パネルディスカッション:第64回労働政策フォーラム
職場のメンタルヘルス対策を考える
(2013年1月21日)

写真:檀上の講演者の様子

パネリスト

椎葉 茂樹
厚生労働省労働基準局安全衛生部労働衛生課長
原谷 隆史
労働安全衛生総合研究所作業条件適応研究グループ部長
小林 由佳
本田技研工業株式会社人事部安全衛生管理センター全社メンタルヘルス推進チーム
郡司 正人
労働政策研究・研修機構主任調査員

コーディネーター

濱口 桂一郎
労働政策研究・研修機構統括研究員

濱口 パネルディスカッションを始めるにあたり、論点を3つ用意しました。「職場のメンタルヘルスがなぜ悪化したのか」と「企業は職場のメンタルヘルス不調にいかに対応すべきか」、そして「国は職場のメンタルヘルス対策に何をすべきか」――です。

論点1 職場のメンタルヘルスがなぜ悪化したのか

早速、1つ目の論点に入りたいと思います。これまで、各パネリストからお話があったとおり、今日、国のレベルでも、企業レベルでも職場のメンタルヘルス対策が重要な課題となりつつあります。では、なぜここまで職場のメンタルヘルス問題が悪化してきたのでしょうか。各パネリストの率直な意見を聞かせてください。

複雑なメンタルヘルス不調の要因

郡司 先ほどご報告したとおり、企業にメンタルヘルス不調者が現れる原因を聞くと、「本人の性格の問題」がトップで、これに「職場の人間関係」「仕事量・負荷の増加」が続きます。

このうち、仕事量の負荷について、その増減とメンタルヘルス不調者の有無の関係をみると、「仕事量が増えた」と回答した企業ほど、メンタルヘルス不調者がいる割合が高くなっています。ですから、一般的に言われているように、近年、企業の採用抑制により、職場の人員が増えない中で、一人あたりの仕事量が増えていることも要因としてあるのかもしれません。

「本人の性格の問題」が原因のトップとして挙がっていることをどう解釈するか難しいところですが、もしかすると、職場のメンタルヘルス不調者の増加を企業が自分たちの問題と考えていないことの表れとみることもできます。しかし、先ほども紹介しましたが、対策に取り組んでいる企業の方が、本人の性格の問題を原因に挙げている企業割合が若干高くなっています。

ですから、メンタルヘルスの問題は職場の問題だけでなく、本人の性格などの要因も絡み合って複雑なため、企業としても対策に頭を悩めているのではないでしょうか。

社会の許容度の変化も

小林 メンタルヘルスが深刻化した要因について、確かに本人の性格や職場の人間関係、仕事量の増加などもあるのですが、メンタルヘルス不調者に対する社会の許容度が以前に比べて高くなっていることも関係していると思います。

弊社でも、休職者の延べ人数は、2000年から10年の間に約3倍に増加しています。ただ、その要因は、社会全体が不健康になったからとは言い切れず、以前に比べて、病院で診察を受けることに抵抗がなくなっていることや不調が明らかになったとき、休職しやすくなっていることも考慮に入れなければなりません。

こうした状況を踏まえた上で、改めてメンタルヘルス不調者が増加している原因をみると、弊社の場合は、「本人の性格の問題」は理由として全面には出てきませんでした。

私自身は、人件費が削減される一方、仕事にスピード感が求められるようになったり、一人あたりの処理すべき情報量が増加するなど仕事の負荷が高まっていると感じています。さらに従業員同士のコミュニケーションの減少や技能伝承の機会も少なくなっています。これらの要因が重なって、不調者の増加につながっているのではないかと見ています。

一方で、本人の性格も要因として否定できませんが、具体的な対応は難しいと思います。団塊の世代に比べて、ストレスへの耐性が低い方も増えているのは事実です。

写真:濱口研究員

濱口研究員

濱口 マスコミでこの問題が取り上げられるとき、企業側が悪いのか、従業員側が悪いのかといったかたちで議論されることが多いですが、おそらく現場の管理監督者や同僚からすると「職場にも原因があるけど、本人にも問題があるのではないか」と感じている人も少なくないのではないでしょうか。

