緊急コラム #010
新型コロナ休業への公的直接給付をめぐって

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JILPT研究所長 濱口 桂一郎

2020年5月15日(金曜)掲載

2020年初めから世界的に急速に蔓延しパンデミックとなった新型コロナウイルス感染症への雇用対策として最も注目され期待されたのは、休業時に企業から支払われる休業手当の相当部分を国の雇用保険事業から補助する雇用調整助成金であった。4月14日付の本コラム「新型コロナウイルス感染症と労働政策の未来」において、それまでに実施された要件緩和や助成率の引き上げ、雇用保険被保険者であることや被保険者期間6か月以上といった支給要件の撤廃などを紹介したが、その後も世論に背中を押される形で、知事の休業要請を受けた場合には助成率を10割とし、そうでなくても休業手当について60%を超えて支給する場合には、その部分に係る助成率を100%にするとか、煩雑だと批判の多かった申請手続きを簡素化するなど、受給の拡大に努めている。

しかしながら、今回のコロナショックで打撃を受けている業種が、飲食店や対人サービス業など、最も自粛を求められている「人と人との接触」それ自体を価値創出の源泉としている業種であり、かつてのオイルショックやリーマンショックで主たる打撃を受けた製造業と異なり、小規模零細企業が多く、人事労務管理のしくみがあまり整っておらず、経営者自身がすべてをこなす傾向が強く、人事部や社会保険労務士といった労務専門家の関与も乏しいこともあり、その受給手続きはなお遅々として進んでいない。そこで、関係者や政治家から批判の声が上がるとともに、雇用調整助成金に代わるより迅速な給付として、企業を通さず直接休業労働者に公的な休業給付を支給する制度が求められるようになった。

たとえば、日本弁護士連合会は5月7日付で、激甚災害時に適用される「激甚災害に対処するための特別の財政援助等に関する法律」第25条の「雇用保険法による求職者給付の支給に関する特例」にならって、今回の緊急事態宣言に伴う事業の休止等にも同様の措置をとり、感染症収束までの間、実際に離職していなくても労働者が失業給付を受給できるよう措置を講じ、事業再開を目指す事業主による雇用の維持を図るべきだと要求した。また「生存のためのコロナ対策ネットワーク」が4月24日に公表した「生存する権利を保障するための31の緊急提案」の中でも、「東日本大震災の際にも使われた災害時の「みなし失業」を適用し、離職していないが事業所の休業・業務縮小によって賃金も休業補償ももらえない労働者を、雇用保険の失業給付で救済すべきである」と、この制度の活用を求めている。

国会でもこの問題が取り上げられ、5月11日の衆議院予算委員会集中審議では、安倍首相が「与野党の意見を参考に雇用されているひとの立場に立ち早急に具体化する」と述べた。また翌5月12日には加藤厚労相が記者会見で「雇用されている方の立場を踏まえて早急に具体化したい」と述べている。もっとも、その後の報道によると、「企業が雇用の維持に責任を持たなくなる」といった懸念や、「雇用保険の財源に余裕がない」などと慎重な意見もあり、与党内で、国の予算で新たな給付制度をつくり、申請があった人に給付金を支払う方向で調整が進んでいるとのことである。5月14日の報道では、雇用調整助成金を申請していない中小企業の従業員を対象として、休業者に月額賃金の8割程度を直接給付する制度を、新型コロナウイルスの感染拡大を受けた雇用保険の特例制度として設けることとし、関連法案を今国会に提出し、成立次第、給付を始める予定と報じられた。

現時点ではなお制度の具体的な詳細は明らかではないが、本稿では要望されていたみなし失業制度をはじめ、類似の問題意識に基づき過去に実施されてきた休業に対する公的直接給付の試みを概観し、いくつかの論点を指摘しておきたい。

1 災害時のみなし失業制度

日本弁護士連合会や生存のためのコロナ対策ネットワークがその適用を求めているのは、「激甚災害に対処するための特別の財政援助等に関する法律」第25条の「雇用保険法による求職者給付の支給に関する特例」であるが、この規定が設けられたのは1963年の失業保険法改正の附則によってである。

