議事録:第2回旧・JIL労働政策フォーラム
ITの雇用に及ぼす影響
(2001年9月7日) 

目次


講師プロフィール

小野 旭(おの あきら)
日本労働研究機構研究所長。東京国際大学経済学部教授。一橋大学名誉教授。2001年より現職。
主な編著に『変化する日本的雇用慣行』(日本労働研究機構、1997年)など。
労働経済学専攻。

森谷 正規(もりたに まさのり)
放送大学教授。日立造船、野村総合研究所、東京大学先端科学技術研究センター客員教授などを歴任。
主な著書に『IT革命の虚妄』(文藝春秋、2001年)。
現代技術論専攻。
 
D.Hugh Whittaker(D.ヒュー・ウィッタカー)
英国ケンブリッジ大学東洋学部教授、企業研究所副所長。
主な著書に、“Managing innovation : a study of British and Japanese factories”, " Small Firms in the Japanese Economy" (Cambridge University Press、1990, 1997), など。
経済社会学専攻。

酒光 一章(さかみつ かずあき)
厚生労働省政策統括官付労働政策担当参事官室労働経済調査官。
『平成13年版労働経済白書――情報通信技術(IT)の革新と雇用』執筆担当。

八幡 成美(やはた しげみ)
日本労働研究機構統括研究員(職業能力開発担当)。
主な著書(共著)に『中小企業の競争力基盤と人的資源』(文眞堂 , 1999)など。
経営工学、労務管理専攻。

亀山 直幸(かめやま なおゆき)
日本労働研究機構常任参与。
主な著書に『変わる日本型雇用』(共著、日本経済新聞社 , 1999)など。
産業労働・雇用政策論専攻。


はじめに(小野旭・日本労働研究機構研究所長)

 日本労働研究機構では、雇用や労働に関するさまざまな政策問題について、いろいろな立場の方々に政策論議を活発に展開していただきたいという考え方から、労働政策フォーラムを適宜開催することといたしました。第2回目となる今回のテーマは「IT の雇用に及ぼす影響」であります。
 インターネットを核とする情報技術の進歩、これは大変重要な技術革新の1つでありまして、雇用労働面に大きな影響を及ぼすことが予想されております。また、それに対応したさまざまな政策も必要となるでしょう。一番大きな問題は雇用問題、雇用が増えるか減るかという、これはリカードゥの「機械論」 以来の伝統的な問題であります。アメリカやイギリスの1世紀、1世紀半、そういう長期にわたる失業の統計を見ますと、別段失業率が上がっているという証拠はございません。その間、もちろん技術はかなり進歩しましたが、失業率が傾向的に増えているということはないわけです。
そういう意味で、私は大変楽観的に考えるのでありますが、他方では、「過去にそうであったから、ITの場合もまた雇用に関して非常に楽観的に考えてよいのか」という議論もあります。実際、私ども経済学をやっている人たちの中では、ITの雇用に及ぼす影響に関して、悲観的な考え方をとる人もいらっしゃいます。
それから雇用問題のほかに、これは非常に相互に関連していますが、「熟練にどういう影響を及ぼすだろうか」という問題もあります。「定型的な仕事は、ITが入ってくることによってどんどん機械に取って替わられてしまう」という発言が一方でありますが、今まで非定型的と思われていた業務が定型化されるということがあるかもしれません。そういうことも含めて、ITと熟練形成の問題が、非常に大きな問題でありましょう。こういう熟練に関する問題ですと、熟練をうまく高めていける人とそうじゃない人が出てまいります。そこで賃金の格差とか、あるいは所得分配の問題などにも大きな影響が出てくる可能性があります。
それからもう1つ、組織の問題があります。企業組織がどうなるか。よく言われるのは、「組織のフラット化」です。「もう中間管理職は要らない」という議論がありますが、他方で「いろんな情報がいっぺんに上のほうに行ったらやっぱり大変じゃないか」、「中間管理職が簡単になくなるとは言えないのではないか」という疑問も一方にあって、事実はどうなのか。今日のフォーラムでそういう議論が出てくれば、そこで明らかにされるところであろうと思います。
組織の問題でもう1つ大切なのは、このITが出てきて、日本の生産システムが一体どういうふうに変わっていくのだろうかということです。ITは非常に変動が激しい。その激しい変動にうまく追いついていけるような適応性のある労働力が必要とされる。そういうものに対応するような生産システムというのは、果たして今までの日本の雇用システムとうまくマッチするのだろうか。こういう問題がまたあります。
それから働き方の問題です。パートや派遣の増加など雇用形態がどうなるのか。それから、人によって言葉の使い方はいろいろ変わるかもしれませんが、就労の形態がどうなるか。今までのように会社へ出かけて行って働くのか。それともそうじゃなくて、いわゆる在宅就労のようなものがどんどんこれから盛んになってくるのか。
そういう雇用、熟練、組織、それから働き方などのさまざまな問題が考えられるわけです。さらに、労働法制の問題がどうなるかということも、広い影響を考える場合には、同時にわれわれ頭の中に入れておかねばならないでしょう。
こういうわけで、ITの問題は多面に及ぶ可能性があります。今アメリカがちょっと不景気でありまして、ITに関する議論も少し鎮静化しているように思いますが、むしろそういう落ち着いた環境の中でこそ議論を深めることができるのではないかと思います。
 本日は大変ご多用のところを、パネリストを引き受けていただきました講師の方々に心から御礼申し上げます。以上をもちまして、私の冒頭のあいさつとさせていただきます。

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セッションⅠ 情報通信技術は社会経済をどう変化させるのか?

【亀山】 今日のシンポジウムは3つのセッションに分け、それぞれ誰かに基調報告をしていただいて、それを巡って議論し、次に話題を移すという方式をとります。最初から話題を3つに分けておこうとこういうことであります。
その話題のトップは、「情報通信技術は社会経済をどう変化させるのか?」というテーマです。まず、このテーマを置いたことについて、我々の意図をご説明しておかなければなりません。今から15年ほど前、マイクロ・エレクトロニクスと労働ということが盛んに議論されたことがございました。この「MEと労働」に関して分析したときは、それほど難しくなかったと言って良いでしょう。なぜかと言うと、MEの問題では、ME技術を使った自動化機械、つまりNC旋盤、マシニングセンター なり、溶接ロボットなり、オフィスで言えばいわゆるOA機器などが職場に入ってきて、その職場で労働にどんな影響を与えたのかということを分析するために、ME機器が導入されたその職場に行って調査をすれば良かったからです。
 我々はMEに関して大きな国際会議 を開き報告書をまとめたのですが、その報告書の副題は、今から15年前になりますけれども、『MEからITへ』でありました。これから先は、職場に自動化機械が入って来て、その職場で労働を減らすとか減らさないとか仕事を変えるとかいうのではなく、情報通信技術というものが軸になって社会的な関係が変わってくる。職場だけではなく社会的な関係の変化を生み出す。そういう意味でIT、インフォメーション・テクノロジーという観点から見るわけで、「マイクロ・エレクトロニクスからインフォメーション・テクノロジーへ」というふうに、15年前提起しておきました。
 まさしく今問題になっていますのはそのITでありまして、ヨーロッパなどではITと言わず、通信が問題であるというのでインフォメーション・コミュニケーション・テクノロジー、「ICT」というふうに言っています。まさしくコミュニケーションのところに新たな技術が入って来た。そうなると、その新しい技術が労働の現場に入って来てその労働の現場でどう変わるかというだけではなく、社会的な広がりをもって変化を生み出してくる。ここが大事です。したがいまして、雇用とか労働に入る前に、このインフォメーション・コミュニケーション・テクノロジー、ICTが社会全体にどういう影響を及ぼすか、どういうインパクトを持つかという視点をきちっと最初に確認しておくことが大事であるということで、最初のセッションを「情報通信技術(ICT)は社会経済をどう変化させるのか?」といたしました。
 我々のテーマはもちろん雇用であり労働でありますけれども、その雇用と労働がどう変わるかという前に、今度の技術の特徴、そしてそれは社会的な関係を変えていくのだという点に関して、最初に森谷正規・放送大学教授からご報告いただくことになっています。森谷さんは『IT革命の虚妄』(文春新書、2001年)という大変面白い本を出されています。IT革命の虚妄というから、虚妄だけ書いてあるかというと、そうではありません。一貫して主張しておられることは、「IT革命」とか「IT」という熱病にうかされたような状態があり、それに対してもっとクールに考えようということです。それがずっと貫かれていまして、大変興味深い本であります。それでは森谷さん、お願いします。

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基調報告(森谷正規・放送大学教授)

 森谷でございます。私は労働問題の専門家ではありませんで、技術開発問題全般を30年ばかり考えてまいりましたが、ITについて冷静に、やや冷たく見た本を出しました。技術を見ていて言えることですが、ブームになりますと大抵ポシャるわけです。マルチメディアブーム、その前のINS ブームというのもポシャりました。ITがポシャると考えてはおりませんが、少々騒ぎ過ぎで、昨年の「IT革命」、今年に入りまして、なんと「IT不況」であります。昨年は、ITがどれぐらい雇用を増やすのか、あるいは減らす面もあるだろうなんていう話がありました。今ではアメリカも日本もITというとリストラであります。一体これはどういうことなのか。したがって、ITというものの本質をしっかりつかんでおかないといけません。それを申し上げたいと思います。

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「IT」とこれまでの情報技術との違い

 ITというのはインフォメーション・テクノロジーでありますから「情報技術」ですが、旧来の「情報技術」とITとではかなり違う面があります。いろんな面から考えられるわけですが、ここでまず申し上げておきますのは、今のIT不況に絡む問題であります。森前首相とか経済学者がだいぶあおりましたが、ああいう方々が間違えるのはしようがない。しかしアメリカのインテルだとかマイクロソフトだとかが、ご承知のように業績下方修正、リストラで、その影響を受けて日本も次から次にリストラということになっているわけです。何でこういう企業が間違えたのか。これが非常に重要であります。そのITとこれまでの情報技術の違う点を3点申し上げます。
 まず、この数年のITというものは、情報技術が進んできて情報のデバイス(機器)が非常に発展してきたということであり、大変高性能なものが非常に安いということです。したがってたちまち普及をするという面があります。昔はテレビも高かった。VTRも高かった。コンピュータも高かった。しかし、今パソコンは大変安くなっております。高性能の物でも、携帯でも安い。したがってたちまち普及をする。関係者は「ドッグイヤー 」(犬の年齢)という表現を使います。例えば、3年で成長をする。それは3年で成熟をするということであります。たちまち成熟をしてしまう。ITがもう完全に成熟したと言うつもりはありませんが、ある段階でかなり普及してしまった。当然、伸びは止まるわけですが、それを何でまだどんどん伸びると予想したのか。昨年は携帯電話を5億台つくると言っておりました。それが4億5,000万になり、4億ちょっとになったわけですが、こんなにつくったらたちまち飽和するというのはわかるはずです。
 第2の特徴として、私はだいぶ前から「パソコンというのは機能発展型の技術だ」と言っておりました。いろんな用途に使えるのです。これはパソコンが最初だと思います。車は走らせる機械、洗濯機は洗濯する機械です。コンピュータは何でもできるはずですが、ほとんどずっとOAに使われてきました。しかし、パソコンのように安くなって、いろんな用途に機能が発展したという技術は初めてであります。携帯にしても電話をするための機械でありますが、インターネットと接続し、さらに第3世代になりますと、画像通信までいろいろなことができる。この「何でもできる」ということが、過剰な期待になったのだと考えられます。特に当事者、ソフトの会社、デバイスの会社は、「いろんなことに使えるから、ある程度買ってもまた次々と買い替えてくれるだろう」と思ったのでしょう。その見通しが甘かったのだろうと思います。
 3番目ですが、このITによる情報化は、「違う」(多様な)情報化であるという点です。これまでの情報化は「同じ」(均一な)情報化です。OAというのは、どこの会社がやっても大体似たような同じことをやるわけであります。テレビにしても、だれでも同じ見方をします。ところがITにはeメールがあり、eコマース があり、e情報――私はウェブサイトの情報を見ることをe情報と言っていますが――があり、いろいろな「違う」使い方があります。
 それから、企業がこれらを導入する場合、業種によって、商品によって非常に違いがあります。これがITの特徴だと思うのであります。それを「皆がeコマースで物を買うだろう」、「どういう業種でもeビジネスのサプライ・チェーン・マネジメント(SCM) を導入するだろう」と考えたのがそもそも間違いです。それを非常に必要とする業種もあるし、eコマースで物を買う人ももちろんいますが、それはしかし少数だということであります。
 ということで、IT全般を見ますと確かに発展をしますが、従来のようにテレビがわーっと普及したとか、そういう状況ではなかなか進まないと考えております。基本的にこのITを見る場合、「違う」という視点で見るということでありまして、その第1はまず今申し上げましたように、人によって、業種によって、商品によってITの進め方は大変違うということです。
 それから、「アメリカと日本は違う」という見方をしないといけないと思っております。これまでの企業の情報化は、アメリカで起こったことが大体5年遅れで、日本で生じるということでした。ダウンサイジング、メインフレームからパソコンへというのは大体その通りでありました。しかし、ITは社会に家庭に広く入っていきます。そうしますと、国民性が違い、生活慣習が違い、物の売り方も違いますので、アメリカで進んだことが必ずしも日本で進むとは限らないという見方をしないといけないはずです。
次に申し上げたいのは、社会全体を考えますと、「企業の情報化」、「家庭の情報化」に加え、あまり言われませんが、さらにもう1つ重要なことに「社会の情報化」があります。これら3つはそれぞれで進みようが大変違うということをはっきり認識することが必要だと思っております。
 最後に、「できること」と「すること」は違うということがあります。とかく「できる」となりますと、マスコミなども、あるいはメーカーも「できることだからやってもらえるだろう」と思います。しかし、そうはいきません。特に情報化がここまで進みますと、皆が喜んで「できること」をやるかというと、そうはならない。「面倒なことはやらない」という人は結構多いわけでして、「できること」と実際に「すること」とは違うという見方をすることが必要だろうと思います。

