事例報告 1
積水ハウスグループにおけるヒューマンリレーション向上の取り組み:
第60回労働政策フォーラム

職場のいじめ・嫌がらせ、パワハラ
—今、労使に何ができるのか—
(2012年5月31日)

武田 勝

武田 勝 積水ハウス株式会社法務部ヒューマンリレーション室部長

本日は、当社のパワハラの防止に向けた取り組みについてご紹介します。積水ハウスは1960年に積水化学工業から分離・独立してできた会社です。従業員数は1万4,616人、うち、男性が1万2,053人、女性が2,563人です。建設業ということもあって、女性の比率は約18%と少ないですが、ここ7、8年は営業職としての採用が増えています。


企業倫理要項にパワハラの罰則規定も

当社では企業理念を1989年に制定しました。その根本哲学は「人間愛」で、これを中心に、基本姿勢として「真実・信頼」、目標として「最高の品質と技術」、事業の意義として、「人間性豊かな住まいと環境の創造」を掲げています。

この「人間愛」については、「人間は夫々かけがえのない貴重な存在であると云う認識の下に、相手の幸せを願いその喜びを我が喜びとする奉仕の心を以って何事も誠実に実践する事である」と、とらまえています。

2003年には、会社が企業理念に立脚した行動をとることを内外の関係者に約束した「企業行動指針」を制定、同年、さらにこの指針に基づき、会社、全役員、従業員が遵守すべき具体的事項を定めた「企業倫理要項」を制定しました。

この要項の第5章の3にパワーハラスメントの防止に関する項目として、「職権などの権限、権力を不当に用いて、人格や尊厳を傷つけたり、職場環境を悪化させる、あるいは雇用不安を与えるおそれのある言動は行わない」と明記してあります。パワハラそのものはもちろん、そのおそれのある言動も禁止しているのがポイントです。

また、要項の7章には罰則規定として、本要項に違反する行為をした者はもちろん本要項違反を放置した者についても、就業規則やその他社内規則に基づき処罰することをうたっています。

当社では企業理念が書かれた冊子を全従業員に配布しており、さらに研修もこれを使いながら進めていますので、全従業員は必ずその内容を理解しているものと考えています。

啓発・研修に加えてリスク排除も

では、ヒューマンリレーション室は具体的にどのような仕事をしているのかについてご紹介します。もともと、当社では、1980年頃から、人事部において同和問題、女性問題、外国人問題、障がい者問題といったあらゆる人権問題について研修を推進してきました。ところが、2000年代になってから、従業員一人ひとりが人権問題を自分自身のこととして捉えられていないのではないかとの反省が出てきたことや、トップからも従業員の人権を守ると同時に社内においてよりよい人間関係を築けるような研修を行うようにとの指示もあったことから、2006年に法務部にヒューマンリレーション室を新設し、人事部人権推進室の業務を移管しました。研修の内容についても、セクハラやパワハラの防止、コンプライアンス、メンタルヘルスなどにシフトしていきました。

法務部が担当するからには、自己啓発や人権教育など自主的な行動だけでなく、会社として積極的にリスクを排除していく体制づくりが必要となりました。研修も社内の人間関係とそれが業績に与える影響なども考慮した内容となっています。

多岐にわたるHR室の業務

ヒューマンリレーション室の業務のひとつとして、99年に改正男女雇用機会均等法が施行されたのに合わせて設置されたセクハラホットラインを引き継ぎ、現在はセクハラだけでなくパワハラや人権問題に関する相談、質問を受け付けています。相談のうち、実際に事案として取り上げるのは年間約80件前後ですが、かかってくる相談件数自体はその3倍はあります。

さらに「ヒューマンリレーション研修」も行っていますが、我々の業務として、各部署、関係会社で行う研修の支援や講師の養成・手配をしているほか、相談窓口担当者の養成にも取り組んでいます。

ヒューマンリレーション室のメンバーはわずか4人しかおらず、この人数ではこれらの業務をこなすことは難しいので、全国の事業所、部署、グループ会社にヒューマンリレーション推進委員会という組織を設置しています。推進委員長は各事業所長が務めることになっているのですが、まず委員長を教育するため、毎年、全国のグループ会社を含めた事業所長を集め、「講師養成講座」を開催しています。

また、推進委員は管理職、チームリーダー全員が担当することになっていますが、その中から、事業所ごとにセクハラ・パワハラ相談窓口担当者を男女各1名ずつ任命してもらっています。相談窓口担当者に対する研修も年間10回程度、東京、大阪でそれぞれ開催しています。もちろん、ホットラインに相談してもいいのですが、事業所内で起こった事案については、事業所内で解決したほうがその後のフォローもしやすいことから、このような相談ルートも選択肢として設けています。

