緊急コラム #006
新型コロナ対策としての家賃補助の対象拡大

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JILPT研究所長 濱口 桂一郎

2020年4月30日(木曜)掲載

今回の新型コロナウイルス感染症に対しては、政府の各部門を挙げて様々な対策が講じられつつあり、その中には雇用労働政策の観点から興味深いものがいくつもあることは、4月14日付の本コラムに掲載した「新型コロナウイルス感染症と労働政策の未来」でも紹介したところである。そこでは、雇用調整助成金の要件緩和と対象拡大、テレワークの推進と並んで、子どもの通う学校の休校に伴い親である労働者の休暇取得を支援するための小学校休業等対応助成金を取り上げ、そこにフリーランス労働対策の(意図せざる)出発を見出した。

この、雇用労働者向けの政策のフリーランス就業者への拡大と類似のベクトルを持つ政策が、生活困窮者自立支援法に基づく生活困窮者住宅確保給付金の支給対象者の拡大である。これは所管が厚生労働省でも労働部局ではなく社会・援護局であり、根拠法も生活保護法に関連する生活困窮者自立支援法であるため、狭義の労働政策の視野には入ってこない可能性が高いのだが、その政策の源流をたどると、リーマンショック時の離職者対策として始まったものであり、むしろ労働政策の一環とみられるべき性格が強い。そして、それまで生活保護における住宅扶助を除けばほとんど存在していなかった社会政策としての家賃補助という政策領域を、法律上の必須事業として明確に位置付けた点に、社会政策論の観点から注目すべき点があった。ところがその対象が今回のコロナウイルス対策の一環として、離職・廃業者以外にも拡大されたのである。新型コロナ対策全体の中ではやや小ぶりな対策ではあるが、社会政策における位置づけという観点からも興味深い政策の踏み出しであることから、その経緯にさかのぼって若干の考察をしておきたい。

本制度が規定されている生活困窮者自立支援法は、福祉サイドから「生活保護に至っていない生活困窮者に対する第2のセーフティネット」と呼ばれている。「第2のセーフティネット」と言えば、労働政策においては雇用保険が受給できない求職者に対する職業訓練受講給付金のことを指して呼んでいる。もともと2008年末にリーマンショックに対する緊急措置の貸付事業として開始し、2009年に予算措置で基金訓練による訓練・生活支援給付として設けられ、2011年に求職者支援法として恒久化した制度である。同じ厚生労働省の中に、「第2のセーフティネット」が二つあるわけだ。一つは労働政策の側から、雇用保険の外側にそれに接する形で、もう一つは福祉政策の側から、生活保護の外側にそれと接する形で設けられている。

求職者支援法と同様、住宅確保給付金の原点もアメリカのサブプライム問題に端を発した世界的な金融危機による非正規労働者の解雇、雇止めへの対策にある。厚生労働省は急きょ、労働者派遣契約の中途解除等により社員寮等の退去を余儀なくされた住居喪失者に対する住宅確保に係る相談支援を実施し、2008年12月19日から解雇等による住居喪失者に対する「就職安定資金融資」事業を開始した。これは、事業主都合による離職に伴って住居喪失状態となっている離職者で、貯金・資産がなく、離職前に主として世帯の生計を維持していた者が常用就職に向けた就職活動を行うことを要件として、①住宅入居初期費用:上限50万円(敷金・礼金等、転居費・家具什器〔じゅうき〕費)、②家賃補助費:上限36万円(上限月6万円×6カ月)、③生活・就職活動費:上限100万円(常用就職活動費として上限月15万円×6カ月、就職身元保証料として上限10万円)を貸し付け、貸付6カ月後の時点で雇用保険一般被保険者として就職していた場合は、返済額の一部を免除するというものであった。

翌2009年10月からは、職業安定局ではなく社会・援護局サイドで、貸し付けではなく給付型の「住宅手当緊急特別措置事業」が開始された。この「住宅手当」は「生活保護の住宅扶助以外で、家賃の保証に公的給付が充てられる、おそらく初の制度」と評されている(嶋田佳広〔札幌学院大学 法学部准教授〕「新たなセーフティネットの課題-訓練・生活支援給付と住宅手当を中心に」『世界の労働』2011年1号)。しかし、常用就職に向けた就職活動を行うことが要件とされるなど、労働市場のセーフティネットとしての性格を強く残していた。手当支給額は地域ごとの上限額(生活保護の住宅扶助特別基準に準拠)とされ、例えば東京都単身者の場合は月5万3700円である。また支給期間は最長で6カ月間であった。2010年度から若干支給要件(収入要件等)が緩和されるとともに、支給期間が最長9カ月間とされた。

2013年度からは住宅支援給付事業と改称され、住宅手当も「住宅支援給付」となり、65歳という年齢制限が課され、求人先への原則週1回以上の応募等、就職活動の要件が厳しくなるとともに、原則的な支給期間が3カ月に短縮(必要と認める場合は9カ月まで延長可能)されるなど、労働市場のセーフティネットとしての性格が強められた。

この制度を法律上に恒久化したのが、生活困窮者自立支援法第5条に定める「生活困窮者住居確保給付金」である。従ってその支給要件は、生活保護法の補完的性格を有する他の生活困窮者のための諸事業と比べると、極めて労働市場志向型のものになっている。九州大学法学部の笠木映里准教授(当時)は、「関連諸法との関係から見る生活保護法」(『季刊・社会保障研究』2015年春号)の中で、「生活困窮者自立支援法は、経済的に困窮する人を、かつ時間的な制限なしに広く対象とする自立相談支援事業と、同じ生活困窮状態を前提としつつ、稼働能力を持つ者に対する短期の就職支援を目的とした住居確保給付金という、異なる目的と性格の制度を包含していると言えよう」と評していた。