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IT化の今後の見通し

(1)企業の情報化

 そういう基本的な見方の上で、産業と家庭と社会で、このIT化をどう見るかというのを少し具体的に、と言いましても時間があまりありませんので、要点だけを申し上げます。まず、「産業の情報化」、「企業の情報化」でありますが、全般的に言えば、これは着実に進むと考えております。しかし、先ほど申し上げましたように、業種によって、製品によって非常に違います。eビジネス、SCMあるいはBtoBのeコマース、これらが進み始めておりますが、よくよく見ますとその3分の2ぐらいが電機産業、3分の1が自動車産業であります。ほかではあまり進んでおりません。電機産業はかなり自分たちのビジネスにつながるわけですから、「少々過大な宣伝をしてやっているけれども実態はどうか」ということを少し慎重に考えないといけないと思います。
それから、昨年しきりに「中抜き」ということが言われましたが、かなりオーバーに言われたわけで、やはり注意しないといけません。皆がインターネットでショッピングをすると流通業者が要らなくなる。それで「中抜き」というわけです。確かにそういう面もありますが、ひとつひとつ考えてみますと中抜きというのはむしろ少ない。中間業者はこれからも必要であるというのがやはり大半であります。
 それから、BTO (ビルド・ツー・オーダー)、これからはインターネットで注文して、それぞれが好みの物を生産してもらえる時代になるということがしきりに言われました。これが理想的だということですが、確かにパソコンではそうです。パソコンでは進みました。しかし、ほかに何があるのか。いろいろ調べましたけれども、ほかの商品でBTOというのはまだないですし、可能性もどうも見当たらない。これを大いに宣伝する人が、「宅配ピザはBTOだ」と言っていました。確かにそうですが、宅配ピザぐらいかなということでもあります。それから、「世界中から最も安い部品を調達する」というのも松下電器が試験的に始めていますが、例えば電源コードやトランス、スピーカーなどは調達しますけれども、やっぱり核になる部品を公募して調達するということはなかなかやりません。ということで、企業の情報化も少々オーバーに言われております。それを少し冷静に考える必要があります。全般的に企業で大変化が起きたというのではなくて、これらは合理化のために進んだと考えております。企業は合理化を着実に進めます。そういう見方で見る必要があると思います。

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(2)家庭の情報化

 次に「家庭の情報化」でありますが、デジタル・ハイビジョンが非常に苦戦をしております。私は昔から「ハイビジョンはあまり伸びないだろう」、「一体何が良いのかよくわからない」と考えておりました。情報化はもうかなり進んでおりまして、本当にこれからどういう情報化のニーズがあるのか見極めることが大変重要であります。メーカーの側は「こういう物をつくったら売れるはずだ」と考えますが、なかなかそうはいかないという見方が必要だろうと思うわけです。
 インターネット家電というのがありますが、ネット家電は売れないと思います。冷蔵庫をインターネットに結びつけて何をするのかというと、在庫管理です。それをどういうふうに利用するのかというと、例えばスーパーに買い物に行って、家の冷蔵庫にトマトがあるかないかわからない場合に、携帯で電話をしたら「現在、冷蔵庫にはトマトが2個あります」と答えてくれるというものです。しかし、これやるのは大変です。センサーが走り回って、「冷蔵庫にトマトらしい物が2つある」と確かめるなんてことは絶対できません。トマトを5個買ってきたら、冷蔵庫に「トマトを5個入れますよ」と言わないといけないんです。トマトを3つ使ったら、「トマトを3つ使いました」と言わないといけない。そんなことまでやって、在庫管理をするのか。
それからインターネット電子レンジです。電子レンジというのは基本的においしい料理はできません。いろんな料理が考えられましたが、結局あれはチンをする機械ですね。温めるには非常に良い機械です。基本的にはそういう機械でありまして、もう便利さは十分じゃないかということであります。
 楽しさの面では、いろいろ画像を取り込んで、自分でそれを加工するというようなことで可能性があるとは思います。しかし、「それをやる人が本当にどれぐらいいるのか」ということを考えないといけません。基本は「生活にとって情報とは一体何なのか」ということを考えないといけないわけでありまして、全般的に家庭の情報化は、期待されているほど、あるいは予想されているほどには、なかなか進まないと思います。

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(3)社会の情報化

 そして、「社会の情報化」でありますが、これはなかなか進みません。しかし、進めないといけない情報化だと考えております。ここでは、交通、教育、医療、文化、行政といった、いろんな面での情報化が考えられます。交通ではITS (高度道路交通システム)ですね。これは道路の情報化でありまして、今少しずつ進み始めております。交通渋滞、あるいは交通事故を減らすために、何としても進めないといけない情報化であります。
 それから教育の情報化ですが、私はずっとマルチメディア教育をやるべきだと言っています。昔、CAI(コンピュータ支援教育システム)というコンピュータ教育がありました。私はコンピュータで教育はできないと思います。教育をするためには、画像ですね。コンピュータ・グラフィックス(CG)が良いわけですが、CGでない映像でも良いと思います。画像を見せれば非常にわかりやすく面白い。今大変な問題になっている学級崩壊は、面白くないから児童が歩き出すわけでありまして、面白いものを見せる必要があります。それから、学力低下を防ぐためにもマルチメディア教育をやれとしきりに言っております。このためには、コンテンツをつくるという大変な仕事があります。政府がITにお金を出すのだったら、マルチメディア・コンテンツをつくるのにどんとお金を出せば良いと思うのでありますが、なかなかそういうふうには進んでおりません。
それから医療の情報化です。これは遠隔医療や電子カルテ、病院間のネットワークということで昔から言われております。技術的にはそれほど難しくありません。難しいのは、お医者さんがカルテをインプットしてくれるかどうかということです。お医者さんというのは偉くてなかなかインプットしてくれそうにないという問題もあるのですが、やはり医療サービス向上のために進めないといけません。
 それから文化の情報化についてですが、図書館や美術館、博物館の電子化ということと、もう1つはデジタル・アーカイブ(保管庫)という画像中心のだれでも使える情報をできるだけ多く整備するということで、これは家庭のブロードバンド化にはどうしても必要だと思います。ブロードバンドについて、IT戦略会議は5年以内に超高速の光ファイバーが1,000万世帯、ADSLなどの高速回線が3,000万世帯と言っていますが、そんなにブロードバンドを引いて一体何を流すのか。それが今ないわけであります。私がデジタル・アーカイブで一番良いと思うのは、過去の膨大なテレビ番組の情報を自由に見ることができるようにするというもので、そうなればブロードバンドの価値もあるかなと考えております。
 それから行政の情報化ですが、これには2つの面がありまして、1つよく言われますのが市民サービスでありまして、インターネットで住民票が取れるというようなこともこれから追々進むと思います。
 もう1つは、やはり企業への行政サービスを何とかして進めないといけません。例えば企業が新しくビジネスを起こすのに、いろんな県の条例などがたくさんあり、その条例をあっちに行ったりこっちに行ったりして探さないといけない。こんなのはインターネットで一括して取れるサービスをやらないといけません。こういう行政の情報化も非常に重要だと思います。
 まとめますと、産業の情報化はまあまあ、これは確実に進む。ただし業種によって非常に違う。家庭の情報化はなかなか進まないだろう。社会の情報化はなかなか進まないけれども、進めないといけない情報化だということです。今、構造改革の痛みということが言われていますが、私は「消費需要は伸びない。社会需要だ」ということを言っております。社会に需要をつくるということを、小泉さんもはっきり言えば、あの人気は長続きするだろうと思っております。

【亀山】
 我々がIT問題を考える上での大きな見取り図を提起してくださったと思います。その中で非常に興味を持ちましたのは、アメリカと日本は違うという話です。アメリカでIT技術革新が成功して景気がよくなり、その景気が続いている。このごろは言われなくなりましたが、ITによって新しい経済(ニュー・エコノミー)に移行して、不況が来ない経済が実現したのだということまで言われたわけであります。ですから、「日本もアメリカのようになろう」、「アメリカに追いつけ」という考えがITのときの非常に重要な機動力になったわけです。しかし、「アメリカと日本は同じじゃないぞ」ということでした。アメリカと違う日本のIT革命をどういうふうに考えていくかということは、非常に重要な視点だと思います。今のご報告について、お二人からコメントをいただきたいと思います。まず、八幡さんどうぞ。

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コメント

 ITはあくまでツール

【八幡】
 ITを考えるときに避けてはいけない論点があります。1つは「ITはあくまでツール(道具)だ」ということです。どうもITが先行するといろんなものが変わっていくみたいに錯覚をするのですが、ITはあくまでツールであり技術はそういう側面を持っているわけで、重要なのは「それをどう使うか」だと思います。経済面での一番大きな影響は、いろいろな意味で「生産性が向上する」ということだと思います。そこに連鎖していかなくては、ITが普及したとしてもIT関連の機器が増えておしまいということになる。連鎖していかなければ、経済は発展できないと思うのです。
 ITを語る以前に最近の経済状況を考えると、日本は高齢化も進んでいますし、高学歴化もかなり進んできています。所得も非常に上がってきていますし、そういう中でサービス経済化の大きな流れがあるわけです。ここへ来て非常に注目しなくてはならないのはグローバル化だと思います。ITのデバイス(機器)の生産を見てみますと、ものすごい勢いで空洞化が進んでいます。台湾でも、空洞化が非常に問題になっていて、大陸のほうにどんどん生産がシフトしてしまう状況です。ですから、日本でIT機器の需要が増えても国内生産に波及しないという構造ができあがっています。そういうことを少し頭に置いて考える必要があると思います。
 では、どのようにして付加価値を生み出す構造をつくりだすかということを考えますと、「知識ベースの社会に移行しろ」という議論が非常に多いわけです。「ナレッジ(知識)ワーカーという人たちをどんどん増やして、より高度な分野に移行しなくてはならない」と言われるのですが、一番大事なのは知識ベースの社会をつくることではなくて、「知識をつくり出せる構造を組織や個人が備える」ということだと思います。

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グローバル化と産業のIT化

【八幡】
 産業とか家庭で、BtoBやサプライ・チェーン・マネジメント(SCM)などが非常に進んでいくというお話ですが、産業の中でも特に電機産業では、SCMが進んでいます。国際調達を見るとそれほど進んでいないというお話でしたけれども、私は今、金型の調査をやっていますが、これは予想以上に進んでいます。日本は逆に予想以上に遅れているというか、もう完全に出遅れていると言って良い状況だと思います。CAD、CAMを含めて、中国の中小ローカル企業のほうが日本の中小企業よりも、情報化という意味ではむしろ進んでいるぐらいのレベルにあります。
 ただ、本当に良い金型がつくれるかというとそうではなくて、良い金型をつくるためにはノウハウの部分がほかにいろいろありまして、まだ完全にキャッチアップしたという状況ではありません。しかし、金型も含め国際調達の面からもBtoBは非常に広がってくる。これはグローバル化が一方にあるからです。IT化だけでそれが進むわけではなくて、経済体制がグローバル化の方向に動いていますので、国内での競争だけではなくなっているということです。
 電機産業は特にそれが顕著に進んでいますが、自動車でもそうです。そういうところでSCMが非常に広がっています。競争が激しくなれば、国内的にもSCMの普及が加速されると言えます。以前は「コンピュータ化して、非常に省力化されて、大リストラ」ということもあったわけですが、そういう現象はむしろ減ってきています。インターネットにつないだところで、そんなに極端に省力化効果が期待できるかというと、なかなか難しいのが現実です。ですから、産業の面でいっても、オンライン化ほどのドラスティックな変化はないと私は思っています。ただ、仕事の中身は随分変わるということです。
 社会の情報化が進むことで、需要は各方面で拡大すると思います。かなり広がると思います。例えば行政が電子化すれば、相当効率は上がるはずです。そこでの余剰人員の対策をどうするのかという点について、森谷先生のお話では触れていませんでした。あるいは教育の情報化の場合、確かに今までより中身のあるコンテンツをつくれば良いのですが、それでも、今まで定型的に教えていた部分をコンピュータにのせることが可能になります。英語や数学などは比較的コンピュータにのせやすい分野です。そういうところをどんどん広げていくと非常に便利にはなりますが、CAIにのせやすい基礎的教育分野の労働需要は減少します。フェイス・ツー・フェイスで教える少人数教育の需要に対応するように仕組みを変えないと、たぶん人が余ってしまう心配があります。そこは社会の情報化を考える場合、セットで考えなくてはいけないと思っています。

