基調講演 働き方改革における長時間労働是正

私からは、①長時間労働の実態②なぜ長時間労働が起きるのか③長時間労働が日本で起きる理由④働き方改革の意義と今後の課題──という四つの視点で日本の現状をお伝えしたいと思います。

長時間労働の実態

まず、労働時間の推移を見ます。図1はOECD統計からとった、いくつかの国の労働時間の推移の比較です。1人当たりの労働時間を見ると、日本はかなり長時間労働でしたが、平均労働時間は下がってきています。しかし、例えばフランスは、以前から日本より労働時間が短かったものが、さらに短くなってきており、現在は日本の方がフランスより250時間余り労働時間が長い状況になっています。日本も以前に比べればだいぶ短くなってはいるのですが、これには注意が必要です。1人当たりの労働時間が短くなった原因を検証してみると、パートタイムあるいは非正規雇用として働く人が増えています。つまり、労働時間が短くなったのは、労働者の構成比の変化によってもたらされているということです。

図2は、雇用形態別の労働時間の推移を見たものです。パートタイム労働者の比率はじわじわと増えています。一方、フルタイマーの労働時間だけ取り出して見ると、トータルの労働時間は少し減っている時期もあるのですが、1980年代初頭と2011年を比較してもそれほど変わっていないことがわかります。すなわち、労働時間が減ったように見えるのは構成比の変化に過ぎず、依然としてフルタイマーは長時間働いているという問題を提示しています。

これを裏づけるもう一つの指標として、長時間労働者比率を国際比較して見ると、日本の、特に男性は週49時間以上働く人が3割近くもいて、他国には見られない特徴となっています。つまり、日本では労働時間が二極化しており、正規雇用者が長時間労働で、非正規雇用者は中程度ないしは短時間の労働ということが特徴として挙げられるかと思います(図3)。

なぜ長時間労働が起きるのか

次に、それではなぜ長時間労働が起きるのかという問題です。その理由として、よく「日本人は働くのが好きだから」と言われます。希望する労働時間を調査したことがあるのですが、日本、イギリス、ドイツを比較すると、日本は労働時間自体が長く、希望する労働時間もイギリスやドイツと比べて長いことがわかっています。日本人は働くのが好きだという理由は、ある程度あてはまる可能性があります。

しかし、日本人が皆、どんな時も常に労働時間を長くするかと言うと、必ずしもそうではないこともわかってきています。図4は少し変わった調査ですが、日本のグローバル企業で長時間労働しているような人達が、ヨーロッパに転勤したときにどれぐらい労働時間を変えるのか、または変えないのかを調べた結果です。日本人が日本の本社で働いていた時(日本@JP)には、週55時間ぐらい働いていましたが、欧州の現地法人へ転勤した時(日本@EU)の労働時間は週50時間に減っていました。

では、なぜ減ったのか。意識面を聞いてみると、例えば日本では仕事が終わっても同僚がまだ残業していた場合、自分の仕事を終えていてもなかなか帰りにくく、残業してしまうといった職場風土があるのですが、ヨーロッパではそれが減ったと答えている人が6割を超えました。このように、場所が変わり環境が変わると、働き方も変わってくる可能性があります。つまり、誰かが残っていても帰りにくいということが一切ないヨーロッパ的な働き方に接すると、日本人であっても働き方を変える可能性があるということです。ただ、残念ながら、この人たちが日本に帰ってくるとまた長時間労働になってしまうということも、他方でよく聞かれます。これを「ピア効果」と呼ぶのですが、働き方というのはどうしても周りの人の影響を受けやすく、日本では周りが長く働いていると長時間労働になりやすいという特性があることを意味しています。

ここから言えることは、労働者が自分だけで労働時間を短くしようとしてもなかなか難しく、会社全体、社会全体で変えていかないといけないことです。今、日本で起きている働き方改革による長時間労働の是正の必要性について、ご理解いただけると思います。

もう一つ、労働者側の問題として、ついつい働き過ぎてしまうというワーカーホリックの問題があります。図5は、労働時間と仕事満足度の関係を示したものですが、週の労働時間が65時間を超える非常に長時間労働の人ほど、実は仕事満足度が高いという結果が出ています。これは仕事がのってくるとどうしても集中してしまい、ついつい労働が長時間化してしまうという特性があらわれていると思われます。

その一方で、長時間労働するとメンタルヘルスが悪くなるという結果も出てきています。図6は、長時間労働がメンタルヘルスに与える影響をあらわしたもので、週50時間を超えるようになるとメンタルヘルスは悪化します。ということは、長時間労働によって健康は悪化するが、労働者には、ついつい仕事が面白くなって長時間労働をしてしまう特性がありそうだと言えます。この点を心理学ないしは行動経済学で解釈すると、「自信過剰バイアス」ということで解釈できます。つまり、人間はどうしても自分の健康状態に対して、過剰な自信を持ってしまうバイアスを持っていることが指摘されます。あるいは、今の良好な健康状態が未来永劫ずっと続くという「予測バイアス」があるとも言われていて、それがあるために、日本ではワーカーホリックな長時間労働が起きてしまうと解釈できます。自己管理には限界があるので、この観点からも、働き方改革や法的な規制などをしていくことが大事なのではないかということが言えるかと思います。

