JILPTリサーチアイ 第23回
続・協約自治と国家
─協約単一法の合憲性に関する連邦憲法裁判所2017年7月11日判決

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労使関係部門 研究員(労働法専攻) 山本 陽大

2017年10月27日(金曜)掲載

Ⅰ はじめに

JILPTでは、2012年度から2016年度にかけての第3期中期計画におけるプロジェクト研究の一環として、「規範設定に係る集団的労使関係のあり方研究プロジェクト」を立ち上げ、そのなかで欧州諸国(ドイツ、フランス、スウェーデン)における労働協約システムに関する調査研究を実施してきた。その成果については、下記の【関連研究成果】が既に公表されているほか、今年の12月にはJILPT第3期研究プロジェクトシリーズ『現代先進諸国の労働協約システム』が刊行される予定となっている。

そして、筆者は同書のなかで、近年の(とりわけ2013年に第3次メルケル政権が発足して以降の)ドイツにおける労働協約システムをめぐる立法政策上の動向をテーマとして採り上げているのであるが、脱稿後に、このテーマに関する重要な判例に接した。それが、ドイツにおいて2015年5月に成立した「協約単一法(Tarifeinheitsgesetz)」(および、同法に基づく労働協約法4a条)の合憲性について判断を下した、ドイツ連邦憲法裁判所の2017年7月11日判決[注1]である。その詳細については、上記・書籍のなかで補論として追記を行う予定であるが、ここでは速報的に同判決について紹介しておくこととしたい[注2]

Ⅱ 問題状況の確認

まずは、前提となる問題状況を簡単に確認しておこう[注3]

日本でもよく知られているように、ドイツの労働協約システムにおいては、伝統的に「1事業所1協約」が大きな支柱となっていた。これは、ナショナルセンターであるドイツ労働総同盟(DGB)が、戦後、労働組合を再建するに当たり、いわゆる産業別組織原則を採ったことで、1つの事業所を管轄する労働組合が、当該事業所が属する産業分野を管轄する産業別労働組合に限定されてきたためである。これによって、ドイツにおいては従来、1つの事業所に対しては、当該事業所を管轄する産別組合が締結した産業別労働協約のみが適用されるのが通例となっていた。これはまた、ドイツでは伝統的に、協約交渉(団体交渉)は一本化されてきたことを意味する。

しかし、このような状況は2000年を境に一変する。なんとなれば、ドイツにおいてはこの時期から、パイロットや機関士、あるいは医師のような高度の専門職に就く労働者によって結成される専門職労働組合(Spartengewerkschaft[注4]が、独自の協約政策を展開する動きが出てくるようになったためである。これらの専門職組合は、各事業所において占める組織率は必ずしも高くないものの、とりわけストライキを実施する場合には、その組合員が担う職務の重要さとの関係で、使用者に対して強い圧力となる点に特徴がある。そして、ドイツにおいては2000年に入ると、これらの専門職組合が、従来のDGB系の産別組合との協調路線を変更し、自組合員固有の利益のために、DGB系産別組合のそれよりも高い労働条件での労働協約の締結を志向するようになった。これによって、ドイツにおいては、1つの事業所において、DGB系産別組合と専門職組合との競合が発生し、それによって協約交渉およびそれに付随するストライキが複線化し、その結果、内容の異なる複数の協約が併存しうるという、伝統的な「1事業所1協約」が大きく揺らぐ事態が生じていた。

今回その合憲性が争われた「協約単一法」は、まさにこのような事態に対処することを目的としたものである。すなわち、同法、および同法に基づいて新たに規定された労働協約法4a条(特に第2項2文)によって、1つの事業所について、複数の労働組合により内容の異なる協約が重畳的に締結された場合(=協約衝突〔Tarifkollision〕状態)においては、当該事業所においてより多くの労働者を組織している労働組合(多数組合)が締結した協約のみを適用し、それ以外の組合(少数組合)の協約についてはその適用を排除することができるというルールが新たに導入された。かくして、ドイツではいわば立法による「1事業所1協約」の復活が企図されたわけであるが、しかし同時に、1事業所において少数組合となるのが通例である専門職組合にとってみれば、締結協約の適用排除をはじめとする様々な不利益が生じうることとなった。

そのため、協約単一法および労働協約法4a条に対しては、その施行後直ちに、複数の専門職組合から、基本法9条3項によって保障された団結の自由に対する不当な侵害に当たるとして、憲法異議の申立て(Verfassungsbeschwerde)が相次いで提起された。これに対して判断を行ったのが、連邦憲法裁判所2017年7月11日判決である。