【亀山】
 それでは続けて、ヒュー・ウィッタカーさんから報告をいただきたいと思います。ヒュー・ウィッタカーさんがロンドン大学に出した博士論文は、先ほど話に出たMEの問題で、「日本の中小企業におけるME化」というのがテーマでありました。これは大森、蒲田辺りの工場地帯を調査したレポートであります。最近、はやりの言葉で、バーチャル・カンパニーとかバーチャル・ファクトリーということが言われます。幾つかの企業が組み合わさって、分業して、それで1つの企業、1つの工場みたいになるというものです。それを進めているのがインフォメーション・テクノロジーだと言われるのですが、大森の工場群では、インフォメーション・テクノロジーが入る前から、外の企業がそこに仕事を頼むと、その仕事を粗削りから細かいのから分業して、出るときにはまとまって出ていくという仕組みができていました。まるで大森の中に1つの工場があるみたいになっていて、そこを調査したのが彼の博士論文であります。そういう意味で今日は「製造業におけるIT化」というあまり議論されないポイントについても、日本で調査をしている最中ですので何か有益なコメントがいただけるかと思います。

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変化に対応できるシステムづくりを

【ウィッタカー】
 ご指摘のように私は博士論文で「イギリスと日本の工場におけるME化」について書きました。今から15年ぐらい前ですが、いろんな学会や会議で「MEが雇用にどんな影響を及ぼすか」という議論がありました。「MEが雇用に及ぼす影響」と言うと一方的な因果関係があるように聞こえますが、調べてみるとイギリスの工場と日本の工場におけるME機器の導入や使い方にはかなりの違いがあり、その違いは中小企業でも大企業でも見られました。極端に言えば、日本は「工作機械もついたコンピュータ」、イギリスは「コンピュータもついている工作機械」という異なった見方に基づいた取り組みだったのです。
 今日の「ITが雇用にどんな影響を及ぼすか」というテーマについても、同じことが言えるでしょう。つまり一方的な影響ではなくて、ITがより広い社会コンテキストの中で雇用と相互に影響しながら、革新が展開されていく。このため、イギリスとアメリカと日本では展開が違ってくるはずです。
 イギリスとアメリカ、日本で共通する歴史・経済・社会的背景があります。いわゆるサービス経済化、金融経済化、市場経済化、グローバル化、それとあわせて社会経済が変化しているということです。イギリスの場合、かなり長いスパンで、今から30?40年前にサービス経済化、脱工業化が始まって、徐々に変化がありました。日本の場合、90年代に入ってバブルが崩壊し、そういう変化が一緒になってあわせて転換しようとしています。それでかなり複雑な組み合わせになっているのだと思います。
 もう1つ、それぞれの社会的文脈の共通する点は、ITを含めて技術革新のペースが早まっていくということです。いろんなIT技術の変化。技術革新のペースを早めていくだけではなくて、企業化、商品化のペースも早めている。それは1つの制度的な革新です。つまり発想から企業をつくってインキュベート(支援して発展させる)する、規模を大きくするベンチャー・キャピタルにつける、そういう技術がIT革命と同時に進行しているのです。
 森谷先生がご指摘されたように、ITはいろんな分野に応用できます。そこからどんなことが要請されるかと言うと、企業のレベルでも、社会のレベルでも「変化に適応できるようなシステムづくり」と「柔軟に考えて行動する」ということです。企業の中ではスピード経営や従業員の創造的な貢献ということが、いろんな改革において適用されようとしています。私は電子、電機の会社を調査しているのですが、MEの時のような現場中心の革新というよりも、全社的、特に間接部門でそういう革新が真最中であります。
 私の目から見ても、改革が進んでいないところ、進むべきであるところは、社会の分野であると思います。ちょっと変な話になりますが、この間、海水浴をしていたら、ガンガゼ(ウニの一種)のトゲが指に入ってしまい病院に行きました。その病院では手続に40分くらいかかり、医者が診たのは30秒ぐらい。医者では「そういうものは取れません。取ろうとしたらさらに分解されるからやめておけ」ということでした。その後、会計の手続とかで40分ぐらいかかり、結局1時間半ぐらい病院にいて診察時間はたった30秒ぐらい。そういう話はめずらしくない。その柔軟性やスピードにおいて、社会的インフラ、あるいはサービス分野で、上のような変化にはついていっていない、ITの可能性を十分生かしていない面が多いと思う。

【亀山】
 最初に彼がお話しになったことの意味というのは、技術から一方的に雇用とか労働の変化を説明するのではダメだということです。MEの時にも議論したことですが、ME技術の特徴を分析して、「技術の特徴がこうだから結果として雇用と労働がこうなる」という、つまり技術から出発して一方的に雇用と労働を説明するアプローチを「技術決定論」と言いますが、「そうではないんだ」ということでした。技術の特徴からではなくて、その技術を受け止めてどう使っていくか、その受け止め方を考えの中に入れないと、雇用と労働の変化は説明できない。受け止め方が国によって違えば、同じ技術であれ、それがもたらす雇用・労働への影響というのは違ってくる。そこが大事だよというのが最初に言われたことであります。大事な論点としてキープしておきたいと思います。

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セッションⅡ
情報通信技術が雇用・労働に及ぼす影響 ~「労働経済白書」の分析結果から

【亀山】
 次のセッションに入りたいと思います。今年の『労働経済白書』は「ITと雇用・労働」というテーマに迫っております。それを執筆したのが酒光さんの部署でありますので、その『労働経済白書』で分析、展開されたような、雇用・労働に対する情報通信技術の影響というところについてご説明いただければと思います。

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基調報告 酒光一章(厚生労働省労働経済調査官)
ITで90年代に200万人の雇用を創出

 今までは労働省で『労働白書』というものをつくっておりましたけれども、厚生労働省になりまして、従来の『労働白書』の経済部分を主に担当するということで、『労働経済白書』となりました。一般的な労働市場の分析もありますが、今回は特集として「情報通信技術革新が雇用・労働に及ぼす影響」というものをやっていますので、その中に出ているものを幾つかご紹介したいと思います。
 まず、情報通信技術革新の関係で働いている人がどのぐらいいるかということですが(図表1(PDF:7KB)参照)、これは定義のとり方がいろいろとありますけれども、白書では、アメリカ商務省が毎年出している『デジタル・エコノミー』という一種の「IT白書」で使っている定義をそのまま持ち込んでいます。自営業の人も入れて、日本全体で360万人ぐらい、雇用者(雇用されている人)だけですと340万人です。ただ、この中にはテレビをつくっている人とか、放送をやっている人なども入っていますので、ちょっと多めに出ているのかなと思います。
 アメリカの同じ数を見ますと520万人ぐらいです。構成比で見ますと、日本が7%ぐらいでアメリカが5%ぐらいになります。日本のほうがむしろ高いぐらいで、そんなに少ないというわけではないのですが、先ほど言いましたように、かなり電機関係の製造業が入っておりますので、それで若干高く出ているのかなと思います。ただ、数的には日本にそういった製造業関係が多いのですが、徐々にサービス業の方も増えています。日本もアメリカも大ざっぱに言いますと5%ぐらいなのですが、ほかのOECD諸国を見ましても、「IT関係は5%産業」というところが普通です。
それでは、ITが実際の雇用にどのくらいの影響を及ぼすかということについてですが、IT産業だけを見ていてもあまりよくないということですので、今回、厚生労働省ではITが全産業にどのような影響を及ぼすかという観点から分析しました(図表2(PDF:7KB)参照)。
 これは4つの効果を分析してそれを足しあげております。1つは生産性が上がれば(雇用は)減るだろうという効果です。それからもう1つは、ITを使うことによって新しい産業が生まれるだろうという効果。それから、ITそのものに対する需要と波及効果ですね。例えばコンピュータをつくるにはプラスチックなどが使われるといったことを含めた効果です。それから最後に、所得効果ということで、労働者の数が増えれば、所得が増え、消費も増えるだろうということです。詳しい数は白書に出ていますが、差し引きしますと、1990年代を通じて200万人ぐらいプラスであっただろうとの結論を出しております。

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中間管理職は不要になるのか

 数ではそういうことですが、質の面ではどうか。先ほどの話にもありましたが、仕事の中身がだいぶ変わってきて、一番典型的なこととして、定型的な業務、いわゆるルーティンの事務作業的なものが減り、創造的な仕事が増えてくる。具体的には、新しい業務を考えるといったものの比重が高まるだろうということがあります。
 そういった創造的な業務を行うにあたって、ITが非常に大きなツールになるということですが、ではそれを実際に中高年の人が使えるかどうかという問題があります。図表3(PDF:7KB)は企業の方に聞いたものですが、「中高年の人でも時間をかければ使えるようになる」と考えている企業が大半です。主にコンピュータをどのぐらい持っているかによって企業を分けてみますと、情報化が比較的進んでいると思われる企業のほうが「中高年でも使えますよ」と言っている割合が高いということでした。これはおそらく、企業が一般の労働者、一般の従業員に求めているITの能力というのは、それほど高度なものではなく、むしろ「道具として必要最小限使えれば良い」ということだと思います。それから、日本人の場合はもともとかなり教育水準が高いということもあるだろうと思います。
 仕事の変化で特徴的なのは中間管理職です。しばしば「中間管理職が要らなくなる」、例えば「電子メールを使って社員と社長が話をすればいいんだ」というようなことが言われます。図表4(PDF:8KB)も企業へのアンケート調査ですが、各項目について中間管理職の役割として重要性が増えるかどうかを聞いたものです。上のほうが過去3年ぐらいでどうなったか、下のほうが今後どうなるかということです。いずれも「中間管理職の役割は高まるだろう(高まっている)」ということを示しております。これは「中間管理職が要らなくなる」というよりも、むしろ中間管理職に「大事な仕事をやってほしい」ということです。数の上でも、必ずしも部長や課長に相当する人の数は減っていないので、簡単に中間管理職が減るということではないのではないかと思っております。
 ただ、この辺はいろいろとご意見もいただいておりまして、最近出た国勢調査の結果などを見ますと、純粋な管理職と言いますか、管理だけが仕事のような管理職の方の数が減っていることは明らかです。中間管理職の役割が重要になり、そんなに減らないだろうというのは、おそらくプレイング・マネージャー的、あるいはプロジェクト・マネージャー的な、みずからも仕事をしながら積極的に部下もまとめていくタイプの中間管理職が求められているということかと思います。

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デジタル・デバイドと賃金格差の拡大

 次に「デジタル・デバイド 」の話でありますが、日本の場合、「中高年の人がパソコンを使えるかどうか」というレベルで言われることが多いわけです。しかし、先ほど説明しましたように、今使えるかどうかはともかくとして、「使えなきゃいけない状況になれば、おそらく使えるだろう」と考えられています。国際的に見ますと、デジタル・デバイドはかなり大きな問題になっています。図表5(PDF:8KB)はアメリカの大学卒以上の方の賃金が高卒の方や高校中退の方と比べて何倍なのかを示した図ですが、見ていただくとわかりますように、年々どちらもかなり上昇していて、学歴別の賃金格差が拡大しています。これが本当に、ITに対する適応力の差なのかどうかというのは、厳密な証明が非常に難しく、海外ではいろいろな研究成果もあるようですが、評価が分かれているところです。ただ、1つ言えますのは、世の中にそういう心配があって、現実に学歴別の賃金格差が高まっているということです。
 日本で問題とされているのは、先ほど言ったような中高年と若者のIT適応力の差ぐらいですが、例えば世界的に見ますと、ILOで心配しているのは男性と女性の差ですね。本来ITになると力の差なんてなくなるはずですが、世界的に見ますと男性と女性でどうもITに対する適応の仕方に差があります。あるいは、発展途上国と先進国ではどうしてもインフラの差がありますし、所得水準の差もあります。こういったものが出てきますと、今までいろんな意味で格差を減らしてきたものが、また情報通信技術によって格差が固定化、あるいは拡大するおそれがある。それがデジタル・デバイドという問題ではないかと思います。
 ILOなんかでは、デジタル・デバイドをなくす対策の一番として、「情報リテラシー(情報技術の知識)の前にリテラシー(読み書き)」と言っています。まず、読み書きそのものができるようにしなきゃいけない。それから情報に対するアクセスができるようにしなきゃいけないと言っているのです。日本の場合は比較的教育水準が高く、そういうことがありませんので、国でもいろいろとやっていますが、あまり心配する必要はないのではないでしょうか。
 もう1つ、能力開発の面で大事なのは技術者ですが、その技術者が大変不足しています。それで外国人も入れようじゃないかということで、「e-Japan重点計画」などでは「3万人ぐらい入れよう」と言っています。ただ、それだけですと、世界中で技術者の取り合いになってしまいますので、日本でうまく養成していかないといけません。養成については大学レベルの話だろうと思いますが、大事なのは、今いる技術者の能力をいかに維持、向上させていくかということだろうと思います。
 図表6(PDF:9KB)は情報通信サービスの方に「技術者が年を取ると能力が落ちるのか上がるのか」を聞いたものです。概念図的に書いていて、大体わかると思いますが、横軸が年齢で縦軸が能力です。円グラフで一番大きい割合を占めているAという部分は、「ある年齢までは上がって、その後は横ばい」というものです。次に多いのはBで、「年齢を経れば経るほど能力は上がっていくだろう」というものです。以前によく言われました「35歳限界説」みたいなものがCで、「ある年齢までは上がるけれども、あとは下がる」ということですが、大体多くの企業では、「ある年齢までは少なくとも上がり、その後も維持または向上するだろう」と答えています。いろいろと仕事内容の変化もあるとは思いますが、技術者の能力というのは、年を取って落ちるわけではない。ですから、適切な能力開発をやっていく必要があるということだと思います。
 それから、技術革新によっていろいろな働き方が増えるということですが、これは時間がないので省略します。

