「当事者の意思の尊重と参加」を大事にした「こころの健康」に向けた対策を
 ――厚生労働省が2024年版厚生労働白書を公表

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厚生労働省は8月27日、2024年版厚生労働白書を公表した。毎年、テーマを変えて論じる第1部では、今回は「こころの健康と向き合い、健やかに暮らすことのできる社会に」をテーマに設定。厚生労働白書としてはじめて「こころの健康」について論じた。ライフステージごとにストレス要因を明らかにしたうえで、学校や地域、職場などで展開されている、「こころの不調」につながらないようにするための取り組みを紹介。今後、必要とされる取り組みを進めるにあたっては、「当事者の意思の尊重と参加」が重要となるとの見方を示した。

今年の白書の章立て

第1部は、第1章「こころの健康を取り巻く環境とその現状」、第2章「こころの健康に関する取組みの現状」、第3章「こころの健康と向き合い、健やかに暮らすことのできる社会に」という3章立ての構成となっている。

第1章では、こころの不調の要因となるストレスについて論じ、ライフイベントに関連する出来事や、デジタル化などに伴う孤独・孤立の深刻化など、現代社会の特徴的な事象を取り上げた。また、精神疾患の実態や社会への影響についても言及した。第2章では、地域や学校、職場などにおける、こころの不調を予防する取り組みなどを紹介。第3章では、こころの不調を抱える人に関する取り組みにおける当事者の意思の尊重と参加の重要性について考察。また、地域や職場におけるこころの健康づくりや、こころの不調について語り合える環境づくりなどについて、今後の取り組みの方向性を展望した。

第1章「こころの健康を取り巻く環境とその現状」

少年期では学校という「場」をめぐる様々な問題に直面

第1章から詳しくみると、まず、生まれてから老いに至るまでのライフステージ全般におけるストレス要因を概観。幼年期では「乳幼児にとって、養育者との安定した関係性が情緒の形成に不可欠であるが、それが不十分な場合には、満たされないストレスが、腹痛や嘔吐など、様々な症状や行動として現れるといわれる」などと指摘。少年期では、入学、進学、卒業、受験など、学校や教育に関するライフイベントが多く存在するなかで、「友人関係のトラブルやいじめなど、学校という『場』をめぐる様々な問題に直面する可能性もある」などと観察した。

青年期では、「身体的に成熟し、社会的にもこどもから大人へ移行する時期にあたり、ライフイベントも学校や教育に関するものから、就職や転職、結婚、出産・子育てなど、仕事や家庭に関するものが次第に増加していく」などと説明した。

妊娠・出産とこころの健康では産後うつと周産期喪失に着目

壮年期・中年期のストレス要因に関しては、白書は特に、妊娠・出産とこころの健康に関し、産後うつと周産期喪失に着目。さらに、子育てと介護についてもこころの健康の観点から詳しく取り上げた。具体的に言及したのは、①産後うつ②周産期喪失③子育て④介護⑤身体的な疾患への罹患――の5項目。

産後うつについては、出産した女性の約3~5割が経験する「マタニティブルーズ」の症状が長引くことで「産後うつ」に移行することがあることなどを紹介。周産期喪失については、流産または死産を経験した後の、時期ごとの辛さの程度を尋ねた調査において、「流産もしくは死産がわかった直後」は、「非常に辛かった」の割合が8割近くに達しているとのデータを提示した。

子育てでは、おおむね育児時間が長いほどディストレス(抑うつ・不安)の高得点層の割合が高い傾向が認められるというデータや、ひとり親家庭の親がディストレスが高いこと、専業主婦世帯等の片働き世帯も子育て負担に直面する場合があることを示した調査結果などを紹介。

介護では、悩みやストレスがあると回答した介護者は全体の7割近くに達しているなどの調査結果を紹介した。最後に、身体の病気のストレスがこころの不調の原因となる場合があることに言及した。

高齢期・老年期では、「喪失」に関連した様々なストレスを感じやすいとし、「退職、子の独立、住み慣れた家からの転居(施設入所など)、死別など、様々な喪失体験にも直面しやすいことに留意が必要」などと指摘した。

