多様な個人の労働参加の促進と経済成長のための労働生産性の向上を
 ――厚生労働省の雇用政策研究会が報告書をとりまとめ

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今後の雇用政策の方向性などについて議論していた厚生労働省の雇用政策研究会(座長:樋口美雄・慶應義塾大学名誉教授)は8月23日、「多様な個人が置かれた状況に関わらず包摂され、活躍できる労働市場の構築に向けて」と題する報告書をとりまとめ、公表した。報告書は、労働供給が制約されるなかで、経済成長と労働参加が進展する労働市場を実現するには、「多様な個人の労働参加を促進することに加えて、経済成長実現のための労働生産性の向上も重要」だと指摘。今後5年間で取り組むべき方向性として、長時間労働の是正やさまざまな選択肢が提示できる雇用管理への転換、ミドル・シニア世代の人材活用などのほか、新たなテクノロジーを活用するうえでの労働者が担うべきタスクの検討などを提言した。

今回は企業関係者や学識者も参加

研究会では、国立社会保障・人口問題研究所が5年に1度行う将来推計人口をもとに労働政策研究・研修機構が行った労働力需給推計をふまえ、将来、労働供給制約が強まるなかでの柔軟な働き方や、多様なキャリア形成、ウェルビーイングの向上に向けた取り組みなど、今後の雇用政策の方向性について広範に議論した。

今回の議論では、構成委員に加え、企業関係者や学識者も参加し、AIの雇用への影響、キャリア形成・働き方、職場における女性特有の健康課題、地域雇用や外国人雇用などもテーマとして扱った。

2040年の労働市場の姿を展望

報告書は最初に、2040年の労働市場の姿を展望した。

国立社会保障・人口問題研究所「日本の将来推計人口(2023年推計)」によると、2040 年の総人口は現在の約9割となり、65歳以上人口がおよそ35%を占めるとされている。また、労働政策研究・研修機構の労働力需給推計では、経済成長と労働参加が同時に実現する場合には、2040年の労働力人口が6,791万人、就業者が6,734万人になることが見込まれる。

報告書は、「経済成長と労働参加が進展するシナリオを現実のものとするには、働き方、職場環境、労働市場のインフラ等を最適化し、多様な個人の労働参加を促進することに加えて、経済成長実現のための労働生産性の向上も重要」だと指摘。「世界各国が経済成長を実現する中、日本の労働生産性を向上させていくためには、生成 AI 等の新たなテクノロジーを通じた付加価値の向上や、更なる省力化投資、従来の働き方を見直すことによる業務効率化、長時間労働の是正といった様々な取組みを同時に行っていくことが必要となってくる」とした。

人手不足を3類型に整理

次に報告書は、現下の人手不足について言及した。

報告書は、人手不足は、①労働需要量に対し労働供給量が追いついていない「労働需要超過型の人手不足」②求人と求職のミスマッチによって生じる「摩擦的な人手不足」③職場環境や労働条件が個々の労働者が抱える制約に対応していないためにパフォーマンスが制限されてしまうことや、企業側が求めるスキルを有する人材の不足が要因となる「構造的な人手不足」――という3つの類型が考えられると説明。それぞれに合った処方箋が必要となると指摘した。

各類型のうち「労働需要超過型の人手不足」については、女性・シニア世代を含めたより多くの個人の労働参加の促進が必要であり、柔軟な働き方が可能となる職場環境の整備や、ミドル・シニア世代の活躍促進が重要だとした。あわせて、賃金面からも処遇改善を行い、労働参加の促進を図ることも重要だと指摘した。

「摩擦的な人手不足」については、労働者が適職や自身に合った仕事を見つけ、円滑に入職できる環境整備を進めていくことが必要となるとし、その具体策として、労働市場情報等を一元的に把握できるプラットフォームの整備や、ハローワークを通じた再就職支援の強化などのインフラ整備を挙げた。

「構造的な人手不足」については、DXなどの構造変化をふまえたうえで、長時間労働を前提としない職場づくり、各種の両立支援策が活用しやすい環境整備、労働者のエンゲージメントを高め、自律的・主体的な能力開発を支援し、習得したスキルが評価される環境整備を図ることを提言した。

「労働者から選ばれる力」「労働者が活躍しやすい環境整備」に着目を

そのうえで、2040年に向けた雇用政策の考え方を提示した。報告書は、「これまでの雇用政策では、不況期の失業対策を念頭に、再就職のための職業訓練や雇入れ助成など、『労働者の雇われる力』や『労働者が雇用されやすい環境整備』に力点を置いた政策がとられてきた」と振り返り、これから労働供給制約が一層強まるなかにあっては、「企業が選ぶ側から選ばれる側になってきていることを踏まえ、『(企業の)労働者から選ばれる力』や『労働者が活躍しやすい環境整備』に着目した政策をより積極的に展開していくことが重要となってくる」と論じた。