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柔軟な内部労働市場の確保と政策的課題

 最後に、労働市場がどうなるかという話ですが、これはいろいろと議論のあるところだと思います。これまでに少し議論も出ていたと思いますが、「情報通信技術の成果を生かすためには、企業のシステムを見直さなくてはいけない、そうしないとなかなか成果をうまく活用できない」ということがよく言われます。それをさらに進めますと、「日本の雇用システムの下ではなかなか難しいから、アメリカみたいにもっと流動性を高めていく必要がある」というようなことがいろいろと言われるわけです。
 ただ、今までのお話にも出ましたし、白書にも書きましたが、雇用システムというのはそう簡単には変えられません。いろいろと昔からの積み重ねがあり、どのシステムがベストだとは言えないのではないでしょうか。ベストというのは、諸条件によって違ってくる。過去の日本の雇用システムにしても、むしろ技術革新にとってプラスだったと言われることのほうが多いわけです。例えば、新技術を受け入れることに労働者の抵抗が比較的少ない。配置転換も受け入れる。あるいは企業も積極的に教育訓練を行うというようなことが言われています。そういった良い点があるとすれば、それを生かしていったら良いと考えています。多くの企業はまだ従業員の雇用を重視していますので、そのために柔軟な内部労働市場、要するに企業の中で柔軟な労働者の配置をやっていくことが必要であり、かつやっていけるのではないかと思っています。
 ただ、それだけではもちろん限界がある部分もあります。日本で足りないと言われているのは、一度離職してしまうと再就職が難しいことです。再就職の環境を準備しなければいけません。いろいろと問題があると思いますが、ここでは1点だけ申し上げます。離職者がなかなか再就職できない要因としてトップに挙げられますのが、やはり求人の年齢制限が厳しいということです。特に40歳を過ぎると非常に厳しいという結果が出ています。図表7(PDF:8KB)は実際に安定所に来た求人の上限を示しています。何歳までといったような上限年齢を平均したものですが、全体の平均が41.1歳、約40歳です。安定所で人気がある事務系の仕事などでは、それよりもっと若い年齢で上限が切られています。逆に50歳を過ぎますと、警備や清掃、運転手といった仕事しかないということでありまして、こういったところをうまく改善していかないといけません。
 今回、雇用対策法なども改正しまして、求人の年齢制限をなくす方向でやっていますが、これも日本の雇用システム全体とかかわる部分もあり、なかなか難しい問題があろうかと思います。ただ、そこのところは、再就職環境を整えるという意味では非常に重要なことだろうと思っております。

【亀山】
 ITと雇用・労働の関係に絞ってご報告いただきましたので、それに対してコメントをいただきたいと思います。

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コメント

「35歳限界説」の間違い

【森谷】
 「急速に進歩しているITに労働者がついていけるか」という問題があり、今のご報告でも、「ITを身につけられるだろう」ということだったのですが、私も確かにできると思います。これからパソコンが次第に専用機になっていくと思います。なかなかそう向かわないのですが、私はもう4年ぐらい前に本を書きまして、パソコンをかなり厳しく批判しました。要するに欲張りなんですね。パソコンは何でもできる、何でもやらせようとするから難しい。会社で、それも研究職が使うのではなくて、一般の事務職が使うのであればやることは決まっている。ですから事務職でも使えるわけです。もっともっと簡易な物にできるはずですし、企業がそれを要求しないといけないはずです。
問題はリテラシーということでありますが、従来のコンピュータ・リテラシーというものとは違う方向に進むと考えています。コンピュータ・リテラシーということを言われたわけですが、やる仕事を決めたら何とか使える。それもこれからは専用機になって、だんだんまた易しくなる。ですからコンピュータ・リテラシーの問題は、あまり重要ではないと考えます。
 そのリテラシーには3段階あると考えております。まず第1が今のコンピュータ・リテラシー。これはそんなに難しい問題ではありません。次に、非常に重要なことですが、ウェブサイト(インターネット上のホームページ)には膨大な情報があり、この中から必要な情報を探すのは大変なことです。検索しないといけないのですが、情報に対して土地勘を持たないといけません。本当に役に立つ情報を何とか探し出すというのが、第2のリテラシーです。第3のリテラシーは、その情報を本当に仕事に使えるかどうかということであります。あまりにも情報が多いと、情報の洪水の中でおぼれてしまうおそれがあります。
「35歳限界説」というのは昔から言われていたことです。コンピュータが非常に難しい頃、頭の大変切れる人が難しいコンピュータを使ってソフトウエアを組むというのは、もう若い頃しかできないのではないかと言われていました。しかし、だいぶ前ですが、富士通の山本卓眞さんが社長の頃、「それは間違いである」とおっしゃっていました。「35歳を過ぎてから、いろんなコンピュータを知り、いろんな仕事を知り、それでこそソフトウエアの開発ができるんだ」と。ただ問題は、その山本さんの言葉ですと、「35歳を過ぎると皆、手配師になる」、つまり課長になって、自分はその仕事をしないで、手配師になるということです。手配師になった人は今、就職が大変ですね。管理しかできないなんていう人は大変困りますから、手配師になっちゃいけないわけであります。
リテラシーについて挙げましたけれども、むしろ経験を積んでいる人のほうが、より高度のリテラシーを持っているはずだというふうに考えます。

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小中学校への設備投資を

【八幡】
 コンピュータ・リテラシーやデジタル・デバイドについていろいろな議論があるのですが、私も日本ではあまり問題にならないと思っています。問題になるとすれば、皆が使えないと困るという状況になった場合です。一番重要なのは小中学校に基礎的能力が身につけられるような設備投資をやるかやらないかだと思います。残念ながら非常に遅れているのは小中学校で、特にそれを教える先生ですね。雇用対策で特別にそういうお金を出してやろうなんていう話もありますが、学校の先生を再訓練し、授業の中で教えることができないといけません。コンピュータだけ使っても意味がないので、やはりツールとして使えるような状況をつくっていったほうが良いと思います。
 お年寄りや特別なハンディがある人たちは、多くの場合は家族の中で、極端な話、子どもや孫などに教われば良い。その程度のインターネットやEメールの使い方だったらすぐできるはずです。あと、ワープロや表計算もそうですね。そういうことを勉強したいという人は非常に多いのですが、やろうと思えばあっという間にできてしまう、チャンスさえあれば問題ないと思います。
むしろ、そこから漏れた人ですね。そういう人たちに対してはコミュニティ・レベルでいろいろ工夫していけばいいわけでして、政府が大々的にやるというのはちょっと感心できません。それよりはむしろ学校教育の中にもっと組み込んだほうが良いと思います。インターネットも全く自由に使えるようにする。自分の子どもが行っていた公立の学校ではインターネットを使えるパソコンが何台かあるのですが、電話回線が1本しかなくて結局つなげない。電話の予算もないので使い放題の状態にならない。ADSLでつなげば比較的安くできるようになってきたので少し変わると思いますが、もう少し小中学校あるいは高等学校などの授業の中で使えるようにしないといけません。
 それから、森谷先生がおっしゃった情報検索の能力というお話についてですが、私も全く同感です。いろいろな情報がインターネットの中にありますので、何かを説明するときでも、インターネットで探して説明することができます。しかし、何もわからない人がそこにたどり着くというのは結構大変です。この前もEUに行ったとき、向こうの方が「いろんな情報があります」ということで、すぐ検索してくれました。しかし、どんな情報があるのかということがわかっていないと検索できないわけです。これはリテラシーという言い方をあまりしないと思うのですが、業務知識の延長上の話として、そういう教育をどこかでやらなくてはいけません。学校で教えるのが良いのか、あるいは仕事の中で、OJTで覚えていくほうが良いのか。私は業務と密着した形で使っていけば、どんどん知識は広がっていくと思います。
 技術者の能力限界みたいなところのお話で、ある年齢でフラットになってしまうような仕事内容が多いということですが、ずっと同じことをしていたらそうだと思います。しかし、現実はより高度な仕事に昇進を含めて配置変えになっていくわけです。ですから、全く同じことを続けていたのでは成長はないのですが、どんどん変化に対応していけば、よりレベルの高いところへ行けるということです。そういうことを考えますと、むしろ企業内でどう育成していくかとか、在職者のトレーニングをどうするのかということにもっと重点を置くべきではないかと思います。そこは酒光さんのおっしゃったことに全く同感であります。

【亀山】
 今のお二人のお話を聞いていてふと思い出したのですが、15年前のMEの議論のとき、「ロボットやNC旋盤が熟練を不要にするか」という問いかけに対して次のような非常に簡単な説明がありました。「熟練工がロボットを使えばロボットは熟練工になる。だけど、中途半端な人間がロボットを使うとロボットも中途半端になる」。こういう非常に単純な、しかし、非常に革新的な議論をしたことを思い出しました。今度の場合にもそういう考え方が生きているという気がしております。最後にウィッタカーさんどうぞ。

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地域レベルで政策を考える

【ウィッタカー】
 ITと雇用の話ですが、3つのポイントを投げかけたいと思います。1つは雇用の数的な問題で、プレゼンテーションの主張のとおりだと思います。ITは全般的に言えば雇用を生む技術だと思います。ただし、それは「マクロのレベルではそうなっている」ということです。地域ごとに見ると、必ずしもそうではありません。イギリスのケースを見てみると、北部の伝統的な産業地域ではその産業が衰退し、東南部のロンドンやケンブリッジあたりにどんどん新しい企業や雇用が生み出されています。それで、地域間の格差が開いていく。このため、地域レベルでの経済政策と労働市場、政策とニーズといったものをどうしても一緒に考えなきゃいけないようになっています。これはイギリスでこの10年ぐらいに見られた変化です。日本では、地域レベルではいろいろ言われていますが、実際見てみると、経済政策や雇用政策、そういうものを一緒に考えるまで至っていないのがほとんどだという気がします。それが1つのポイントです。
 もう1つは、雇用の質的な面についてです。アメリカでは80?90年代に中間管理職がトップの経営者にとって嫌われ者になり、それこそダウンサイジングで、どんどん解雇されていきました。先ほどの日本の図式はこれと全く違うことを示しています。中間管理職は不要ではない。これからどんどん機能は変わっていくけれども大事だということでした。
 この点については、2つの解釈があり得ると思います。1つは、日本ではアメリカのように積極的にITを使うことがあっても、違った展開をしているということ。もう1つは、中間管理職の仕事の変化をまともに考えず、楽観的に見ているということです。アメリカのようにどんと中間管理職を無用だとして解雇し、他方で下の人にエンパワーメント(権限委譲)とは言いながら、結局、労働強化をし、いろんなストレスをかけるというのとは違った道で、日本での改革を進めていってほしいと思います。
 3つ目のポイントはデジタル・デバイドです。デジタル・デバイドのところで賃金格差の図がありました。お金持ちの人はすぐにITの知識や機械が手に入り、そうでない人は環境的にかなり違ったものになるという因果関係を想像できると思います。
 そこで高齢者の問題がありました。そのことも大事ですが、私はむしろ若年者のほうを心配しなきゃいけないと思います。OECD諸国においては、この20年間で労働市場がどんどん変わり、若い人が就職しにくくなってきています。企業の中身の変化、IT化や労働市場の流動化のもとで安定的な仕事には就きにくくなっていて、いつまでも周辺的で不安定な雇用に就かざるを得ない。ある意味では日本のフリーター問題もその現れと言えると思います。そこにもっと政策上注目しなきゃいけないですし、それに関係して八幡さんのご指摘のとおり、学校での教育も真剣に考えないといけないと思います。