仕事や職業生活でストレスを感じる労働者は8割以上

「就業」とこころの健康についても考察した。仕事や職業生活に関することで強い不安、悩み、ストレスを感じている労働者の割合は、2022年は82.2%だったとする調査結果などを紹介。労働時間が長くなるにつれて、うつ病・不安障害(重度のものを含む)の疑いがある人の割合が増加する傾向がみられることも指摘した。

こころの健康に対するリスクという観点での現代社会をめぐる状況にも触れた。急速なデジタル化が進展していることや、SNSの利用が拡大しているなかで、「急速なデジタル化にとまどいを覚える人も少なくない」調査結果があることなどを紹介。孤独・孤立をめぐる状況も指摘し、暮らしを支える地縁・血縁といった人と人との関係性の「つながり」の希薄化が進んでいることなどを指摘した。

精神疾患では早期発見の重要性を強調

第1章ではまた、精神疾患の現状と、こころの健康が損なわれることによる影響についても確認した。精神疾患の現状では、うつ病、双極性障害(躁うつ病)、適応障害、統合失調症、PTSD(心的外傷後ストレス障害)、摂食障害、様々な依存症のそれぞれの現状を紹介し、早期発見の重要性を強調した。

こころの健康が損なわれることによる影響については、地域や職場におけるこころの不調の影響が現れていると考えられる事象を取り上げた。地域での影響としては、若年無業者やひきこもりなどの現状を紹介。職場での影響としては、精神障害による労災請求件数と認定件数が過去最多となったことなどに言及した。

第2章「こころの健康に関する取組みの現状」

第2章では、こころの健康に関する取り組みの現状を、「地域や学校」「職場」というライフステージ、「社会全体」ごとに概観した。

高校の保健体育の教科書に精神疾患の特徴と対処が記載

地域や学校での取り組みでは、産前産後や子育て期にある家庭への支援として、2023年12月、こども家庭庁を中心とした政府において、すべてのこどもの誕生前・幼児期から生涯にわたるウェルビーイングの向上を目的とした「幼児期までのこどもの育ちに係る基本的なビジョン(はじめの100か月の育ちビジョン)」を新たに閣議決定したことを紹介。

学校保健では、2018年3月に高等学校の学習指導要領が改訂され、保健体育の「現代社会と健康」に、新たに「精神疾患の予防と回復」の項目が盛り込まれており、こうしたことも踏まえ、高等学校の保健体育の教科書に精神疾患の特徴と対処が記載されたことなどを紹介した。

こども・若者の自殺対策では、こども家庭庁が中心となり、2023年6月に「こどもの自殺対策緊急強化プラン」を取りまとめ、そのなかで、こどもの自殺対策の柱のひとつとして、市町村等では対応が困難な場合に助言等を行う多職種の専門家により構成される「こども・若者の自殺危機対応チーム」を全国に設置することが盛り込まれていることなどを説明した。

「労働者の健康確保対策の推進」も労災防止計画の重点課題

職場での取り組みでは、2023年3月、第14次労働災害防止計画が策定され、2023年度から2027年度までの5年間に、労働災害を減少させるために重点的に取り組む事項が取りまとめられ、重点的に取り組む事項のひとつとして、働く人のこころの健康を守る取り組みを含む「労働者の健康確保対策の推進」が掲げられたことなどを紹介。

フリーランスの就業環境の整備についても取り上げ、2023年4月に成立し、5月に公布された「特定受託事業者に係る取引の適正化等に関する法律(フリーランス・事業者間取引適正化等法)」(2024年秋頃施行予定)により、フリーランスに業務委託を行う発注事業者は、ハラスメント行為によりフリーランスの就業環境を害することのないように、相談対応のための体制整備などを講じなければならないこととされたことなどを説明した。

