緊急コラム #008
労働政策対象としての学生アルバイト

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JILPT研究所長 濱口 桂一郎

2020年5月7日(木曜)掲載

去る5月4日、安倍晋三首相は新型コロナウイルス感染症対策本部を開催し、4月7日に宣言した緊急事態措置の実施期間を5月31日まで延長することを宣言した。その後の記者会見においては、中小企業や自営業者への持続化給付金の入金が始まる旨を告げるとともに、「加えて、飲食店などの皆さんの家賃負担の軽減、雇用調整助成金の更なる拡充、厳しい状況にあるアルバイト学生への支援についても、与党における検討を踏まえ、速やかに追加的な対策を講じていきます」と3つの政策を予告した。

このうち、雇用調整助成金については、4月14日付の緊急コラム「新型コロナウイルス感染症と労働政策の未来」でその時点の動向を解説したが、現時点で検討されているのは上記助成率の引き上げによっても見直されなかった日額上限(8330円)の引上げであり、既に5月3日に西村康稔経済再生相がテレビ番組で明らかにしていた。これは、雇用調整助成金の財源問題とも絡み、これだけでも論ずるべき論点が多いが、ここでは省略する。また、家賃補助の動きについては4月30日付の緊急コラム「新型コロナ対策としての家賃補助の対象拡大」の最後のパラグラフでも触れておいたが、現在与党内で精力的に実現に向けて議論がされているようである。

これに対し、安倍首相発言に出てきた三つ目の「追加的な対策」である「厳しい状況にあるアルバイト学生への支援」というのは、おそらくこれまで政策論議の中で正面から論じられたことのない新たなトピックではないかと思われる。学生アルバイトといえども、労働法上は主婦パートやフリーターと何ら変わらない短時間非正規労働者であるが、少なくともこれまでの労働政策においては、主婦パートやフリーターとは異なり、そもそも労働政策上対処すべき人々ではないという整理が(意識的にか無意識的にか)なされていて、少なくとも経済危機における労働市場のセーフティネットからは排除されていたのである。それはかつての日本社会の社会学的ありようを反映したものであったが、今回のコロナショックは、その前提がもはや大きく変容し、学生アルバイトをセーフティネットから排除することが必ずしも正当化しがたい状況が広がっていたことを露呈したということもできる。今回は、主婦パートやフリーターといった既に労働政策の対象として取り上げられてきた人々との比較を念頭に置きつつ、労働政策対象として浮かび上がってきた学生アルバイトについて、その歴史的推移を踏まえて概括的に論じておきたい。

まず、日本における非正規労働の歴史をごく簡単に概観しよう。拙論「性別・年齢等の属性と日本の非典型労働政策(PDF:790KB)」(『日本労働研究雑誌』2016年7月号)で論じたように、戦前から高度経済成長以前の時期に労働問題として注目された臨時工は、本工と同様主として成人男子から構成されており、それゆえにその雇用の不安定さや賃金処遇の劣悪さが大きな社会問題であった。ところが、高度経済成長とともに労働市場は急速に人手不足基調になり、1960年代には新たに臨時工を採用することが困難になるだけではなく、臨時工を常用工として登用することが一般的になり、臨時工は急速に減少していった。代わって急激に増加したのが、パートタイマーと呼ばれる主として家庭の主婦層からなる労働者層であった。彼女らは自らをまず何よりも家庭の主婦と位置づけ、その役割の範囲内において家計補助的に就労するという意識が中心であったので、職場における差別待遇が直ちに問題意識に上せられなくなった。石油ショック時には、主として成人男性からなる正社員層には雇用調整給付金(現在の雇用調整助成金)によって雇用を維持する一方、パートタイマーは雇用のクッションとして雇止めすることに疑問が持たれなかった。一方、1980年代にはパートタイマーが職場の基幹的役割を果たすという現象がみられるようになり、1990年代以降はパートタイマーの均等・均衡処遇が労働政策課題として徐々に浮かび上がっていく。

主婦パートと同様に、臨時工のなくなった後を埋める絶好の低賃金労働力として活用されたのが学生アルバイトであった。そのメリットは、彼らは建前上はあくまでも学業に専念すべき学生であったため低賃金が問題にならず、彼らが正規労働者として就職してしまえば、アルバイトとしての職業生活は一時のエピソードにすぎなくなってしまうことである。こうして、1980年代までに、企業にとって不可欠な柔軟な労働力プールとして「アルバイト」層が確立していた。臨時工が急速に消滅していった1960年代以降にジョブ型の外部労働市場を担ったのは、既に学校や家庭へのメンバーシップを有していることから、企業へのメンバーシップを定義上必要としない学生アルバイトと主婦パートという柔軟な労働力であった。

さて、バブルに沸いていた1980年代、本業であった学校を卒業した後も正社員として就職せず、副業であった仕事を本業として働いている労働者を、リクルート社はフリー・アルバイターと呼んだ。当時は、フリーターというのはわがままな若者が勝手にやっていることだという印象が世間一般に広まっていた。ところが現実には、バブルが崩壊して就職氷河期と言われた1990年代後半、新規学卒者の就職が困難になり正社員になれなかった人たちが急増し、彼らがアルバイトやパート、派遣、請負という非正規雇用に吸収されていったのである。2000年代半ばになり、彼らが「年長フリーター」という形で社会問題化する中で、ようやくそれまで主婦パートという女性労働問題の一環としてしか論じられることのなかった非正規労働問題が、男性も含む若年労働問題として政策課題化していったのである。その第一弾が2007年に第1次安倍内閣の看板政策として打ち出された「再チャレンジ」であった。この問題意識は2008年のリーマンショックで全面化し、今日の同一労働同一賃金政策に至る一連の非正規労働政策の基調低音となっている。