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セッションⅢ

 情報通信技術の進展に対応した政策や企業の対応?人材育成の観点から

【亀山】
 ITと雇用、労働に関する総論みたいなことについて、酒光さんから報告していただいたのですが、もうちょっと各論に入ろうと思います。各論のところではその総論の最後に出た「ITに向けての人材育成」という話をとりあげます。IT問題に各論はいろいろありますが、全部やっているわけにいきませんので、1つだけに絞りたいと思います。
 内閣府の経済社会総合研究所(旧経済企画庁経済研究所)が、昭和36年から「企業行動に関するアンケート調査」というのを毎年やっておりまして、今年はITを特集に組んでいます。その中で、「IT投資を進める上で、何か問題があるか」という問いがありました。「IT化を推進する専門的人材が不足している」と答えた企業が50.4%で、これがトップであります。そういう意味ではITを推進していく上での非常に大きなポイントは、「人材育成」ないしは「人材の確保」にあると言って良いと思います。この点についてご報告を受けて、議論したいと思います。それでは八幡さんお願いいします。

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基調報告 八幡成美(日本労働研究機構統括研究員)

IT分野で不足する人材

 人材育成に少し絞り込んでご紹介したいと思います。 経済産業省が日本商工会議所、リクルートに委託してやっている大規模な「人材ニーズ調査」というのがあるのですが、そちらにIT関連職種の求人ニーズがどのくらいあるかというデータが出ています。それを抜き出したものが図表8(PDF:12KB)です。「顕在ニーズ」というのは実際に求人を出しているようなもの、「潜在ニーズ」というのは、「本当は足りないから人を採りたい」という数でカウントしたものです。かなり粗っぽい数字だと思っていただいていいのですが、左側のIT関連の職種を眺めますと、人材ニーズの総数が多いところは、かなりレベルの高い仕事です。「プログラマー」は実際に人数で4万3,000人ぐらいの人材ニーズがあると出ていて、量的には確かに大きいのですが、かなり高度な分野である「ソフトウエアの研究開発」や「ネットワーク系のシステムエンジニア」、「ビジネスアプリケーション系のシステムエンジニア」、あるいは「システムアナリスト」なんていうのも人数では1,500人ぐらいですが、人を欲しがっています。簡単なITのスキルを持っている人という話ではないのです。
 いろんな調査をやりますと、ソフトウエアのエンジニアといっても、ネットワーク関係やインターネット関係の分野、あるいはコンサルテーションができる人やプロジェクトマネジメントができる人、そういう仕事の仕組みを考え出すような能力を持っている人が非常に不足しているという実態があります。そういう能力を持つ人は、簡単には育ちません。アメリカでもそういう問題が起こっていて、ジョージア州ではかなり集中的にトレーニングをやっているケースがありますが、それは大体一人当たり10万ドルぐらいのお金を用意して、大学と企業で半年間のトレーニングコースを実施します。企業はOJTの場を提供するわけですが、そこで実際に仕事をやりながら半年間、朝9時から5時という範囲内で座学と実務訓練を行う。そういう形でネットワークエンジニアを育てています。
 そこで育った人がジョージア州内でIT関係の企業に就職すれば、「訓練費用は返さなくていいです」というわけで、本当の奨学金みたいにしているわけです。これは州立大学でやっていますから、ほとんど授業料はかからないので、実際は生活費ですね。日本円で1,000万円ぐらいが半年間でもらえる。そこで、かなり集中的に朝から晩までトレーニングします。実際に参加している人たちというのは、小学校の先生をやっていた人とか銀行の窓口業務をやっていたような人です。そういうホワイトカラーの人が本格的にシステムエンジニアになろうとして、そのための勉強をしたいということで入って来ているケースが多いのです。ある程度実務経験があるけれども、違った分野で勉強したいということです。
 そういうところを本格的にやらないと、一番コアになるソフト技術者の人材不足は解消しないといえます。とりあえず今いる人たち、プログラマーをやっている人ならより高度なレベル、あるいはシステムエンジニアの人はさらに高度なレベル、そういう在職者訓練のところに相当力を入れないと、基幹的なソフト人材の供給不足を補うのは難しい。
 特にどういう人材が求められているのか。例えば、コンサルテーションができるソフトウェアエンジニアは、会計の知識であれば財務諸表が読めなくては困るわけですが、財務諸表が読めたとしても実務経験がなければ財務諸表の分析は難しい。そういう分析の経験が必要です。分析実務を経験できるかどうか。これができないと、経営分析とかコンサルティングはできませんので、システムデザインもできないということです。そういう能力を身につける人たちがまず必要だということです。ここが、今一番重要な分野ではないでしょうか。
 それとセットで、「職業能力評価制度」と我々が呼んでいるいろんな資格があります。そういう能力評価制度をもう少しわかりやすい形で社会化していく必要があると思います。ただ、ペーパーテストで通ればいいというものではなくて、「コンピタンス」とよく言いますが、実際に仕事をする能力、そういうものをうまく測れるような仕組みにしていかなくてはならないと思います。

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OJTは計画的に展開を

 それから2つ目に挙げましたのは、「デジタル・デバイドと人材育成」です。これは先ほどちょっと触れましたが、1つはセーフティーネットとして、こういう社会への不適応者を最小限にするという側面があります。デジタル・デバイドが本当にどうなのか、学歴とか年齢、あるいは性別という軸で、客観的に分析してみる必要があると思います。残念ながら、まだ明確なデータというのはないと思いますが、そういうモニタリングがこれから少し必要になってくる。セーフティーネット部分として最低限のレベルのところで不適応者を出さないためです。
 フリーターの人が増えているという話もあるわけですが、彼らがやっている仕事の中でも、例えばホームセンターで仕事をやれば、棚卸しをするためにIT機器を使うわけです。そのように、日常的にIT機器を使っているわけでして、もう少しレベルが上がってくればパソコンを使ってホームページを作るという話にもなってきます。そういうところへうまく適応できるスキルがあるかどうかというのが重要になってくる。
 しかし、こういうのは子どものうちから慣れておくほうが便利で、重要だと思います。このごろはインターネットカフェみたいなものがだんだん増えていますが、最近、台湾や韓国に行く機会がありまして、のぞいてみたらやっているのは大体ゲームですね。ゲーム主体で、あとはポルノ。VHSのVTRがアメリカで普及した時もポルノのビデオソフトで急速に普及したわけですが、新しい技術が普及する時にはそういうことはよくあるわけです。ネットカフェみたいなものはこれからだんだん増えてくると思うのですが、今はゲームで広がってきているのが実態です。しかし、そういうところで身近にパソコンを使っていると、ツールとしての抵抗がなくなってきますので、「自分の業務でどう使えるのか」というところにもつながりやすいと思うわけです。ですから、コンピュータはあくまでツールだと思います。
 高度な分野で起こっている問題に次のようなことがあります。企業を渡り歩きながら経験を積むとか、派遣でいろいろ働きながら、新規開業してソフト会社を始めるとか、そういう方も出てきています。そういうエンジニアもいるということで、それなりに横断的な労働市場もあります。そういう方は今までOJTでノウハウを身につけてきたわけですが、より高度なことをしようとするなら、仕事の中でさらに高度なノウハウをいかに身につけていくかということが重要で、OJTのそのような機能を見直して、計画的に展開していく必要があります。
 どうも在職者に対しては、例えば40歳の人にOJTという話にはなかなかならない。「もう一人前だからいいじゃないか」、「放っておけ」というような話になっている。しかし、やはり新しい業務内容に変化してきているので、どのようなスキルが足りなくて、それをいつまでにどういう形で、だれがインストラクターをやりながら教えるのかという計画をつくる。そういう計画的なOJTを展開できる仕組みをつくっておくことが肝要かと思います。
 これは今まで日本企業がやってきたことですが、どうもこのごろは流動化、流動化ということで、「即戦力を外からとってくればいいんだ」という話ばかりです。「自分たちで育てよう」という意識が非常に弱まってしまっているのではないでしょうか。それは大きな間違いです。困難な課題を1つ超えようとすれば、今までにないものを生み出さなくてはならない。そのための知識を生み出す組織になっているかどうか問われるわけです。当然それは、各個人がスキルアップしていかないと実現は難しい。ですから切磋琢磨して、お互いに刺激しあいながら勉強する。それを後押しするような雇用政策が重要になってくる。

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職務の再編成が必要に

 「企業の対応」ということをレジュメに書きました。今までのところICTが最も効果を上げている分野といったらサプライ・チェーン・マネジメント(SCM)です。SCMというのは流通段階まで含めたジャストインタイムと考えてもいいのですが、中間の在庫を減らして流通のスピードを高めると中間仕掛品在庫量が減ってきますから、当然全体のコストが下がってくるということでして、生産性に非常に貢献します。
 それから、もう1つはカスタマー・サービス、顧客サービスの分野です。これはコールセンターみたいな形で立地地域を選ばなくなってきています。先ほどウィッタカーさんが「だんだん都心に集中している」というお話をされましたが、逆に今度は分散する可能性もあるのです。沖縄県がかなり力を入れているのですが、コールセンター等の立地支援をやっています。北海道など今まで企業が立地しなかったような場所に人を求めて立地する。通信料金が下がっていますからビジネスとしても十分成り立つということで、優秀な人材を地方で調達するという傾向も強まっています。世界的に見ればアイルランドで大々的になされているわけですが、地域振興という観点から言っても可能性があるということです。
 しかし、これも最近、中国にシフトしつつあります。人の問題になっていったら、結局、「語学(日本語)が達者な人がいればいい」という話になりますので、ものにもよりますが、労働需要が中国にシフトしてしまうかもしれない。ただ、コールセンターと言っても結構レベルの高いカスタマー・サービスの仕事が多いので、例えば証券投資みたいなものの相談は、電話でやるにしてもそう簡単ではありません。長期の研修を受けて資格を取らないとできない仕事です。保険の相談でもそうです。そういう非常にレベルの高いスキルが一方で必要になります。しかし、供給がうまくいかないと海外に行ってしまうかもしれないという、逆にすごいことが起こる可能性もあるということです。
 そういう中でIT化を進めていくと、職務再編が必要になってきます。図表9(PDF:11KB)はアメリカで発表されたものですが、ICTの使い方にもよりますが、大きなトレンドはこういう方向かと思います。例えば、職場組織であれば階層的なものがフラットになってくるとか、厳密だった職務が柔軟になってくるとか、機能的で単純的だったものが複合化し、多能化していく。それから職務設計も狭い範囲だったのが広くなってくるとか、従業員に求められるスキルが多能的になってくる。労務管理も自己管理的な側面が強くなるとか、意思決定も分権化の傾向が強まる。おおよそこんな仕事の変化の方向性を指摘できます。こういうことを背景として、ICTのツールをうまく使っていく動きが強まっていると考えるわけです。

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今後の課題

 インターネットの利用が広がっていろんな形でビジネスが展開されています。こういうものが今後どうなっていくかということを考えていきますと、北大の青木教授がおっしゃっていたのですが、「これまで個別パソコンに分散化して処理していたが、ウイルスやハッカーの問題が出てきたので、むしろ専門的なプロバイダーが集中処理しながらオンライン端末のように個別につないでいく形に戻る可能性もある」とのことです。このように、技術というのはいろんな動きがありますので、変化に対して柔軟に対応していく必要が一層強まるという気がしています。
 それから、女性の進出の可能性を意識したほうがいい。今日も会場をざっと見て、意外に女性が少ないなという感じがしたのですが、女性の仕事の可能性はIT化によって非常に拡大していくと思います。昔の設計部門、なかでも機械設計ではほとんど女性がいなかったわけですけれども、今はCAD化して相当女性が入ってきています。ものづくりのどろどろした世界で女性が活躍しているということで、そういう意味で女性の就業のチャンスは増える可能性があるということです。
 そういうことを少し頭に置きながら、この知識ベースの社会でいかに付加価値生産性の高い分野に全体でシフトしていくか、ITのツールをいかに使いこなしていくかということですが、4つくらい課題があると思います。
 EUでも同じような議論がありますが、第1番目に高度情報分野への労働移動の円滑化をやらなくてはならないということです。そのためには個々人のエンプロイアビリティを高めなくてはいけない。特に在職者教育に力を入れなくてはならない。
 第2番目にはIT化への個々人の適応能力を高めるために、柔軟な配置とか、個人レベルでは多様な働き方を選べるようにしなくてはならない。
 第3番目に、起業業家精神と言いますか、新規事業機会が非常に増えていますので、そういうところで雇用創出効果を高める。そのための支援です。これはアメリカでもそうですが、開業しても実はつぶれるほうが多いのです。ですから、むしろつぶれるのを防ぐ、生存率を高める支援策が本当は大事だと思います。開業は放っておいてもかなり増えるはずです。
 そして4番目に、新しいビジネスチャンスや能力開発の機会を社会全体のメンバーに均等に与えるということです。デジタル・デバイドを未然に防ぐ。そのためにはリカレント教育を行うとか、生涯キャリア開発をアドバイスできるキャリア・カウンセラーを養成するといったきめ細かい体制を築く必要があります。以上、4つぐらいの課題が挙げられると思います。

