研究報告 コミュニケーションを助けるツールの活用:
第49回労働政策フォーラム

変化する若者へ向きあうキャリア・ガイダンス
(2010年10月21日)

室山晴美/労働政策フォーラム開催報告(2010年10月21日)

JILPT主任研究員 室山 晴美

私が所属するキャリアガイダンス部門ではハローワークでの職業相談や学校でのキャリア教育に使えるツールの開発を行ってきました。

本日は「変化する若者へ向き合うキャリア・ガイダンス」というテーマに沿って報告した後、若者を支援する際に活用できる新しいツールも紹介したいと思います。

私たちは「職業レディネス・テスト」という中学生、高校生を対象としたツールを開発しています。これは「職業レディネス」という言葉で示されているように、職業への準備度の測定を目的とするテストです。このテストはアメリカのホランド(John L. Holland)博士が提唱した興味の6領域をもとに職業興味を整理します。検査は「A検査」(職業興味)、「B検査」(基礎的指向性=日常生活の興味の方向)、「C検査」(職業遂行の自信度)の3つの尺度で構成されています。職業志向性に関するA検査とC検査では、それぞれ同じ項目に関する興味と自信を測定します。たとえば、「オーケストラの指揮をする」という項目に対して、A検査では「やりたい」「どちらとも言えない」「やりたくない」のいずれかで回答します。一方、C検査では「自信がある」「どちらともいえない」「自信がない」のいずれかで回答します。

図1 Hollandの興味の6領域/労働政策フォーラム開催報告(2010年10月21日)

A検査、C検査の結果はホランドの6領域(図1)で整理します。R領域(現実的興味領域)は機械や物体を対象とする具体的で実際的な仕事や活動の領域です。I領域(研究的興味領域)は研究や調査のような研究的、探索的な仕事や活動の領域です。A領域(芸術的興味領域)は音楽、芸術、文学といった創造的活動の領域です。S領域(社会的興味領域)は人と関わったり、人に接したり、奉仕したりする活動の領域です。E領域(企業的興味領域)は企画・立案を行ったり、組織の運営や経営の仕事や活動の領域です。最後のC領域(慣習的興味領域)は定まった方式や規則に従って、定型的にこなしていくような仕事や活動の領域です。ホランドは以上の6つの領域で興味を測定する考え方をとっており、レディネス・テストもこの6つの領域で測定します。

今日、ご報告するのは、1989年のデータとそれから17年を経た2006年のデータの比較です。2006年にテストを改訂しており、厳密には両者の項目は変わっているため、同一項目のみを使って比較しました。中学生と高校生のデータを取りましたが、今回は高校生のデータだけを分析しました。

図2 高校生の領域別の職業興味(1989年版と2006年版の比較)/労働政策フォーラム開催報告(2010年10月21日)

図2が領域別の職業興味を比較したものです。全体的には89年より06年のほうが明らかに低くなっています。つまり、06年にテストを受けた高校生のほうがいろいろな仕事に対して「やりたい」と思う気持ちが低くなっているということです。

自信に関しても同じ傾向が表れており、89年よりも06年のほうが低くなっています(図3)。領域によってはそれほど大きく下がってないところもありますが、逆にはっきりと大きく下がっている部分もあります。たとえば、職業興味ではE(企業的興味領域)やC(慣習的興味領域)における興味が大きく低下しています。自信に関しても同様です。

つまり、89年に高校生だった人より、06年に高校生だった人のほうが何かを企画したり、リーダーシップを発揮して物事を進める、あるいは定型的な仕事をきちんと処理していくということに対する興味が顕著に低くなっているということです。E領域やC領域は会社の中で適当的に働いていくことに関連する領域で、それが大きく低下していることはとても気になります。

図3 高校生の領域別の自信(1989年版と2006年版の比較)/労働政策フォーラム開催報告(2010年10月21日)

これらの領域の中で具体的にどのような項目に対する関心が低下しているかを調べたのが図4図5 です。Eに関しては、「やりたくない」が高かったのが高度なリーダーシップを発揮する項目です。同じEでも「自分の店を経営する」「外国で珍しい品物を探し出して輸入する」といった項目は比較的「やりたい」と答えた人が多くなっています。

Cに関しては「文字や数字をコンピュータに入力する」「ワープロやパソコンを使って、書類などを清書する」といったコンピュータ関係の単純な作業に対する興味は比較的「やりたい」が高い一方、同じコンピュータを使うにしても複雑な計算をするとか、責任の伴う作業を緻密に行うといった仕事への関心は低く出ています。

