JILPTリサーチアイ 第9回
協約自治と国家
─ドイツにおける労働協約システムをめぐる最近の法政策から

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労使関係部門 研究員(労働法専攻) 山本 陽大

2015年6月5日(金曜)掲載

JILPTでは、2012年より「規範設定に係る集団的労使関係のあり方研究プロジェクト」を実施しており、そのなかで、ドイツ、フランスおよびスウェーデンにおける労働協約システムに関する調査研究を行っている。同研究の成果の詳細に関しては、下記の【関連研究成果】に掲げられた各労働政策研究報告書を参照いただければ幸いであるが、ここではドイツにおけるホット・イシューとして、労働協約システムをめぐる最近の法政策上の動向に、フォーカスを当てることとしたい。

Ⅰ.伝統的な労働協約システムの弱体化

ドイツにおいて、かかる動向が生じている背景には、ひとえに伝統的な協約システムの弱体化がある。

ドイツにおいては、戦後、労働組合は産業別に組織され、またこれに対応する形で使用者団体も産業別に組織されてきた(産業別組織原則)。そのため、団体交渉(協約交渉)も各産業ごとに行われ、労働協約も産業別労働協約として締結されてきた。そして、従来ドイツにおいては、労働組合および使用者団体ともに比較的高い組織率を保持しており、また、一定の要件のもとで未組織労働者および企業に対しても協約の拘束力を及ぼすことを可能とする一般的拘束力宣言制度(AVE)と相まって、ドイツにおける産別協約は、当該産業における労働者および企業を広くカバーしてきた。また同時に、産業別組織原則は、1つの事業所に適用される労働協約を、当該事業所が属する産業の産別協約に限定する機能をも果たしてきた(1事業所1協約)。かくして、高い協約適用率および1事業所1協約によって、ドイツにおいては伝統的に、産別協約を中核に据えた安定的な協約システムが形成されてきたのであった。

しかしながら、かかる伝統的なドイツの協約システムは、いまや大きく変容している。まず挙げられるのは、産別協約の適用率の著しい低下である。労働市場・職業研究所(IAB)が行った最近の調査によれば、1996年の時点では70%であった産別協約の適用率は、2013年には52%にまで落ち込んでいる。その原因としては、主に産別組合および使用者団体双方における組織率が低下し、またそれに伴ってAVEのための要件を充足できない場面が増えてきたこと等が挙げられるが、いずれにせよその結果として、産別協約の適用を受けず、低賃金で就労する労働者層が増加することとなった。

また、ドイツにおいては2000年以降、機関士やパイロット等の専門職に就く労働者層が、産別組合を脱退し、別途の職種別労働組合を結成する動きが出てきている。そして、それに伴い、1つの事業所に対し、産別協約とかかる職種別組合が締結した協約とが重畳的に適用される現象(“協約衝突”現象)が生じうるようになっている。これによって、1事業所1協約という従来の協約システムの支柱も、大きく揺るがされることとなった。

Ⅱ.第三次メルケル政権下での法政策

このような事態に直面して、労使団体自身、決して手を拱いているわけではなく、組織化活動に尽力していることはいうまでもない。しかし、ここで言及しておきたいのは、かかる労使団体の自助努力だけでなく、国家(現在の第三次メルケル政権)もまた、協約システムをめぐる様々な法政策を矢継ぎ早に打ち出しているという事実である。

この点につき、まず挙げられるのは、AVEの改正である。上記の通り、ドイツの産別協約が高い適用率を維持してきた一因には、AVEの存在があったわけであるが、その要件を充足できない場面が増えてくるようになったことを受けて、2014年8月11日にAVEを定める労働協約法5条が改正され、従来よりも要件が緩和された。これにより、まずはAVEを通じた産別協約のカバー率の向上、ひいてはそれによる低賃金労働者の保護が期待されているといえる。

もっとも、かかるAVEは産別協約が存在することを前提とした制度であるため、逆にこれが存しないところでは、AVEにより低賃金労働者を保護することはできない。そこで、ドイツでは2015年1月1日に、新たに最低賃金法が施行されている。同法は、ドイツにおいて初めての全国一律に適用される法定最低賃金制度を規定するものであり、これによって現在では、ドイツにおいて労働者を雇用する全ての使用者は、法定最低賃金額(差当たり、時給8.50ユーロ)以上の賃金を支払わなければならないこととなっている。

更に、2015年5月22日には、いわゆる協約単一法(Gesetz zur Tarifeinheit)が、連邦議会において可決された。これは、上記でみた協約衝突現象が生じている場合に、当該事業所において、競合している協約のうち労働者の多数に適用されている協約(=従って、通常は産別協約)のみを適用することとし、それ以外の協約の適用を排除しようとするものである。すなわち、かかる協約単一法によって、伝統的な1事業所1協約が復活を遂げることとなる(そのため、例えば機関士の職種別組合であるGDLは、かかる協約単一法に対して、違憲訴訟を提起することを予告している〔Frankfurter Allgemeine, 23. Mai. 2015〕)。

Ⅲ.国家による“協約自治の強化”

ところで、上記でみたうち、AVEの改正および最低賃金法の施行は、2014年8月11日に成立した条項法(=法規の新設および既存の法律の改正を一括して規定する法律)に基づくものであるが、かかる条項法には“協約自治強化法(Tarifautonomiestärkungsgesetzs)”とのタイトルが付されていた。また、上記の協約単一原則が可決された2015年5月22日の連邦議会演説において、連邦労働大臣のAndrea Nahlesは、「協約単一原則は協約自治を強化する。(Tarifeinheit stärkt die Tarifautonomie.)」と述べていた。このように、でみた各種法政策においては、“協約自治の強化”が通奏低音となっている。

この点につき、基本法9条3項により協約自治が憲法レベルで保障されているドイツにおいては、それが適切に機能するよう枠組条件を整備することが、国家の責務とされてきた。このたびの第三次メルケル政権による一連の法政策は、かかる憲法上の要請をも受けて、伝統的な協約システムの機能を取り戻そうとするものと評価できよう。

むろん、これらの法政策が、法学的意味において基本法9条3項の要請を満たし、“協約自治を強化”するものであるのか否かは別途問われなければならないであろうし、それは我々に残された今後の検討課題でもある。しかしいずれにせよ、あるべき協約システムを措定したうえで、それに必要な法政策を積極的に展開してゆくドイツの姿勢は、憲法上労働基本権が保障されている日本にとっても、学ぶべきところが大きいように思われる。