事例報告3: INAXにおける女性の活躍推進
女性が働き続けることができる社会を目指して
第46回労働政策フォーラム(2010年6月3日)

事例報告3:INAXにおける女性の活躍推進

株式会社INAX経営管理本部人事・総務部 EPOCHダイバーシティ推進室長 桑原靖子氏

弊社では、2004年夏にダイバーシティ推進に関するプロジェクトを発足させた。その第一歩として、女性に焦点をあて、2005年10月には人事・総務部内に「EPOCH女性活躍推進室」を設置した。プロジェクトの発足からすでに5年が経過しているが、出来うることから手当たり次第に、いろいろなことを試してきた、というのが実際のところだ。

弊社は愛知県常滑市に本社があり、主な事業として、タイル建材、トイレ・バス・キッチンといった住宅設備機器の製造・販売を行っている。

社員構成で特徴的なことは、女性社員が約35%もいることだ。商品の検査やアッセンブルといった仕事は女性のほうが向いている傾向もあり、昔から女性社員の比率は高く、2004年度の段階でも30.3%あった。現在、女性管理職の比率は2.8%。5年前は0.2%だったので、徐々にではあるが、増えている。

ダイバーシティを社内に進めるにあたっては、いつもチャールズ・ダーウィンの「生き残る種というのは、最も強いものでもなければ、最も知的なものでもない。最も変化に適応できる種が生き残るのだ」という言葉を使っている。すなわち、現在の企業を取り巻く環境の変化に迅速かつ柔軟に対応するためには、多様な属性や価値を取り入れる必要があり、これがダイバーシティを推進する意義だと社内に伝えている。色々な価値観、感性、背景、生活環境をもつ人たちが戦力になれば、ビジネスの輪はどんどん広がるし、盲点もなくなるはずだ。

活動の具体例

私が所属するダイバーシティ推進室は、昨年10月までは「女性活躍推進室」という名称で、これは当初、ダイバーシティのうち、女性をフォーカスした取り組みを進めていたことによるものだ。なぜ女性が最初かといえば、女性は多くいるのに、管理職は少なく、また平均勤続年数が短い。逆に考えると、人材の能力活性化という意味では、女性はもっともポテンシャルが高いと言える。さらに、お客さまの半分は女性なので、顧客ターゲットに近い感性を生かせる舞台があるということだ。

室名の頭についている「EPOCH(Encouraging People and improving Organizational Capabilities for High performance)」(=高い業績を実現する、人材の活性化と組織能力開発)は、当初社内でなかなか認知されないこともあり、言葉の定義を作って周知するといったことも行ってきたが、現在ではその定義よりもEPOCHにより何を目指すかを前面に出している。その中で、EPOCH活動の3本柱( (1)活躍促進 (2)風土醸成 (3)阻害要因の解消)をつくって、それらに沿った施策を展開し続けているところだ。

本日のテーマは「女性が働き続けることができる社会を目指して」なので、その柱の中で女性が働き続けるためにどのようなことを行ったかという視点にしぼってお話ししたいと思う。

まず、支援策の1番目として、弊社でも女性の継続就業に関するロールモデルが不足していることから、その可視化に以前から取り組んでいる。当初は役職登用者、リーダー層で活躍している女性をイントラ内で「EPOCHの星」として、紹介することからスタートした。各女性社員について、入社動機に始まり、仕事をしている上で何につまずいたのか、それをどう乗り越えたのか、楽しかったことは何か、仕事と私生活にどのように工夫をつけているのか、といった情報を掲載している。

次に「もっと身近なロールモデルを」という社内の声を受け、30歳前後の中堅層で活躍している女性のロールモデルを「EPOCHの新星」として掲載することも始めた。

当初、イントラを見ているのは女性ばかりだと思っていたのだが、社内で話を聞くうち、男性管理職も見ている人が多いことに気づいた。そこで「EPOCHの星」に登場予定の女性管理職に、自分の転機を与えるきっかけとなった上司を指名してもらい、その時のエピソードなどもセットで掲載するようにした。

さらにこれを発展させ、管理職として活躍している男性が、どのように仕事をしているのか、自分を成長させたエピソードなどの情報を「EPOCHの男性」として掲載しているほか、『チーム』に焦点を当てた「EPOCHの星座」を紹介することも始めた。イントラには2週間ごとに新たな情報をアップしているが、月々4,500件くらいのアクセスがある。

支援策の2番目は、コミュニケーション・スキルとコンセプチュアル・スキルの習得に主眼を置いた「EPOCHリーダー研修」の実施だ。とくにコミュニケーションについては、ダイバーシティを推進する上で一番のキーではないかと思う。ミスコミュニケーションが起きた場合、男性同士であれば個別に呼び出して指導したり、「飲みにケーション」の場で軽く指導したりできるようだが、女性に対してはなかなかそのような指導がされない場合が多い。また女性は思っていることをストレートに言う傾向があり、若いときはそれでよくても、だんだん資格があがってくると、通用しなくなることも多いという話をよく聞く。

かつての高度成長期の日本は男性が働き、女性が家を守るというすみ分けが一般的で、それを前提にビジネス社会が成り立っていた。今は、激動の時代に対応するために変っていかなくてはいけないが、すべてを否定するのではなく、基礎となる価値観や背景を女性側も踏まえた上で、コミュニケーションしていく必要がある。こうしたコミュニケーション・スキルに加え、物事を全体的に捉えて、客観的に課題分析した上で、前向き・建設的に思考するためのコンセプチュアル・スキルの習得も目指している。

