まとめ:第44回労働政策フォーラム
国際比較:有期労働契約の法制度
(2010年3月8日)

荒木尚志(東京大学教授)/労働政策フォーラム開催報告【報告4】(2010年3月8日)「国際比較:有期労働契約の法制度~欧州諸国の最近の動向~」

コーディネーターのとりまとめ
―欧州各国は有期契約の制限から、保護と活用の方向へ―

荒木尚志(東京大学教授)

有期契約の2つの問題

有期契約の問題は大きくは2つある。

1つは、無期契約労働者と比較して労働条件が悪いことである。このためEU指令では有期契約労働者と無期契約労働者の差別を禁止する法政策がとられている。これに従い、報告いただいた4カ国では共通して差別禁止規制が採用されている。

2つ目の有期契約の問題は、雇用が不安定であることだ。有期契約は、期間満了によって自動的に終了するので、解雇規制が直接的には適用されない問題がある。

各国ともに有期契約の問題が生じてきたのは、各国が無期契約の解雇規制を導入したときである。すなわち、解雇規制を免れるために有期契約を利用していいのだろうか、との疑問が提起された。

利用制限から無期転化を用意した活用へ

スウェーデンもドイツもそうだが、多くの国で、最初は無期契約原則、雇用契約は無期であるべきだとの原則が採用された。しかし、その後、スウェーデンでもドイツでも、有期契約利用を制限した結果、労働市場が硬直化し、高い失業率がもたらされた。そこで、有期契約に客観的理由を要求するという入口規制は緩和され、2年間については客観的な理由がなくとも使ってよいという方向に変わってきている。

イギリスでは、そもそも4年間は客観的な理由は必要なく有期契約を使えるという状況が報告された。

これに対して、フランスは、現在でも有期契約締結には基本的には客観的理由が必要だとの規制を維持している。しかしフランスでは、有期契約を締結できる客観的理由が、雇用(失業)対策的考慮による有期契約などに拡大してきている。

OECDの発表した統計による各国のパーマネントな労働者とテンポラリーな労働者(ここでいうテンポラリーは主として有期契約労働者と考えてよい)の割合は、おもしろいことに、比較的解雇規制の弱いイギリスが2008年には5.3%と低く、これに対してドイツやフランス、スウェーデンでは、むしろ有期契約の比率が高くなっている。(表参照)

フランスは有期契約を厳しく制限していることから、立法者の予想どおりに有期契約が減少し無期契約が増加する状況になっているかといえば、どうもそうではない。経営者側にとって、無期契約で雇うことと比較すれば、必要性があれば弁護士を使ってでも厳しい規制の中で有期契約を使うインセンティブがあるのかもしれない。

要するに、有期契約の規制は、無期契約の解雇規制のレベルとの相関で決まってくる。したがって、有期契約の規制だけを論じても、その規制がどのような効果を生むかは、簡単には結論を出せないという気がする。

テンポラリー労働者の割合
1995年 2000年 2003年 2004年 2005年 2006年 2007年 2008年
日本  10.5 12.5 13.8 13.9 14.0 14.2 13.9 13.9
イギリス 7.0 6.7 5.9 5.7 5.5 5.6 5.8 5.3
ドイツ 10.4 12.7 12.2 12.4 13.7 14.1 14.2 14.6
フランス 12.3 15.5 13.4 13.0 13.3 13.4 13.7 14.2
スウェーデン 15.2 14.7 15.1 15.8 16.8 17.5 16.1
EU-15 11.6 13.5 13.1 13.5 14.1 14.6 14.7 14.5

出所:OECD database "Employment by permanency of the job"

濫用は規制

もう1点、では、有期契約を安易に使ってよいかといえば、各国とも濫用的利用については規制を行っている。すなわち、イギリスでは4年間、スウェーデンでは2年間、ドイツでも2年間以上継続する場合には、無期契約へ転化する効果を与えることによって、有期契約から無期契約への移行を奨励している。

このようにみていくと、有期契約は、確かに不安定で、労働条件が悪いことから、各国ともこれを規制するところから始まった。しかし、現在では、各国とも有期契約に対して新しい見方を始めているように思われる。すなわち、失業率が高止まりする中で、失業状態から安定雇用へ移行する過渡的な形態として、有期契約を活用する必要性が認識されてきているとの印象を持った。

