分から進んで、いじめる側の調査をする研究者が少ないからです。いじめる人の一部には社会的、精神的に問題のある人もいるかもしれませんが、それは限られています。イギリスでは当初、いじめをする人は社会的・精神的に問題がある社会病者だという見方がありましたが、現在はそんなことはなく、普通の人だということがわかっています。

ストランドマーク われわれの調査結果が示していることは、非常に能力の高い人間でもいじめられるし、いじめることもあるということです。つまりどんな場合でも、どんな人でもいじめられる可能性があるといえると思います。

ヴォルメラート ドイツは、イギリスとケースが似ています。誰でもいじめの対象になり得ると同時に、誰でもいじめる側になり得ること、そのことが問題です。一人ひとりの個人的な問題ではなく、その背景に職場や会社の問題があるからいじめがあるというケースが往々にして見られます。

ルルージュ フランスでは破毀院が2009年11月10日の判決で、繰り返し用いられた一定のマネジメント手法が職場のモラルハラスメントになる場合があると判断しました。たとえば、管理職が従業員に対して1日30通以上のメールを送って、もっと働くよう毎日繰り返し求め、夜や週末、休暇中も執拗に生産性を上げるよう催促した例があります。ある特定の個人がこうしたマネジメント手法のターゲットとされたとき、フランスではこれを人事管理上のハラスメントとして取り扱います。

人と違うことはいじめの原因となり得る

内藤 日本では、みんなと違う、標準と違うことが、いじめの原因やきっかけとなることがあるといわれることがあります。個や個の自立が教育の基盤となっているキリスト教社会の欧州諸国においても、標準から離れていることがいじめの原因になっているのでしょうか。

ホーエル もちろんそうです。いじめには、対立・紛争から発展するいじめ(dispute-related bullying)と、被害者に非はない「略奪的ないじめ」(predatory bullying)という区分があります。「略奪的ないじめ」とは、いじめる側が自分のストレスを解消したいとき、あるいは自分の評判や優位性を確立したいときに、容易に攻撃できる人を攻撃することです。人と違って目立っている人がその犠牲となってしまいます。それゆえ、EU諸国では、保護すべき集団を反差別法の対象に盛り込んでいます。

人と違う理由はさまざまありますが、逆に、いじめは人と違っているから必ず起こるとはいえません。いじめが起こる理由は人と違うことではありませんが、ある人をいじめる理由には人と違うことが含まれる場合もあるということです。

写真:ストランドマーク氏

ストランドマーク氏

ストランドマーク スウェーデンの場合、いじめの背景の一つとして、あるポストをもらうための指名獲得競争があげられます。

ルルージュ 管理者がなかなか成果を上げられないときに、自分の部下をいじめて、より良い結果を得ようとすることがあります。こうした場合には、何らかの悪意を特別に意図したものでなくとも、ハラスメントに該当します。

フランスでは経営手法としてのリストラが進んでおり、自分たちの雇用を守るための競争が非常に激しくなっています。こうした環境もいじめが起こる背景の一つとなっています。

論点2 欧州諸国における職場のいじめに対する国の対策

イギリスの職場のいじめに関する法案

内藤 2つ目の論点は、欧州諸国における職場のいじめに対する国の対策です。これには法政策だけでなく行政施策も含みます。まず、ホーエル先生にお尋ねします。イギリスでは、いじめに特化した法律案の成立が阻まれているというお話でしたが、法案にはどういった内容が盛り込まれているのでしょうか。また、成立が阻まれている原因についても教えていただけますか。

ホーエル この法案は「職場の尊厳法」で、1990年代後半に取りまとめられました。上院では議会の支持を得て、法案は通過しましたが、その後、政府は十分な審議時間を設けませんでした。政府が可決させたい法案の中での優先順位が低かったからです。

私はあらゆる政党の議員、特に労働党や保守党の議員と話し合い、その中には支持を表明してくれる議員も多数いました。法案の成立は、国レベルでいじめを定義づけることを意味します。政府は、繰り返される行為を定義づけ、国レベルで認めることに抵抗感があったようです。こうした経緯で法案は棚上げされてしまいました。

