事例報告2 リコーのダイバーシティ推進とワークライフ・
マネジメントへの取り組み:第46回労働政策フォーラム

女性が働き続けることができる社会を目指して
(2010年6月3日)

小谷美樹氏:労働政策フォーラム事例報告(2010年6月3日)/JILPT

事例報告2:リコーのダイバーシティ推進とワークライフ・マネジメントへの取り組み

株式会社リコー人事本部グローバル人事部ダイバーシティ推進チームリーダー 小谷美樹氏

弊社の経営理念は、創業者、市村清が打ち出した創業の精神「人を愛し、国を愛し、勤めを愛す」という三愛精神に基づき、制定された。その中で、「私たちの行動指針」として、「自ら行動し、自ら創り出す(自主創造)」「相手の立場にたって考え、行動する(お役立ち精神)」「会社の発展と個人の幸福の一致(人間主体の経営)」を定めており、人材開発の仕組みを考える上での基本的な考え方となっている。とくに女性に限らず、社員全員が働きやすい環境をつくるという考え方はこの「人間主体の経営」から始まっているものだ。

弊社の製品のほとんどは法人向けのオフィス機器だが、一部で個人向け商品も扱っている。売上げ規模を地域別にみると、日本で9,383億円、ヨーロッパで5,234億円、アメリカで5,028億円となっている。2007年度ぐらいから、海外売上比率が50%を超えており、2009年3月期現在で55.1%になった。そういった状況で、中期経営計画の中でグローバル化が重視されるようになってきた。

人員数はリコー単体で約1万2,000人、グループでは約11万人となっている。リコー本体の社員1万2,000人のうち、女性の割合はわずか14%だ。弊社はメーカーなので、社員の約8割が技術系の社員という環境のため、なかなか女性社員の数を増やすことが難しい状況だ。ただ、子どもをもって働いている女性社員の割合は約4割と比較的高めとなっている。平均勤続年数は男性が17.8年、女性が16.3年と差が少なく、弊社は働き続ける女性の数は多いのではないか。しかし、課長クラス以上の女性管理職の割合は1.8%しかなく、今後の課題となっている。

取り組みの背景と目指す方向

弊社グループは長期ビジョンを、「グローバルブランドの実現」として、社員の能力と活力を向上させ、多様性を重視した人材マネジメントの確立を目指している。社内外の環境が激しく変化する中で、変化に迅速、柔軟に対応して、競争力を維持・向上させ、「元気のいい会社」になるため、1つは多様な発想、価値観でイノベーションを起こすダイバーシティ、もう1つはメリハリのある働き方に転換し、さらなる生産性向上を目指す環境づくりワークライフ・マネジメント――が必須であると考えている。現在、この2つを車輪の両輪として取り組んでいる。

だが、社内に専門部署ができたばかりということもあって、社員の間ではダイバーシティやワークライフ・マネジメントに対する認知度が低く、なんとなくは理解していてもよく話を聞いてみると各社員の理解がバラバラという状態だ。そこで、社内で議論した結果、これらをきちんと定義して、社内に広めていく必要があるという結論に達した。最近、ようやく定義がまとまり、6月にポータルサイトを立ち上げるなど、様々な媒体で社内への発信を強化し始めたところだ。

弊社におけるダイバーシティの定義は「多様な個を活かし、新しい価値や成果を出し続けられる環境作り」。これは性別や国籍だけではなく、一人ひとりの背景があって、その中で色々な価値観が生まれるのがダイバーシティということだ。さらにその中で、一人ひとりの持ち味が価値として認められ、受け入れられることこそが「ダイバーシティ推進」であると社員に伝えていく。さらにダイバーシティ推進を「自主自立」や「全員参加」といった弊社の行動規範と結び付けることで、組織力の向上につなげたい。

一方、ワークライフ・マネジメントの定義は「効率的な働き方で仕事と生活の双方の充実、よりよいアウトプット」だ。なぜ、「バランス」ではなく「マネジメント」という言葉を使うかというと、「バランス」では、一人ひとりの価値観で「どちらかが充実していればいいんだよね」と解釈されてしまう恐れがあるからだ。