しかしながら、にもかかわらずそこで問題意識の対象から意識的に外されていた集団がいた。学生でなくなったフリーターは労働政策の対象であっても、学生アルバイトはなお労働政策対象とはされなかったのである。これは、主婦パートと比較すると著しい非対称性を示している。実は、パートタイマーにおいて1980年代から基幹化現象が注目されていたのを追いかけるように、2010年代には学生アルバイトが補助的労働力というよりも職場の基幹的労働力となっていくという事態が進行していたのである。かつては、学生の都合に合わせてシフトを調整するという企業が当たり前であったが、現在ではむしろ学生に対して拘束力が強まり、試験前や試験期間にテスト勉強ができないとか、講義やゼミをアルバイトのために欠席してしまい、単位を落としてしまうといった事態が頻発しているという(今野晴貴『ブラックバイト』岩波新書等)。

現在の労働法制度はこのような学生アルバイトの近年の変容に対応しきれていない。それを象徴しているのが、リーマンショックにより非正規労働者に対する労働市場のセーフティネットの不完全性が露呈されたのを受け、2010年に改正された雇用保険法である。この改正により、これまで短時間労働者や派遣労働者の適用要件として1年以上の雇用見込みが要求されていたのが、原則として1週間の所定労働時間20時間以上で、同一事業主の31日以上雇用される見込みがあれば、雇用保険の被保険者として適用されることとなった。これによって労働市場のセーフティネットがようやくそれを最も必要とする不安定な非正規労働者に及ぼされることとなったのである。ところがそこにはあえて例外が設けられた。

雇用保険法

(適用除外)

第六条 次に掲げる者については、この法律は、適用しない。

四 学校教育法(昭和二十二年法律第二十六号)第一条、第百二十四条又は第百三十四条第一項の学校の学生又は生徒であつて、前三号に掲げる者に準ずるものとして厚生労働省令で定める者

雇用保険法施行規則

(法第六条第四号に規定する厚生労働省令で定める者)

第三条の二 法第六条第四号に規定する厚生労働省令で定める者は、次の各号に掲げる者以外の者とする。

一 卒業を予定している者であつて、適用事業に雇用され、卒業した後も引き続き当該事業に雇用されることとなつているもの

二 休学中の者

三 定時制の課程に在学する者

四 前三号に準ずる者として職業安定局長が定めるもの

雇用保険に関する業務取扱要領

20303(3)被保険者とならない者

次に掲げる者は、法第6条等により、法の適用を受けない。したがって、適用事業に雇用される者であっても被保険者とならない

ニ 学校教育法(昭和22年法律第26号)第1条に規定する学校、同法第124条に規定する専修学校又は同法第134条第1項に規定する各種学校の学生又は生徒(法第6条第4号)

学校教育法(昭和26年法律第26号)第1条に規定する学校、同法第124条に規定する専修学校又は同法第134条第1項に規定する各種学校の学生又は生徒(法第6条第4号)であっても、大学の夜間学部及び高等学校の夜間等の定時制の課程の者等以外のもの(以下「昼間学生」という)は、被保険者とはならない。また、昼間学生が夜間等において就労しても被保険者とはならない。ただし、昼間学生であっても、次に掲げる者は、被保険者となる。

(イ) 卒業見込証明書を有する者であって、卒業前に就職し、卒業後も引き続き当該事業に勤務する予定のもの

(ロ) 休学中の者(この場合は、その事実を証明する文書の提出を求める。)

(ハ) 事業主との雇用関係を存続した上で、事業主の命により又は事業主の承認を受け、大学院等に在学する者(社会人大学院生など)

(ニ) その他一定の出席日数を課程終了の要件としない学校に在学する者であって、当該事業において同種の業務に従事する他の労働者と同様に勤務し得ると認められるもの(この場合は、その事実を証明する文書の提出を求める。)

細かい点を抜きにして言えば、定時制の夜間学生は家計維持的な勤労学生であるから適用対象に含めるけれども、全日制の昼間学生のアルバイトは家計補助的な-あるいはむしろ小遣い稼ぎ的な-非本格的な就労に過ぎないはずであるから、適用対象から外すという政策判断がされているわけである。それは、主婦パートやフリーターについては家計維持的であることを前提とした政策変更がなされた10年前の2010年に行われた判断であるということの中に、その後の2010年代に学生アルバイトをめぐる社会状況が大きく変わったことが窺われる。

水面下で進行していた社会変化が、大きな社会的ショックによって露呈し、それを補修するために制度変更が求められる、というのは、非正規労働者をめぐるこれまでの政策の推移で繰り返されてきたことであるが、今回はそれが昼間学生のアルバイト就労にまで及んできたといえる。もちろん、新聞報道等によれば現在与野党で検討されているのは、上述の雇用保険の適用問題ではなく、授業料の納付期限の延長や減免を大学に要請し、応じた大学への支援などや、売り上げが減少した中小企業などに支給する「持続化給付金」の対象にアルバイトの学生も加えることである。しかし、4月14日付の緊急コラムで述べたフリーランスへの小学校休業等対応支援金が、瓢箪から駒のようにフリーランスへの労働政策の出発点となったように、今回検討されている昼間学生アルバイトへの救済策は、そもそも労働政策の対象として今まで排除されてきた昼間学生アルバイトという存在を、正面から労働政策の対象として位置付ける出発点となる可能性がある。

(注)本稿の主内容や意見は、執筆者個人の責任で発表するものであり、機構としての見解を示すものではありません。