このように、各国の労働市場の中で、有期契約にはさまざまな機能がある。こうした有期契約の多様な側面性を踏まえて政策論も考えていく必要があろう。

質疑・応答:総括質問

日本では有期契約や派遣契約の規制をする場合、玉突き現象とか、モグラたたきといわれるように、ほかのところに問題が移るのではないかと懸念されている。

ヨーロッパではこれまでに、パートタイム労働を規制し、有期契約を規制し、派遣労働も規制した。この関連で、アウトソーシング、請負労働、とくに請負労働者の保護について、何か議論がヨーロッパであるのか教えてほしい。

バース:

(ドイツ)現在、ヨーロッパでアウトソーシングに関して、どのように労働法で対応するのかについて大きな議論がある。

アウトソーシングについてEU指令が定めている規定は、すべての加盟国で実施されている。基本的にどのような問題かといえば、ある企業の事業を実施した雇用関係の下にいる労働者は、当該業務が終了し、アウトソースされた段階で、自動的にその新しい使用者のもとに移ることになる。欧州司法裁判所では、企業の事業が別の企業に移るときに、当該事業を担うすべての労働者の雇用関係も移すべきかどうかについて議論がある。

ロキエク:

(フランス)アウトソーシングは現在、フランスでも大きな議論になっている。プロジェクト自体を他の企業に移すこと自体、大きな問題である。

場合により裁判所が、業務をアウトソースする企業とアウトソースを受け入れる企業の間の契約の性質を吟味することがある。受け入れ企業が、アウトソースする企業と従属関係にある場合には、契約の再評価を行うことがある。

さらに、情報開示の問題がある。例えば、ルノーが工場を閉鎖する場合、とくにフランスにある工場を閉鎖する場合に、クライアントはルノーだけである下請け企業が工場閉鎖に伴って破綻してしまった。このケースでは、ルノーには工場閉鎖に関するすべての情報を下請け企業に開示する義務がある。下請け企業は必ず情報を事前に知らされなければならない。これを定めた法律がある。フランスでは従業員を雇うには高いコストがかかるので、下請け企業を使う傾向が強くなっている。これは大きな問題である。

質問:

有期契約労働者を含めて、非正規労働者の雇用管理について、労働組合や労使協議会がどのような規制、関与をしているのか聞きたい。

レンマー:

(スウェーデン)スウェーデンでは、労働協約の適用を受ける使用者が労働者を有期で雇いたいのであれば、当該労働組合に通知しなければならないという規定がある。

有期契約が満了する前に、労働者が12カ月以上雇用されていた場合には、契約満了を事前に通知して協議する義務がある。

クキアダーキ:

(イギリス)イギリスではスウェーデンのような義務はない。労働組合は以前は有期契約を受け入れなかったが、現在では組合の影響力が低下したことで、それが変わってきている。また就業形態が多様化してきたため変化してきたともいえる。有期契約労働者が組合に加入し、団体交渉に参加する動きがみられるようになった。そして、従業員に対する情報提供・協議に関する新たな法律の適用があり、有期契約労働者も従業員代表のメンバーとなることができる。

バース:

(ドイツ)ドイツでは、使用者に新しい労働者を採用する方針がある場合には、まず事業所委員会(ワーク・カウンシル)に通知しなければならない。そして新しい労働者を1日だけ雇うのか、あるいは既存の有期契約を更新するのかなどを使用者は事業所委員会に伝える義務がある。

また、事業所委員会はこうした情報を得る権利以外に、一定の条件の下では、使用者の提案を拒否する権利を持っている。この場合、事業所委員会の同意を得なければ使用者は労働者を採用できない。

一定の条件とは、新しい労働者が採用された結果、これまで雇用されていた労働者が将来解雇される可能性が高まるとか、あるいは何か犠牲を強いられる可能性がある場合である。この規定は事業所組織法99条に定められている。

さらに、事業所委員会の共同決定権に関し、有期契約労働者を無期契約労働者と同じように扱うことになっている。こうした点からドイツの事業所委員会の権利は、イギリスやスウェーデンより強いと思われる。

ロキエク:

(フランス)フランスの団体交渉においては、有期契約労働者は労働者の一員として、無期契約労働者と同じように扱われている。特別な規制がそこにあってはならない。

ただ、有期労働者に対しての規定が1つある。企業内の有期契約労働者の人数、臨時労働者の人数、外注の状況について、使用者は毎年報告しなければならない。

質問:

有期契約期間の制限について聞きたい。

使用者には有期契約期間について3つの選択肢があるとの説明であった。第1の選択肢はルールに従って有期を無期に転換すること、第2の選択肢は無期に転換する期間の制限の前に有期契約を雇止めすること、第3の選択肢は法律に違反して期間満了前、あるいは満了後に解雇することであると理解した。