Ⅲ 判旨の概要

今回の判決は全部で数十頁にもわたる相当に大部のものであるが、その要旨を整理すれば次の通りである。

  1. 団結の自由を定めた基本法9条3項は、個々人に対して、労働条件および経済的条件を維持・促進するために労働組合(団結体)を結成する権利を保障するとともに、かかる目的のために、結成された労働組合自体が活動を行う権利をも保障している。これには、新たな組合員の勧誘活動のような、労働組合の存続に向けた活動も含まれる。また、基本法9条3項によって、労働組合は、その運動方針や組織構成についても自己決定をなしうる。
  2. 基本法9条3項により保障される労働組合の活動のなかでも、最も中心に位置付けられるのは、労働協約を締結しこれを適用するという意味での協約自治(Tarifautonomie)である。但し、基本法は、自己の固有の利益のために重要な職務上の地位(Schlüsselposition)を協約政策のために利用することについての絶対的な権利までをも認めるものではない。
  3. 国家は、歴史的な経験に基づいて、賃金をはじめとする労働条件の規整の大部分を、労働組合(および使用者団体)に委ねている。それによって、締結された労働協約には、そのなかで労・使双方の利益が適切な形で調整されているという意味での正当性の推定(Richtigkeitsvermutung)が与えられる。但し、かかる正当性の推定が認められるためには、協約交渉に際してフェアな形での調整を行うことを可能とする、構造的な枠組み条件が整備されていることが前提となる。すなわち、協約自治というのは、このような前提条件のもとにおいてのみ、機能的なもの(funktionsfähig)となる。
  4. そして、かかる協約自治の機能性を確保するために、立法者は、基本法9条3項に基づいて、上記・枠組み条件の整備に向けて協約締結当事者間の関係を規制する権限を有する。かかる規制権限は、労働組合と使用者(団体)間の関係だけでなく、競合している労働組合相互の関係についても妥当する。
  5. 事業所内において、重要な職務上の地位にある労働者がその立場を利用して、その固有の利益を追求し、協約衝突状態を発生させる場合には、フェアな形での協約交渉の調整がなされたとはいえず、労働協約の正当性の推定は危殆化する。労働協約法4a条は、協約交渉において競合関係にある労働組合が、相互に調整を行い協調的行動を採ることを促そうとするものであって、その目的は正当といえる。
  6. 他方、確かに、労働協約法4a条によって、少数組合の団結の自由(基本法9条3項)は侵害されうる。すなわち、労働協約法4a条2項2文によって、協約衝突状態にある少数組合の労働協約がその適用を排除された場合には、その組合員は当該協約上の権利・利益を奪われ、協約交渉の成果が無価値化(Entwertung)される。また、かかる規制は、協約衝突が発生する前の段階においても、少数組合に対しては、組合員勧誘に際してその魅力を失わせ、あるいは運動方針や組織構成の見直しを迫るといった形での事前効果(Vorwirkung)を発揮しうるという意味でも、基本法9条3項によって認められた権利(上記・1.)を侵害する。
  7. そうすると、目的の正当性(上記・5.)との比例において、かかる基本法9条3項(なかんずく協約自治)に対する侵害が相当性の範囲内にあるか否かを検討する必要がある。この点、かかる侵害につき少数組合に対して受忍を求めうるためには、まずは労働協約法4a条を制限的に解釈・適用する必要がある。例えば、同条2項2文に基づく労働協約の適用排除により、老齢年金のような労働者の生活に関わる長期的に設計された給付を無価値化してしまうことは、憲法上許されない。また、労働協約法4a条5項は、ある労働組合との協約交渉を開始した使用者に対し、その旨を公表するとともに、他の労働組合に対しても意見表明の機会を付与すべき義務を課しているところ、労働協約法4a条2項2文による少数組合の協約適用排除は、かかる義務が適切に履行された場合に限り、認められるというように解釈・適用がなされるべきである。これらの解釈・適用を通じて、労働協約法4a条による基本法9条3項に対する侵害は、その大部分において正当化される。
  8. しかし、このような制限的解釈を施してもなお、現在の労働協約法4a条は、協約衝突状態において、協約適用が残ることとなる多数組合の労働協約のなかで、協約適用が排除される少数組合(職業グループ)の利益が効果的な形で考慮されるようにするための安全措置(Vorkehrung)を用意していないという点において、相当性を欠く。労働者の側において、全ての職業グループがその利益を効果的な形で代表される機会を有していることもまた、労働協約の正当性の推定にとっての前提条件である。確かに、労働協約法4a条4項は、協約適用が排除された少数組合に対して多数組合の労働協約と同一内容での協約締結を使用者に対して求めうる権利(Nachzeichnungsanspruch)を付与しているが、それだけでは上記の安全措置として不十分である。従って、上記の限りにおいて、労働協約法4a条は基本法9条3項と合致せず、部分的に違憲である。
  9. 以上のことから、立法者は遅くとも2018年12月31日までに、上記の違憲部分を除去した形での新たな規制を創出しなければならない。それまでについては、労働協約法4a条2項2文は、多数組合が、その労働協約のなかで、協約適用が排除されることとなる職業グループの利益を真摯に(ernsthaft)かつ効果的な形で考慮していることが説得的に証明される場合[注5]に限り、引き続き適用する。