フランスにおける法制化の影響

内藤 職場のいじめの法律に関しては、既に法制化されているフランスに関して会場から多くの質問をいただいています。職場のいじめの法整備や判例の蓄積は、フランスにおける職場のいじめの防止にどれぐらいの効果があったのでしょうか。これは法政策としての効果に関わりますが、お答えいただけますか。

写真:ルルージュ氏

ルルージュ氏

ルルージュ フランスにはモラルハラスメントに関する統計が実はあまり存在しません。2002年以前は、裁判そのものがあまりありませんでした。ハラスメントについての判決はありましたが、これも少数でした。しかし、2002年に労使関係現代化法が制定され、破毀院がモラルハラスメントの概念を明らかにする判決を出して以降、モラルハラスメントの法的な定義に基づき、使用者をハラスメントで訴える人が急増しました。

また、管理職によって繰り返される一定のマネジメント手法がモラルハラスメントに該当すると判断された前述の2009年の破毀院判決以降、管理職によるハラスメントの事案が多く破毀院に持ち込まれるようになりました。こうした事案の件数は、200八年までは92件であったところ、2009~2012年は259件と急増しています。現在では管理職によるさまざまなハラスメントが、モラルハラスメントを含めて認められるようになってきています。

私は、これらの結果を法律の効果によるものと考えています。しかし、それらの判決が使用者よりも労働者寄りだという点を確認しておかなければなりません。また、モラルハラスメントに関する裁判は、労働関係の裁判としては非常に数が多く、モラルハラスメントの枠組みにとどまらず、それ以上の拡大解釈による訴えも中には含まれています。

現在の法律は、使用者に対して従業員の心身の安全や健康を保護する義務を課し、安全衛生委員会や労働医(産業医)の関与、予防措置の決定プロセスへの従業員代表の参加を求めています。モラルハラスメントの規定や枠組みがきっかけとなって、こうしたメンタルヘルスに関する配慮がなされるようになりました。管理職に対する、メンタルヘルスに関する教育も必要となってきています。

いじめは職場の心理社会的リスクの一つ

内藤 ルルージュ先生はこれまでの研究で、モラルハラスメント一つだけを取り上げるのではなく、職場におけるさまざまな心理社会的リスク(psychosocial risk)の一つとして、モラルハラスメント、職場のいじめの問題を考えていくべきであると主張されています。こうした考え方は、他の欧州諸国でも共有されているのでしょうか。

ホーエル イギリスでは、労働安全衛生に関するさまざま法制の執行や素案の作成に関わっている安全衛生庁(Health and Safety Executive: HSE)が、いじめを職場におけるストレスの原因の一つと捉えており、職場のいじめは職場の心理社会的なリスクの一つと考えられています。1974年労働安全衛生法によれば、使用者は、「合理的に実行可能な範囲において」(so far as is reasonably practicable)、職場における健康と安全を確保しなければなりません。使用者は、職場における安全衛生基準を設定し、それを達成するための方法を立案することが求められます。使用者がどのように行動し、労働者の協力を仰いでいるかが、前進のための非常に重要なステップであるといえます。

ヴォルメラート ドイツでも良い事業所協定があれば、事後の介入は少なくて済みます。われわれが1990年代に事業所委員会において事業所協定に関するさまざまな話し合いを行ったときには、まずモビングの問題に特化しました。しかし、今日の事業所協定はまったく性質が異なり、非常に広範な内容となっています。モビングは一つの問題に過ぎず、ほかにもたくさんの問題があります。心理社会的ハラスメントという説明のほうが、今は適切かもしれません。ドイツでは、事業所協定書の開示がモビングを防止するもっとも効果的な手段となっています。

職場のいじめの裁判外紛争解決

内藤 いくつかの国のご報告では、いじめ紛争の解決方法として、裁判外の紛争解決制度(ADR)に触れていただきました。ドイツでは、いじめ紛争に関しては主に裁判外の解決が中心だということ、それから2012年にメディエーション法という新しい法律ができたという報告がありました。フランスでも、労働法典に、企業内のモラルハラスメントについての調停手続が導入されているということ、また、イギリスでは、企業内でインフォーマルな調停が行われることがあるという報告がありました。イギリスのホーエル先生は、調停について少し疑問を呈されていたかと思いますが、その理由を教えていただけますか。