「孤独・孤立対策推進法」が2024年4月に施行

社会全体を捉えた取り組みでは、まず、孤独・孤立対策と自殺対策について、国と地方において総合的な孤独・孤立対策に関する施策を推進するため、その基本理念や国等の責務、施策の基本となる事項、国と地方の推進体制等について定めている「孤独・孤立対策推進法」が、2023年5月に成立し、2024年4月に施行されたことなどを紹介。自殺対策や薬物対策についても現状の取り組みを説明した。

また、共生社会の実現に向けた取り組みとして、改正障害者差別解消法の施行を紹介。同法は、事業者に対し、不当な差別的取扱いの禁止のほか、合理的配慮の提供に関する努力義務を設けており、2021年6月には、事業者に対し合理的配慮の提供を義務づけること等を内容とする改正が行われたことなどを説明した(2024年4月1日から施行)。

厚生労働省の検討会で示された考え方である「精神障害にも対応した地域包括ケアシステム」についても取り上げ、その内容を「従来から構築されてきた地域包括ケアシステムを活用し、精神障害の有無や程度にかかわらず、誰もが安心して自分らしく暮らすことができるよう、医療、障害福祉・介護、住まい、社会参加(就労など)、地域の助け合い、普及啓発(教育など)が包括的に確保された支援体制」だと説明した。

第3章「こころの健康と向き合い、健やかに暮らすことのできる社会に」

第1章、第2章で整理した現状を踏まえ、第3章では、あらゆる人が自らの心身の状態と上手に付き合いながら、こころの健康と向き合い、健やかに暮らすことのできる社会づくりに必要な取り組みについて考察した。

取り組みの前提は「当事者の意思の尊重と参加」

まず、必要な取り組みを進めるにあたっては、白書は「当事者の意思の尊重と参加」の重要性を強調。「精神障害にも対応した地域包括ケアシステム」における重層的な連携による支援体制については、「こころの不調を抱える一人ひとりの困りごとや関心事、自己実現への想いや潜在的ニーズに寄り添い、本人の意思が尊重されるよう情報提供等やマネジメントを行い、適切な支援を可能とする体制を構築していくことが求められている」とし、「自己決定するプロセスを支える支援として、当事者にとって身近に経験を共有できる仲間がいることの安心感や、ロールモデルとしての役割が期待されるピアサポートの活用をさらに進める必要があるだろう」との見方を示した。

なお、ピアサポートとは、たとえば、2018年度厚生労働科学研究費補助金(障害者政策総合研究事業(身体・知的分野))「障害者ピアサポートの専門性を高めるための研修に関する研究」(分担)研究報告書「ピアサポーター基礎研修のプログラムの構築に関する研究Ⅰ」では、「障害のある人生に直面し、同じ立場や課題を経験してきたことを活かして、仲間として支える」こととされている。

また白書は、こころの不調に対する地域住民の理解の促進やスティグマ(差別や偏見)の解消に向けた取り組みにおいても、当事者の役割は欠かせないとした。

市町村には多様なニーズに対応した支援体制に期待

次に、地域や職場におけるこころの健康づくりについて言及し、①市町村等の精神保健支援体制の整備②精神医療提供体制の整備③精神障害にも対応した地域包括ケアシステムの構築④孤独・孤立対策の推進⑤職場のメンタルヘルス――を必要な取り組みとしてあげた。

具体的には、2022年12月に障害者総合支援法等の一部を改正する法律が成立した際に、精神保健福祉法についても一部改正され、精神障害のある人や精神保健に課題を抱える人の希望やニーズに応じた支援体制の整備が図られることとなったが、白書は法改正を機に、「住民に身近な市町村は、都道府県担当部局との連携や保健師等の人材育成と配置を計画的に行い、福祉・母子保健・介護等の各部門における相談支援のなかで精神保健に関するニーズに気づくとともに、そのニーズに対するサービス等の支援を円滑に行うことが期待される」と述べた。

精神医療の提供体制に関しては、本人が望む場所でニーズに応じた治療が受けられる体制を構築する観点から、いわゆる「かかりつけ精神科医」機能の充実と併せ、外来機能の強化が重要な課題となると指摘。また、こころの不調を抱える人が必要な時に適切な医療を受けられる医療提供体制を実現するため、オンライン精神療法について、「精神障害にも対応した地域包括ケアシステム」の考え方に沿った提供体制を構築し、適正かつ幅広い活用を図っていくことが期待されると述べた。

