講演4:若者の変化と課題若者問題への接近:自立への経路の今日的あり方をさぐる
第47回労働政策フォーラム (2010年7月3日)

宮本みち子 放送大学教養学部教授/日本学術会議連携会員

宮本みち子 放送大学教養学部教授/日本学術会議連携会員:2010/7/3フォーラム開催報告(JILPT)

若者の変化と課題

青年期から成人期への移行の様相が大きく変わり、そこで発生する問題にどのような具体的な取り組みが必要なのかを、昨年のフォーラムで検討してきました。そのあたりをもう一度、整理させていただきます。若者全体が大きく変わっていく中で、主要な政策的な対象になっているのは、もっとも不利な条件を抱えて不利な状況に陥るリスクを持っている若者の問題です。失業や貧困に陥る若者が増加しています。今後のスタンスとして、若者の失業、貧困の増加の問題を、単に雇用問題という一側面からとらえるのではなく、社会から排除されるリスクとしてもう一度とらえ直す必要があるということを提起したいと思います。

近年の状況を見ると、若者全体が困難を抱えているという面がありますが、中身を見ると、厳しい時代の中でも何とかうまくやっている若者と、それができない若者とに二極化しています。この二極化を放置しておくと社会は膨大な底辺層を抱える格差の大きな社会として固定化していきます。後でEUの政策を紹介したいと思いますが、社会的な統合をどう進めるのかという課題と結びつけるべきだと思います。

もう一つ新しい課題ですが、全般的にいって若者たちの置かれた状況は厳しく、将来の自分たちの生活の差し迫った利害にかかわっているにもかかわらず、若者の政治離れが著しく、社会全般から離れていく傾向があります。つまり、アウトサイダー化していくわけです。そうすると、若者は自分自身の将来に対して、当事者として発言することも動くこともなく、時間だけが過ぎていく。こういう状況に対してどう歯止めをかければいいのかという問題がある。

この未曾有の少子高齢化社会、そして、雇用の不安定化社会の中で、福祉社会の内実を作っていくために若者の主体的な参加をどうやって進めたらいいのか。これはすでに国際的には国連をはじめ先進諸国の若者政策の重要な柱になっていますが、日本ではまだまだ弱体です。しかし、今後若者の社会参加の課題はもっと真剣に進める必要があると思われます。

就労支援だけでは限界が

日本で若者の就労支援が始まってから7年だと思いますが、種々の理由でつまずいている若者に対する支援の取り組みが全国で進むなか、だれが困難に直面しているかという具体的な姿がだんだん見えるようになり、調査や研究上でもその実態把握が進みつつあります。

日本の場合、2000年台の若者政策は、若者の雇用問題からスタートしました。年齢的に言うと中心は20代以上が主な対象となりました。その後、もっと若い青少年層へと視野が広がりつつあります。近年では10代後半から30代の中盤、最近では40歳に達するくらいまでが「若者支援」の対象になっています。なぜ40歳までが若者支援の対象になるのかといえば、就職氷河期世代の先頭がその年齢に達しつつあるというだけでなく、そこには中年期を対象とする施策がないことが露呈していると思います。

ところで、実際に支援現場に来ている若者たちに限定して見たところ、労働市場でつまずいているだけではないことがだんだん見えてきました。例えば、学校教育への不適応問題と労働市場でのつまずきは、極めて密接だということがわかってきています。さらに高校中退、不登校、引きこもりといった問題が、連続的に起こっていると思います(図1)。

図1 日本における若者問題の構図とセーフティネット構想の対象

図1 日本における若者問題の構図とセーフティネット構想の対象:2010/7/3フォーラム開催報告(JILPT)

それから、もっと幼少のころまで含めて見れば、家庭の貧困問題があります。最近、ホームレスの人の自立を応援している団体、ビッグイシュー・ジャパンが大阪と東京の若者のホームレスで、ビッグイシュー販売員50人の詳細な調査を実施しました。そのデータを見ると、半分以上のホームレスの若者が貧困家庭出身者で、3人が養護施設出身者です。それから、中学卒と高校中退者が非常に多いなど、幼少の生活環境と現在の労働市場に入れないという問題とが極めて明確に結びついている。こうした実態も最近の調査などでわかってきたことです。それから、これとの関連で疾病、発達障害、精神疾患、知的障害やボーダーの問題もこの間、明らかになってきました。

就労支援としての若者支援には限界があり、これは日本だけでなく、他の国でも共通して言われています。就労支援に限定することなく、若者を総合的に把握する中で、対策を立てなければならないと思います。近年、EU諸国では、もっとも不利な条件を抱える若者問題を社会的排除問題のひとつとして入れ込みながら、より包括的な形で若者問題をとらえようとしています。日本の現状が明らかになるにつれ、日本においても社会的排除の問題としてとらえ直すことが適切だと思います。