ホーエル イギリスでは、政府が生活や職場のさまざまな領域で調停を推進しています。調停は経済的で、裁判所に持ち込むよりも効果があると考えられています。しかし、いじめの研究において、イギリス、アメリカやその他諸国で結論づけられていることは、いじめの問題が深刻で、加害者が被害者に対して権力を持っている場合には、調停のプロセスを採用できないということです。調停は2者間で行われ、独立した調停人もいますが、被害者にさらに圧力がかかって、逆に状況を悪化させてしまう場合があるからです。被害者は冷静に事実だけを説明するつもりであったのに、意に反して泣きわめいてしまい、加害者から「こういう人なのです。問題は、私のせいでなく、この人にあるのです」などといわれかねません。

われわれは、企業内の調停が対立関係において効果的なのは、いじめの被害を受けていても、被害者がまだ精神的な健全性を保ち、メンタル症状の出ていない、紛争初期の段階だと考えています。まだ紛争の芽を摘む可能性のある状況であれば、調停は効果を発揮します。当事者間に誤解があり、加害者が「私の行動がこのような結果になるとは思いもしなかった」と謝罪し、何らかの合意に達するかもしれません。これは調停の良い側面だと言えます。しかし、調停は職場のいじめの解決手段として包括的に使えるわけではありません。非常に被害者意識を持っている人や病気の人にとっては良い解決手段ではありません。

ルルージュ フランスでも調停の手続があります。労使関係現代化法の一環として、2002年に労働法典に導入されました。しかし、有効に活用されていません。有効活用できていないのは、モラルハラスメントの被害を受けている労働者が、報復されることを恐れているからです。また、精神疾患を患って企業で何か問題を起こす人だと思われはしないか心配しているのです。そのため労働者は、会社を辞めた後に使用者に対して訴訟を起こす道を選びます。

写真:ヴォルメラート氏

ヴォルメラート氏

ヴォルメラート ドイツでは一般的に調停は有効と考えられています。2012年に成立した新しい法律、調停及びその他の裁判外の紛争調停手続促進法(通称メディエーション法)では、労働裁判所に提訴があった場合、和解裁判官は調停を含むあらゆる紛争解決方法を用いることができるとされています。問題は、この法律が施行されて間もないため、今後どのように運用されていくのかまだよくわからないことです。これは、職場のいじめ紛争についても、希望の持てる解決方法の一つですので、ドイツの労働裁判所において有効に活用されていくかどうか、時間をかけてみていく必要があります。

職場のいじめ紛争における金銭解決

内藤 なぜ裁判外紛争解決を取り上げたかというと、日本においては、職場のいじめ紛争に限らず、裁判所の敷居が非常に高いという現実があります。労働審判制度はできましたが、労働審判も裁判所で行っています。裁判所に足を運び、そして、事実上弁護士に依頼しなければならないため、労働者にとっては、依然として敷居の高いものとなっています。

そこで、裁判外の紛争解決システムが出てくるわけです。日本では、全国の労働局が「あっせん」という労働紛争解決制度を提供しています。裁判や労働審判に至るまでの間を埋める紛争解決システムとして、このあっせんがよく利用されており、2011度は全国で6510件、いじめ事案だけでも1121件が処理されました。

JILPTでは、ここ数年、労働局のあっせん制度における職場のいじめ事案を調査してきました。あっせんに関しては、手続が簡便・無料であること、代理人が不要であることなど、申請人である労働者にとってアクセスがよい点は評価できるのですが、問題は、主要な合意内容である金銭解決の金額が、裁判や労働審判と比較して非常に低いことです。裁判外紛争解決における解決金額の多寡は、諸外国で行われている職場のいじめの調停等でも、問題となっているのでしょうか。

ホーエル われわれは、いじめられている状況において重要なことは、解決の選択肢があることだと認識しています。両手を縛られてほとんど身動きがとれない状況では、ストレスがより高まり、病気が悪化してしまいます。裁判所へ事案を持ち込むことは、コストがかかっても選択肢の一つです。仲裁、調停も選択肢の一つであり、自分で決断ができることが重要です。