Ⅳ 若干のコメント

かつて筆者は、本連載の第9回「協約自治と国家」のなかで、協約単一法を含む第3次メルケル政権下でのドイツ労働協約システムをめぐる各法政策について、いずれも「“協約自治の強化”が通奏低音となっている」ところ、「これらの法政策が、法学的意味において基本法9条3項の要請を充たし、“協約自治を強化”するものであるのか否かは別途問われなければならない」と述べた。今回の連邦憲法裁判所判決は、まさにかかる問いに対して一定の回答を与えたものといえよう。すなわち、同判決は、労働協約法4a条による協約単一の法規制につき、一方においてかかる規制により侵害されうる基本法9条3項が保障する(協約自治を含む)諸権利(およびその限界)と、他方において同じく基本法9条3項から導かれる機能的な協約自治の確保に向けた立法者の規制権限との相克のなかで、比例相当性審査の枠組みにおいて、制限的解釈による労働協約法4a条の正当化を図りつつ、少数組合(職業グループ)の利益保護のための「安全装置」の欠落という限りで、その部分的な違憲性を衝いたものといえる(この点については、アメリカ法における公正代表義務的な発想への親和性を指摘できるかもしれない。)

2018年12月までに立法者に義務付けられている新規制を含めて、今回の判決に対するドイツ労働法学の評価が出揃うまでには、いま少しの時間を要しよう。しかしいずれにせよ、経済のデジタル化やグローバル化による労働社会のドラスティックな変容が予想されるなかで、労働協約システムが果たしうる役割に、より一層の期待が寄せられているドイツにおいて[注6]、同システムをめぐる法政策について(部分的とはいえ)違憲判断が下されたことの意義は決して小さくない。この点については、同一労働同一賃金や長時間労働の是正といった文脈のなかで、集団的労使関係をめぐる法政策的議論が今後胎動をみせるかもしれない我が国においても[注7]、「他山の石」とすべきではなかろうか。

脚注

注1 BVerfG Urt. v. 11.7.2017, 1 BvR 1571/15, 1 BvR 1588/15, 1 BvR 2883/15, 1 BvR 1043/16, 1 BvR 1477/16
http://www.bundesverfassungsgericht.de/SharedDocs/Entscheidungen/DE/2017/07/rs20170711_1bvr157115.html新しいウィンドウ

注2 なお、本判決については、JILPT「海外労働情報:ドイツ(2017年10月)」においても、簡単な紹介がなされている。

注3 この点については、差当たり、山本陽大 労働政策研究報告書No.193『ドイツにおける集団的労使関係システムの現代的展開』(JILPT、2017年)20頁以下、53-54頁、60-61頁、68頁以下を参照。また、協約単一法については、桑村裕美子『労働者保護法の法的構造』(有斐閣、2017年)135頁以下にも詳しい。

注4 このような専門職組合の代表例としては、医師により結成されるマールブルク同盟、パイロットにより結成されるコックピット、旅客機の客室乗務員により結成されるUFO等があり、いずれも今回の憲法異議の当事者となっている。

注5 このような場合として、本判決は、多数組合においても、かかる職業グループに属する者を最低限度で組織化している場合、あるいは多数組合の協約交渉の際に、かかる職業グループが自身らにとって重要な協約政策上の交渉判断に十分な影響を及ぼしえた場合を挙げている。

注6 この点については差当たり、山本陽大「ドイツにおける“労働4.0”ホワイト・ペーパー」(PDF)新しいウィンドウJCM313号(2017年)新しいウィンドウ20頁を参照。

注7 この点については、山田久 JILPT労働政策の展望「『働き方改革』が問う労使自治の再構築」も参照。