「精神障害にも対応した地域包括ケアシステム」の構築に向け、「こころの不調を抱える人に対し、保健・医療・福祉などの関係機関が重層的に連携した支援を提供するためには、市町村や保健所等において、地域におけるこころの不調を抱える人の状況や社会資源を把握し、『見える化』を図ることも重要」だと強調し、精神保健医療福祉資源を分析したデータベース「ReMHRAD」(地域精神保健医療福祉資源分析データベース)の活用等が求められると提言した。

孤独・孤立対策では「つながり」を実感できる居場所・地域づくりを

孤独・孤立対策の推進では、現在、地方公共団体を対象とした、地域の実情に応じた官・民・NPO等の関係者間の連携・協働体制の構築や孤独・孤立対策の推進等にかかる支援事業などを通じ、地域の実情に応じた官民連携・協働体制が構築され、孤独・孤立対策が推進されるよう、政府が後押ししているところだが、「各地において、孤独・孤立の問題が複雑化・深刻化する前に対応する、孤独・孤立状態の予防の観点から取組みが進み、人と人の『つながり』を実感できる居場所や地域づくりが行われることが、地域の人々のこころの健康を維持・向上していく観点からも期待される」とした。

職場におけるメンタルヘルス対策と両立支援に関しては、「職場におけるメンタルヘルス対策を、経営戦略の視点から一層浸透させていくことが重要」だとし、「メンタルヘルス対策に取り組む意義やメリット(経営損失の防止等)の見える化など、経営層に対して訴求力のある情報発信を強化し、事業者による意欲的な取組みを後押ししていくこと」などを求めた。

差別や偏見をなくすための心のサポーターを養成

地域や職場における必要な取り組みだけでなく、社会の意識を変容させるのに必要な取り組みや、一人ひとりの取り組みにも言及した。

社会の意識変容に向けた取り組みでは、「心のサポーター養成事業」を取り上げた。同事業は、こころの不調に対するスティグマ(差別や偏見)を減少させ、その応急処置を伝えることを目的とするメンタルヘルス・ファーストエイド(メンタルヘルスの問題を有する人に対して、適切な初期支援を行うための5つのステップからなる行動計画)の考え方に基づいた、態度や行動の変容までつながることを意識した普及啓発の取り組み。2024年から都道府県等が主体となって心のサポーターの養成を担い、全国でより多くの心のサポーターの養成を進めていることを紹介した。

性別役割分業意識を乗り越える必要性についても触れ、内閣府の調査によると、世代が若くなるほど同年代の男女間の意識差が縮まる傾向にあり、20代の男女ではほぼ差がつかなかったことから、「我が国の将来を担う若い世代に根づきつつある新しい人生観が、彼ら・彼女たちの人生において実現できる社会としていくことが、こころの健康と向き合い、健やかに暮らすことのできる社会の実現においても非常に重要であるといえるだろう」とした。

良質な睡眠のためのツールにも期待

一方、一人ひとりの取り組みについては、健康づくりに寄与する睡眠の特徴を国民に分かりやすく伝え、より多くの国民が良い睡眠を習慣的に維持するために必要な生活習慣を身につける手立てとなることを目指して策定された「健康づくりのための睡眠ガイド2023」を紹介。2024年度から始まる「21世紀における第三次国民健康づくり運動(健康日本21(第三次))」において目標として掲げられた適正な睡眠時間と睡眠休養感の確保に向け、国民一人ひとりのライフステージやライフスタイルに応じて、良質な睡眠を確保するための実用的なツールとして活用されることが期待されているとした。

このほか、認知行動療法の手法を使った日常の対策を紹介するとともに、厚生労働省が開設した、若者を支えるメンタルヘルスサイト「こころもメンテしよう」など、身近な相談窓口の利用をアドバイスした。

(調査部)

2024年10月号 国内トピックスの記事一覧