先ほど、小林さんが指摘されたような社会全体、あるいは企業行動なり仕事の進め方なりが大きく変化する中で、この問題をどのようにとらえるべきか、アカデミックな立場から原谷さんのご意見をお聞かせください。

判断が難しいメンタルヘルスの状況

原谷 職場のメンタルヘルスが、実際に悪化しているかどうかの判断は非常に難しいと思います。たとえば、ストレスを感じている労働者の割合は、97年をピークに若干減少しています。自殺者の数も98年に急増していますが、昨年は3万人を割りました。

ただ、ここで留意しなければならないのは、98年に自殺者が急増した背景に、消費税額の引き上げ、アジア通貨危機、金融機関の破綻などが発生し、金融業などを中心に厳しいリストラや採用抑制が行われたことがあることです。

精神障害の労災補償は年々増加しています。とはいえ、労災認定の件数自体はそれほど大きな数字ではなく、そこは慎重に考える必要があります。

背景に職場の変化が

一方、うつ病の受診者数は、職場に限らず確実に増えています。ただ、うつ病であることをはばからず精神科を受診しやすくなったこと、また、うつ病と診断されれば簡単に休職できてしまうといった問題が生じているのも事実です。

メンタルヘルス悪化の要因を職場に特化して考えると、おそらく人件費のカットなど人事労務管理が以前よりきびしくなっており、ゆとりがなくなっているせいではないかと思います。ですから、不調が生じたときに周囲が相談にのってあげたり、あるいは復職時に周りで支えてあげることが難しくなっています。一人でも不調者がいれば周りに迷惑がかかり、皆ぎりぎりの状態で働いています。

しかも、簡単な仕事は外注したり、派遣職員やパートにお願いする一方で、正社員に求められる役割の水準がかなり高くなっています。朝から晩まで全力で仕事ができるはずはないのに、それが求められるようになっています。

本来、職場にはゆとりや遊びが必要なのに、コスト削減を続けることで、様々な弊害が出てくることを懸念します。

隠れていたものが表面に

写真:椎葉課長

椎葉課長

椎葉 労働時間に関していえば、確実に減少傾向にあります。しかし、先ほど原谷先生が指摘したように質の面でみると、ゆとりがなくなっているのも事実です。昔は、職場にムードメーカーがいたり、アフターファイブの飲み会も盛んでしたが、今はそれも減っています。

私自身の職場を振り返っても、昔はゆとりがありました。課内旅行にも頻繁に行きましたし、互いに冗談を言い合う余裕もあり、外部の研究者とのコミュニケーションも活発でした。ところが、現在はそうしたことを行う余裕がなくなっています。

ただ、その一方で、研究が進んで、職場のストレスに対する定義やストレス反応、対処方法も明らかになってきました。精神科への通院についても、以前より敷居が低くなり、うつであることを周囲に話しやすくなりました。その結果、今まで水面下に隠れていたものが表面に出てくるようになりましたが、これはある意味いい傾向ではないかと考えています。

濱口 都道府県労働局で所管している個別労働紛争の内容を見ると、年間千数百件ある中で、うつなどメンタルヘルス不調に関するものが6、70件にも及んでいます。このような実態をみると、やはり労使の間でメンタルヘルス不調の問題が大きくなっていることは否定しがたい事実ではないかと感じます。

論点2 企業は職場のメンタルヘルス不調にいかに対応すべきか

濱口 2番目の論点に入りたいと思います。日本には大企業から中小零細企業まで様々な企業がありますが、とりわけ規模の小さな企業ほど、メンタルヘルス対策は大きなコスト要因になる可能性があります。そうした状況の中で、事前予防の重要性はわかっていても、どう対応していくかは企業にとって切実な問題ではないでしょうか。

対策の成果をどうみるか

郡司 企業の人事労務担当者にヒアリングすると、「メンタルヘルス対策の取り組みについて、その成果を明らかにするのが難しい」と言われることがよくあります。

先ほど、取り組みを進めている企業のほうが復職している割合が高くなっているとご説明しましたが、一企業内でみると、取り組みの成果を離職率の低下などの具体的なデータとして示すのは難しいのではないでしょうか。