業務として、啓発ビデオの紹介、斡旋、貸し出しも行っているほか、毎年、人権週間の時期に全従業員とその家族から「人権標語」を募集しています。毎年2万数千点ほど応募があります。その中から最優秀作品5点と家族の部1点を選び、ポスターを作成して、全事業所に1年間掲示しています。

当社では人権問題に取り組み始めてから10年目となる1990年から、毎年1冊ずつヒューマンリレーション研修用のテキストをつくっています。人事部が作成していた時代は「人権啓発レポート」というタイトルでしたが、法務部に移管した2006年以降は「ヒューマンリレーション研修テキスト」に改められました。社内事例も掲載しており、研修ではこれを事例研究としてどのような対応をすべきかグループで討議してもらっています。

ヒューマンリレーション研修を推進するにあたっては、先ほどご説明したとおり、推進委員長である事業所長が研修講師を務めます。推進委員は年間6時間以上の研修を受講することが定められており、一般の従業員も少なくとも年間3時間以上は研修の受講が義務付けられています。

研修のねらいは、コンプライアンスの徹底と企業倫理要項の遵守により、働きやすい自由闊達な職場風土をつくることが、従業員一人ひとりの能力向上と業績向上につながることを理解することにあります。

さらに人権侵害を「しない、させない、ゆるさない」企業体質をつくるとともに、企業理念の根本哲学である「人間愛」を実践し、自らの生き方を学ぶことも目的としています。

この研修では、到達目標となるレベルを設定しています(図表)。第1段階が、全従業員の立場として、「人権侵害を自分はしない」こと。第2段階が推進委員の立場として、「人権侵害をまわりにもさせない」こと。第3段階では、幹部社員の立場として、「人権侵害をなくしていく」こととして、そのために積極的な取り組みをしてもらいます。

図表 ヒューマンリレーション研修

管理職のパワハラへの対応を強化

パワハラについて窓口に寄せられる相談の内訳をみると、管理職によるものが多く、行き過ぎた指導やマネジメント上の問題、これらのベースとして人間関係の不調に関する事案の割合が高くなっています。

また、パワハラの行為者となる上司の傾向としては、多様な価値観を尊重しなかったり、部下の話を聞かなかったりなど、自分の経験則に基づいた一方的な指導をするケースが多く見受けられます。業績面で余裕のない職場では、それがストレス要因となって、特にこうした人間関係のトラブルが起こりやすい傾向があります。

残念なことにパワハラの行為者の大半は管理職で、資質だけでなく、入社後に配属された職場における上司や先輩の影響を大きく受けています。そこで、研修では講師を務めてもらい、部下に対して、「自分はセクハラやパワハラは絶対しないし、許さないんだ」とはっきり宣言してもらいます。同時に管理職同士による討議で、自分たちの職場における問題を抽出し、討議することで、推進委員全員が自分を律し、見識ある行動ができるようになることをめざしています。

これまで30年以上、人権研修を続けてきましたが、ハラスメントをゼロにすることは難しく、年間80件前後の事案が発生しています。それでも「繰り返し、愚直に、徹底的に」この問題に取り組み続けていくことが大切ではないかと思います。

若手社員の自尊心の向上も

最近の若手社員は、周囲とうまくいかない原因を周囲や環境のせいにする傾向が一部でみられます。さらに自己肯定感が非常に低く、自信のなさから仕事を任せられると負担に感じてしまう人もいるように思えます。

そんな若手社員に対し、一人前になってもらうためには、自分自身に対し、ポジティブで好意的になれる「セルフエスティーム(自尊心)」の向上が不可欠だと考えました。そこで、入社3年目の総合職の社員を対象に2泊3日の集合研修を実施しています。そのなかで、自分自身を見つめなおし自己肯定感を高め、将来のあるべき姿に向かって行動できるための目標設定をします。

ヒューマンリレーション研修の全従業員研修においては、コミュニケーション能力を高めると同時に、ストレス耐性を向上させることをめざして、一昨年は自分自身を知ることをテーマに研修を実施しました。昨年は自己成長エゴグラムを用いて、自我のバランスを知った上で、上手なセルフコントロールを学ぶメニューを用意しました。さらに今年度はアサーティブな自己表現スキルを身に付けるための研修を行っています。

最後になりますが、当社は、グループ企業も含め、セクハラやパワハラをはじめとするあらゆる人権侵害、いわゆる差別を「しない、させない、ゆるさない」企業体質をつくり、自由闊達な風通しのよい職場づくりを進めていける自律的な人材育成をめざしています。今後も組織的・体系的に、研修などを通じてさらなる啓発の推進と継続が不可欠であると考えています。