座長講評

労働関係図書優秀賞・論文優秀賞(平成17年度)

山口浩一郎(審査委員会座長)

『日本労働研究雑誌』 2005年2/3月号(No.536)


第28回(平成17年度)労働関係図書優秀賞については、厳正な審査の結果、本年度は該当作なしと決定した。以下、この決定に至るまでの選考経過について述べる。

本年度の選考はまず、6月29日の第1次審査委員会において、事務局でとりまとめた期間中の刊行リストや労働政策研究・研修機構研究員及び「日本労働研究雑誌」編集委員らによる推薦図書をもとに、下記の5点を審査対象として取り上げることとした。

(著者名五十音順)

  • 白波瀬佐和子著 『少子高齢社会のみえない格差−ジェンダー・世代・階層のゆくえ』
  • 都留康・阿部正浩・久保克行著 『日本企業の人事改革−人事データによる成果主義の検証』
  • 手塚和彰著 『外国人労働者研究』
  • 長沼秀世著 『アメリカの社会運動:CIO史の研究』
  • 藤本昌代著 『専門職の転職構造−組織準拠性と移動』

次いで8月10日の第2次審査委員会において、これら各著作につき入念に討議・検討を行ったがした結果、残念ながら本年度は該当作なしという結果となった。候補作品についての審査経過の概略は次のとおりである。

『少子高齢社会のみえない格差』は、少子高齢化が急速に進展する現代日本の社会・経済問題を、世代間の公正、ジェンダー、社会的格差というの3つの視点から分析したものである。印象論で語られがちな日本社会の様々な諸相を、高度な計量手法による緻密なデータ分析を用いて客観的に吟味分析・評価しており、優れた手堅い業績であるとた点が、優れたまた従来にないユニークな書であるとして高いの評価を受けた。候補作のなかでは評価が高く、受賞に匹敵する作品として最後まで検討が続けられたが、議論の仕方が記述が客観的にすぎ、筆者の積極的な主張にが乏しいことが、書物としての魅力を多少欠く結果となっているのではないか、もう少しアナリティカルに論述すべきではなかったか、などの点から、受賞には今一歩とされた。

『日本企業の人事改革−人事データによる成果主義の検証』は3つの企業の協力を得て入手した人事データの分析を通じて、1990年代後半の日本企業における「成果主義的」人事制度改革の実態に迫った本格的な研究書を明らかにしたものである。用いられたデータは、企業内の実際の個人別賃金のデータ等、通常入手が困難な貴重なものであり、極めて高い価値があると絶賛された。ただ、本書自体の分析内容と結論については従来の議論からの発展があまりみられず、その結果、全体としてやや平板な印象がぬぐえないという厳しい評価も出され、受賞には届かなかったことで惜しくも選にはもれた。

『外国人労働者研究』は、「外国人労働者問題」に関する著筆者の約20年間にわたる諸論稿過去の論文を取りまとめ集めたものである。収録論文に比較的古いものが多く最新の動向についてのリファーに乏しい、既発表論文をそのまま収録しているため内容にかなりの重複が生じ、ひとつの研究書て全体としての書としての統一性感をやや欠くなどという批判が出された点から選に漏れた。ただし、外国人労働者問題研究の第一人者である著者のこれまでの業績の集大成として、価値のある一冊との評価もあった。

『アメリカの社会運動:CIO史の研究』は、アメリカ史の研究者によるCIO史研究の大著書であり、大会議事録、執行委員会議事録など貴重な一次資料を活用した叙述は、その歴史を明らかにした興味深いものがあり、CIOの発展の足跡を丁寧にたどった労作であるという点で評価は一致したものである。しかしながら、内容が叙述的なものにとどまり、著者自身の基本的な主張、メッセージが明らかになっていないこと、また、CIOが歴史的に果たした役割について、数多い先行研究を踏まえた十分な分析・検討がなされているとはいいがたいこと、などの点が難点とされたから受賞を逃したものの、CIOの発展の足跡を丁寧にたどった労作であるという点で評価は一致した。

『専門職の転職構造』は、一般に転職志向が高く、コスモポリタン的と考えられている専門職の転職率の低さの理由は所属組織に対する忠誠心や愛着心であるとして、その形成メカニズムを社会構造・文化構造などの視点から明らかにしようとしたものである。民間大企業の3社の研究所企業内の研究者を分析対象としてとりあげているが、データの取り扱いにやや難があり、結論を十分裏付けているとはいいがたいこと、また、結論自体にも少しく疑問が残るとされたが、著者の真摯な叙述態度は好感を得た。

なお筆者の真摯な研究姿勢には高い評価が集まったものの、用いられたデータは、企業内の実際の個人別賃金のデータ等、通常入手が困難なもので、それ自体に高い価値があるということでは評価が一致した。またその詳細な分析が素晴らしいとする声は多く、分析部分だけで十分賞に値するのではとの評価も一部審査委員からきかれた。


次に労働関係論文優秀賞の選考について簡単に述べる。

本賞は労働に関する新進研究者の調査研究を奨励し、もって当該分野の研究水準の向上を図るとともに、労働問題に関する知識と理解を深めることを目的としており、今回で6回目を迎える。

今回の選考は平成16年4月から平成17年3月までの1年間に新たに刊行されたもので、編著書に収録された雑誌未発表の論文を含む、日本人の論文または外国人による日本語の論文を対象として行われた。

6月29日の第1次審査委員会、8月10日の第2次審査委員会を経て、第6回(平成17年度)労働関係論文優秀賞は、(1)武内真美子「女性就業のパネル分析−配偶者所得効果の再検証」(『日本労働研究雑誌』2004年6月号(No.527)掲載)、(2)高橋陽子「ホワイトカラー「サービス残業」の経済学的背景−労働時間・報酬に関する暗黙の契約」(『日本労働研究雑誌』2005年2/3月号(No.536)掲載)の2作に決定した。

なお審査対象となったのは以下の5点である。

(掲載号順)

いずれについても論文としてのスタイル・マナーについては申し分なく、内容的にも優れた水準に達しているとの評価では一致した。

このうち、武内論文は「夫の収入が高いとき女性の労働供給行動は抑制される」という有名な「ダグラス=有澤の法則」が成立しない可能性があるという新しい知見を提示、また高橋論文は、これまで単なる不払い残業だと考えられてきた「サービス残業」について、従業員と使用者の間にはある種の暗黙の契約が成立しており、必ずしも「不払い」とはいえない場合があるということを明らかにしたものであるが、この2作ともにレベルの高い実証分析の裏付けによって、斬新かつ興味深いファインディングを得ているとして、他の論文に比べてとりわけ高い評価を受け、今回の受賞作として決定された。