緊急コラム
見逃せない格差という軋み

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JILPT研究所 副所長 天瀬 光二

2020年6月12日(金曜)掲載

軋みの音は最初小さい。しかしそれはいつのまにか広がり、気付いたときにはすでに大きな亀裂となっていることがある。すばらしい日々だった。居酒屋では杯を片手に大声で談笑し、コンサートでは見知らぬ人と肩を組み歌った。たった3カ月で世界は一変した。ウイルスの感染拡大に収束の出口が見えないまま、第二波の恐怖に直面する各国の雇用情勢は悪化し始めている。わが国の4月の失業者数は前年同月より13万人多い189万人であり、完全失業率は2.6%と前月比で0.1ポイントの上昇にとどまった。しかし、非労働力人口が2015年5月以来59か月ぶりに増加し前年同月比で58万人増となった一方、休業者は420万人増加した597万人となり、潜在的な失業リスクが高まっていることを印象づけた。他方、雇用危機がすでに顕在化している国もある。

急激に悪化したアメリカの雇用情勢

6月5日に発表されたアメリカの5月の雇用統計(季節調整値、速報値)によると、完全失業率は前月から1.4ポイント低下した13.3%となった()。このところの雇用情勢の急激な悪化から20%超えもあると見込まれていただけに、関係者は暫し安堵したことだろう。しかしまだ安心できる状況ではない。失業率はリーマンショック時を超えたままで戦後最悪の水準を維持している。

図 第二次大戦後の米失業率の推移(月次、季節調整値)

1948年~2020年までのアメリカの失業率(%)を表した折れ線グラフ

出所:連邦労働省(労働統計局)ウェブサイト

4月の失業率は3月の4.4%を10.3ポイント上回った14.7%であった。アメリカにおける戦後の失業率の推移を見ると、大きなピークが3回ある。コロナ以前の1カ月の変動幅で最大だったのは、1回目のピーク、第一次オイルショック後の1974年12月から75年1月にかけて。この時は7.2%から8.1%へと0.9ポイント悪化した。失業率がこれまで最も高まったのは、2回目のピークの1982年11~12月の10.8%。当時は、第二次オイルショック後の1979年12月の6.0%からしだいに上昇。3年かけて4ポイントほど増加し、ピークに達した。3回目のピークはリーマンショック時で、2008年9月の6.1%から、約1年後の09年10月に10.0%へと悪化した。1カ月10.3ポイントの上昇は、これらいずれのピーク時をも上回る規模の急激な変化であったことがわかる。

有給休暇、在宅勤務の機会は均等ではない

戦後最悪の水準で推移するアメリカの雇用動向指標であるが、深刻な問題はむしろその中身かもしれない。

米国連邦準備制度理事会(FRB)の調査[注1]によると、成人の13%が3月から4月上旬までの間に失業状態となり、6%が時短勤務か無給休暇の取得を余儀なくされた。これらを合わせると、成人全体の19%は3月中に失業または労働時間が減少している。失業者の大半は雇用主より前職への復帰を示唆されているが、77%はその時期を明確にされておらず、復職の見込みが確実、あるいは復職できた人は14%にとどまる。そして、失業は低所得者のグループで最も深刻であった。2月時点では就労しており3月中に失業した人は、世帯収入が年間4万ドル(約430万円)未満のグループで39%に上ったという。コロナの経済的影響が低所得者層に色濃く出ている状況が窺える。

本人またはその家族がウイルスに感染した場合には、さらに経済的苦境の可能性は高まる。2週間以上の有給休暇を取得できると答えた労働者(自営業を含む)の割合は53%だったが、現状で5人に1人が仕事を休むと収入が減ると答えた。またこの学歴差は顕著で、2週間以上の有給休暇を取得できる労働者の割合は大卒以上で64%だったのに対し、高卒以下では42%に過ぎない。

経済的事情は医療行為を受けられるか否かの決定にも影響する。大半の成人はウイルスに感染した可能性があれば医師の診察を受けると答えたが、費用が心配で受診を思いとどまるという回答も少数だが認められた。費用を理由として受診しないかもしれないという回答は、失業や時短の状態にある人がそうでない人よりも高い傾向がある。