また、これも先ほどご説明しましたが、取り組みの結果、不調が顕在化して、不調者がいるとする割合が高く出ています。このような中で、成果を明らかにしながら、取り組みを推進していくのは困難ではないかと感じます。

小林さんにお聞きしたいのですが、このような状況でどのように上層部や職場を納得させながら取り組みを進めているのでしょうか。大半の事業所では、メンタルヘルス不調者が増えれば企業パフォーマンスにも影響があると考えているのですが、逆にメンタルヘルスのケアをすることで企業パフォーマンスがどの程度向上するのかという問いを立てることもできます。こうした点についてもどう考えているのか教えていただけないでしょうか。

また、育児休業取得の場合もそうですが、企業では、ごく一部の人をケアするにあたって、他の従業員との公平感をどう担保するのかが課題になっています。この点についてもどのように取り組まれているのかご教示ください。

対策を効率的に進める工夫も

写真:小林氏

小林氏

小林 確かに成果をどのように考えるかは難しいと思います。これは弊社ではなく、ある企業のお話ですが、取り組みを進めることで逆に不調者が増えたといいます。といっても実際に増えたわけではなく、潜在的な不調者も表に出てくるようになったという意味です。

その後も対策を進めていくと、自殺者や離職者が減ったり、職場が明るくなったりという成果につながりました。放置すればさらに悪化しかねなかった状況が、対策を進めることで不調者の存在が掘り起こされ、自殺を考えるほど悩んでいた方がケアを受けられることができたのは重要だと思います。

ただ、無理に対策を推進することで会社の体力が落ちては意味がありませんので、そこを上手に行う必要があります。たとえば、休職を繰り返す従業員が増えるのであれば、就業規則を見直したり、復職支援プログラムの運用に手間がかかるのであれば、効率的に進めるシンプルなノウハウを学ぶといった工夫が必要です。

私の研究仲間で、中小企業向けの職場復帰支援ツールをつくっている方がいます。彼のホームページ(「ELECTRIC DOC.新しいウィンドウ」)でそのツールをダウンロードすることができますので、ご参照ください。

対策を進めるにあたり、不調者以外の従業員との間で、どうバランスを取るかという問題ですが、実際に不調を訴える方は一部であっても、全従業員に不調を起こすリスクはあります。ですから、企業理念に照らし合わせて、よりよい職場環境を提供するためには、全従業員がケアを享受できる体制が望ましいのではないでしょうか。

濱口 職場のいじめ、嫌がらせ問題などとも共通することですが、こうした新しい問題は、問題として意識すること自体に掘り起こし効果があるため、対策の推進でむしろ問題が大きくなっているように見えます。とはいえ、間違いなく職場が明るくなるといったプラスの効果が現れているということですね。

ただ、一方で、中小企業向けツールの開発が進んでいるといっても、中小零細企業の方々からすると、コスト面で対策を進めるのが難しい印象を持ちました。

中長期的な効果も併せた判断を

写真:原谷部長

原谷部長

原谷 先ほどからお話が出ているように、対策の推進により、短期的には一見、マイナスの効果が表れる場合もあるため、中長期的な効果も併せて総合的に判断する必要があります。

また、一言でメンタルヘルス不調といっても、軽度のものから、仕事ができないほど重度の精神疾患まで様々です。ですから、一般的な心の健康問題へのアプローチとは別に、重度の精神疾患への対策も考える必要があります。

病気で働けない従業員はクビにしてしまえば、職場の健康は保たれます。もちろん、それは望ましいことではなく、企業の社会的責任の観点から、健康な人だけを相手にするのではなく、病気の人に対しても対策を立てる必要があります。

とはいえ、病気の従業員を甘やかしすぎると、健康な人への負担が大きくなってしまいます。企業としては、対策をたてるにあたり、健康な方とのバランスが求められると思います。