【亀山】
 ありがとうございました。それでは、お三方からコメントをいだたきたいと思います。

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コメント

 職業紹介行政で情報化を活用

【酒光】
 私も申し上げましたけれども、技術者に対する教育訓練はもちろん、今後は個人で勉強していくということが重要になるとは思うのですが、企業の役割も依然として重要だろうと思っております。それは日本全体としてそうだというだけではなくて、個別の企業にとりましても、教育訓練は十分に企業の魅力づくりになります。と言いますのは、いろんな調査をやりましても、技術者が企業を選ぶ際の基準の中で、「仕事のやりがい」と「自分の能力をアップできる」というのが非常に大きな要素になっていますので、自分の能力を生かせるような環境が整えられているということは、企業にとっての魅力づくりになるだろうと思います。
その手段ですが、技術者の方は大変忙しいということもありますので、白書ではWBTweb based training)?eラーニングという言い方もあると思いますが?そういった情報通信技術や新技術を使った訓練方法をうまく使っていけば良いと思っております。
 それから、2点目としまして、八幡先生からいろいろとご指摘があった中で、「地域ですとか女性、そういった方々の能力が発揮できる余地が広がってくるのではないか」というお話がありました。確かに可能性としてはそうですが、現実問題としてはなかなか、必ずしもそうなっていないような感じがしています。先ほども、会場に女性があまりいらっしゃっていないというお話がありましたが、それでも世界的に見ると日本はまだ女性のコンピュータへのアクセス、インターネットへのアクセスが非常に多いほうだといわれております。結局、どうやってアクセスするか、あるいはそういう環境をどう整えていくかということになるだろうと思います。例えば地域であれば、先ほどアメリカのジョージア州の話がありましたが、戦略的に人材を育成して、定着させていくことが非常に重要だろうと思います。技術的には地域の格差がなくなるとしても、それを活用するためにはやはり人材が必要だろうと思います。
 それから最後に、行政面での情報化について森谷先生も言われていましたが、労働行政で言いますと、特に職業紹介面での情報化が非常に重要で、今いろいろと進めております。安定所に行かれますと、昔と違いましてパソコンがずらっと並んでいて、自分で求人を検索できるようになっています。まだ、全部の安定所がそうなっているわけではありませんが、そういうふうになってきています。あるいは民間と国の情報をつなぐというようなことも進められています。そういった情報化を特に職業紹介行政でうまく活用していくことが非常に重要だと思っています。

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上昇指向でがんばれる状況をつくる

【森谷】
 人材育成ということでありますが、やはり非常に高度なスキル、高度な能力を持っている人を増やさないといけない。これはやはり大変なことだと思います。先ほどから皆さんおっしゃっています「IT化には何とかついていけるだろう」というのは、一般の人のことであります。名古屋大学の飯田先生が前によくおっしゃっていましたが、「日本は並の人が頑張ったから強かった」というわけで、そういう人が非常に頑張ったということは、トップはどうも頑張っていなかった。これからは本当にトップ、あるいはリーダーが大いに頑張らないといけません。ITを進めるリーダーになるような人が本当に必要であります。それには大変な努力が必要だと思います。
 アメリカと日本では状況がかなり違うわけですね。アメリカの良い面があれば、それを何とか採用できないかと考えます。アメリカでは公的な教育機関があり、政府の補助もあるかもしれませんが、どちらかと言うとかなり自分でお金を出して、自分のために投資をして、だからこそ猛烈にがんばります。それはなぜかというと、スキルを身につけると、自分を高く売り込んで高い報酬が得られるからです。上昇指向で猛烈に頑張っているのがアメリカです。
 日本ではこれまで「会社のため」ということで頑張ってきたのですが、今はどうもそういうのもなかなか通用しません。今の日本では「失業をする。首を切られるかもしれない。だから頑張らないといかん」というのが一番の努力、勉強の意欲になるのかもしれませんが、これは上昇指向ではなく下降のほうです。「会社もつぶれそうだし、私も首になりそうだから、ほかの人のできないことをやっておいたほうが良い」ということもあるとは思いますが、上昇指向で頑張れるような状況をつくったほうが良いですね。
それはどういうことなのか。今でも確かに高いスキルを持っていたらどんどん就職できますが、日本の場合そんなに高い給料はもらえません。ですから、投資するだけの価値があるかどうかという問題があります。したがって非常に重要なことは、高いスキルを持つ人には会社の中で相当高い給料を出すということです。これからは会社の中で差別化をして、高いスキルを持っていたらそれを認めて高い給料を出し、だから頑張れという形で勉強意欲を持たせるのが必要じゃないかと思うのです。

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OJTには広い視野をもって

【ウィッタカー】
 また3つのポイントがありますが、1つ目のポイントは、マクロレベルの話でイギリスの経験に戻ります。さっき「地域レベルで経済政策と労働市場の政策を一緒に考えるようになった」と言ったのですが、ロンドンの中央政府が乗り出して、こういう職種があって、こういう育成レベルがあるという表をすべての職種に対してつくるという目標を設置し、そのミスマッチが縮まるようにするための政策を打ち出しました。日本では80年代のイギリスの市場的な改革について、「ケインズ的な経済政策から市場的な政策に」ということで非常に注目されていますけれども、その後の政策はほとんど注目されておりません。その政策は日本でも参考になる気がします。生涯の技能育成や労働市場から出た人がまた入ってくるための工夫をいろいろとしているという点です。
 2つ目のポイントは企業の中の人材育成の話ですが、八幡さんの話ではOJTがメーンで、それは当分の間続けるということでした。私も全くそう思います。ITは従来の人材育成のやり方を否定するようなものではないと思います。ただITにはOJTだけではなくて、もっと広い視野が必要とされます。人々は仕事場でOJTをやりながら、いつもアンテナを外に向けて新しい情報や社会動向、経済動向、技術動向を見ていないといけません。報酬面でも育成面でも、それを刺激するようなシステムづくりをしなきゃいけないと思うのです。
 ですから、内部労働市場が邪魔だということでは全くありません。内部労働市場を機能させながら、周辺的にはもっと即戦力の人を雇えるように、あるいは労働市場をいったん出て、必要とされるスキルを身につけた人たちを活用しやすいような仕組みが社会的にも望ましいし、企業にとっても望ましいと思います。
 それが3つ目のポイントにつながります。IT化で雇用形態が多様化していくことは間違いない。例えばテレワーキングやホームワーキングというものが可能になってきます。日本ではこれらはいろいろ注目されていますが、私は多少それを懐疑的に見ています。と言いますのは、企業のリストラの文脈の中でそれが転換していくと、内職型的で単に人を安く使って使い捨てにする可能性があるからです。雇われる人は家に閉じこもって、社会的に参加しにくくなる可能性もありますので、そういう点をよく包括的に考えて進めていくべきだと思います。

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討論

【亀山】
 これで一応壇上の議論は終わりにします。では、客席から少しご発言をいただいて、それも議論の材料にしたいと思います。今、3人の報告とそれに対するコメントがあったわけですが、これまでの議論をお聞きになっていて、何かご質問、ご意見があれば、どうぞご自由にご発言ください。

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「ITと職場のプライバシー」をめぐる法的課題

【質問者(花見忠・日本労働研究機構会長)】
 いろいろな新しい問題、新しい論点、情報が出てまいりましたが、森谷先生のご指摘のように、この問題は発生の仕方も解決の仕方もやはり国によって相当違うだろうと思います。たまたま、昨年の10月にヨーロッパの法律学者の仲間たちと「ITと職場のプライバシー」の問題について小さな国際会議を行いました。その時にも、ITのように非常にユニバーサルな技術が各国の労働の場、雇用の場でどういうふうに現れてくるかというのは、やはり国によってかなり違うということを感じました。
 今、「ITと職場のプライバシー」に関して、法律の分野では2つの問題があります。労働者が仕事をしている過程においてインターネットやメールを乱用する。先ほどからお話に出ているようにポルノを見たり、株の売買をやったりするなどいろんな乱用が行われた時に、使用者がそれをチェックして処分する。それに対して、そういうチェックがプライバシーの侵害になるという損害賠償の訴訟が起きているということが1つあります。特にアメリカを中心に、ヨーロッパでも急激に広まっています。それから、会社の機器、施設の乱用ということで規律違反の処分が行われ、それが違法だという訴訟も急激に増えています。
 各国でそれに対応して法律学者がいろいろな議論をしています。簡単に言いますと、結論的には、これらの問題は従来の規律違反に対するプライバシー侵害の問題、例えば職場の身体検査という古典的なことや電話の盗聴その他、そういう問題とつながっています。そういう技術的に古い時代のタイプの規律違反とこのITの問題というのは、本当にそんなに違うのかどうか疑問を感じます。現在、情報公開と個人情報の保護という両面から、各国で職場の問題に限らず一般的に情報規制のための立法が行われています。立法が行われている国と行われていない国、判例だけで処理していく国と日本のように判例もほとんどないという国、これはまさに国によって相当違う格好になっております。
 労働者のIT利用に対する会社側のチェックに関しては、大きく言うと4つの要件が問題になっています。第1の要件は、そういうチェックが本当に必要であって、それをやることに合理性があるかどうかということです。犯罪が行われたといった状況であればやってもいいだろうというのが法律論です。それから、第2の要件は、それをやる場合には一律に行うということです。例えば会社が好ましくない人間だけ選んでやるのは差別との関係で問題になります。3番目はそれと関連しますが、会社がやるとはっきりと告知して、あらかじめ従業員に知らせているかどうかという点であります。日本流に言うと就業規則ですが、例えば入社時のマニュアルにちゃんとそういうことが書かれているかどうか、あるいはインターネット導入をしたときの規則で告知されているかどうかです。それから最後は、違反と処分の間の均衡・合理性、処分は合理的であるかどうかという点。そういう4点です。
 こういう議論をしていて面白いと思ったことがあります。日本で最も典型的で非常に有名な身体検査についての判例があります。それは昭和40年代だったと思いますが、「西鉄脱靴事件」と言い、鉄道やバスの従業員が着服するといけないというので、靴まで脱がせて身体検査をやったのが合法か違法かという事件です。このときは最高裁まで行ったのですが、最高裁の言った4つの基準というのは、まさに各国で議論をしているこの4つの要件でした。インターネットは非常に新しい問題だというので、各国が集まって議論をしたけれども、何のことはない、在来的な問題とあまり変わらないのではないかということです。
 そこで、今日は技術のエキスパートの方もお見えになっていますが、例えば電話の盗聴とインターネット利用に関しての会社のサーベイランスとは違うのかどうか、質的に違いが出てくるのかどうかおうかがいしたいと思っておりました。
 それから訓練の問題ですが、戦後日本の文化で自助努力が欠如しているということの影響が相当程度、今後の技術訓練に関連して生じてくるのではないかと思います。これは先ほど森谷さんもおっしゃったように、インセンティブは一体どこにあって、どういう格好で技術教育を発展させていくのかということと関連します。

【亀山】
 今のIT絡みでの職場チェックという問題に関連しますが、ITがどんどん社会的に開かれていくと、そこに無法者が入ってくる可能性も広げてしまいます。無法者というのはウイルスだけじゃなくて、そのシステムを不法に使ってしまうようなものも入ってきます。そうすると、それを防ごうとして、逆にどんどん狭く、「自分たちの身内だけで使おう」というようになっていく。ITというのは社会的に広がる技術ですが、広がる過程で逆にそれが侵害されてしまう。その侵害から守るためにブロックしてしまう。広がるのと逆にブロックするという動きが、段階を経て起こってくるのではないか。それを防ぐための何かきちっとした基準などが必要になるのではないか。社会的に皆が同じ基準を持つのか、そうじゃなくてそれぞれの集団が別の基準を持って自分たちを守るのか。このことは大きな議論になっていると思います。
 企業におけるチェックといった問題について、何かご意見があればどうぞ。

【森谷】
 明快なお答えはできませんが、確かにインターネットの最大の特徴はどこにでも開かれているということです。基本的には無政府的で管理する人がいない。それによってプライバシーの侵害だとか、あるいは変な利用の仕方をするという問題が出てきますので、次第にこれをあるレベルでシステムとして制限するのはやむを得ないと思います。ただ、制限はしながらも、やはり社会には開かれている。そういうふうに、いわばブロック化する方向に向かざるを得ないと思うのです。ブロック間の連絡というのは当然考えられます。それがないといけないわけですから。アウトロー的なものは何とかそういう形で防がないといけない。ハッカーを防ぐということは、これはもうイタチごっこでありまして、システムを高度にすればするほどハッカーは張り切るわけですが、そういうのがそもそも入って来られないような状況にせざるを得ないのではないかと思います。