また、報告書は、不確実性に対応したセーフティネットの構築・運用も雇用政策の重要な役割であることや、賃金等の処遇改善に向けて、労働市場の機能強化を行っていくことも重要だと付言。以上の基本的な考え方をふまえ、今後5年間で取り組むべき方向性を整理した。

多様な個人の労働参加など3分野に分けて提言

取り組むべき方向性は、①多様な個人の労働参加②新たなテクノロジー等を活用した労働生産性の向上③労働市場のインフラ整備――の3分野に分けて、それぞれ提言を盛り込んだ。

多様な個人の労働参加を一層促していくために、報告書は、各々のライフスタイルや価値観に応じた多様で柔軟な働き方が実現できるよう、さまざまな選択肢を提示できる雇用管理へと転換を図っていく必要性を強調。そのため、長時間労働を前提としない職場づくりとして、これまで以上に多様な個人の労働参加を促していくために、制度面の整備や活用促進だけでなく、長時間労働を前提とした働き方を社会全体で変えていくことが重要と指摘した。

個々の企業レベルでは、「残業を前提とした仕事の仕方」や「残業をしてくれる社員」を前提とした人事管理からの転換が重要だとした。

シニア活躍に向け、企業は専門性を高める人材育成を

高齢社会が進展するなかでは、ミドル・シニア世代が引き続き活躍できる仕組みづくりを進める必要があると指摘した。

企業側はシニア世代が年齢に関わらず活躍できるように、①ミドル世代から専門性を高めるための人材育成②越境学習や副業・兼業などを通じた新たな専門性を身につけるための機会の提供③キャリアコンサルティングを通じた、中長期的にミドル・シニア世代のワーク・エンゲージメントを下げないような取り組み――が望まれるとした。

労働者側については、高齢期のキャリアを見据えた学び直しなど、キャリアについて自ら具体的に検討していくことを要望。また、シニア世代が企業内の仕事に限らず、地域の仕事や役割を担い、地域に貢献し、地域とつながる仕組みの強化も重要とした。

家庭の事情に影響されずに希望する働き方を可能に

多様な人材が自身の希望に合わせて活躍できる労働市場を考えるうえで、家庭等の事情に関わらず男女ともに希望する働き方が可能となる職場環境の整備は「重要なテーマの一つ」と指摘した。

これまで、育児や介護を行う人への支援策の充実が図られてきたものの、その利用を促し、性別に関わりなく希望する働き方を可能とする環境を整備していくためには、家庭内の家事負担の偏りを平準化していくことも重要だと主張。

また、こうした家事負担の偏りは、女性の仕事へのコミットを阻害し、結果的に女性のキャリア形成の断念や非労働力化に繋がることが懸念される。そのため、男女間の役割分担の見直しを通じて、男性の働き方を変えていくとともに、家事負担の偏在を解消するような社会的な気運の醸成が求められると強調した。

さらに、学校教育の内容が将来的な家事負担の偏りや女性の正社員就業率の改善に影響するという研究結果を紹介し、「教育的側面からも家事負担の偏在解消への動きが期待される」とした。

地域間でのマッチングを通じ、地域の担い手を確保

地域の人手不足への対応については、地域の実情に応じた処方箋が重要であり、地域間でのマッチングの促進を通じ、地域の担い手を確保することが必要だとしている。

さらに、必ずしも地域における「本業」としての雇用にこだわるのではなく、テレワークがしやすい環境整備を行い、地方部にいながら都市部の仕事を担える環境整備や、逆に都市部の人が副業・兼業といった形で地域の仕事を担えるような仕組みをつくるなど、多様な形で仕事を通じた地域の活性化を図っていくことが重要とした。

新たなテクノロジーの活用を積極的に行うべき

新たなテクノロジー等を活用した労働生産性の向上では、「労働生産性の向上や新たな労働需要創出による経済成長を通じ、社会全体の豊かさの向上に貢献することが期待される一方、新たなテクノロジーが導入される過渡期には、雇用代替が進み、雇用が奪われてしまうとの懸念も生じる」と指摘。そのうえで人口減少が続く日本においては、労働力人口減少にともなう労働供給制約への対応は「急務」であり、省力化や労働生産性の向上に資する新たなテクノロジーの活用を「積極的に行っていく必要がある」と強調した。

とりわけ生成AIについては、「仕事の仕方を変え、専門性の高い業務も可能とする他、労働生産性を高めることも期待される」とし、人手不足の分野において、生成AIの活用が進み、人手不足の解消と労働生産性の向上が図られることに期待を示した。