人生前半期のセーフティネット

千葉大学の広井良典先生の使われている「人生前半期の社会保障」という視点を使わせていただきますが、困難を抱え労働市場に入れない若者たちの実態を見ると、人生前半期の総合的なセーフティネット問題と直接かかわっていることがわかると思います(図2)。子どもの貧困問題、児童虐待問題、不登校や中退問題などを、もういちど総合的にセーフティネットという文脈で整理する必要があると思います。

図2 人生前半期を支える支援・コミュニティ

図2 人生前半期を支える支援・コミュニティ:2010/7/3フォーラム開催報告(JILPT)

また、中年期の困難層に対する支援の仕組みがほとんどない状態です。少し前まで若者に対する支援システムもなかったのですが、若者がだんだん年齢を増していき、問題が解決できないまま中年期へと入っていく段階にあります。しかし、初期のキャリア形成期の若者と、中年期にさしかかる方々への支援の手法は当然違うでしょう。これは新しい課題です。

当事者や家族に対する相談、見守りについては、さきほど湯浅さんが言われたような伴走型の支援や、居場所づくりがない限り、いきなり労働市場で就労支援をして正社員にすればいいという話ではないことが見えてきています。

教育に関して強調したいのは、とくに困難な状態に陥るリスクのある若者に対するキャリア教育や職業教育はどうあるべきかという点です。これを今進行中のキャリア教育の必修化というような一般施策のなかに混ぜてしまってはいけないのではないかと思います。この間かかわってきたことですが、例えばある定時制高校では半分以上が中退していく。その人たちの行き先は、想像しただけでも困難な状況なのですが、ほとんどまともに議論されていない。少しでもまともな仕事に就けるための教育や指導、いや、仕事の前に生活基礎訓練や金銭教育が必要な生徒が少なくありません。アルバイトを職業教育の一環として有効に活用できないかということも考えます。これは、定時制高校だけでなく、普通高校の一番困難な生徒たちを抱えている学校に関しても共通にいえることです。もっともっと議論が必要だろうと感じています。

それから、いきなり労働市場に入れない若者たちについては、全国でいろいろな形で支援が展開しています。しかし、生活基礎訓練も含めて地域活動への参加とか職場体験その他、さまざまな形態で、社会に関わって成長する機会を提供することが必要です。これは、中間的労働市場とか媒介的労働市場ともいわれるものです。

そして、最終的に雇用の場をどうやって彼らに保障していくのかという困難な課題があります。それからまた、働いて賃金を得たとしても、それだけでは自立ができない人に対してどうしたらいいのかという問題があります。

困難な状況に置かれた若者の問題を考える場合には、生まれてから成長する過程の生活環境の改善、とくに家庭の問題への支援、中間的労働市場など地域の仕組みづくり、そして雇用の場と経済保障、これらをセットにした、総合政策が必要だということがわかると思います。

若者の積極的シティズンシップ

この成人期への移行の時期に関する包括的な若者政策という点で、EUは非常に進んでいるというのが私の印象です。ポスト工業化の激動する社会の中で青少年や若者たちをどのように位置づけるのかという観点が明確にあります。そして、彼らがこういう激動の時代の中でどうすればエンパワーされるのかを議論し、政策に落としているのです。

2001年に、EUの「若者レポート2001」が発表されました。このレポートの中には現代に生きる若者たちをどのようにとらえるのかという観点が良く出ていると思います。重要なポイントは、「若者の積極的シティズンシップ」という観点です。困っていたら保護をするとか、将来の市民として大人たちがサポートするという考え方ではなく、彼らが積極的に社会の中に参画して発言し行動することが重要だとする考え方です。

そして、若者たちの経験分野を拡大し、彼らの認識の幅を広げていくことが重要であるというとらえ方です。高学歴化が進めば進むほど、意識的に彼らの経験分野を拡大することを社会が重要な課題として位置づけなければ、彼らの力は付かないし、力を発揮することができないという認識だと思います。そして、若者の自律性を促していくこと。彼らが自分の頭で考え、自分で行動し、社会の中で生きていける主体になれるような環境整備が必要だとしています。

その後、2005年に欧州の青少年協定が締結されます。重要政策として、青少年の教育訓練の一層の促進、職業を通した社会への統合をより強化することを加盟国が協定したものです。これを受け2009年11月にEU理事会が採択した若者政策では、これから10年間の若者政策の柱として二つあげています。

一つ目の柱は、教育・労働市場ですべての青少年に対する均等な機会をつくること。「すべての青少年」といっている意味は、放置すれば恵まれない状態で社会から排除される危険性のある青少年や若者に対して教育と労働市場で均等な機会をつくるということです。

二つ目の柱は、2001年のレポートを踏まえてのものですが、「積極的な市民」としての行動をより一層促進し、「社会への包摂」を図り、「連帯」を進めるというものです。EU諸国の取り組みを見ると、青少年や若者が社会の中で具体的に活動し、その中で発言して、自分たちを取り巻く環境を改善する活動に参加するよう意識的に取り組みを進めています。このような動きをリードしているのは北欧諸国ですが、その理念や手法が加盟国に広がっているのです。