職場全体で一体的な対応を

椎葉 メンタルヘルス不調の定義ですが、先ほどご紹介した「労働者の心の健康の保持増進のための指針」の中で「精神および行動の障害に分類される精神障害や自殺のみならず、ストレスや強い悩み、不安など、労働者の心身の健康、社会生活および生活の質に影響を与える可能性のある精神的および行動上の問題を幅広く含むもの」とされています。こうした状態には誰もが陥る可能性があるため、不調者への対応をメインとしたハイリスクアプローチから、不調になりにくい職場環境づくりに重点を置いたポピュレーションアプローチにシフトしていくことが大事です。

先ほどのお話にあった取り組みの成果をどう説明するかという問題ですが、厚生労働省が設置したメンタルヘルス対策支援センター事業についても、前政権の事業仕分けで取り沙汰された際、成果をうまく説明することができませんでした。仕分け人から、施設のコストパフォーマンスについて質問され、「実は4億円ほど不用額が出ています」と答えたところ、「それならば12億円も予算はいらないのではないか」と言われ、説明に苦慮しました。

成果をきちんと説明できることが望ましいのですが、メンタルヘルス不調者の数を把握していなかったため、取り組み前と取り組み後の数字を比較するのも難しい状況です。

企業においても、メンタルヘルス不調に対する理解が必ずしも進んでいない中で、理解を深めつつ対策を展開することは難しいことですが、不調は誰にでも起こりうることであるとして、職場全体で一体的に対応するのが望ましいと思います。

論点3 国は職場のメンタルヘルス対策に何をすべきか

濱口 行政施策の成果を説明するのが難しいのは、おそらくメンタルヘルス対策に限らず、若年者雇用対策や高年齢者雇用対策など様々な分野でもいえることかもしれません。とはいえ、企業の長期的な発展という観点からは欠くことのできないものであり、人事労務担当者の方々は色々とご苦労されているのではないでしょうか。

ただ、規模が小さい企業ほど、あるいは専門的な企業であるほど、自社のリソースで対策をまかなうのが難しくなってきます。これに対して国がどのように支援していくべきなのか考える必要があります。

先ほどから、椎葉課長に国の施策について詳細にご説明いただいているところですが、企業の側からは「果たしてこれで十分なのか、他にもできることがあるのでないか」との意見もあれば、逆に「国はこれ以上余計なことをする必要はない」との意見もあると思います。

メンタルヘルス問題は、自殺対策など人命に関わる問題である一方、労働安全衛生法の改正を検討する研究会で、ストレスチェックの際、個人情報保護の問題が議論されるなど非常にセンシティブな面もあります。その中で、国として企業に対してどのようなことを求めていくべきなのかパネリストのご意見をお聞きしたいと思います。

一歩踏み出すきっかけを

写真:郡司調査員

郡司調査員

郡司 先ほどお話があったように規模が小さい企業では、取り組みが進んでいないという実態が見受けられます。その理由として、「必要性を感じない」「取り組み方が分からない」などがあがっていますが、これにどう対応していくべきなのか。

休職者や退職者が出ているにもかかわらず、「必要性を感じない」とする企業が約2割ありますが、これは決して低い割合だとは思えません。

この調査結果だけではわかりませんが、不調者がいないから「必要性を感じない」とする企業であっても、実態としては不調者が既に会社を辞めている、もしくは辞めるように仕向けられている場合もあると思います。一部の職場で不調者が職場に残りづらい状況があるのは事実で、これをそれぞれの企業努力で改善するのは困難です。

男性従業員の育休取得推進の場合もそうですが、企業が新しい取り組みに一歩踏み出すのはなかなか難しい状況です。とくにメンタルヘルス対策は、デリケートな問題を扱うため、第一歩を踏み出しにくい事情があります。

その一歩を踏み出すためのきっかけを与えるのは国の仕事です。色々と厳しい状況もありますが、継続的に対策を展開していくことが重要ではないでしょうか。

濱口 小林さんには、大企業の立場としてフォーラムにご参加いただいているところですが、この論点ではこの問題の専門家として、国がどのような立場で対策を推進していくべきかご意見をいただけますか。

対策推進の全体的な機運の向上を

小林 平成18年に改定された「労働者の心の健康の保持増進のための指針」では、メンタルヘルス対策の枠組みや復職支援の手引きといったノウハウが盛り込まれており、「何をやるべきか」という情報は充実してきました。一方で、ではそれを「誰がやるのか」という点ではまだ弱いと感じており、今後対策にあたる人材の育成が重要なポイントになると思います。