長時間労働が日本で起きる理由

次に、長時間労働が日本で起きる別の理由をお示しします。日本、イギリス、ドイツの比較調査で、労働者に今の労働時間を変えたいかと聞くと、日本では24%、つまり4人に1人が労働時間を減らしたいと答えています。これはイギリスやドイツと比べても圧倒的に高く、すなわち、日本には働きたいだけではなく、働かされているという側面もあることを示しています。経済学ではこの理由について、雇用保障の代償として長時間労働はある程度必要という説明をします。労働の固定費が大きいと長時間労働が必要になります。固定費というのは、解雇がしにくいとか解雇するためのコスト、雇った人を育成するためのコストと考えていただければと思います。解雇がしにくいとか、人材育成を企業が行うことにより、日本では労働者が長い期間、同じ企業に勤務する傾向があります。ですから、企業は不況時にも解雇せず、労働時間を減らし残業代を削減することで人件費の調整を図っています。そのためには、普段からある程度の長時間労働が必要となります。つまり、解雇を避けるために長時間労働が必要だと指摘されているわけですが、これは日本に限らず、どの国でも当てはまります。

この部分は経済合理性がある長時間労働なのかもしれませんが、その一方で、企業の職場管理のあり方によって労働時間の長さは変わってくることもわかっています。様々な人材マネジメントのあり方をうまく工夫すると、労働時間は短く済むという結果が出ているのです。長時間労働が必要なのは間違いではないが、やり方によっては短くできる余地も残っている──。これが日本の現状だと思います。こうしたこともあって、日本ではやはり長時間労働を減らしていくべきだということで、現在、働き方改革関連法によって長時間労働の是正が進められているわけです。

働き方改革の意義

日本は、長時間労働によって経済成長を果たしてきた側面もあります。一方でその代償として、健康被害を生んでいたという側面も否定できません。実際、図6で見たように、日本では長時間労働するほどメンタルヘルスが悪化するという分析結果が出ています。実際、メンタルヘルス不調は増えてきており、これは是正されなければいけません。働き方改革の意味合いとして、一つは、日本的雇用慣行が労働者の健康をあまり保護してこなかったので、そこを是正しようという労働者保護の強化の側面があります。それを行うことによって健康が向上する、well-beingが良くなることが期待できます。加えて、日本には生産性が低いという課題があるので、生産性を高めていこうとする意味合いも当然あるでしょう。

働き方改革関連法には、労働時間に関して、様々な施策が盛り込まれています。主には残業時間の上限規制の強化ですが、それ以外にもたくさんあり、総合的に長時間労働を是正しようという試みです。ただし、いきなり長時間労働を一切なくしてしまうと歪みが生じる可能性もあります。そこで、対策はある程度フレキシブルに設計される必要があります。一時的な長時間労働は生じ得るものなので、業種によって長時間労働の規制が適用されない猶予期間も設けられています。規模についても同様で、中小企業などは1年間の猶予期間があります。

今後の課題

今後、長時間労働は少なくなっていくかもしれませんが、ある程度は残ってしまう、そういう前提で捉えておいた方が良いのではないかと思います。だからこそ、労働者の健康を確保するうえでは、勤務間インターバル制度などの休息をとる制度を取り入れていくことが大事なのではないかと思います。

また、長時間労働を是正することも大事ですが、それ以外の働き方も労働者の健康にとって大事です。例えば、職場管理のあり方によって、メンタルヘルスに与える影響は大きく変わってきます。労働者に裁量があると、自分の仕事の手順を自分で決めることができるのでメンタルヘルスが改善されるという結果も出ています。つまり、労働時間だけではなく、仕事の進め方自体を変えていくことも大事な課題です。

それから、今日のテーマにあるように、これはやはり労働者だけではなく、企業にとってもメリットのある持続可能な改革でなければいけません。すなわち、企業業績を高めていく働き方改革にしていかなければいけないだろうということがあります。ここで注意が必要だと思うのは、長時間労働だけを是正し、他の仕事の進め方は一切何も手をつけないと、仕事量は一定のまま、労働者は短い時間で仕事をこなさなければいけなくなります。すると、先ほどのプレゼンにもありましたが、労働の脆弱性が高まってしまいます。短い時間で今までどおりの仕事をこなさなければいけないという非常にストレスフルな働き方になっていってしまう可能性があります。それを防ぐには、やはり仕事を取捨選択したり仕事の進め方を改めるような改革を、同時に行っていくことが必要ではないかと思います。

業績向上につながる改革に

最後に、最近行った上場企業のデータを使った研究で、労働時間がどのように変化しているかを見ると、2015年から16年にかけて、比較的多くの企業で労働時間が減っていました。減った企業で、利益率がどう変化したかを確認したところ、あまり明確な関係性が見い出せませんでした。よく、労働時間を減らしてしまうと業績が悪くなるのでやりたくないということも聞きます。確かに悪くなっている企業もありますが、良くなっている企業もあって、これはむしろ明確な関係性がないことが大きなファインディングです。つまり、労働時間を減らしたとしても利益は確保できているというのが現状だと思います。

さらに、労働時間を減らすと同時に、テクノロジーを使った様々な取り組みを行うと業績が良くなるという結果も出ています。上場企業では労働時間の削減とあわせて、様々な働き方改革ないしはイノベーションへの取り組みを行うことが業績向上につながっていく傾向が、見られることがわかってきています。持続可能な働き方改革にしていくには、こうした業績との関係を見据えるべきではないかということが言えると思います。

GET Adobe Acrobat Reader新しいウィンドウ PDF形式のファイルをご覧になるためにはAdobe Acrobat Readerが必要です。バナーのリンク先から最新版をダウンロードしてご利用ください(無償)。