報告3:NPO法人の雇用を取り巻く現状と課題―NPO支援の立場から
地域貢献活動分野での雇用拡大の可能性
―企業分野、公的分野に続く新たな分野として

第45回労働政策フォーラム(2010年3月17日)

田中尚輝 NPO法人市民福祉団体全国協議会専務理事

NPO法人の雇用といっても言葉だけが先行しており、実際にはまだ世間の関心が薄いのが実態ではないか。今日のフォーラムを機にさらなる取り組みが進むことを期待する。

田中尚輝 NPO法人市民福祉団体全国協議会専務理事

今日は中間支援団体の立場から発言させていただく。まず、「NPO法人にとって労働とは何か」という問題がある。1998年12月1日に「特定非営利活動促進法」(NPO法)が施行された当時は大半の職員がボランティアで雇用関係がほとんどなかった。実は主要なNPO法人は介護・福祉系が多い。介護保険法が2004年から施行され、ボランティア団体が法人格を取得して、介護保険事業に乗り出すようになった。ここではじめて、労働の意味を実感するようになったという状況だ。だから、多くのNPO法人で労働問題、雇用問題を意識するようになったのは約10年前のことと考えてよい。

介護保険事業以外では、いまだ職員を雇用できる段階にない法人がかなりある。この後、登場する宮崎文化本舗は優秀な法人なので、かなりの雇用を生み出しているが、現状ではまだこうした法人は少ないと言えるだろう。

私はNPO法人の中では第1世代のリーダーにあたり、そろそろ引退しなければならない。第1世代に代わって、第2世代が徐々に育ちつつある。ここでNPOの中で雇用の問題が浮上してくる。というのは、第1世代はボランティア活動や市民活動を機にNPO活動を行っており、「給料がなくとも使命感と情熱だけで飯を食べていける」というような「奇人・変人」が多かった。しかし、新しく参画しつつある20代、30代の人たちはNPOで生活をしなければ、活動を継続することができない状況になっている。彼ら自身も「しっかり頑張ったら飯を食えるんだ」という前提のもとで活動を行っている以上、法人側もこれに対応していかなければならない。

NPOを雇用の受け皿とするための課題

こうした状況において、NPOは果たして雇用の受け皿になりうるのか。アメリカでは、常用雇用者の約8%がNPOで雇用されている。日本に当てはめると約500万人がNPOで雇用されることになり、ぜひそのようにしたいと思っている。そのためにはどのような課題があるのか。

1つは、先ほど英国の事例にもあったように、公的なサービスの受託だ。たとえば、私は介護保険分野のNPO法人のまとめ役をしているのだが、介護保険という公的サービスを受託し、事業にしていくことができれば雇用の場がどんどん広がっていくのではないか。介護保険分野に限らず、行政の仕事で役人が直接行わなくてもいいものはたくさんあり、そういった仕事をどんどん一般の労働市場に投げ出していく。「市場化テスト」などより、公共サービスが民間に委託される流れは今後も進むだろう。こうした状況でNPOが頑張れる部分は多く、かなりの労働力を吸収できる。

ちなみに介護保険分野では現在、130万から140万人が働くマーケットになっており、政府の予算規模でいうと7兆5,000億円が投じられている。その中で介護系のNPO法人はどのようなポジションにいるのだろうか。たとえば、特別養護老人ホームなどの施設は法的な規制があり、参入することができない。つまり、訪問ヘルパーの派遣やデイサービスにしか進出できない。だが、訪問介護という主要なサービス分野では、NPOは事業所数でいうと6%ものシェアを持っている。生協やJAも介護保険分野に進出しているが、NPOのシェアの大きさはこれら2つを合わせたくらいの数がある。参入当初、NPOは資本力や大きな後ろ盾もなく、民間企業に勝てるのか心配だったが、今では介護保険マーケットの中でそれなりの発言力を保持できるまでに成長した。介護分野でもここまでシェアを持てたのだから、他の公共サービスでも当然できるのではないか。

新しいマーケットの創出

公的な資金やサービスの受け皿だけではなく、新しいサービスをNPOが生み出し、マーケットをつくっていく役割を果たさなければならないと思っている。たとえば、いま一人暮らし高齢者が450万世帯を超えている。家族的機能を持たない人が450万人いるということだ。つまり、10世帯に1世帯が一人暮らし高齢者ということになる。今まで家族が行っていた機能を地域社会におけるサービスに置き換えていく作業を行わなければならず、新しいマーケットとして期待できる。食事、移動サービス、そういう部分をNPOが担う。これはものすごく大きなマーケットで、NPOが仕事を作り、労働力を集めてサービスを提供できる分野がたくさんある。現在、2,000以上のNPO法人が介護保険事業をやっており、おおざっぱに言うと、それぞれが自らの顧客を持っている状況になっている。それはすなわち、マーケットリサーチが自前でできることを意味する。そこに中間支援団体がいくつかのヒントを投げ込んで、資本力がいるものはネットワークを構築し、サービスを提供できるかたちにすると、仕事の場が大きく広がるのではないかと思っている。

今日のテーマにそぐわないかもしれないが、私は労働を企業のいろいろな活動の延長としてとらえていいのだろうかという疑問を持っている。NPOもできるだけ民間企業に近い賃金を出そうという努力はしている。とはいえ、NPOは単なる企業的集団ではなく、「世のため、人のため」に活動するわけだから、収益性の低い部門をやらざるをえない。

たとえば、私たちは白ナンバー車両による福祉移動サービスを行っている。だが、やればやるほど赤字になるため、介護保険事業で一定程度確保した金をそちらへまわさざるを得ず、結果として介護保険従事者の人件費に還元されない。したがって、民間企業と同じ仕事をしていてもNPOでは賃金は安いということが起こりうる。

優秀な労働力には高い賃金が支払われる一方で、劣等な労働力には低い賃金しか支払われない。これが世の中の常識だが、それとは別に労働の場には働く喜びや人間同士の連帯があるはずで、単に賃金計算の話では片付けられないと思う。NPOに興味を持つ人は実はこういう部分に魅かれている。だから、民間企業に行けば30万円受け取れる人でも25万円の賃金で別の喜びを見出すこともありうるのではないか。これを政策化するのは難しいかもしれないが、そういった問題意識がないとNPOなどが力を発揮できる分野の確立は困難ではないか。

政府との交渉能力を高めることが必要

昨年、政権が代わり、NPO側も変わったばかりの政権との関係にかなり温度差がある状況だ。私はNPOの世界において古参の立場として、できるだけ政府との関係をうまくまとめようと努力している。今後は、NPO側が政府との交渉能力を高めていく必要がある。それがないと、先ほど英国の事例に出てきたフルコストリカバリーなどの実現は難しい。

労働の問題にしても、NPOが自らの水準をどのように高めていくかということだけではなく、NPOを市民セクターの中核的な存在として社会的地位を向上させることとも関係している。そうした作業を同時に行わないと雇用の問題も解決されないだろう。

最後に1つだけ問題を提起させていただく。社会福祉法人は介護保険事業を行っても納税義務がない。社会福祉法人は「公益」法人と言われているが、実は親の代につくられたものを息子が引き継ぐといったかたちで世襲されているところが大半を占めており、実際には「公益」性は薄い。そうした法人が納税義務を免れ、一方でNPOが同じことを行っていても課税されるという制度は、意欲的な事業を形成する上で障害となるのではないか。