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個人情報の保護が重要なテーマに

【亀山】
 このことについて、イギリスで何か議論がありますか。

【ウィッタカー】
 ITが普及する前ですが、自分に対してだれがどういう情報を持っているかというのが問題視されて、法律がつくられました(データ・プロテクション法)。例えば、私が大学で学生の面倒を見るにしても、そういうことをいつも意識しなきゃいけませんでした。学生たちが卒業した時、学生たちのどういう情報を持っていて良いか、それとも処分しなきゃいけないか。だれがどういう情報をどういうふうに保存しているか。だれがそれにアクセスできるか。そういうことが、非常に大きな問題になったのです。下手をすると訴えられる可能性もあります。私の感覚では、この10年でそういう法律がどんどん実施されるようになってきて、人々の意識が変わりました。余計な情報は持っちゃいけない。例えば学生たちの試験の採点やコメントについて、個人の先生は「ある種の情報は、保有すべきでない。コンピュータから消去しなければいけない」という意識を持つようになったわけです。
 日本では、だれがどういう情報を知って良いかという基本的なところから議論すべきだと思います。その上で、コンピュータでだれがどういう情報を持つべきかという話に展開していかないといけません。私はいつもいろんなところで自分のことを聞かれ、「本当にこういうことが相手に必要なのか」と疑問を持っています。しようがないから書くのですが、しゃくにさわるんですよね。「こういうものは僕のプライベートなもので関係ない」と。でも、フォームに書いてあるから書けと言われるのです。これは基本的な人権から議論すべき話だと思います。

【亀山】
 非常に大事なところですが、今言われたような情報に対する意識の変化というのは、コンピュータで情報を処理するということが起こったために、強まったのですか。

【ウィッタカー】
 確かにそうです。自分の情報がデータベースに置いてあると、そこにあるだけで、ハッカーやほかの人がアクセスする可能性がある。ハードな形だけで保存されていると物理的に入って盗まないといけないですが、コンピュータに保存されていれば、アクセスしやすくなります。

【亀山】
 例えば詳しい履歴書みたいなのを、紙として人事部が持っているだけならいいけれども、それがコンピュータに入って、ほかの人がアクセスできるような状態になると、個人情報を守ることがさらに重要になってくる。

【ウィッタカー】
 IT化によって人に見られる可能性がさらに広がるわけです。

【亀山】
 今のことについて、ほかに何かコメントありますか。

【八幡】
 ITの前にコンピュータの使い方でだいぶ議論があったことだと思いますが、例えば銀行でデータエントリーの作業をやっているような場合、ある会社のシステムですと、だれがエラーをやったのか事務センターで全部わかるようになっていたのです。その統計も出るのですが、労務管理上、それを個人の査定には使わないことにしていました。職場でのエラーはなるべく減らしたいわけですから、どういうふうに仕事を進めたら良いかとか、分担をどうするかとか、そういう情報としては使うけれども、個人の成績としては見ないという約束でやっていたのです。一方、アメリカのある会社でも同じようなシステムを入れているのですが、賃金に完全にダイレクトにつながるような導入をやっていました。ですから、やっぱりコンピュータはツールなんですね、システムのつくり方はそれぞれで、いろいろできてくるわけです。その情報をどう使うかというところは、まだ別の話だと思うのです。
 今ではリレーショナル・データベースみたいなものがどんどんできていますので、技術的にうまくつないでいけば、実は相当多くの情報がわかるのです。インターネットでとった情報をうまくマッチングさせていく。そういうことがどこまで許されるかということだと思います。日本でも名簿がデータベース化されて、名簿図書館みたいにして売られているので、あちこちからダイレクトメールが来ます。ダイレクトメールぐらいだったらそれほど実害はないのですが、年がら年中、商品取引とか、マンションの売り込みとか、いろんな電話がかかってきます。そういうのも、どこかで情報が流れているからだと思います。そして、もっとクリティカルなものが流れることになってくると、これはやはり非常に問題じゃないか。その点では確かに、日本はまだ遅れているのではないかという気がします。

【亀山】
 情報の入手や伝達が容易になればなるほど、その情報を使う上での倫理綱領みたいなものがきちっとできないと、無法者が高速道路に入って来るようなことが起こり得ると思います。最後に一言ずつでも何か追加することがありましたらどうぞ。

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ITシステムは「省力」化ではなく「倍力」化

【森谷】
 まさにIT、パソコンはツールだということですが、それに関連して、私が前から言っていることを追加したいと思います。先ほど亀山さんが、「ME化で熟練工がロボットを使えばロボットも熟練したものになり、そうでないと大したロボットにはならない」というようなことをおっしゃいました。私はそれをもう10年ぐらい前から言っておりまして、これはものづくりの場のことばかりではありません。
 マルチメディアブームのころ、いろんなプレゼンテーションシステムが生まれました。非常に良かったのは、ホテルオークラの結婚式・披露宴のものです。「うちのホテルでやったらこんなものができるよ」ということを、写真やビデオをフルに駆使してアピールするすばらしいプレゼンテーションシステムをつくっておりました。そこでインタビューに行ったのですが、これはセールスマンの省力化を考えているものではありませんでした。むしろ逆に、婚約している二人が面白がって、説明する時間が長くなる。それでも、「うちで結婚してくれる人が増えたらそれでいい」と言っておりました。
 私は以前から「倍力」ということを言っていました。それまでのコンピュータ、例えば給与計算というのは、これはまさに「省力」です。コンピュータというと、それまでは「省力」というイメージがあったのですが、これからはそうではなくて「倍力」である。使う人の能力を何倍かにする。そこで必ずつけ加えていたのが、「セールスマンの能力がゼロであれば、ゼロは何倍にしたってゼロだよ」ということでありまして、使う人の能力次第だということです。
 例えば、そのホテルオークラのプレゼンテーションシステムにはナレーションが入っているのですが、ベテランのセールスマンはナレーションを消して、自分の言葉でそれぞれの人に応じて説明をするということでありました。要するに、そのシステムはまさしくツールであり、そのツールを使いこなす人の能力が問題であるということです。単純に言えば、これからのシステムは「倍力」のシステムだということです。

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日本に合ったモデルの構築を

【酒光】
 2点ほど申し上げたいと思います。1つは、ITによっていろいろと使うのが大変だという話が出ているのですが、使うこと自体は技術革新でどんどん易しくなっています。これは企業の方がいろいろと努力されているおかげだと思います。私が最初にコンピュータをさわったころは、BASIC(コンピュータのプログラム用言語)とかで単純なプログラムでも何行か書かないといけないという感じで、加重平均を計算するにも結構苦労したような記憶があります。今では、例えば私どもが白書をつくるとき、最小二乗法などいろんな分析ツールを使いますが、知識がなくてもマニュアルどおりやれば簡単にできてしまいます。
 問題は、そういった分析をやることの意味があったのか、あるいはその結果にどんな意味があるのかということを分析できなきゃいけないということです。やはり本来の仕事に対する知識や能力というものが、これから求められてくることだろうと思います。
 それからもう1つは、「ITによっていろいろと仕事のやり方が違ってきて、スピードが非常に速くなり、企業の移り変わりも速くなるので、労働もどんどん入れ替わらないといけない」という話がありますが、今年出たILOのレポートなどを読みましても、各国ともITが入ったことによって労働市場がどんどん流動化しているという事実は必ずしもないようです。その1つの要因としては、やはりITの時代だからこそ、企業の持っている潜在的な暗黙知 と言いますか、そういった知識や知恵をうまく企業が活用していかなければならないということがあります。それが企業本来の戦力になるわけです。そういったものをうまく引き出していくためには、ある程度安定的な労使関係と言いますか、従業員と企業との関係が必要なんじゃないかということも言われております。これは1つの可能性を言っているだけだろうと思いますが、IT時代の労働市場のあり方にもいろいろなモデルがあり得ます。ですから、日本でも日本に合ったモデルをつくっていくことが必要ではないかと思います。

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知識を生み出す組織をつくる

【八幡】
  2つありまして、1つは既にいろいろな議論の中で出てきたことですが、「スキルが上がったら賃金を上げる」という要素を少し強めたらどうかという気がいたします。日本の場合あまりにもそれがなさすぎる。アメリカのコミュニティカレッジ(地域のために設けられている短期大学)なんか見ますと、非常に受講率が高い。日本では自己啓発で通信教育などを受ける人が非常に多いわけですが、それと同じくらい、あるいはそれ以上の人がコミュニティカレッジに行って受講していると考えたら良いと思います。そこには短期コースがたくさん用意されています。
 そして、少しでもスキルアップすると、毎年の賃金交渉の面接のときに「こういう資格を取って来ました」と言える。そういうことが非常に重要な要素になるわけです。ですから、スキルアップのインセンティブを考えますと、「OJTで」と先ほど強調しましたが、それだけじゃなくて、やはり外で受けてくるというのも含めて、「どれだけスキルが上がったのか」ということを社内的にチェックして、賃金とリンクさせていく必要があります。そういうことを考えていかないと、一生懸命やろうというインセンティブがなかなか働かないのではないかという気がします。
 それからもう1点は、これも既に出ている話ですが、いろんなノウハウということを考えますと、知識を生み出す組織にしていくことが一番大事だと思います。既にいろいろな暗黙知が社内にあるわけですが、成果主義のために一人一人が逆に「自分のテリトリー」に閉じこもってしまって他の人に教えない。そういう雰囲気になっては困る。ですから、成果主義管理は成果主義管理でいいのですが、知識をお互いに生み出して、共有していかないといけません。
 アメリカの企業を見ますと、「ITでどんどん流動化している」と盛んに言われますが、この10年で大きく変わったのは、実は「チームワーキング」というコンセプトだと思います。それはどんな会社に行っても必ず言われることです。相当小さな会社でも、チームワークでいろいろとやっています。「エンジニアも現場に行くようになった」ということで盛んに強調されるのですが、15年前に日本の企業に行けば必ず言っていたようなことを、アメリカの企業が今言っているわけです。
ところが、日本ではもうそんな話はどこかへ吹っ飛んじゃって、成果主義という形ばかりが前面に出ている。もう少しチームというのを考えて、本当の大事な知識を生み出していく組織をつくっていくことが、それは競争力の源泉でもありますので、大事じゃないかと思います。

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流動化で高まる不安感

【ウィッタカー】
 労働市場と雇用はどのぐらい変わったのかというお話ですが、アメリカでもそういう議論が活発で、労働市場はどのぐらい流動化されているかという議論があります。ある程度、流動化されていることを示す統計はいろいろとあるのですが、騒がれるほどではないとも言えます。しかしその中で、雇用に対する不安定感や不安感は確かに高まりました。自分がいつリストラされるかわからない。IT不況でどんどん首を切られる。中間管理職をはじめいろんな人が首を切られている。「自分がいつ不要になるか」と考えることの心理的な影響と、他方、仕事で必要とされるコミットメントやチームワーキングというものとが矛盾しているのではないか。いろんな人の報告で、そういうことが鮮やかに出てきています。
 日本の場合、たとえアメリカの労働市場が流動化していると言っても、それはまずどの程度のものなのか。そして、それは望ましいのか。さきほどから、「それぞれの国にはそれぞれの制度がある」という話が出ていますが、アメリカ型のダウンサイジングは短期的には利益が出ますけれども、果たして最終的に望ましいものなのかどうか。そういう問題が今でも残されているのです。雇われる人にとっても会社にとってもそうです。
 イギリスにバークレイズ・バンクという大手銀行があるのですが、去年、いきなり支店を20%閉鎖すると報告しました。どういう支店を閉鎖するかと言うと、田舎の町の支店です。インターネットでバンキングをする人が増えてきて、一方で地方の支店のコストは高くて、使っている人もあまり多くないから閉鎖するということです。
 このことが地元のコミュニティに非常に大きな打撃を与えるのは明らかです。なぜかと言うと、そういう田舎の人たちが皆インターネット・バンキングを使っているわけではありませんので、町から銀行が消えてしまうと、人々は大きい町に行って銀行を利用するようになります。そしてそこのスーパーや肉屋などでお金を使ってしまう。そうしたら、田舎の町では小さな店がどんどんつぶれて行く。それを恐れて大騒ぎになったのです。銀行は「それはしようがない、これは技術変化だ、これについて行かないとうちは消滅してしまう」と言いました。ところが、このバークレイズ・バンクは記録的な利益を出していて、しかも社長、会長が自分の給料を記録的に上げていました。そういう状況の中で宣伝して、「シンク・ビッグ」というマーケティング・ストラテジーをとったところ、「ビッグなものは利益だけで、田舎をつぶすことではないか」と批判され、反対運動が生じて、田舎の郵便局が一定の機能を受け取ることになったのです。
 日本でも今年になって電機・電子系の企業でいろんなリストラがありました。松下もそうですし、東芝も日立もそうです。ただ、これらの企業では販売力が弱まっている地域のメーカーのストアを閉鎖するのではなく、議論して、高齢化時代の介護の問題に対応した、地域のニーズに合った事業を展開していくことにしました。「グローバル化が激しく進んでいる中で、うちは介護とかそういうものばかり気にしていて、これでは負ける」という非難もありましたが、現在はそういう事業を展開している。これは先ほどのイギリスの例とまったく対照的な対応のような気がします。
 日本でもグローバル化やスピード経営など改革すべきものはありますが、「技術がどうだからこうしなきゃいけない」というものではなく、会社にとっても従業員にとっても相互の利益があるような展開を選べるならそうすべきだと思います。日本はアメリカとイギリスの良いところを受け取って、悪いところを捨てる勇気が必要です。