しかし、このような仕組みが初めて設けられたのはそれよりだいぶ早く、1953年に議員立法として成立した「昭和二十八年六月及び七月の大水害による被害地域における事業所に雇用されている労働者に対する失業保険法の適用の特例に関する法律」によってであった。これは、西日本及び和歌山の大水害により、失業保険の適用事業所が被害を受け、やむを得ず事業を停止する場合に、そこに雇用されている被保険者が休業し、休業手当等の支給がなく、他に就労もできない状況にあるとき、一定の資格者については、これを離職ないし失業とみなし、失業保険金を支給して生活安定を図るというものであった。対象地域と対象時期を限定した特例法である。当時の失業保険は6か月の被保険者期間で一律に180日の受給日数であり、事業主が特例離職票を発行し、安定所が失業の認定を行い、保険金を支給する。

この特例法に対して、当時の労働省は必ずしも釈然としていなかったようで、失業保険課執筆の解説においては、「失業保険は、失業事故を社会連帯によって互助し労働力を維持しようとする社会政策である。水害によるやむを得ない休業とはいえ、休業が失業と同様に保険による社会的な救済の対象になり得るか、たとえ然りとするも、両者を同一の制度を以て律しうるか、今回の水害が多数の負担において一部のものに特別待遇を与えるということの充分な理由となるか、この措置が今回の災害のみにとどまり得るか、失業保険の一つの目的と云われる就労促進の面は如何になるか。保険財政は如何、等々、種々の批判がこの措置について起こるであろうが、このことについては、まことにやむを得なかったという他ない。ともあれ、これは短期、一部地域に限られた真の特例であって、本来の失業保険制度そのものは変革されてはいない。」と醒めた批評をしている[注1]

ところがその6年後の1959年、伊勢湾台風等による風水害に対しては、政府提出法案として「昭和三十四年七月及び八月の水害並びに同年八月及び九月の風水害に関する失業保険特例法」が成立し、ほぼ同様の対策がとられた。対象地域と対象時期を限定した特例法であることに変わりはないが、いくつか追加的に手当されている点がある。一つは、この間の1955年に失業保険法が改正され、支給日数が一律180日から被保険者期間に応じて90日から270日までとされたことに対応し、休業者がその後事業の再開により従前の事業所に就業し、新たに失業保険の受給資格を得て離職した場合には、休業前の期間と再就業後の期間を通算することで不利益を回避することとした。また、1953年特例法では単純に休業を離職とみなして失業の認定を受けることとしていたが、1959年法では事業主が休業証明書を提出し、公共職業安定所長が「休業の確認」を行って休業票を交付することにより、この休業を失業保険法の適用上失業とみなすという形で法的な整備をしている。

ここまでは基本的にアドホックなその都度の特例法であったが、これが恒久的な特例措置として規定されたのが、現在その適用を求める声が高まってきた激甚災害に対処するための特別の財政援助等に関する法律(以下「激甚災害法」という。)の第25条である。同法は1962年に制定された法律であるが、制定時には同条はなく、翌1963年の失業保険法改正時に、その附則で激甚災害法に同条が追加されたのである。奇妙なことに、1963年失業保険法改正時の解説書[注2]には、この規定についての記述は全くないので、どういう意図でこの恒久的規定が設けられたのかは判然としない。規定ぶりはより整備され、激甚災害を受けた政令で定める地域の適用事業所が災害を受けたため「やむを得ず、事業を休止し、又は廃止したことにより休業するに至り、労働の意思及び能力を有するにもかかわらず、就労することができず、かつ、賃金を受けることができない状態にあるとき」に「同法の規定の適用については、失業しているものとみなして失業保険金を支給することができる」こととなった。

これにより、いちいち新たに法律を作らなくても、激甚災害法に基づいて政令で激甚災害に指定されれば、失業保険法、後には雇用保険法の特例が適用されることとなったわけである。これがいわゆる「みなし失業制度」である。そして、上記生存のためのコロナ対策ネットワークの提言にあるように、2011年の東日本大震災時には、これが活用された。平成23年3月13日職発0313第1号「激甚災害の指定に伴う雇用保険の特例について」は、上記要件に該当する場合には「実際に離職していなくとも失業しているものとして失業の認定を行い、雇用保険の失業手当を支給できる特例措置を実施すること」と指示している。またその後も、2016年の熊本地震、2018年の北海道胆振地震、2019年の台風19号など、繰り返し活用されている。