そして、社会から排除される青少年や若者を出さないこと、すべての青少年・若者を社会の中枢にきちんと取り込むことをあらゆる政策を通して行うこと、それを通して社会全体の連帯を強めることが二つ目の柱となっています。

若者の社会への参加と社会統合

その中で、イニシアティブがとられる8つの分野をあげています。そのなかの3点についてお話しします。一つは、「参加」です。「参加」が強調される背景にあるのは、時代状況が変わる中で彼らが早いうちに社会に参加して、自分たちの将来に対して早期に発言できる機会を保障すべきだという認識です。

「参加」は日本ではもっとも遅れている点だと思います。しかし、「子ども・若者育成支援推進法」が昨年7月に制定され、その関係で、間もなく「子ども・若者ビジョン」(大綱)が発表されます。そのなかに、ようやく「参加」が盛り込まれます。

ただ、日本では具体的にどう進めるかに関して、理念さえ十分に確立しているとは言えない段階にあるのではないかと思っています。あらゆるところで青少年・若者が参加する姿を積極的に支持し、そのために情報を与え、教育をし、必要な相談をどこでも受け付けるような仕組みづくりを、すでにある資源をもう一度総動員して進めることが必要です。

二つ目は、「ボランティア活動」です。ここで着目すべきは、ボランティアの位置づけが単なる社会奉仕の域を超えてさまざまな可能性をもつものとして期待されている点です。

仕事につく中間段階、中間的労働市場の分野がありますが、こうした分野でボランティア活動は有効な方法として位置づけられています。海外の動きを見ると、単なる奉仕活動ではなく、ボランタリーな活動を通して、それが彼らの将来の生きる力になっていくと位置づけ、雇用ではないけれども、雇用にかわる社会への参画の一つの形としてボランティア活動に社会的な評価を与える試みがなされています。ヨーロッパの場合、ボランティア活動を通して習得した技能を認定し、ヨーロッパにおける若者たちの流動性を促し、そのプロセスの中で彼らが学んだことを記録し、認定していくようなことをこの中でも言っています。

日本ではボランティア活動を職業訓練の一環とするという認識は弱いと思いますが、検討する価値のあることだと思います。

3番目は「社会統合」です。ユースワークに関係することで、例えば青少年の地域活動その他のさまざまな活動の場がもつ機能を十分に発揮して、社会統合を図ろうとするものです。これらの場は青少年の発達にとって欠かせない環境であり、社会に、また労働市場に出て行くための重要な体験や訓練の場になるという認識です。とりわけ問題を抱えている青少年や若者にとって、家庭や学校を補完する重要な育ちの場であり、そのことが社会統合にとって有効であるという位置づけです。

若者の包括的支援のしくみを―子ども・若者育成支援推進法の成立

昨年「子ども・若者育成支援推進法」が成立しました。これは、過去数年間の若者の自立支援のさまざまな取り組みの中の成果と課題を踏まえて法律にしたものです。これまで青少年や若者に関する専門機関、行政組織は、縦割りでばらばらだった。ところが、つまずいている若者たちは、多様な重複する問題を抱えていて、既存の仕組みでは有効な支援の力を発揮することができないのです。一人ひとりの若者を丸ごと理解し、自立に向けた長期継続的な支援ができる体制を作ることが主要な目的です。

第1条には、施策の総合的な推進のための枠組みが書かれています。総合的推進というのは、縦割りの行政、専門分野の縦割りを排除して、横串を刺してくくり直すことによって、社会生活を円滑に営む上で困難を有する子どもや若者を支援するための地域の中のネットワークを作るということです。

今年4月に法律は施行され、いくつかの積極的な自治体が、法律にのっとって協議会を立ち上げ、準備をしております。しかし、予算の制約のなかで人的確保が非常に困難な財政状況の中で、縦割りの仕組みを横につなぎ直すことは、建物を建てるよりも非常に難しいことです。自治体の多くはかなり逡巡しているのが実態です。

なぜこういうことが必要なのか理解できる人が増えることが、改革のためにはまず必要ではないかと感じております。

プロフィール:宮本みち子 (放送大学教養学部教授/日本学術会議連携会員)

東京教育大学文学部経済学専攻・社会学専攻。お茶の水女子大学家政学研究科修士課程修了。社会学博士。千葉大学教育学部教授、ケンブリッジ大学客員研究員を経て現職。労働政策審議会委員、中央教育審議会キャリア教育・職業教育特別部会委員、内閣府若者の包括的自立支援検討会座長等を歴任。主な著書・論文に「若年層の貧困化と社会的排除」(『新たなる排除にどう立ち向かうか』所収(森田洋司監修、学文社、2009年))、「若者の貧困をみる視点」(『貧困研究』第2号所収(明石書店、2009年))、「若者政策の展開―成人期への移行保障の枠組み―」(『思想』第3号所収(岩波書店、2006年))、『若者が社会的弱者に転落する』(洋泉社、2002年)などがある。