その人材は誰でもいいというわけにはいきませんが、産業医や保健師など職種を限定しすぎると、「そのような人たちを雇えないから」と企業側が苦手意識をもってしまうかもしれません。ですから、それ以外の方々でも対策にあたれるようメンタルヘルスに対する知識を従業員に広めていく必要があると感じています。

大阪商工会議所では「メンタルヘルス・マネジメント検定試験」を実施していますが、試験を通じて、企業における対策推進のキーパーソンになる方も現れています。国としてもこのような機会を提供することが必要ではないでしょうか。併せて対策を推進している企業の好事例を公表していくことも重要です。

国に対しては、ぜひメンタルヘルス対策推進の全国的な機運を高めていただきたいと思います。対策を一部の人の問題と捉えず、企業の責任としてやっていくことが重要であるとの啓発を図っていただければと思います。

共通の課題を連携して取り組む

原谷 「民間でできることは民間に」との考えに従うと、採算が合う取り組みは民間がやる一方で、採算が合わないものは国がしっかりと支えなければなりません。

各都道府県に設置されている産業保健推進センターは、事業仕分けにより、今後3分の1程度に集約され、廃止される地域も出てきます。ところが、都会よりも地方の方が中小零細企業が多く、事業所外資源が少なく、対策をとりにくい状況にあります。こうした地域へも最低限のサービスを提供できるよう国として責任を持つべきではないでしょうか。

精神障害関連の労災補償は今後も増加すると思われますが、それを少しでも減らすためにも集中的な対策が必要だと思います。厚生労働省で労災保険制度を所管するのは補償課ですが、補償だけではなく、予防という観点からも労働衛生課と連携して対策を進めていくことが重要です。

今回のフォーラムの主催にしても、JILPTとJNIOSH(労働安全衛生総合研究所)では予算の枠組みが違いますが、人事労務管理分野や労働安全衛生分野で共通の課題は少なくありません。したがって、縦割りで対策を進めるのではなく、共通の課題について連携して取り組むべきだと思います。

1~3次予防のさらなる推進を

椎葉 先ほど、小林先生から、企業が一歩踏み出せるような機運を高めるための施策を展開してほしいとのお話がありました。平成23年に国会に提出した「労働安全衛生法の一部を改正する法律案」では、企業にストレスチェックを義務付けるとともに、医師による面接指導も盛り込みましたが、残念ながら昨年の衆議院解散に伴い、廃案となってしまいました。ただ、それはそれとして、メンタルヘルス不調を引き起こす要因をあらかじめなくしておく1次予防、不調の早期発見である2次予防、休職者の職場復帰支援と再発予防である3次予防が重要な対策であることには変わりませんので、今後も総合的に推進していきたいと思います。

また、現在、労働政策審議会安全衛生分科会で検討している「第12次労働災害防止計画案」、これは平成25年度から29年度までに国が取り組む中長期的な計画ですが、その中で、メンタルヘルス対策を前面に押し出しました。数値目標として、「平成29年度までにメンタルヘルス対策に取り組んでいる事業場の割合を80%以上にする」ことを設定しています。

さらに、個別の対策として、メンタルヘルス不調者の発生予防のための職場改善の取り組みのほか、ストレスへの気づきと対応の促進や取り組み方がわからない事業場への支援、職場復帰対策の促進など、中小企業向けの支援も盛り込みました。

これらの対策は、企業から納めていただいた労災保険の保険料が財源になっておりますので、成果を明らかにしながら、還元できるようにしていきたいと考えております。

ワーク・エンゲイジメントを高める取り組みも

先ほど原谷先生から説明があったとおり、産業保健推進センターは事業仕分けで3分の1程度に集約されることになり、管理部門が統廃合されました。ただ、実働部隊の数はそのままですので、質を落とさないように頑張りたいと思います。なお、センターでは、無料のメンタルヘルス研修を実施しておりますので、企業の方々にご利用いただければと思います。