とはいえ、上記日本弁護士連合会や生存のためのコロナ対策ネットワークの提言にいうように、同法第25条を今回の新型コロナ感染症による休業に適用できるかと言えば、それはできない。なぜならば同法はあくまで地震や台風といった「激甚災害」に対処するための法律であって、新型インフルエンザやSARSのような感染症はその対象外である。したがって、もし同様のしくみを今回の新型コロナウイルス感染症による休業に適用したいのであれば、いずれにしろ立法措置が必要となる。おそらく、5月11日、12日ごろには、政府部内において、同法第25条と類似の措置を検討していたのであろうが、地震や台風といった自然災害とはやはり異なり、政府や都道府県の自粛要請により営業が困難になるという特性から、異なる扱いが必要だという意見が強まったものと思われる。

2 一時帰休に対する失業保険の適用

今回のコロナウイルス感染症による休業は、物理的に事業が不可能になったわけではなく、政府や都道府県の自粛要請により営業が困難になっているわけであるが、その点に着目すれば、まさに冒頭その拡充について述べた雇用調整助成金の出番のはずである。しかしながら、上述のような状況の中で、事業主の休業手当支給という中間段階を挟んだ間接給付の形では、スピード感のある支給ができないという批判を踏まえると、そのような営業継続が困難な状況において休業労働者に直接公的な給付を行うような仕組みがありえないかという意見が出てくるのもやむを得ない面もある。そして、実は1974年の雇用保険法によって雇用調整給付金(後に、現在の雇用調整助成金に改名)が創設されるまでにおいては、経済的理由による休業に対しても、上述の災害時のみなし失業に類似した失業給付の特例措置が通達レベルで実施されていたこともあるのである[注3]。1954年7月の通達によるものであるが、以下では一般に「一時帰休」と呼ばれるこうした状況における失業保険法の特別の取扱いの経緯を概観したい。

その前身に当たるのは、1952年のいわゆる綿紡績業における操業短縮に伴う一時離職の扱いに係る通達であった。昭和27年4月23日職発第281号「綿紡績業における操業短縮に伴う一時離職者に対する失業保険金給付事務について」は、通産省の4割操短勧告に基づいて綿紡績各社が行った一定期間後の再雇用を条件とする一時解雇に対して、厳密には失業保険法上の「失業」に該当するかどうか疑問であったが、「一時離職」と呼んで失業保険金の支給を認めたのである。

その後、1953年末からは多くの業界で金融引締めの影響で企業整備が続発し、労働省は翌1954年7月15日に職発第409号「一時帰休制度に関する失業保険の取扱いについて」を発出し、この取扱いを一般化するとともに、手続きを細かく定めた。その主たる対象は石炭、造船業等であった。同通達附属の「操業短縮に伴う一時帰休制度に関する計画」(7月5日付)は以下の通りであるが、これがのちの雇用調整給付金(助成金)に発展していく原型であり、それを失業給付という枠組みの中で何とか実現しようとしているものであることが明確に示されている。

一、方針

昨年10月以降実施せられた金融引締めの浸透により近く予想される企業整備による一時大量の失業者が発生及び労使の紛争を避けるため、一時帰休制度を採用し、これを失業保険の対象とすることによって雇用の安定を図り失業対策に資するものとする。