国があっせんに誘導するとすれば、もしかすると裁判所のコストを回避する一つの方法かもしれません。しかし、被害者の中にはPTSDに苦しんでいて、直接相手に会うことができず、会うと物理的に病気になってしまう人がいます。あっせんは、一つの選択肢としては、良い対策だと思います。そして、使用者も、裁判所に行く前に、労働者の苦情について自分の組織の中で調査するなど、企業内で紛争を解決することをめざすことによって、全員のリスクとコストを低減する方法を考えるべきだと思います。

ヴォルメラート ドイツでは、モビングに対する補償を受けることが非常に難しく、受けられたとしても非常に低い金額(5000~1万ユーロ程度)であるのが実情です。イギリスでは、八5万ポンドの補償金の事例があったとお聞きしましたが、そんなに高い補償金はドイツでは支払われません。5万ユーロを超えることはまず無理でしょう。

被害者の中には、数年間に渡って被害を受けていた人もいることを考えると、予防策が非常に重要であり、そのためには事業所協定が必要です。

ストランドマーク スウェーデンでもいじめのプロセスを裁判所に持ち込むことは非常に難しく、ましてや補償を得ることはとても無理だと思います。

論点3 職場のいじめに対する労使の取り組み

中小企業における職場のいじめ対策

写真:内藤研究員

内藤研究員

内藤 3つ目の論点は、「職場のいじめに対する労使の取り組み」です。先ほどお話したように、日本の大企業の約八割は既に取り組みを行っていますが、中小企業の取り組みは少ないのが実情です。中小企業がどのように取り組んでいったらよいかについて、何か示唆はありますでしょうか。

ルルージュ これはフランスでも大きな問題となっています。欧州諸国の大半や日本でも似た状況ではないかと思いますが、安全衛生の規制が従業員50人以上の企業に適用され、それ以下の企業には適用されないからです。モラルハラスメントの予防や回避のためのガイドラインはあります。また、労働監督官は、企業内にハラスメントがあるかどうかに高い優先度を置いて監督を行っていますが、簡単なことではありません。労働医は情報を持っていますが、医療専門家としての守秘義務から、監督官による調査の際に何らかの発言をすることが非常に難しい状況です。機密性を担保する意味において、労働医は、企業で何が起きているかを安全衛生委員会に報告します。労働監督官は、この報告書を読んではじめて、企業で何が起こっているかを理解することになります。

ホーエル イギリスでも中小企業の問題は深刻です。私は、職場や仕事のストレスについて研究し、安全措置に関する取り組みを行った経験がありますが、行動計画を策定し効果があるか試験する際には、やはり大企業のほうが効果が出やすく、やりやすいです。良い結果が出たときに社会に広げる意味でも、大企業のほうが好都合という面はあると思います。

大企業の管理職が中小企業に移る際、大企業の経験を中小企業に持ち込めば、中小企業側の期待に応えられるという利点があると思います。大企業でやったことを中小企業にそのまま移しかえろというつもりはありませんが、大企業が行ったことを参考にしつつ調整していけばよいと思います。

ストランドマーク 労働者の側からいうと、やはりまず、いじめが存在することを認識することが重要です。次の段階として、小さなグループで、いじめの状況についてみんなで話し合うことが大切です。そうすることによって、より良い解決策が見つかると思います。少人数で話し合う参加型のプロセスが良いと思います。

日本の労使へのメッセージ

内藤 最後にパネリストの皆さんに一言ずつお話いただきたいと思います。

ヴォルメラート ドイツだけでなく、ほかの国でもそうですが、やはり公正で尊重し合う職場が必要です。使用者としても、適切に対応する手段を持つべきです。また、われわれ研究者が労使双方を助ける手段を持つことも重要です。そうすることによって、職場環境がすばらしいとまではいえなくとも、長年勤められる職場にできるのではないかと思います。職場や仕事のせいで健康の問題が生じることのない職場環境を作っていけると思います。

ストランドマーク やはり、オープンに語り合う開かれたコミュニケーション、特にいじめの問題について積極的に話し合える雰囲気が必要だと思います。そのためには労使双方の協力が必要であり、労働組合も協力して問題を解決していくべきです。最終目標は、いじめの予防と根絶だと思います。