労働安全衛生法では、50人以上の事業場に対し、産業医や衛生管理者の選任を求めておりますが、50人未満の事業場ではそうした規定がありません。これらの小規模事業場のために、全国の地域産業保健センターで医師による面接指導や健康相談などの対応を無料でできるようにしています。

また、「こころの耳」という働く人のメンタルヘルス・ポータルサイトでは、各事業場の取り組み事例を充実させていきたいと考えております。職場復帰支援プログラムについては企業ごとに千差万別ですが、標準的な例を示すなど現場で使える取り組みを進めていきます。

さらに、これまでは予防対策が中心でしたが、今後は、ワーク・エンゲイジメント(仕事に誇りややりがいを感じている「熱意」、仕事に熱心に取り組んでいる「没頭」、仕事に取り組むことで活き活きしている「活力」――の3つの要因がそろっている状態)を高めることで、元気のある職場を増やしていくための施策を打っていきたいと考えています。

質疑応答

濱口 ありがとうございました。これまで3つの論点について議論しましたが、ここで、ご来場の皆様からの質問をお受けしたいと思います。

多様な労働者が働く職場事例

質問者A 私は地方自治体の健康管理部門に所属する保健師です。職場には約2,200人の職員が働いています。一見、健全な職場に見えますが、地方公務員のメンタルヘルス発生率は1%程度と言われており、発達障害や統合失調症の方なども含めると状態の悪い方はかなりの数に上ると思われます。

最近、私が危惧しているのは、来年度から障がい者の法定雇用率が引き上げられ、さらに高年齢者の雇用継続義務も導入されることから、職場の負担が大きくなるのではないかということです。

厚生労働省としては、色々な部門がそれぞれの立場でどうあるべきか縦割りで考えると思うのですが、それを受け入れるのは1つの職場です。ぜひ国には、メンタルヘルス不調者がいて、障がい者や高齢者も受け入れるなかで、上手に取り組んでいる事例を紹介していただきたいと思います。

椎葉 日本が元気になっていくためには、働く意欲がある高齢者を活用していく必要があります。また、障がい者の方々についても、元気で働ける社会をつくりたいと考えております。現場では大変だと思いますが、お役に立てる事例を紹介していこうと思います。

たとえば、富山県には、高齢者、障がい者といった仕切りなしに誰もが利用できる「富山型デイサービス」という仕組みがあります。そこのモットーは、「来るものは拒まず」で、高齢者、障がい者、子どもを同じ施設で同時に受け入れています。

そこでサービスを受けていた障がい児が成長して、そのままそこで働くといった事例も報告されています。これは今までの福祉制度にない取り組みとして、全国的なうねりになりつつあります。

濱口 1点付け加えますと、実は厚生労働省の関係機関に高齢・障害・求職者支援機構という独立行政法人があり、先ほどのご質問にあった障がい者の問題はこの組織で扱っています。

先ほどのご質問は、行政側が縦割りで行っている施策であっても、企業側にとってはそれらが一体としてのしかかってくるとのご指摘だと思いますが、おそらくその中身自体も色々なかたちでつながっています。

とりわけ、精神障害の問題については、本日のテーマであるメンタルヘルス問題と裏腹の関係にあります。実はこれだけで1つのフォーラムが開催できるほどの大きなトピックなのですが、残念ながら、今日はその方面に詳しいパネリストがおりません。今後は、これらも含めた総合的な議論が必要になってくると思います。

職場の上長へのアプローチ

質問者B 企業で人事労務を担当しているのですが、管理職への指導方法についてアドバイスをいただけないでしょうか。

弊社では、昨年、一昨年とうつ病で休職する従業員が何名か出ており、話を聞いたところ、所属長の対応が稚拙だったことがわかりました。

管理職への指導は行っているのですが、なかなか改まらない。うるさく言ったところ今度は過剰に反応して、彼らの残業時間が極端に増えたことがありました。

管理職が過剰になり過ぎず、かといって過少になり過ぎず対応できるようになるため、人事部門としてどのように指導を行えばいいのでしょうか。

郡司 私どもの調査結果によると、メンタルヘルスケアの担い手として、「職場の上司・同僚」がトップにあがっており、ラインケアを重視していることが明らかになっています。ただ、具体的に何をすべきかルール化しているところは多くありません。

