事例報告 3
職場のいじめ・いやがらせ、パワーハラスメント解決のために―労働相談からみる解決のヒント―:
第60回労働政策フォーラム

職場のいじめ・嫌がらせ、パワハラ
—今、労使に何ができるのか—
(2012年5月31日)

金子 雅臣

金子 雅臣 職場のハラスメント研究所代表理事

私に与えられたテーマは「労働相談からみる解決のヒント」です。そこで、今日は当研究所に寄せられた相談の中から、仕事を進める上で起こるパワハラのケースに絞ってお話したいと思います。

相談でみられるパワハラの典型例

図表1は、相談でみられるパワハラの典型的な例を表したものです。まず左側からご覧ください。上段は、部下や後輩に対する「叱咤・激励」がコミュニケーション不足からパワハラと受け取られるケース。下段の「教育・指導」は、従来であれば、育成のためであれば許容されていた部分がやはりパワハラとして受け取られる。

図表1 職場でのパワハラの訴え

一方、右側は、パワハラと思われる行為を受けた側の反応です。たとえば、上段の「それは私の仕事ではない」は、上司や先輩から個人的な頼み事をされたり、職務を超える範囲の仕事を押しつけられた場合の反応です。

中段の「それは仕事と関係ないだろう」は、プライバシーを詮索されたり、仕事の延長線上で個人的な嗜好についてあれこれ言われた場合です。仕事がてきぱきできなかった場合、「親の顔がみたい」などと言われるのもその1つでしょう。育児や介護に関わっている従業員に対して、「そんなことは奥さんにまかせて仕事に専念しろ」もこれにあたります。

下段の「そこまでは言われたくない」は、たとえば、仕事でミスした際の叱責の仕方が非常に侮辱的であったり、本人の積み上げてきたキャリアを頭から否定されたような場合です。これ以外にも主観的な判断に基づき、一方的に本人の能力を否定するような言辞も該当します。

これら以外にも、つい仕事が忙しかったり、売上げが伸びなかったりした場合に、部下に対して、「そんな仕事のやり方じゃ残業をつけられないよ」とか「販売促進月間に休暇を取るなんて非常識だ」などと法に抵触する内容の訴えもあります。

皆さんの職場でも、これに近いことが日常的に起こっていると考えたほうがいいと思います。

難しいパワハラへの対応

では、こうした問題が起こったときの対応で、企業の担当者は何が困難と感じているのでしょうか。

東京都労働相談情報センターが都内30人以上の企業を対象に行った調査によると、もっとも多かったのは「パワハラと業務上の指導との線引きが難しい」で、約6割の企業がこれをあげています。ただ、あまりこの線引きを厳しくすると、上司が萎縮して指導ができなくなってしまう問題が生じます。

2番目に多かった回答は「事実確認が難しいこと」で45%の企業がこれをあげました。とくにパワハラの場合、「言った」「言わない」が問題になります。加害者側に「そんなつもりで言ったのではない」と主張されるとハラスメントかどうかのジャッジが非常に困難になります。

3番目は「被害者が嫌がっていることを加害者に理解させるのが難しい」(17%)です。加害者に悪意がまったくなく、本人のためを思ってしたことでも、パワハラと受け取られてしまうケースです。

この3つに「プライバシーの保護が難しい」(15%)、「被害者の精神的ダメージが大きいときの対応が難しい」(13%)が続きました。

上位3つからは職場でパワハラが起きたときの担当者の戸惑いが感じられます。一方、4番目と5番目は対応上の技術的な問題になります。

人権・人格の障害を加えると

図表2 概念とポイント

先程、本多参事官からの報告にあったとおり、円卓会議では職場のパワハラの概念と考え方のポイントが示されました。これを実際に職場で起こりがちな事例をあてはめる上でもう少しわかりやすくするために、「相手の人格・人権を侵害する」という文言を加えてみました(図表2)。

その上でこのポイントを整理したのが図表3です。 (1)の「職務上の地位や人間関係の優位性」が背景としてあり、これをもとに (4)の「精神的・身体的苦痛を与える」「職場環境を悪化させる」という結果が生じます。

図表3 パワハラ発生の背景と結果

真ん中の下段に (3)「人格・人権を否定する(言動)」が現段階で、パワハラと判断する際の1つのポイントと言えるのではないでしょうか。したがって、今のところは、図の (2)、 (3)を中心にパワハラを捉えていきたいと思います。

図表4はパワハラに関する訴えの度合いを整理したものです。左側はコミュニケーションギャップから生じる問題ですが、右側にいくほど深刻な内容になります。一番右側は重大な人権侵害により、職場に行けなくなる、メンタルヘルス不全を引き起こすなどのケースです。図表からもわかるように、パワハラの訴えは、内容の深刻さに幅があります。

図表4 パワハラ訴えの度合い

したがって、左側のコミュニケーションギャップの問題から、右側の重大な人権侵害まで、訴えに応じた対応と解決策が必要となります。先程、内藤さんのお話の中で、イギリスではこの種の問題について、先進的な事例があるとのことでしたが、実は日本にもすでに同様の手法が確立されています(図表5)。

図表5 パワハラ解決手法

パワハラの解決手法

この手法の流れは、 (1)通知…匿名の訴えで行為者に通知する (2)調整…両当事者の言い分を聞いて調整する (3)調停…両当事者の言い分を聞いて調停する (4)調査…被害者の申し立てにより調査を行い懲戒処分などをする――となっています。セクハラに関する訴えがあった場合、 (4)の調査から入ることが多いのですが、パワハラの場合、「何月何日に部下にこんなことを言っただろう」などと言ったところで、行為者のほうにも言い分があるので、問題が複雑化してしまいます。ですから、パワハラの場合、問題に発展する前段階のコミュニケーションギャップも含めて解決できるような手法が必要です。

実はこの手法は、大学におけるハラスメント、いわゆるアカハラが問題になりはじめた時に、様々な訴えに対応する中で編み出されたものです。今、多くの大学でも同様の手法が取り入れられています。

(1)の通知は、たとえば社内に歩くパワハラみたいな人がいて、周囲が実名で声をあげられない場合、苦情処理委員会に匿名で申し出る方法です。委員会は然るべきルートを通じて、行為者に対し、訴えがあったことを伝えます。この場合、処分は行われませんが、何度か通知をすることで、本人の反省を促します。

(2)については、当事者同士の言い分が異なる場合、とくに行為者がよかれと思った行動が問題となっている場合、間に人が立って調整することで解決に導きます。

(3)の調停は、当事者同士の言い分がまったく食い違い、調整も難しいケースで用いられる手法です。第3者が両当事者の言い分を聞いて、行為者側には「いくら善意でもそんなことを言うのはまずいだろう」と言う一方で、被害者側にも「上司の真意はこうなんだから、反発するだけではなく、きちんと受けとめて今後の仕事に活かしなさい」といった具合に調停を行います。

このように被害者の人権回復を基本とした解決方法であれば、必ずしも行為者への処分を伴わなくても、通知、調整、調停といった段階で解決する場合が少なくありません。

最後になりますが、企業はパワハラが起きたら、被害者の感情を大事にしながら解決に前向きに取り組むことが重要です。調整や調停といった解決方法は企業の解決に向けた積極的な取り組みがあることで効果を発揮します。