これらの2つの施策が「元気のいい会社」の実現に必要な取り組みで、この2つは不可分だということを折にふれて社内で広めていきたい。

これまでの取り組みと課題

以上が現在の方向性だが、それ以前はどのような取り組みをしていたか紹介したい。90年代は人材開発の基本的な考え方である「働きやすい環境をつくる」という方針のもと、非常に大きな人事制度改革を行った。90年代初頭、バブルが崩壊し、弊社も業績が赤字に転落するという事態に見舞われた。そんな中、専門性重視、面談重視、成果重視という考え方のもとで、「個の尊重」を打ち出し、育児・介護支援、社内公募、フレックスタイム、目標面談評価、360度評価といった様々な制度を導入した。

1999年には男女雇用機会均等法が改正されたことに伴い、これまで導入した両立支援制度の運用状況を振り返った。しかし、その時点で女性管理職の数は片手で数えるほどしかいないことがわかり、この状況を改善するため、中期計画において、男女共同参画推進に関する取り組みの軸を決めた。当初の3年間は性別にかかわらず、一人ひとりの能力・成果に応じて活躍できる風土をつくっていくとの方針のもと、「意識改革」を土台に「キャリアアップ支援」と「両立支援と柔軟な働き方の仕組み整備」という3つの軸で取り組んだ。その後、次世代育成支援対策推進法が制定されたこともあり、さらに制度を見直す必要に迫られ、ワーク・ライフ・バランスを中心に施策を展開してきた。

社員へのヒアリング調査の結果、取り組みの上で一番大きな課題となっているのが「社員の意識」だということがわかった。すなわち、男性社員には女性に対する固定観念が残っている一方、女性は仕事に対するプロ意識が不足していた。女性のロールモデルがいないことやマネージャー側に女性を育成しようという意識が薄いことも問題だ。さらに制度はあっても、休職することで昇格に際して不利になるのではないかという不安が女性社員の中にあり、こうした面でのサポートも十分ではないことがわかった。

育児休職を取得すると昇格をあきらめざるをえないので、休職したくないと言う社員、あるいは取得すると昇格をあきらめてしまう社員がおり、この問題は大きい。そこで、2003年に育児休業取得社員に対するキャリアリカバリー施策を導入した。弊社では昇格にあたって、過去数年の人事評価で一定の点数を取得することが前提となっている。しかし、従来の仕組みでは、育児休職期間中は評価の点数がつかないため、復職後、再度ゼロから点数を積み上げなければならなかった。そこで、復職後の評価が揃っていなくても、休職前と復職後の評価で判定する、あるいは復職後の評価が揃っていなくても高い実績をあげていれば昇格の対象とするよう制度を改めた。その結果、女性の昇格者の数が著しく増えた。

社員意識調査で、毎年、「性別に関わらず公平に活躍する場があるか」という質問を設けているが、「ある」という回答が毎年少しずつではあるが増加している。また、育児支援制度の利用率は90年代後半から急激に増加し、2007年度には利用率、復職率ともに100%に達した。女性の退職率についても、90年以降激減し、育児や出産で辞める女性社員はほとんどいない状況になっている。勤続年数に関しても女性の伸長が著しく、男性に近づいている。その結果、2005年度には「均等企業表彰東京労働局長優良賞」を受賞するなど、対外的にも評価されつつある。

しかし、冒頭で紹介したとおり、女性管理職や管理職一歩手前の女性係長の比率は、少しずつ上昇しているものの、世の中のレベルと比べるとまだまだ低い状況で、これが弊社の今後の課題だと認識している。

さらに社員意識調査によると、女性の満足度が上昇している項目は男性よりも多く、男女差が縮小しているものの、「ビジョン、チャレンジ」「キャリアの方向性を考えた取り組み」「機会均等」の3つのカテゴリでは依然女性のほうが低く、女性社員が十分にチャレンジできていないということもわかった。