これらのスキルを習得するにあたっては、柔道や華道のようにまず「型」を覚えることを重視した。型を使っていくうちに、コミュニケーションに必要な「心」を知り、さらには「技」も磨かれていくいうコンセプトで進めている。

こうした取り組みを4期続けて何が変わったかというと、例えば、倶楽部活動と称し、社長提言できるようなレベルの商品を考えてみようとか、能力開発の一環として速読教室をやろうとかそういった自発的な動きが現れはじめたことだ。

支援策の3番目として、異業種合同研修を開催している。これは自社内にロールモデルが少なければ、他社のロールモデルをシェアすればよいという発想から始まったものだ。内容はキャリア開発やリーダーシップといったヒューマンスキルをテーマとしたものが多いが、グループディスカッションを充実させると受講者の満足度が格段と高まる。後でヒアリングしてみると、受講者本人だけではなく、その上司も刺激を受けているようだ。

支援策の4番目として、「一人ひとりの自律と成長のためのヒント」をテーマとした意識啓発用の冊子を全社員に配布している。社員の自律を促すといっても、具体的にどのようにすることが「自律」なのかわからない者も多い。また依存型であっても自分が人に依存していることに自覚がない場合がほとんどだと思う。そこで、一人ひとりがどう行動すれば、自律できるのかという具体的な行動のヒントをたくさん集めて、冊子に盛り込んだ。冊子の効果は今のところ実感できないが、こうした積み重ねが4年後、5年後に効いてくるのではないかと考えている。

ハード面での支援策

これまでソフト面での支援策を紹介してきたが、次に制度などハード面での支援策を紹介する。私は常々、働きたい社員が辞めざるをえない状況を少しでも減らしたいと考えていた。そこで2006年1月に「カムバック・エントリー制度」を制定した。これは結婚、配偶者の転勤、出産、育児、介護などやむを得ない事情で退職する社員にエントリーしてもらうもので、正社員として復職できる道を作ったものである。ただし、希望する社員全員が正社員として復職できるわけではなく、希望勤務地でのオファーがあり、採用選考に合格しなければならない。制度ができてから、2010年5月現在で19人の復職が確定している。正社員ではなく、最初はパートとして復職したいという声が多いことから、弊社グループの人材派遣会社にも登録できる仕組みにしている。

他にはエリア採用の社員を対象とした転居者活用制度を設けた。結婚や配偶者の転勤など、やむを得ない理由で転居が必要な場合、転居先の事業所で求人の需要があれば異動を認めるというものだ。異動希望者のために新しく仕事をつくることはしないことを前提に、人事部が介入し、異動希望のエリアに欠員があるかどうかを確認するといったしくみで実施している。制度が出来た当初は都市圏や本社エリアへの異動が重なるのではないかと心配していたが、意外に全国に散らばっている。今のところ、28人から申請があって、27人の異動が確定しているところだ。

育児支援策に関しては、休業期間をやみくもに延ばさず、両立して働ける環境作りを模索している。現場の声を聞くと、確かに、休業期間を延ばして欲しいという声は多い。だが、休業期間を延ばして、フルタイムで働けるようになるまで待っていると、いつまでたってもフルタイムで働くことを前提とした運用しかできなくなってしまう。育児短時間勤務制度を利用しながら、働いている人が現場にいれば、そういった人たちの働き方も考えやすいのではないか。

妊娠時から復職までの支援も手厚く行っている。妊娠という本来なら幸せな出来事が職場のミスコミュニケーションにつながることがないよう上司と部下のための対応マニュアルを作成した。このマニュアルは女性社員が休職や短時間勤務を行っている間、いかに仕事を円滑に進めるかという観点からつくられている。例えば、マニュアルには、休職する女性社員のための仕事の棚卸し表が盛り込まれており、上司はそれをもとに仕事の優先順位を把握した上で、他の社員に仕事を割り振る際の参考とするという仕掛けだ。

2008年4月からは復職カウンセリング制度も行っている。この制度は、育児休業者に対し、復職前と復職してから3カ月後に面談を行うというものだ。育児休業者のモチベーションを上げることがねらいなので、人事部門のうち育児休業経験者がカウンセリングにあたるようにしている。

また、休業中の「浦島太郎状態」を改善するため、ソーシャル・ネットワーキング・サービスを利用したウェブコミュニティーを2008年から立ち上げている。休業中に自宅のパソコンや携帯電話からアクセスすることができる。会社の様々な情報や、ロールモデルなどの情報を掲載しているが、月々2,100件ほどのアクセスがある。

さらには労使共同で「次世代育成支援対策推進委員会」を開催し、次世代育成支援対策法への対応など様々な活動を行っている。

これまで紹介してきた活動の結果は、成果というよりはむしろ、ダイバーシティの実現に向けたプロセスではないかと考えている。ただ、プロセスを数値化すると、女性の管理職比率が2005年10月には0.2%だったものが、2010年3月末には2.8%まで増加するなど、ポイントの上昇がみられる状況だ。

今後の課題としては、ソフト面ではミスコミュニケーションの回避が最も重要だと思っている。一方、ハード面では、海外赴任に同行する従業員でも休業が取れるようにすることなどを検討しているところだ。