二、一時帰休制度の失業保険の対象となる要件

(1)経営不振、操業短縮等による企業整備を避けがたい事業であること。

(2)右の企業整備によって一時に大量の解雇者を生じ社会不安の発生が予想せられるものであること。

(3)一時帰休制度を実施することにより企業の円滑なる運営が確保され一時帰休者を再吸収できる見込みの確実な事業であること。

(4)一時帰休制度を実施しようとする事業は一時帰休に関する労働協約を締結すること。

(5)事業主は一時帰休者に対し失業保険の給付対象となる期間手当その他の給与を支給することができないものであること。

(6)失業保険料が完全納付されていること。

三、実施要領

(1)一時帰休をする労働者は再雇用を約する一時離職の取扱とし、失業保険の対象とする。

(2)帰休期間は概ね3ヶ月とし、帰休終了後6ヶ月以上再雇用するものであること。

(3)一時帰休者の失業保険の取扱いは次によること。

1、離職理由は事業主の都合による再雇用を約する解雇とすること。

2、保険給付については失業の認定回数を2週間に1回とし、その他は一般失業保険の取扱いと同様とすること。

(4)一時帰休制度を実施しようとする事業主は、一時帰休実施計画(一時帰休を定める労働協約を添付する)を労働大臣又は都道府県知事に提出し承認を受けること。・・・・

失業保険制度の枠内で対応するために、雇用の予約がされている-言い換えれば内定状態にある-者を離職者として失業保険の給付対象としようとするものであって、理論的にはかなりアクロバティックなものであり、当時の三治重信失業保険課長自身、「失業保険の建前で行くと帰休制ということは非常におかしいことでどうかと思われるけれど、やはり失業という問題をピンと響かせないためにこういう言葉を使ったということを予めご承知願いたい」と述べている[注4]。災害時のみなし失業は、法律の条文によって雇用関係の続いている休業状態の者を失業者とみなすと明記しているのであるからいいが、こちらは法律の根拠なしに通達レベルでやっていることなので、担当者としても忸怩たる思いがあったのかもしれない。

このアクロバティックなやり方はその後繰り返されることはなかった。1965年の不況時にも各企業で一時帰休が行われたが、離職者とみなして失業保険を給付するということはなく、労働基準法や労使協定に基づき休業手当が支給された。そして、1970年代半ばの石油危機に際しては、失業保険法を全面改正した雇用保険法に雇用保険3事業が創設され、その一環として「事業主に対して、景気の変動、国際経済事情の急激な変化その他の経済上の理由により事業活動の縮小を余儀なくされた場合における失業を予防するために必要な助成及び援助を行うこと」(第62条第1項第4号)として雇用調整給付金が設けられ、失業の予防に大いに活用されたのである。その意味では、今回雇用調整助成金の使い勝手が悪いからといってみなし失業という形で休業労働者への直接給付が求められたというのは、政策の展開の歴史からするといささか先祖返りの感もある。とりわけ、今回の新型コロナによる休業は、物理的に事業が不可能になったわけではなく、政府や都道府県の自粛要請により営業が困難になっているのであるから、それを失業とみなすことに対する違和感はぬぐい切れないものがある。

その意味では、現在検討されている案が、休業者を失業者とみなすのではなく、休業者に対して雇用調整助成金という間接給付ではなく、国が直接給付するという枠組みで考えられているのは、制度設計としてはより不自然でないといえよう。

現時点ではまだマスコミ報道が錯綜している段階であるが、おおむね、雇用調整助成金を申請していない中小企業の労働者で、新型コロナウイルスの影響で休業を余儀なくされているものの、勤め先から十分な休業手当を受け取れていない人に対し、雇用調整給付金(仮称)を支給し、労働時間が週20時間未満で、雇用保険に加入していないアルバイトなどの非正規労働者にも給付を検討している。関連法案を今国会(今国会の会期は6/17まで)に提出し、成立次第、給付を始めるという。今後、制度設計が具体化してくれば、改めて突っ込んで検討を行いたいが、とりあえず現時点でこの問題を論ずるのに必要と思われるこれまでの経緯をまとめておいた。

(注)本稿の主内容や意見は、執筆者個人の責任で発表するものであり、機構としての見解を示すものではありません。

脚注

注1 「水害地における失業の特別措置」『職業安定広報』1953年9月号

注2 労働省職業安定局失業保険課編『改正失業保険法の詳解』労働法令協会

注3 濱口桂一郎『日本の労働法政策』の157ページに一項充てて解説している。

注4 三治重信「一時帰休制度に関する失業保険の通牒について」『日労研資料』1954年8月21日号

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