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ITに対してもっと冷静な議論を

【亀山】
 ありがとうございました。何かまとめのような話になってしまいました。今日の議論を聞いての感想でありますが、まず第1番目に、日本ではここ1年間ぐらい「IT化」という熱病が流行しました。それが良いことか悪いことかよくわかりませんが、アメリカの景気が悪くなったこともあってその熱病は覚めてきた。これは日本のことだけではないでしょうが、その反動が大きい。今までITに関して野放図な期待があったのが、今度は途端に「IT憎し」という感じでITたたきが起こってきた。今日はそうではなく、冷静にきちっとITの功罪について議論していくことができたと思います。
 ITに関して依然として明るい面ばかりを強調する人がいます。その人たちが言っていることは、大きく言って2つあります。1つはITの可能性として、eコマース、BtoB、BtoCというのもありますが、そういうエレクトリック・コマースが広がっていくということ。広がっていくというのと、「中抜き」になって、中間マージンを取っていたのがいなくなるわけですから、取引コストがゼロに近づくということです。
 しかし、これらは大体うそでありまして、eコマースで調達できる部品なんていうのは相当粗雑な部品だけです。大事な部品だったら、その部品の精度や信頼性を確認しなければならず、それはeコマースの上ではできません。すると、eコマースで買いながら、片方でその部品の精度を確認するために膨大な投資をしなきゃいけない。取引コストはゼロなんかにならず、その確認をするためのコストというのが相当大きくなります。ですから、逆にそんなには広がらないということです。アメリカ商務省の統計によると、アメリカ全体における商取引の中でeコマースの占める割合は1%であって、それがどんどん広がるということはありません。
 日本では政府が宣伝したいものですから、BtoBみたいなものが、これから4?5年先、25%になるだろうという報告を出しています。しかし、だれも信じることができません。そういうふうに考えますと、確かにBtoBというのは広がっていくかもしれませんが、そのウエートが日本における取引関係全体を変えてしまうというものではないでしょう。そこを押さえておくことが大事だろうと思います。
 もう1つ夢を語る人たちの話を聞いていますと、BTOというようなものがあります。それは、例えば家を建てるとき3次元の図面が与えられ、そこで素人が自由に発言して図面を自由に書き直し、それで自分の家が自分で建てられるといったものです。その前提としては、いわゆるブロードバンド、つまり大量の情報が非常に高速に行き来することができるようなシステムが、各家庭にまで行き渡っている必要があります。ところが、日本中の各家庭にまで光ファイバー網みたいなものを張り巡らすためには、むちゃくちゃな投資が必要です。そのことを抜きにして、夢物語を語るというようなところがあります。こういう点についても、今日は相当冷静な議論が展開されたと思います。
 「ITは景気を良くする」と言いながら、良くならなかった。「ITはこんなに可能性がある」と言いながら、その可能性は必ずしも切り開かれていない。なぜなのか。景気の話から言えば、企業が明らかに過剰投資を行ったため、そのつけが回ってきたということがあります。では、ITの可能性が切り開かれてないのはなぜか。先ほど森谷さんがおっしゃったように、それは社会の情報化への投資が過少だからではないでしょうか。ITを受け入れるための本格的な社会的投資が行われず、企業で過剰投資が行われたため、結果として不況を招き、ITの可能性を押しとどめているのではないかと思います。ITの可能性に関する期待を実現していくためには、ITに過剰に期待して過剰投資するような熱病のような状態からクールダウンすることが大事になのではないでしょうか。今日の議論を聞きながらそんなふうに思いました。

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おわりに

【小野】
 今回のフォーラムでは、ITの功罪、良い面と悪い面、両方について冷静に議論できたのではないかと思います。亀山さんから楽観論に関して問題点があるというコメントが出されましたが、90年代におけるITの雇用効果に関しては、酒光さんの報告にもありましたように、大体200万人の雇用が増えたということであります。そういう点から言いますと、ITに関する雇用効果についてはそう心配することもなかろうという感じを強く持ちました。
 「ITの熟練を高めていくのにもOJTがメーンで良い」というお話が出てきて、私は「そういうものかな」と大変意外に思いました。もちろんただ単にOJTで良いというわけではなくて、計画的にやらなければいけないとか、OJTのプロセスでもう少し社会的な広がりを持つような視野を持たせる必要があるというコメントもあったかと思います。
 それから、デジタル・デバイドを避ける必要があるということで、これはもちろん大変重要でありましょうが、「小学校ぐらいからやったほうがいい」とか、「小学校の先生までもう一遍訓練しなければならない」ということでありますと、これは厚生労働省の政策の範囲かどうかわかりませんが、文部科学省のほうまで少し範囲が及ぶような、そういう対応が必要なのではないでしょうか。
それから、日本の雇用慣行についてどうなるのかということですが、ちょっと議論が分かれていたのではないかと思います。一方で日本の雇用慣行にはいろいろ強みがあり、新しい技術を非常に受け入れやすいからそういうものを利用していったら良いという議論や、欧米でも言われているほど流動化は進んでいないという議論です。
 他方には八幡さんのような議論もあります。組織や管理の変化について旧システムと新システムを比較した八幡さんの表がありますが、これはどういうインプリケーションを持つのでしょうか。フラット化、多様化、多能化、分権化。これらは日本の雇用慣行がIT化に伴って少し変わっていくことを示唆しているようです。結果として流動化ということになりますが、流動化した時に、できるだけ需要と供給をつなぎ合わせるような政策的対応が必要になります。そこで民と官が協力するというお話が出て来ましたけれども、そういうことが必要になってくるのではないかと思います。
 こういう労働関係の政策的な議論をやると必ず出て来ますのが、「労働政策だけでは話が済まない」ということであります。ある場合には、産業組織論的な政策が必要でありますし、今回は経済政策と労働政策を結びつけたようなことをしないといけない、例えば地域の雇用のアンバランスに対応しなければならないというお話もありました。
 以上うかがっておりまして、大変役に立ったと思います。わが国の労働政策にどうかこのフォーラムの成果を積極的に取り入れて活用していただければと思います。最後になりますが、私ども日本労働研究機構では、ITの雇用に対する影響についての調査研究を進めてまいりたいと思っております。今後とも皆様方からのご支援、ご協力を得ることができればと思います。本日は長時間にわたりどうもありがとうございました。

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注釈1 IT(Information Technology

 このフォーラムでいうITは、近年急速に発展した情報通信技術及びそれらを活用した情報機器、ソフト、ネットワークなどのインフラ設備を指し、旧来の情報技術と区別している。


注釈2 リカードゥの「機械論」
David Ricardo,1772-1823,イギリス〕

 リカードゥはアダム・スミスと並ぶ古典派経済学の代表的な経済学者。主著『経済学および課税の原理』の中で、機械の導入は労働者の立場を不利にし、労働者が機械に排除されると論じた。


注釈3 マシニングセンター

 複合NC工作機械(数値制御を利用した工作機械)。数十本から数百本の工具を備え、一度の段取りをつければ、プログラム制御で自動的に工具選択、加工手順などを指示し、切削加工を行う。


注釈4 MEに関する大きな国際会議

 当時の労働省が関係省庁や研究機関、労働団体、使用者団体に呼びかけて、1985年9月に東京で「マイクロエレクトロニクス(ME)と労働に関するシンポジウム」を開催した。このシンポジウムでは、ME化が雇用や能力開発、安全衛生、労使関係・労働条件などに与える影響について議論され、ME化に伴って生じる様々な問題の解決の可能性を探った。そして、ME化を単にME機器の影響という視点でとらえるのではなく、Information Technology(IT)という新しい技術?経済体系でとらえ、経済社会全体の構造変化に対応すべきだと提言した。シンポジムの記録は、雇用職業総合研究所編『MEからITへ?“MEと労働”国際シンポジウムの記録』(日本労働協会、1986年)にまとめられた。


注釈5 INS(Information Network System)

 NTTが88年に始めた総合デジタル通信網(ISDN)。これまで個別にネットワーク化されていた電話、データ通信などを総合的なネットワークとしてサービスを提供する。


注釈6 ドッグイヤー

 情報通信技術のライフサイクルが短いことを、犬のライフサイクルが(人より)短いことになぞらえる言い回しでよく使われている。


注釈7 e-コマース(電子商取引)

 情報通信技術を活用した商取引で、企業間(BtoB)や企業対消費者(BtoC)などの形態がある。例えば、企業がインターネットを経由して発注したり、商品を販売したりする。


注釈8 サプライ・チェーン・マネジメント(SCM)

 製造から流通までを最適化するため、取引のある企業の生産、在庫管理、販売の一連の流れをシステム化し、情報を企業間で共有すること。顧客ニーズを迅速かつきめ細かく反映した生産が可能になり、在庫や無駄な生産を減らすなどの効果がある。


注釈9 ビルド・ツー・オーダー(BTO)

 (ITを利用した)オーダー・メードによる製造・販売方式。


注釈10 ITS(Intelligent Transport Systems)

 高度道路交通システム。最先端の情報通信技術を用いて人と道路と車両を情報でネットワーク化することにより、交通事故、渋滞などといった道路交通問題の解決をめざす新しい交通システム。ナビゲーションの高度化、ノンストップ自動料金収受システム(ETC)、安全運転支援システムなどの研究開発が進められている。


注釈11 遠隔医療

 患者の自宅やかかりつけの診療所と専門病院をネットワークで結び、画像診断、病理診断、患者の指導などを行う。


注釈12 IT戦略会議

 「IT革命の恩恵をすべての国民が享受でき、かつ国際的に競争力のある『IT立国』の形成を目指し、官民の力を結集して戦略的かつ重点的に検討を行う」ことを目的にして、2000年7月に設置された。議長は出井伸之・ソニー会長。


注釈13 金型

 金属やプラスチックなどの成型、加工、鋳鍛造などに用いる金属製の型。


注釈14 CAD(Computer Aided Design)、CAM(Computer Aided Manufacturing)

 製品の企画・設計や作業工程の設計を支援するシステム。設計、製図・シミュレーションをコンピュータで行うCAD、加工図から数値制御の工作機械を制御するためのデータを生成するCAMがある。


注釈15 デジタル・デバイド

 パソコンやインターネットなどのITを使いこなす能力やアクセスする機会を持つ人と持たない人との間に情報格差が生じ、それが収入の格差、経済格差につながること。


注釈16 e-Japan重点計画

 政府のIT戦略本部は2001年3月に「e-Japan重点計画」をまとめた。高度情報通信ネットワーク社会を実現するため、①世界最高水準の高度情報通信ネットワークの形成、②教育及び学習の振興並びに人材の育成、③電子商取引等の促進、④行政の情報化及び公共分野における情報通信技術の活用の推進、⑤高度情報通信ネットワークの安全性及び信頼性の確保、の5分野について重点的に取り組む方針を掲げている。


注釈17 OJT(オン・ザ・ジョブ・トレーニング)

 仕事の現場で、(仕事をしながら)業務に必要な知識や技術を習得させる研修方法。企業外の教育訓練機関等で行われるOFF-JTと区別される。


注釈18 コールセンター

 IT利用して、効率的に顧客への電話相談、受注活動などを行う場所。


注釈19 エンプロイアビリティ

 企業内部だけでなく、外部労働市場でも通用する職業能力。
職業能力の問題だけでなく、失業者や福祉対象者など現在就業していない者の就業の容易さ(可能性)を指す用語として使われることもある。


注釈20 リカレント教育

 生涯教育構想のひとつで、従来の教育が学校から社会へという方向で動いていたのに対し、一度社会に出た者の学校への再入学を保障し、学校教育と社会教育を循環的にシステム化することを課題とする。


注釈21 WBT(web based training

 インターネット上に課題や教材を提供することにより学習から能力評価まで一貫して行う研修方法。


注釈22 西日本鉄道事件(西鉄脱靴事件、最高裁第二小法廷昭和43年8月2日)の判例

 最高裁は、使用者が行う身体検査について、検査を必要とする合理的理由があり、一般的に妥当な方法と程度で、しかも制度として、職場従業員に対して画一的に実施され、就業規則その他明示の根拠に基づいて行われるときは、「従業員は、個別的な場合にその方法や程度が妥当を欠く等特段の事情がない限り、検査を受忍すべき義務がある」としている。


注釈23 リレーショナル・データベース

 独立した複数のデータベースを連携させながら大きなデータベースとして構築したもので広く使われている。


注釈24 最小二乗法

 計量経済で最も頻繁に用いられる分析手法のひとつ。企業収益が賞与に与える影響など、ある数量の変動が別の数量の変動に与える影響を分析するときなどに使う。


注釈25 ILOのレポート

The World Employment Report 2001: Life at work in the information economy』のこと。この2001年版世界雇用報告では、急速に進展するIT化により生じる雇用面での課題や好機について分析している。



注釈26 暗黙知

 言葉や絵で表現したり、伝達したりすることが難しい知識。普通、OJTなど職場で仕事を通じて修得する。



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