並行しての雇用の質の向上の検討も必要

また報告書は、日本の製造業の1978年から2017年までの状況を分析した研究をもとに、当時新たなテクノロジーであったロボットの増加と雇用の増加が同時に進んだことに言及した。

ロボットの円滑な導入に成功した要因について、「終身雇用という雇用慣行のなか、ロボット化されない分野への配置転換等により、新しい技術の導入が行われることによる失業リスクが少なく、新たなテクノロジーの導入に関する労使の合意形成が比較的容易であったことが考えられる」と分析。

そのうえで、新たなテクノロジーの導入については、生産性の向上による生産拡大が雇用の拡大を促す可能性もあることから、「短期的な負の影響にのみ目を向けるのではなく、長期的な生産性の向上を見据えてテクノロジーを活用し、雇用の質の向上や新たなテクノロジーと雇用との共存に向けた検討を進めていくことが重要」だとし、その際は「労使コミュニケーションを十分に行い、新たなテクノロジーを円滑に職場へ導入していくことや、AI等によって生み出される新たな労働需要に対応できるような人材育成を社会全体で進めていくことが重要」だと述べた。

さらに、生成AI・AI等の活用は、省力化に資することから、生産性向上だけでなく、煩雑なタスクの軽減や労働時間の削減といった効果も期待されると言及。企業に対し、生産性向上だけに目を向けるのではなく、生成AI・AI等の導入によって労働者が過度な責任や業務負担を負うことがないよう、働き方改革を同時に進めるなどの一層のウェルビーイングに配慮した対応を求めた。

企業外も含めて活躍できる環境整備を

労働市場におけるインフラ整備に向けては、正規雇用について、これまでは「同一企業内でのキャリア形成を通じて活躍していくことが一般的であった」ものの、近年では「働き方の多様化もみられている」との見方を示した。また、非正規雇用で働く人においても、より良い就労条件や、より良い働き方ができる環境が望まれており、雇用形態に関わらず、さまざまな選択肢のなかで、企業外も含めて個人が幅広く活躍できる環境整備が重要だと指摘した。

そのため、労働者のライフスタイルや価値観に応じた多様で柔軟な働き方が実現できるような環境整備を企業が行うことが重要だとし、労働市場のマッチング機能の強化、人材育成支援(キャリア形成支援、スキル習得)、労働市場の見える化といった総合的な労働市場のインフラ整備が求められると提起した。

キャリア相談、スキル習得、キャリアラダーの見える化も必要

健康寿命が延伸し、ライフスタイルが多様化するなかでは、さまざまな選択肢のなかから個人が自身の希望に応じて活躍できる労働市場を構築する必要があるため、「多様なキャリアに関する相談や必要なスキル習得ができ」ることや、「処遇改善に繋がるキャリアラダーが見える」ことが求められるとも指摘した。

また、今後は職業キャリアの長期化が見込まれることから、「社会経済の変化に応じて自身の適職を見つけることの重要性がより高まる」と指摘。特に、近年では新たなテクノロジーの活用が加速しており、職業毎のタスクや必要なスキル、得られる賃金なども変化することが想定されることから、自身が持っているスキルや経験を適切に分析し、労働市場の状況を把握するとともに、希望に合った適職を見つけ、キャリアチェンジに踏み出せるよう、必要に応じて支援する必要があるとした。

具体的には、現在、「job tag(職業情報提供サイト)」においてIT業界でのスキル水準と処遇の関係の情報提供を行っているが、これについて「各業界のキャリアラダーについて、job tag上に掲載していくことが考えられる」とした。また、労働市場情報等を一元的に確認できるプラットフォームにおいて情報公開を行い、こうした職業毎のキャリアラダーやスキル習得に関する情報を示すことで、求職者が適職を見つけられるよう、インフラ整備を進めていく必要があるとした。

賃金とキャリアの関係を示して能力開発の動機を高める

賃金等の処遇改善に向けては、労働者自身のスキルアップのため、企業内外で能力開発を行える環境整備が重要としている。しかし身につけるスキルによっては、どの程度の賃金上昇等が見込まれるかについて見通しがつかないと「スキル習得を行うインセンティブを高めることは出来ない」と指摘。そのうえで、労働市場情報等を一元的に確認できるプラットフォームで賃金とキャリアの関係を示すことにより、個人の能力開発のインセンティブを高めることが望まれるとした。

また、企業内・企業外において能力開発が行われ、年功序列型賃金体系といった従来の雇用慣行にとらわれることなく獲得したスキルが適正に評価され、賃金も含む処遇に反映され、さらなるステップアップにつながる好循環を生み出すことが重要だと指摘した。

(調査部)

2024年10月号 国内トピックスの記事一覧