報告2:英国の社会的企業の活動の現状と今後の日本への提言
地域貢献活動分野での雇用拡大の可能性
―企業分野、公的分野に続く新たな分野として

第45回労働政策フォーラム(2010年3月17日)

鈴木正明 日本政策金融公庫総合研究所上席主任研究員

鈴木正明 日本政策金融公庫総合研究所上席主任研究員)

英国の社会的企業の特徴は政府との緊密な連携を構築し、うまくパートナーシップを築きつつ、公共サービスを提供していることにある。ここから日本の社会的企業へのインプリケーションが得られるのではないかと考えている。


「社会的企業」とは何か

図 社会的企業とは

図 社会的企業とは:労働政策フォーラム開催報告(2010/3/17)「地域貢献活動分野での雇用拡大の可能性」

そもそも社会的企業という言葉には定まった定義がないのが現状だ。ただ、その中で最大公約数的に社会的企業、ソーシャルエンタープライズとも呼ばれるが、それがどんなものかをおおざっぱにまとめると「事業活動を通じて、社会的課題の解決を目指す企業」と言うことができるのではないか。ちなみに英国内閣府の定義では、1つ目は「事業の主目的が社会的なものであること。2つ目は「利益は事業の目的、または地域のために再投資していること」。3つ目が「株主やオーナーの利益を最大化しようとする動機で活動していないこと」だ。また、このでは、3つの丸があるが、1つ目が公的セクター、2つ目がビジネスセクター、3つ目が非営利セクターだ。英国では、ビジネスセクターと非営利セクターの中間的な活動をしている団体が社会的企業と考えられている。おそらく、英国に限らず、欧米でも同様に考えられているだろう。

社会的企業が発達した背景

こういった社会的企業は1990年代の半ば、もしくは後半ぐらいから注目されるようになった。その背景の1つ目として「福祉国家の危機」があげられる。政府の財政赤字が拡大する中、また、社会が多様化する中で多様な公共ニーズが求められるようになり、政府だけでは対応できない領域がどんどん生まれてくる。そういった状況で、政府だけではなく、非営利セクターや民間セクターなど、多様な主体がこういった公共ニーズを満たし、サービスを提供していくための体制を構築することが求められるようになった。

背景の2つ目として「ニュー・パブリック・マネジメントの進展」があげられる。これは民間の手法を導入しながら、行政の効率を高めていこうというものだ。その1つとして、政府が事業のすべてを行うのではなく、専門性の高い、より高度なノウハウを持った外部に委託することで、政府の提供するサービスの質を高めていこうという考え方が生まれている。こうした状況が英国で進展する中で、公共サービスの担い手として社会的企業が位置づけられ、注目されるようになってきた。

推計で50万人弱を雇用

英国ではこういった社会的企業の数は少なくとも5万5,000社存在すると言われている。1つ1つの企業を見ると、規模はそれほど大きくなく、従業員数が9人以下のものが約半数を占めている。平均値でみても1企業あたり31人程度。中央値では10人程度で、規模の小さいところが大半だ。ただ、企業数はそこそこ多いため、かなりの雇用量を生み出しており、推計では47.5万人がこうした企業で雇用されている。これは就業者数の約1.6%に当たる数字で、この他に約30万人のボランティアが社会的企業の活動に参加している。賃金については明確な統計がないが、ヒアリング調査の結果によると、市場ベースの賃金を支払っている企業は少ないようだ。

「人の支援」と「自然環境の保全」に大きく分けて活動内容をみると、「人の支援」を目的に活動しているところが全体の77%。一方、「自然環境の保護」は5%。両方行っているところは18%だ。つまり、大半が「人の支援」に関わっていることになる。では、具体的にどんな人を支援しているのかを見ると、「障害者」「子ども・若者」「高齢者」「低所得者」「その他社会的弱者」の順で続くが、全体的には多様な社会的弱者を支援していると言えるだろう。

社会的企業側から行政に企画を提案

ここで、英国の社会的企業のイメージを持っていただくため、事例を紹介したい。1つ目はロンドンのサザーク特別区で活動している Elephant Jobsという社会的企業だ。ここは1977年に創業し、20人程度で活動している。収入は日本円に直すと1億円ちょっとというところだ。具体的にどのような活動をしているかというと、行政から事業を受託して、長期失業者に対する職業訓練の実施、ビジネスサポートとして地域の中小企業に対する経営上のアドバイス、ガイダンスの提供などを行っている。さらには地元の家庭から不要になった携帯電話をリサイクルし、ドメスティックバイオレンス抑止用の警察直通電話に改造する。それを無料で地域の住民に配るといった活動もしている。この企業の特徴は収入の大半を委託事業でまかなっていることだ。ここで注目してもらいたいのは、委託事業を受託するにあたり、まず、Elephant Jobs がこの地域に求められている事業を企画し、行政に提案することだ。行政側はその提案を判断した上で入札を行う。これに対し、 Elephant Jobsやその他の企業が応札し、結果的に質や価格を踏まえて落札者が決定される仕組みとなっている。

Elephant Jobs は30年以上、この地域で活動している団体だ。だから、地域の事業事情をよく知っており、また、地域の中にさまざまなネットワークを築いている。こうした地元に関する知識やネットワークを活用して、地域に合ったサービスを企画する能力を高めている。行政側はElephant Jobsのこうした能力を高く評価し、企画を出させた上で、入札を通じて委託先を決める活動を行っている。