また、その他の課題としては、 (1)現行の短時間制度に対する満足度が休職制度と比べて低いことや (2)男性の育休取得を希望している人数ほど、実際の利用者数は伸びないことや男性社員の中で制度に対する認知度が低いこと (3)休職からの早期復帰やキャリアアップに向けた課題づくり、とくに本人と上司への意識付けやサポートが不足していること (4)育児、介護などのライフイベントでやむなく退職せざるを得なかった社員に対する復帰制度がないこと――などがあがっている。

現在の取り組みについて

次にダイバーシティ推進とワークライフ・マネジメントについて、現在の取り組みを紹介したい。ダイバーシティ推進の中では、「女性が活躍できる環境づくり」として、各職層に働きかける4つの施策を展開している。1点目として、将来の管理職候補層を長期的・計画的に育成していくために若い世代から意識付けをしていく。2点目として、管理職一歩手前の層に対する育成サポートを強化する。3点目として、数が少ない管理職層に対するサポートとして、社内外のロールモデルとの交流会とメンター制度を導入する。4点目として、女性のチャレンジをサポート・促進するための環境づくりとして、マネージャーに対する意識付けを行う。併せて、社員全体に対する「ダイバーシティ推進」の認知度向上策を行う。

管理職一歩手前の層の育成強化策では、部門推薦と自薦で選抜された女性職社員20数人を対象に6カ月間のOff―JTと1年間のOJTという手厚い研修を行っている。この研修は一昨年から初めて、現在2回目だ。

ワークライフ・マネジメントに関しては、 (1)意識・風土醸成 (2)両立支援 (3)働き方の見直しという3本柱で施策を展開している。 (1)に関しては意識をもっと社員全体に浸透させたい。 (2)の両立支援に関しては、単に両立できるだけではなく、「活躍できる」ための仕組みをもっと導入したいと考えている。 (3)の働き方の見直しに関しては健康でメリハリのある働き方を目指して、意識啓発や業務効率向上のための仕組みづくりに取り組みたい。

意識・風土醸成に関する特徴的な取り組みとして、2010年1月から「ワークライフ・マネジメント意識調査」を始めた。従来から行っている社員意識調査の中で、ワーク・ライフ・バランスに対する関心が毎年上がっていることから、社員の意識の変化をより詳しく調べるために別立てで行うことにした。現在、調査結果を分析しているところだが、なかなか面白い結果が出ており、今後はそれを社員へフィードバックする予定だ。

両立支援関連施策に関しては、これまでの制度に改訂を加え、育児短時間勤務の取得期間や短縮時間の選択肢を拡大したり、「支援休暇」(いわゆる積立有休)の利用条件の緩和や、付与日数、取得日数の増加などを行った。さらに4月からは時間単位で取得できる有給も導入したほか、男性の育児休業を促すために育児休業の一部有給化も始めた。また、休職者の復帰支援セミナーや男性向けの「パパセミナー」を開催した。

働き方の見直しの一環として、ノー残業デーを漸次拡大した。当初月1回で初めていたものを昨年の7月からは週2回のペースで行っている。実施率は97、8%を維持しているところだ。弊社では、最近、両立支援などの事由がある社員以外のフレックスタイム制度を休止したが、その結果、ノー残業デーの実施率が高まり、所定外労働時間も前年度比で4割ほど削減できた。ただ、単純に労働時間を削減すればいいというものではないと認識しており、開発部門を中心に工数管理を活用した業務プロセスの改善に取り組んでおり、今後は非開発部門やグループ各社へも活動を拡大していく予定だ。

さらに2010年1月から、結婚、妊娠、出産、介護などの事由による退職者を対象とした再雇用制度も導入している。

今後は、会社トップからの発信も含め、社員に対する意識浸透のための啓発活動やマネージャーに向けた意識・行動変容のための施策にも力を入れたいと考えている。