継続的な調査研究が重要

獨協大学経済学部教授 森永卓郎

政府部内で独立行政法人の整理合理化が検討されている。労働政策研究・研修機構(以下JILPT)についても、整理合理化の対象として審査が行われていると聞く。しかし、JILPTの機能縮小は、財政の無駄遣いをむしろ拡大すると私は考えている。以下にその理由を記す。

まず銘記しておかなければならないことは、完全雇用の達成は、政府の果たすべき最大の責務であるということだ。失業者の存在は、資源の無駄遣いであるだけでなく、失業者の生活は雇用保険制度を通じて、他の国民が費用を負担しなければならないからだ。しかも、就業形態は多様化してきており、単に就業状態にあるからと言ってそれでよいということにはならず、不完全な就業者についても政策的対応が必要になっている。

そのなかで、いたずらに雇用対策を行うことは、財政の不効率な支出に直結する。例えば、フリーターやニートといった新しい階層が社会問題化したときに、彼らがどのような属性や意識を持っており、どのような対策を講じれば就業できるのかを知らずに、雇用対策予算を編成しても、ほとんど意味はない。しかし、有効な雇用対策を検討するためには、フリーターやニートの実態にとどまらず、これまで行われてきた類似の雇用対策の費用と効果、海外での雇用対策の状況など、労働政策全般にわたる高度な知見が必要なのだ。

そうしたなかで、残念ながら日本には、そうした政策研究を行いうる労使から中立の民間研究機関は存在しない。民間シンクタンクのなかに、主として労働問題を扱っている研究員も、その人数は一桁にとどまる。

私自身も民間シンクタンクで労働経済を専門に20年近く仕事をしてきたが、労働問題の研究員が民間シンクタンクで育たない理由は、シンクタンクの経営構造にある。大手の民間シンクタンクは、主として銀行、生保、証券、商社などによって設立されている。その多くは、親会社の創立記念事業の一環として設立されている。しかし、長引く不況で親会社の経営環境が厳しくなり、子会社のシンクタンクに与える補助金はほとんどなくなっている。加えて近年の国や地方自治体による緊縮予算の定着や調査研究業務に対する競争入札の導入強化で、シンクタンクの経営は急速に厳しくなってきている。

その結果、総合研究開発機構によると、民間シンクタンクの数は2001年の337から2006年には271に減り、研究者数は同じ期間に7359人から5840人に減少している。

そのなかで、労働関係の調査研究は、元々発注主が労働省と関連団体に限られ、ODAや地域開発といったテーマに比べると市場規模が極端に小さく、しかも発注が安定しないため、シンクタンクの研究員が継続的に労働関係の調査に携われる可能性は小さい。民間シンクタンクは存続のために収益を獲得する必要があるため、最近では労働問題を扱おうとする研究員も調査研究活動の主体を労働以外の分野に求めざるを得なくなっている。継続的に労働問題に携わることができるJILPTの研究員と民間の研究員の間に大きな研究能力の格差が生じるのは当然の帰結なのだ。

民間のシンクタンクに継続的に労働問題の発注をすればよいという考え方もあるが、調査研究全体を設計管理できる研究員を育てるには最低10年かかるし、同じ研究機関に随意契約で長期間契約を継続できるかどうかについても大きな疑問がある。

結局、効率的な労働政策を支える調査研究活動を確保するには、現在のJILPTの機能を活かし、JILPT自体の効率的運営を図ることが、唯一の方法なのだ。

(平成19年10月31日 掲載)