今のお話をうかがった限り、上司が部下のメンタルヘルスケアについてどのような役割を負うのか明確にするのが1つの方策ではないでしょうか。

小林 一般的な対応としては、もちろん上司の役割を明確にすることも必要です。ただ、その上であまり変わらないのであれば、上司自身が不調になりかかっている、あるいは苦しんでいる可能性もありますので、部下への対応についての相談やコンサルテーションというかたちで面談し、上司の気持ちの持っていき方や行動の変容を促すのも1つの手だと思います。

それでも上司の態度に改善がみられないようであれば、部下を配置しないようにするしかないかもしれません。

プライバシー保護との兼ね合い

質問者C 社員のストレスチェックを行った際の個人情報やプライバシーの保護に頭を悩ませています。大企業であれば、情報を産業保健スタッフまでにとどめておくこともできますが、小さな企業では外部の方にお願いするしかないように思えます。

椎葉 前回、国会に提出した労働安全衛生法の一部を改正する法律案では、ストレスチェックは医師・保健師が実施し、その結果は労働者に直接通知することになっています。

通常の健康診断であれば、事業者に直接通知されますが、メンタルヘルス問題の場合、プライバシー保護が一層求められますので、審議会からの強い要望でこのようなシステムになりました。ただし、労働者の同意が得られた場合は、事業者にも通知してよいことになっています。また、事業者側は労働者の個別の結果は把握できませんが、職場の全体的な傾向を把握することは差し支えないとしています。

ただ、従業員のストレス状態は、日常の接触の中でわかる場合も少なくありませんので、普段から上司、同僚との関係性の中で把握するよう心がけていただければと思います。

いきいきとした職場づくりがメンタルヘルスの改善に

濱口 では、本日のフォーラムの最後に、クロージングコメントをいただきたいと思います。

郡司 JILPTの調査結果では、メンタルヘルスケアについて今後も取り組みを促進する余地があるとの結果がでておりますので、今後も皆様の関心の高さを背景に取り組みが進んでいくことを望みたいと思います。メンタルヘルス対策も、メンタルヘルスの問題にとどまらず、これを通じて、いきいきとした職場を増やすという取り組みにできればいいと考えています。

小林 今日は大企業の取り組みについて紹介させていただきましたが、規模にかかわらず、対策の根底に流れているのは、『活き活きとした職場』をつくりたいとの思いです。

大企業だからこそできる取り組みはあると思いますが、一方で小さな企業だからこそできる取り組みもあると思います。ぜひ企業同士で情報共有しながら、行動を起こしていただきたいと考えています。

最後に宣伝になりますが、東京大学では、今年度から職場のメンタルヘルス専門家を養成するためのプログラム「職場のメンタルヘルスの専門家養成プログラム(Todai Occupational Mental Health Training Program, TOMH)」を開講しております。全6回コースで、今年秋にも開講されると思いますので、関心のある方はぜひご参加ください。

原谷 経済状況が厳しいと目先の利益の追求に走りがちになりますが、そんな中で、日本企業のよい部分が失われていくことを心配しています。以前であれば、職場の中でチームワークが取れていたものが、最低限の人数で短期的な成果を求められることで、それがうまく機能しなくなるといったマイナス部分がでてくるかもしれません。

また、今後は「働きがい」にも注目する必要があると思います。以前、NHKの「プロジェクトX」という番組がありましたが、昔は睡眠時間を削り、何日でも働いた人たちがいました。例えば、世界一をめざすような仕事であれば働きがいがあり、仕事が楽しく、長時間労働でもあまりストレスにはなりません。

今はそのような働き方は難しいかもしれませんが、単純にコストを削減して、目先の成果だけを追い求めるのではなく、取り組んでいる仕事が楽しく、いきいき働ける職場をつくることがメンタルヘルスの改善に効果があり、企業の活力にもつながるのではないかと感じています。