一方、ロックダウンによる外出規制で在宅勤務を余儀なくされる人が増えたが、在宅勤務実施の程度についても学歴により差が生じている可能性が示唆された。上記調査によれば、3月最終週に仕事をしていた人のうち、何らかの形で在宅勤務を行った人は53%、完全に在宅勤務だった人は41%だった。昨年10月時点で通常在宅勤務を行う人の割合は7%にすぎなかったことを考えれば、ごく短期間で仕事を取り巻く環境は一変したわけだ。しかし、在宅勤務をすべての人が均等にできていたかというとそうではない。完全在宅勤務の割合は大卒以上で63%にのぼるが、高卒以下では20%にとどまる。

黒人、ヒスパニック系労働者への影響大きく

新型コロナウイルスに感染するリスクは本来すべての人に等しくあるはずだが(医学的なことはわからないが)、感染に伴う影響の大きさと質に関しては、必ずしもそうとはいえないようだ。米国経済政策研究所(Economic Policy Institute)が6月1日に発表したレポート[注2]によると、白人労働者より黒人とヒスパニック系の労働者の方が、経済的および健康上の不安により強く直面していることが指摘された。特に黒人労働者に焦点を当てたこの報告書によれば、黒人労働者は、公共交通機関(26.0%)、輸送・郵便サービス(18.2%)、ヘルスケア(17.5%)、食料品・コンビニエンス・ドラッグストア(14.2%)などエッセンシャルワーカーの6人に1人を占める。彼らの多くはこれらの現場の第一線に立ち、同僚や顧客から十分な社会的距離を維持することができない。短期的には、これらの仕事は彼らを失業から保護しているかもしれないが、自身や家族の健康を危険にさらして生計を立てているといえる。

リスクに晒される若者、女性

ILO(国際労働機関)は新型コロナウイルスの労働市場に対する影響を分析したレポート『新型コロナウイルスと仕事の世界ILOモニタリング(ILO monitor: COVID-19 and the world of work)』を発表しているが、4月に発表した第3版[注3]の中で、世界で20億人にのぼると言われるインフォーマルセクターに従事する労働者の67%が完全なロックダウン措置の国(約11億人)または部分的ロックダウンの国(約3億400万人)に属し、これら労働者は、社会保障を含む基本的な保護が欠如していることから医療サービスへのアクセスに乏しく、危機的な状況に直面していることを明らかにした。また、これら労働者の収入は危機の最初の1カ月で60%減少したと推定され、病気やロックダウンの場合に代替収入がないことを想定すると、相対的貧困率(世帯の月額所得がその国の中央値の半分に満たない労働者の割合)は世界的に約34%の上昇が予測されるとしている。

さらに5月発表の第4版[注4]では、コロナによる経済的影響は若者に不均等に大きく、2月以降に見られる大幅な失業増は男性よりも女性の方が激しいことを明らかにしている。若者の失業率は2019年時点で既に13.6%と、他のどの年齢層よりも高く、就業も就学も訓練受講もしていないニート状態の若者は世界全体で約2億6,700万人に上っていた。これに新型コロナウイルスの世界的流行が拍車をかけ、以前就労していたものの今は働いていない若者が6人に1人を上回り、就労していても労働時間が23%減少したことが示された。15~24歳の若者は、働いている場合でも低賃金職種や非公式部門(インフォーマル・セクター)の仕事や移民労働者など、脆弱な就労形態の場合が多くなっている。また、女性の多くはウイルス感染に伴う影響を受けやすい宿泊・飲食などのサービス業に就労し、パンデミック対応の最前線となっているソーシャルケアの74%を若い女性が占めるなど不均衡に高いリスクに直面している。ILOは、ウイルス感染拡大の影響がこれら社会的弱者に深刻な打撃を与えており、この状況を改善する行動を取らない限り、ウイルスの遺産が今後何十年も残存するであろうと注意喚起している。

以上のように、ウイルス感染が世界中に拡散することに伴い、社会に格差という軋みがじわじわと広がりつつあるように思える。格差は、時に人種であり、性差であり、年齢であり、学歴であり、就労形態であり、貧富であるなどその要因は様々だ。だが共通するのは、格差は人々の間にフラストレーションを生じさせ、社会の重圧として重くのしかかることである。これを看過し放置しておくと、負のエネルギーが溜まり、あるとき暴動のような激しい衝動となって社会に現出することがある。最初の軋みを見逃してはいけない。JILPTでは今後の調査研究を通じて、社会の軋みを見逃さないように注視していきたいと考えている。

(注)本稿の主内容や意見は、執筆者個人の責任で発表するものであり、機構としての見解を示すものではありません。