図4 企業的領域(E領域)への興味の選択頻度2006年版データ/労働政策フォーラム開催報告(2010年10月21日)
図5 慣習的領域(C領域)への興味の選択頻度2006年版データ/労働政策フォーラム開催報告(2010年10月21日)

データ分析の結果をまとめると、先ほども指摘したとおり、EやCという領域は企業や組織の中で働くときに関連する特性なので、89年と比較した場合の低下傾向が懸念されます。

「やりたい」「できそうだ」という気持ちを育てるためには職業の持つ特性や、その特性と自分の職業興味との関係に意識を向けるような経験を持つことが重要です。そのためには、若者に対して、いろいろな形で職業への理解を深めたり、職業と自分との関連を考えるための機会を与えるべきだと思います。

その一環として、今ご紹介した職業レディネス・テストの各項目をカードにしたガイダンス・ツール「VRTカード」を開発しました。これはペーパーテストよりも、実施と結果の整理が非常に簡単にできるというメリットがあります。また、各項目はレディネス・テストと同じものを使っているので、信頼性が保証されています。学校などでは、生徒を2人1組として実施すると、実施者と受検者との間で自然なコミュニケーションができるため、コミュニケーション・ツールとしての意義もあると考えています。

カードの表面には「部品を組み立てて機械を作る」といった項目が書かれており、裏面には (1)これに対応する仕事の名称 (2)ホランドの興味の6領域(RIASEC)の分類 (3)DPT(Data(情報)・People(人)・Thing(もの))のどれに関係しているか――が記載されています(図6)。

図6 VRTカードの構成/労働政策フォーラム開催報告(2010年10月21日)

コミュニケーション・ツールとしての大きな特徴は、実施者と受検者の間でやりとりをすることにあります。使い方としては、実施者が受検者にカードを1枚ずつ読んで手渡します。受検者はこれを「やりたい(自信がある)」「どちらでもない」「やりたくない(自信がない)」のいずれかに分類します。

分類した結果を記録するシートが用意してあり、これに分類結果をすべて記録することで、職業レディネス・テスト同様、正確なテストを行うことができます。

テスト結果を最終的に解釈するために「結果・整理シート」という用紙を用意しています(図7)。このシートには先ほどご説明したホランドの6領域の解説とともに、対応する職業名がすぐわかるように記載されています。解釈の時には、たとえば「やりたい」に分類されたカードに「R」と記載されていれば、Rの領域の周囲に並べていきます。各領域にカードを散りばめたうえで、どの領域にどれくらい「やりたい」カードがあるのか、そのやりたい領域に共通する要素は何かを調べて検証することができるようになっています。

図7 結果・整理シート(解釈用)/労働政策フォーラム開催報告(2010年10月21日)

ペーパーテストでは結果はプロフィールというかたちで表示されますので、この領域が高い、低いというプロフィールに関する解釈になりますが、カードの場合には、1枚1枚のカードがそのまま残るため、それらを相互に見比べて、解釈できるという大きなメリットがあります。

VRTカードの活用場面ですが、これまで学校のキャリア教育の授業やハローワークなどの職業紹介機関で使っていただいたり、個別相談の中で活用してもらいました。

実際にカードを使ってみた高校生に感想を聞いたところ、「あっという間に時間が過ぎるくらい楽しくできた」「こういうかたちでテストというのはとてもよかった」という意見がありました。一方、先生からは「コミュニケーションが苦手な生徒たちがカードを使うことでやりとりができてよかった」「自分が実施者側のとき、相手の人がどんな分類をするのか見ることは大事な経験になる」という声がありました。大学生からも「飽きることなく楽しく作業できた」「2人1組でやるので自分でも気づかない点を発見することができる」という感想が得られています。

ハローワークの個別相談の場では、求職者に対して相談担当者にカードを使ったテストを実施してもらったところ、求職者からは「興味と自信がはっきりわかった」「担当者に手伝ってもらってよく理解できた」といった感想がありました。担当者側は「窓口でも簡単に実施できた」「求職者の興味がわかっただけではなく、いろいろな話を引き出すことができた」と答えており、このテストが興味を明らかにするだけでなく、お互いの話し合いを助けることがおわかりいただけるかと思います。

VRTカード/労働政策フォーラム開催報告(2010年10月21日)

今後の課題ですが、現在、このカードの使い方の事例を収集しており、効果的な使い方があれば現場に情報を提供していきたいと考えています。また、集団場面で簡単に実施できるワークブック(簡易版カード)を開発中です。これは、生徒がカードを自宅に持ち帰って、家族と試すことができるというイメージで開発しており、家庭での、コミュニケーションの促進もめざしています。