ルルージュ モラルハラスメント、いじめ、パワーハラスメント、心理的なハラスメント、それからモビングと、いろいろな言葉がありますが、いずれも世界にあるさまざまな問題の一部だと思います。これらの問題は重大で、対応しなければならない問題ですが、ほかにも労使の全体的な問題がたくさんあることを忘れてはいけません。やはり労使が一緒に取り組んでいくことが重要です。また分野横断的、学際的な取り組みも必要だと思います。

一つの解決策として、心理社会的な病気の発生率を減らすことが重要だと思います。いったん病気が発生すると、大きなコストが発生します。アメリカやカナダでは、労働損失などの企業コストの発生を防止するため、企業に対策を講じるよう圧力がかかっています。

ホーエル やはり社会の問題、職場の問題だということを認めることが重要です。それが普通に存在することを認め、恐れてはいけません。また、語ることをためらうべきではありません。自分たちの文脈の中で考え、語ることが重要だと思います。欧州、アメリカ、日本でそれぞれ状況は異なっているかもしれません。文化的な特殊要因があるとしたら、それについても対応していく必要があります。

内藤 ありがとうございました。パネラーの皆さんのお話から、この問題は、法律だけで解決するわけではなく、労使の協働や行政の紛争解決などのさまざまな対策が必要だと感じました。イギリスの例であげられていたように、労使のパートナーシップ・プロジェクトを行政が支援することも大切でしょう。もう一つ重要な点は、職場においては、このいじめの問題が単独で存在するわけではなく、職場におけるさまざまな心理社会的リスクの中の一つであるということです。日本においてもそうした観点で取り組んでいくことが重要であり、いじめの問題を労働安全衛生の観点からもきちんととらえていくことが必要ではないかと思います。そして最後に、分野横断的にこの問題をとらえ、調査研究を行っていくことが、われわれ研究者に突きつけられた課題であると認識しました。

プロフィール ※報告順

ヘルゲ・ホーエル(Helge HOEL

マンチェスター大学ビジネススクール教授

産業・組織心理学専攻。職場のいじめ・嫌がらせや暴力に関する国際的な専門家。英国で最初の職場のいじめに関する全国調査(2000年)およびいじめ対策における組織的介入の有効性を検討するこの分野で最初の評価を実施。いじめ、暴力、嫌がらせに関する著作多数。

ロイック・ルルージュ(Loic LEROUGE

ボルドー第4大学比較労働法・社会保障研究所研究員

労働法、社会保障法専攻。主要研究テーマは職場におけるメンタルヘルス。法律が職場における心理的リスクをいかに考慮するかについて分析する研究プロジェクトの責任者を務める。心理的リスク、嫌がらせ、仕事に関係するストレスに関する論文多数。

マルガレータ・ストランドマーク(Margaretha STRANDMARK

カールスタッド大学教授

看護および介護科学、公衆衛生科学の分野を専攻。公衆衛生科学の分野では、職場の健康増進を含む、健康増進、心理的健康について研究。職場のいじめに関する研究プロジェクトに取り組み、職場のいじめを防止・除去するための介入研究を現在進めている。

マルティン・ヴォルメラート(Martin WOLMERATH

弁護士、法学博士

コンサルタント、ボッフム・ゲオルク・アグリコラ応用科学大学講師、イルメナウ工科大学講師も務める。労働法に関する著作多数。ドイツにおいて初期の頃からいじめ問題の研究に取り組み、職場のいじめに関する著作を発表している。邦文著作として「職場におけるいじめ―ドイツ労働世界における深刻な問題」季刊労働法218号(2007年)。

コーディネーター

内藤 忍(ないとう・しの)

労働政策研究・研修機構研究員

労働法専攻。2006年より現職。主な著作に「『職場のいじめ・嫌がらせ問題に関する円卓会議』提言と今後の法政策上の課題―労使ヒアリング調査結果等を踏まえて―」季刊労働法238号(2012年)、『職場のいじめ・嫌がらせ、パワーハラスメント対策に関する労使ヒアリング調査―予防・解決に向けた労使の取組み―』(共著、JILPT資料シリーズNo.100、2012年)、『個別労働関係紛争処理事案の内容分析―雇用終了、いじめ・嫌がらせ、労働条件引下げ及び三者間労務提供関係―』(共著、JILPT労働政策研究報告書№123、2010年)などがある。厚生労働省「職場のいじめ・嫌がらせ問題に関する円卓会議ワーキング・グループ」委員。