基調講演 フランスにおける就業日の昼休み──幸福の一要素と捉えられるか

私の報告は、前半の報告とは少し視座が異なります。私は、well-beingとはどういうものか。それからwell-beingのなかで時間がどういう役割を果たすか、そしてまた、何が労働者を支えるのかを見ていきたいと思います。特に昼食時間と満足度との関係に焦点を当てながら話を進めていきます。

well-beingの経済的なアプローチ

私は、well-beingは経済的なパフォーマンスの要因として考えられるのではないかと思っています。例えば、労働に関する満足度と生産性の関係、ストレスや満足度というのは生産性に影響を与えるものかどうか。労働に関する満足度は、社会職業的な階層あるいは人口学的な特徴によって変わるのか。そして日本での労働時間というのは、まさしくこのテーマだと思いますが、プライベートの時間が労働時間に浸食されるということが生産性や幸福度に影響があるものなのでしょうか。

二つ目の視点は、生理学的な時間の問題です。普通、睡眠や食事は個人的なケアに関するものですが、こうした生理学的な時間とパフォーマンスとの関係はどうかという視点です。医学的な研究により、労働時間は健康に影響を与えることがわかっています。例えば肥満もそうですし、それ以外でも様々な疾病が発生し得ます。それから、睡眠は特に認知能力に関して非常に重要です。

well-beingをいかに測定するか

well-beingを測定することは、経済学と心理学双方に関係します。それは、客観的な測定と主観的な測定があり得るからです。well-beingに関しては必ずしも客観的には言えないことが多く、主観的な調査がかなり行われている状況です。well-beinghappinessenjoyingなどの用語が使われますが、フランスでもやはり幸福や満足度といった言葉で主観的なスコアを測ります。比較するときに気を付けなくてはいけないのは、満足度は仕事を行っている環境によって変化しますし、個々の意識によっても変わってきます。また、経済的な影響もあるかもしれません。

労働者の時間の使い方

図1は、労働者の1日の時間について三つの主要な活動(睡眠、食事、労働)に、どのくらいの時間が使われているかを調べたものです。1986年から2010年の間、フランスでは労働時間が減って相対的に余暇に割く時間が多くなってきています。全般的に生理的な時間に使う部分はそれほど変化していませんが、睡眠時間は若干減ってきています。一方、食事にかける時間は増えており、生理的な時間に変化がないなかで、食事に関する時間の割合が増えているのはとても注目に値すると思います。

ジェンダーによる時間配分の違い

図2は、社会職業分類と男女別の時間配分を見たものです。全体的には男女の食事時間にあまり違いはないですが、労働者については男性の方が睡眠時間が少なく、食事時間が多くなっています。男性労働者には、労働時間が長く、睡眠が短く、食事時間が長いという特徴があります。

食事とwell-beingとの相関

次に、食事がwell-beingにどのように関係するかを述べます。先述の通り、フランスの特徴として、1986年から1999年にかけて食事に関する時間が増えていますが、これはとても重要です。というのは、フランス以外のヨーロッパの国、また世界では、これとは全く逆の結果が出ているからです。フランス以外の国ではどこも食事の時間が減っているのに、フランスだけが長くなっているのは、国民性と関係しているのかもしれません。

フランスにおいて、食事は生活の重要なアクティビティーと見なされています。食事をしているときにテレビは見ませんし、他のこともしません。すなわち、フランス人は食事を、それだけで純然たる立派なアクティビティーであると考えているのです。食事に関する満足度調査を見ると、食事によって得られる満足度は、例えば読書や音楽を聞くといった、他の活動と同じぐらいの満足度を与えます(しかしながら、若い人、あるいは社会経済的に高いレベルの人たちにとっては、食事はそれほど重要ではないという結果もあります)。また、どの時間に食べるかも重要です。フランス人にとっては昼食が一番好まれる食事の時間です。場所は、友人の家が比較的好まれます。具体的には、パートナーを相手に一緒に食事をするのが一番好まれており、他方、職場での食事というのはそれほど満足度を与えない結果になっています(図3)。つまり、誰と食べるかが重要ということです。

昼食はどこでとられているか

フランスにおける就業者の昼休みについて見ると、まず一つ言えるのは、自宅以外で昼食をとる人が増えているということです。これは女性の社会進出の影響が大きいと言えるかもしれませんし、外食産業の発達も影響しているでしょう。自宅以外で昼食をとるのは、45歳以下の若い人が多くなっています。また、シングルペアレントの家庭、特に女性が自宅で昼食をとる割合が高く、逆に所得の高い層、学歴の高い層の場合は自宅外で昼食をとる傾向が高くなります。

また、フランスでは社員食堂が発達しており、社員が職場で昼食をとることは、企業が生産性を上げるためのツールとみなす人もいます。これに同調したくない人がいないわけではありませんが、同僚との交流の時間としてポジティブに捉える人たちもいます。捉え方は人それぞれですが、昼食の休み時間は、労働者のwell-beingに貢献すると言えるかと思います。ただ、どのような場所でどのくらいの時間をかけ、どんな条件、状況で食事をとるかによって満足度への影響が変わってきます。また、どのような種類の食事をどのような労働者がとっているかによっても影響が異なります。

職業等による昼食時間の長さの違い

次に昼食の時間の長さを見ます。非常に重要な点として、時間は非常に安定しています。国民全体の昼食時間の平均は51分ですが、労働者の場合は49分。もちろん、仕事をしていればそれだけ時間のプレッシャーはあるのですが、それにしても非常に安定的に推移していると言えます。昼食時間が最も長いのは農業従事者で56分。そして、中間的職業と言われる分類があるのですが、彼らが一番短い。また昼食の場所によっても違いがあり、職場で食べる方が昼食時間は長い傾向にあります。昼食時間と食べる場所を比較すると、自宅で食べる方が昼食時間は短く、外食の方が長い傾向があります。そして、社会職業的な立場によっても異なり、特に管理職は職場で食べる場合が多いことがわかっています。しかし、昼食にかける時間は、社会職業的立場に左右されず安定しています。

日本への示唆

さて、このような分析が、日本にはどのように役立ち得るでしょうか。フランスの場合、食事は幸福に欠かせない要素だと捉えられていますが、食事に費やす時間は非常に重要で、その時間も安定しています。また、どのような社会的な立場であろうと、昼食時間は比較的長い。つまり、社会的な立場、職業にかかわらず、昼食には一定の時間が必要であるとフランスでは見なされているということです。

では、日本ではどうでしょうか。日本とフランスでは食文化が違います。日本にどのような伝統があるのか、どのような食事の楽しみ方や健康との関連性があるのかについて私は知りませんが、おそらくそういった研究もあるのではないでしょうか。労働時間政策に関して山本先生がお話されましたが、そこにはどのような法的枠組みがあるのか、また働く側の自由度はどのぐらいあるのか、会社側からの圧力はあるか、会社の同僚に同調するというケースが多いのかどうかという調査が必要でしょう。他方、日本では有給休暇があまり消化されない傾向があると聞きますが、昼食時間に関してもそうした傾向があるのかどうか。時間の使い方に関して、日仏比較をして見ると非常に興味深いのではないかと考えます。

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