生活困窮者自立支援法(平成25年法律第105号)

第三条 この法律において「生活困窮者」とは、就労の状況、心身の状況、地域社会との関係性その他の事情により、現に経済的に困窮し、最低限度の生活を維持することができなくなるおそれのある者をいう。

3 この法律において「生活困窮者住居確保給付金」とは、生活困窮者のうち離職又はこれに準ずるものとして厚生労働省令で定める事由により経済的に困窮し、居住する住宅の所有権若しくは使用及び収益を目的とする権利を失い、又は現に賃借して居住する住宅の家賃を支払うことが困難となったものであって、就職を容易にするため住居を確保する必要があると認められるものに対し支給する給付金をいう。

生活困窮者自立支援法施行規則(平成27年厚生労働省令第16号)

第三条 法第三条第三項に規定する厚生労働省令で定める事由は、事業を行う個人が当該事業を廃止した場合とする。

この生活困窮者住宅確保給付金が、今回の新型コロナウイルス感染症対策の一環として要件緩和されたのだが、具体的にはその支給対象がこれまでの「離職・廃業後2年以内の者」に加えて、「給与等を得る機会が当該個人の責に帰すべき理由・当該個人の都合によらないで減少し、離職や廃業と同程度の状況にある者」にも拡大されたのである。法制的には4月20日付の生活困窮者自立支援法施行規則の一部改正により、同規則第3条に次の第2号が付け加えられた。

第三条 法第三条第三項に規定する厚生労働省令で定める事由は、次に掲げる事由とする。

 事業を行う個人が当該事業を廃止した場合

二 就業している個人の給与その他の業務上の収入を得る機会が当該個人の責めに帰すべき理由又は当該個人の都合によらないで減少し、当該個人の就労の状況が離職又は前号の場合と同等程度の状況にある場合

この改正に先立って出された4月7日付の地域福祉課生活困窮者自立支援室事務連絡「住居確保給付金の支給対象の拡大に係る生活困窮者自立支援法施行規則の改正予定について」には、その趣旨を「今般の新型コロナウイルス感染症の感染拡大等の状況の中では、休業等に伴う収入減少により、離職又は廃業には至っていないがこうした状況と同程度の状況に至り、住居を失うおそれが生じている方への支援を拡大することが重要です」と述べるとともに、特に次のように述べて注意を喚起している。

住居確保給付金の対象者については、雇用契約によらず、開業にかかる公的な許可・届出等のない就労形態である、いわゆるフリーランスの方について、これまでも運用において個別の状況に応じて支給を行ってきたところですが、本改正により、休業等により給与等を得る機会が当該個人の責に帰すべき理由、当該個人の都合によらないで減少し、離職又は廃業には至っていないがこうした状況と同程度の状況にある場合は申請が認められることとなりますので、改めて周知いたします。

また、離職等から 2年以内の方という住居確保給付金の対象者については、申請日において離職・廃業中であることを求めるものではなく、例えば、2 年以内に離職した方が、離職後に生計を維持するためにアルバイト等で収入を得ている場合など、現在就労していても、2 年以内の離職等を契機として経済的な困窮状態が継続している方であれば、申請日の属する月の所得が収入基準額を下回る等要件を満たすと申請が可能となりますので、この点も改めて周知いたします。

振り返ってみると、今回の新型コロナ対策で雇用政策中最も注目されている雇用調整助成金は、1970年代のオイルショックに対する対応策として設けられたものであったし、上述した二つの第2のセーフティネット-求職者支援法と住宅確保給付金-は、2008年のリーマンショックに対する緊急対策から生み出されたものであった。平時にはなかなか新たな領域に踏み出すことが困難な政策決定過程が、危機の時期、すなわち有事には、新たな試みに対する抵抗が極小化され、理屈よりも対策が大事だという回路によって、かなり容易に実現に至る可能性が高まるのであろう。

その姿は狭義の労働社会政策の範囲を超えて見られる。これまで労働社会政策の範囲内ですらかなり抑制的であり慎重な姿勢が維持されてきた家賃補助という住宅政策が、今現在、事業者の家賃補助というこれまで考えられてこなかったような形を取り始めている。現時点ではなお与野党双方で検討されている段階であり、新聞報道による間接的な情報しかないが、与党側では売り上げが落ちた飲食店などが金融機関から借りる融資のうち、家賃や借地代に充てた分を国が助成金などで実質負担する仕組みを検討中であり(4月28日自民党岸田文雄政調会長)、野党側では同日新型コロナウイルスの影響で減収になった中小事業者への家賃を支援する法案(中小企業者等の事業用不動産に係る賃料相当額の支払猶予及びその負担軽減に関する法律案)を衆議院に提出した。最終的にどういう形に落ち着くかは未定だが、家賃補助という社会政策手法が雇用労働者やフリーランス就業者を超えて、中小事業者にも大きく拡大していくことは間違いない。まさに、社会に大きなショックを与える危機の時代こそが、政策の方向性や範囲を大きく変える時期になるという、政策研究の経験則が、今回も眼前で進行しつつあるようである。

(注)本稿の主内容や意見は、執筆者個人の責任で発表するものであり、機構としての見解を示すものではありません。