3つの選択肢のどれが多く用いられているかついて、各国の状況を教えてほしい。

クキアダーキ:

(イギリス)イギリスの場合、有期契約規制のインパクトについて、それほど多くの情報はない。

特定の業種、特定の分野においては、有期契約がかなり使われている。例えば、高等教育分野においては有期契約が多いといえる。

だが、統計をみると、高等教育分野の有期契約の数は減っている。2003年、2004年には45%程度であったが、2008年、2009年には35%程度に下がってる。

多くの大学では、2002年に施行された「有期契約被用者規則」に基づいて4年を経たタイミングで有期契約を無期契約に転換するようになった。しかし、これは何を意味するのか。資金調達の状況によって、4年を経ても解雇できる、無期契約に転換したとしても解雇はできることを意味する。有期契約の数は減っているが、問題は以前と全く変わっていないと考えている。

ロキエク:

(フランス)有期契約の期間の制限について、フランスでは大きな問題がある。この問題は、「効率的な契約違反」と呼ぶことができる。この考え方はアメリカから渡来したといえる。

使用者はコストを計算し、ルールを尊重して労働者を継続して雇用すべきか、あるいは法律を犯してでも労働者を解雇すべきかを選択している。

フランスの法律の下では、解雇にかかるコストを考慮しなければならない。大企業で資金が潤沢であれば、解雇のコストは無視できる。使用者は、有期契約の期間を2~4年にできる、無期契約とすることもできる。コスト計算して、2~4年の有期契約や無期契約よりも、法律違反をしたほうがコストが安い場合は、法律を犯してでも労働者を解雇する。これがフランスの状況である。

つまり「効率よく法律を犯す方法」がフランスではまかりとおっている。

質問:

先ほどの荒木先生のとりまとめでは、有期契約の機能の1つとして、失業から安定雇用への移行の手段としての機能があるとのことであった。

しかし、日本の現実では、若者たちが有期契約から抜けられなくて、安定雇用を脅かす存在として有期雇用がある。有期契約に一度入ってしまった若者たちは、そこから抜け出して、安定雇用に就くことは難しい。有期雇用は、無期雇用に対する脅威的な存在になっているのが現実である。

欧州ではどのような現実がみられるのか聞きたい。

荒木:

有期契約の機能の1つは、失業問題に対処することだ。そのために各国が有期契約を活用する時代になっているが、有期契約が本当に良好な雇用につながるように使われているのだろうか。

レンマー:

(スウェーデン)スウェーデンでは、若年層は有期契約や試用期間を通じて、無期契約に移ることができている。

また、一部の業種では、新しいルール、つまり最大2年の期間を上限とするルールが、有期契約を本当の意味での無期労働契約に転換させていると考えている。こうした使用者の行動は、以前はみられなかった。スウェーデン政府は現在、新しい法案を準備している。この法案は、こうした現在の有期契約をめぐる展開を推し進めようとするものである。

ロキエク:

(フランス)フランスでは若年層の失業対策に使われた手法が2つある。

1つは有期契約により、若年労働者に訓練を提供する。有期契約で仕事をしながら訓練を受ける。これは、今もある制度であるが、それほどうまくいっていない。

2つ目の手法は、政府が4年前に導入しようとした手法である。26歳以下の労働者を無期契約で雇用する場合は、雇用して2年間は「解雇の正当な理由の要件」を不要とする政策である。これは成功しなかった。フランスのほとんどの学生が反対しストに入り、大学では3カ月間、授業がなくなった。このため政府は、この政策を中止した。

荒木:

最後に提起された問題は非常に重要である。有期契約を良好な雇用に結びつけるために、ヨーロッパでは有期雇用を使っていい期間を2年とか4年とかに定め、これを過ぎれば無期契約に移行する制度を用意している。このような制度なしで有期契約を用いると、有期雇用のまま労働者を使い続ける問題が出てくる。

しかし、2年とか4年という客観的な上限を定めた場合、上限に達する前に使用者が雇い止めをしてしまうことがあり、上限規制がなければ続いたであろう雇用が失われるという副作用があることも報告された。

この両面に考慮して規制の方向を考える必要があると思う。

プロフィール

荒木尚志/東京大学教授、JILPT特別研究員

1985年東京大学大学院法学政治学研究科修士課程修了後、同大学法学部助教授を経て、2001年より現職。法学博士。東京都労働委員会公益委員などを兼務。

最近の著書は、『雇用社会の法と経済』(共編著、有斐閣、2008)、『労働法』(有斐閣、2009)など。