椎葉 労働衛生課では、職場、職域のメンタルヘルス対策を中心に取り組んでいますが、厚生労働省全体としても、たとえば、地域医療との連携、とくに職場の産業保健スタッフと地域の医療機関の連携なども進めていきたいと考えています。また、医師、保健師だけでなく、産業保健に対し、メンタルヘルスに携わる様々なスタッフが総合的に支援を展開できるようにしていきたいと思います。

本日の話題には上らなかったのですが、従業員自身がITを活用して、ストレスへの対処方法を学ぶストレス・コーピングの普及にも力を入れる考えです。

そして、何よりも、将来的にはワーク・エンゲイジメントを高めることで、日本に「いきいき職場」を増やしていきたい。安全衛生の分野を越えていますが、厚生労働省としてはそのような広がりを視野に入れつつ、第12次労働災害防止計画に基づき、職場の安全と衛生に取り組むなかで、メンタルヘルス対策を企業の皆様とともに推進していきたいと思います。

濱口 ありがとうございました。本日、色々な観点からメンタルヘルスの問題について、ご報告いただくとともに、熱心に議論していただきました。小林さんが提起されたワーク・エンゲイジメントの達成こそがもっとも望ましいことを常に意識しながら、無理をせず、いきいきと働ける社会に一歩でも近づけることが望ましいと思っております。

プロフィール ※報告順

椎葉茂樹(しいば・しげき)

厚生労働省労働基準局安全衛生部労働衛生課長

1988年産業医科大学を卒業し、厚生省入省。青森県むつ保健所所長、環境庁環境保健部環境安全課保健専門官、厚生労働省老健局老人保健課課長補佐、富山県厚生部長、環境省環境保健部特殊疾病対策室長、厚生労働省医政局研究開発振興課長等を経て2011年より現職。

原谷隆史(はらたに・たかし)

労働安全衛生総合研究所作業条件適応研究グループ部長

1986年東京大学大学院医学系研究科保健学博士課程精神衛生学専攻を修了(保健学博士取得)。同年労働省産業医学総合研究所労働保健研究部研究員。1991年米国国立職業安全衛生研究所客員研究員(科学技術庁長期在外研究員として派遣)。1992年労働省産業医学総合研究所労働保健研究部主任研究官。省庁再編、独法化、独法統合を経て2008年より現職。

郡司正人(ぐんじ・まさと)

労働政策研究・研修機構主任調査員

1989年日本労働協会(現労働政策研究・研修機構)に入職。同協会発行の『週刊労働ニュース』記者として、労働問題・労使関係などの取材・報道に従事したのち、9年前から現職。その間、1997年から99年まで、JICA専門家として国際労働機関(ILO)のアジア太平洋総局(タイ・バンコク)に勤務し、共同研究プロジェクトの運営を担当した。法政大学大学院政策科学研究科修士課程修了、専門社会調査士。直近の調査では、「勤務医の就労実態と意識に関する調査」、「第6回勤労生活に関する調査」、「日本企業における留学生の就労に関する調査」などを実施した。

小林由佳(こばやし・ゆか)

本田技研工業株式会社人事部安全衛生管理センター 全社メンタルヘルス推進チーム

2005年岡山大学大学院医歯学総合研究科衛生学・予防医学分野修了。臨床心理士、博士(医学)。東京大学大学院医学系研究科精神保健学分野客員研究員。職場のメンタルヘルスケアの専門職として、2003年よりJFEスチール株式会社西日本製鉄所でメンタルヘルスケアシステムの立ち上げと日常のケアを担当。2009年より現職にて全社方針の策定と推進体制の構築、運用に関わっている。著書として、『職場におけるメンタルヘルスのスペシャリストBOOK』(共著、培風館、2007)がある。

コーディネーター

濱口桂一郎(はまぐち・けいいちろう)

労働政策研究・研修機構統括研究員

1983年労働省入省。労政行政、労働基準行政、職業安定行政等に携わる。欧州連合日本政府代表部一等書記官、衆議院次席調査員、東京大学客員教授、政策研究大学院大学教授等を経て、2008年8月から現職。主著に『日本の雇用と労働法』(日経文庫)、『新しい労働社会』(岩波新書)、『労働法政策』(ミネルヴァ書房)などがある。