たとえば、長期失業者への職業訓練の中でITや裁縫技術などの研修プログラムを行っているが、こうした企画が出てくるのもサザークがバングラディッシュからの移民が多いことに関係している。ヒアリングでは、バングラディッシュからの移民はわりと手先が器用で、数学的な能力に長けた者が多いとのことである。だから、ITや裁縫などの研修プログラムを行うことによって、地元の長期失業者に対して効果的な研修を提供できるのではないかという発想だ。

もう1つ事例を紹介しよう。リバプールで活動しているFRC Groupという企業は行政から廃品家具の回収を受託している。回収した家具を行政から無料で分けてもらい、これをリサイクルして販売する。販売先は主に低所得者向けの住宅を建設している公社だ。さらにこの企業は家具を回収してリサイクルする中で、長期失業者に対してOJTの機会を提供している。期間は12カ月。研修期間中は市場相場と同等の給与を支給する。2006年のプログラムでは受講者23人を受け入れ、そのうち約半分が就職先を確保した。

強い政府とのパートナーシップ

先ほど2つの事例を紹介したが、冒頭に申し上げたとおり、英国の社会的企業の特徴の1つとして、政府との強い関係をあげることができる。英国政府は社会的企業を公共サービス供給のパートナーと明確に位置づけている。具体的には積極的に公共サービスの事業委託を進めている。これに対して、社会的企業側も事業を積極的に受託しようと努力している。ここに英国流の政府と社会的企業の強いパートナーシップが築かれているというのが現状だ。

Elephant Jobsの事例で紹介したとおり、行政は社会的企業の提案を活用してサービスの質を高めている。社会的企業の能力を活かすために行政は委託事業の受託しやすさの向上に積極的に取り組んでいる。

その具体例をあげるならば、1つ目は複数年契約の実施だ。先ほど紹介した FRC Group では5年契約でリバプール市から職業訓練の事業を受託している。単年度契約ではどうしても先行きの見通しが立たず、社会的企業の基盤が整備されないという観点から、英国では積極的に複数年契約で事業を委託している。

2つ目はフルコストリカバリーの実現に向けた取り組みの推進だ。フルコストリカバリーとは、委託事業を実施する上でかかった費用はもちろんのこと、間接的にかかる費用についても保障する制度。長期失業者の職業訓練を行うにしても、事務所の家賃、総務や経理を担当する間接スタッフの人件費などは直接委託事業にかかるものでなくても、企業を維持していくためには不可欠な費用だ。英国ではこうしたものの一部を委託契約の中できちんと清算する取り組みが進んでいる。

3つ目は柔軟な支払条件だ。日本では委託事業を行った場合、行政からお金が支払われるまでの間、受託者が経費を立て替えなければならない。こういったことが生じないように、英国では柔軟な支払条件を取り入れようとしている。

ただ、英国では必ずしも社会的企業を甘やかしているわけではなく、かなり厳格に緊張感を持ったつき合いをしている点も見逃せない。まず、社会的企業を営利企業と同じ条件で入札に参加させている点。民間企業との競争で勝ち抜けるための力量が必要とされる。もう1つは実績評価の徹底。先ほどの職業訓練の例でいえば、複数年契約を締結しても一定割合以上の長期失業者が就職できない場合は委託契約を打ち止めることも委託契約の中に盛り込まれている。パートナーシップを築きつつ、一方では緊張関係も保っているのが英国政府のやり方だ。

社会的企業を行政サービス供給のパートナーと位置づけるとともに、その役割を果たせるよう、広範な育成策を講じているのも英国政府の特徴といえる。具体的には中間支援団体と協調しつつ、経営指導や資金調達など広範な支援策を実施している。

日本の社会的企業への示唆

今まで説明した内容を踏まえて、日本への示唆をまとめる。1点目が地域貢献活動分野で雇用を創出していくこと。その前提として経営基盤の強化が必要で、今後いろいろな議論が出てくるだろう。経営基盤を強化していく上で、日本においても社会的企業が積極的に委託事業を受注する。もしくは行政が委託事業の仕組みを改善して、受注しやすさを高めていくことがこの分野で雇用を創出していく上で重要な点なのではないか。その中で、政府、行政の役割は、社会的企業の専門性を大切にするとともに、過度に介入することなく、自立性を尊重し、事業委託を進めていくことが大事だ。

2点目が委託事業の受託しやすさを向上させることだ。日本でも先進的な一部の自治体はフルコストリカバリー、柔軟な支払条件、複数年契約を導入しているが、こうした動きがさらに広がることが社会的企業の経営基盤を強化し、ひいては雇用の創出につながるのではないか。

3点目が経営支援の重要性だ。社会的企業は一般的に人材が不足している。そうした中で社会的企業を育てていくためには、経営支援の重要性を強調しても強調しすぎることはないだろう。実際、英国でも中間支援組織の知恵を活用しながら、政府が社会的企業を育成しているところだ。日本でも中間支援組織が徐々に育っているが、政府の中間支援組織が知恵を出し合いながら、社会的企業を育成していく。これが日本でも求められていることではないか。