報告1:イギリスの有期労働契約規制 ―待遇改善を図りつつ有期労働の活用促進―
国際比較:有期労働契約の法制度
第44回労働政策フォーラム (2010年3月8日)

<報告1>イギリスの有期労働契約規制
―待遇改善を図りつつ有期労働の活用促進―

アリステア・クキアダーキ(ケンブリッジ大学リサーチフェロー)

統計上正確な把握が困難な有期契約

最近まで、イギリスでは有期労働あるいは有期契約について法律上の定義がなかった。このため有期労働に関して、文献も、統計的な調査も正確性を欠いていた。そこで最初に、有期労働とは何を意味するかについて述べたい。

有期労働とは、ある個人がある特定の期間、雇用契約のもとで雇用されることである。これが通常の有期労働の定義だ。この定義の中には、季節労働者、誰かの不在時に短期的に不在をカバーするために雇われる者、契約で雇われ一定期間が過ぎれば契約が更新される者も入る。

労働力調査では、臨時労働、非典型雇用についての調査を行っている。臨時労働には有期労働も含まれている。調査結果では有期労働の比率は少ない。しかし、この調査結果はあまり正確ではない。

84年には、労働力の5%が臨時労働であった。臨時労働は90年代には増加し、97年には全労働力の8%を占めるにいたった。この8%のうち半数は有期契約で雇用されていた。しかし、97年以降、臨時労働は減少し、2007年には6%となった。このうち44.1%が有期契約労働者であった。

この労働力調査の有期労働の定義には問題がある。調査に回答した労働者自身、自分を有期労働者と定義している場合と、そうでない場合がある。実際にかなりの有期契約労働者が自分をパーマネント(無期雇用)と称していたことが分かった。雇用契約は有期であったとしても、契約が更新されるので、自分は無期雇用労働者だと考えているわけである。したがって、実際には非典型雇用の比率が全労働力の10%を占めている可能性もあるといわれる。

有期契約と労働市場の特徴

有期労働で働いている男性の比率は、女性より低い。臨時雇用の中で男性は41.6%、女性は46.1%が有期雇用である。女性の有期労働者は公務員や、教育、医療などに従事している。男性の場合は、建設業や製造業などで働いている。

有期契約は、黒人やアジア系のマイノリティーに、より一般的にみられる。全体として、有期契約労働者の大半は、下級管理職か、専門職であるといえよう。有期契約が拡大しているのは、医療、教育部門である。

有期労働者の場合、無期契約労働者と比較して、賃金が低い、年金に加入できない、病欠時に賃金が支払われない、雇用の不安定などの不利益な点がある。また、教育訓練も限定されているケースが多い。

こうした不利益について、有期労働者の中でバラツキがみられる。不利益の程度は、雇用形態、勤続年数、職業によって異なる。例えば、有期契約の専門職の賃金は、季節労働者と比べてかなり高い。しかし、教育訓練、職場協議などへのアクセスの機会は、有期契約の専門職にはない。

有期労働立法の経緯

以下では、有期労働のこれまでの主な規制の経緯を振り返りたい。

99年のEU指令が実施される前のイギリスの状況は、ある意味で日本と似ている。イギリスでは伝統的に規制の手段が団体交渉に依存していたために、非典型労働者は疎外されていた。非典型労働者は、ほとんどは組合に加入していないからである。

コモンロー、判例法、あるいは制定法でも、有期契約の期間に対して上限、下限を設けていなかった。また、法的に有期契約を連続して使用する回数を制限する規制もみられなかった。

有期労働の概念が法的、政治的な議論になってきたのは、71年に不公正解雇法が導入された結果である。この法律によって、有期契約の更新をしないと解雇とみなされることになった(編集注=イギリス法は、期間満了による契約終了を解雇とみなして解雇規制に服させるユニークな法制を採用している)。これは有期雇用契約労働者にとって、重要な労働立法上の変更であった。

労働政策フォーラム開催報告【報告1】(2010年3月8日)「国際比較:有期労働契約の法制度~欧州諸国の最近の動向~」/独立行政法人 労働政策研究・研修機構(JILPT)

しかし、この変更を補うために、不当解雇や剰員整理手当の権利に関する「待機期間」が設けられた。その結果、有期契約労働者が、剰員整理あるいは不当解雇に関する権利を行使するために必要な勤続年数(雇用の「継続」)を確保することは困難であった。

また、有期契約労働者は、不公正解雇や剰員整理手当についての権利を、契約期間が2年以上の場合には放棄することも可能となった。99年の雇用権法によって、この放棄は、不公正解雇については廃止されたが、剰員整理手当については維持された。

しかし、明るい面もみられた。有期契約労働者は、差別禁止に関して一定の保護を受けるようになった。また、最低賃金、労働時間、人権についても保護を受けるようになった。これは、イギリスの労働法の中で、労働者に関する定義を拡大した結果である。

EU指令に基づく規則

こうした状況の中で、99年にEU指令が採択された。EU指令の重要な点は、(1)有期契約労働の質を高める、(2)濫用を防止する、との2つの目的を打ち出したことである。EU指令は「常用労働が原則である」とは規定していないが、有期契約に関して、使用者あるいは労働者のニーズに応えることもあるといっている。

イギリスはEU指令が採択された時点では、有期契約労働者が最も少ない国の1つであった。

EU指令に対応してイギリスでは、「有期契約被用者規則」が2002年に採択、施行された。EU指令では明確に「すべての労働者に適用される」と定めているが、イギリスの規則では「被用者(employee)にのみ適用される」と定めている。イギリスの規則では、派遣労働者、軍人、訓練生、訓練契約をしている者などは適用対象外とされた。すなわち、イギリスの規則はEU指令と合致していないことが特徴である。

このようにイギリスの規則は、EU指令と比較して適用労働者の範囲を狭く規定したが、一方ではこの規則は従来よりも適用労働者の範囲をかなり広く定義したといっていい。例えば、ある特定のことが発生したか発生していないかによって、契約更新をするか否かを決める場合、更新しなければ解雇とみなすと規定している。

また、この規制によって、先に述べた有期契約労働者の「剰員整理手当の放棄」というオプションは廃止された。とはいえ、剰員整理手当に関する2年間の「待機期間」は残されている。このため有期契約労働者は人員整理された場合、剰員整理補償手当を請求するためには2年間勤務を継続しなければならない。多くの場合、これによって補償手当の請求はかなり限定されてしまうといわざるを得ない。

「有期契約被用者規則」の問題点

「有期契約被用者規則」が定める主な権利は、EU指令にしたがっている。このためイギリスの規則でも、ある特定の条件さえ満たせば、使用者は無期契約と同じ権利を労働者に提供することになる。例えば、継続された有期契約で、継続してある労働者が雇用される、そして4年以上雇用が継続した場合、この契約を制限している期間は無効になる。具体的には、4年の雇用契約が最初に締結された日、あるいは直近の契約更新の日から、期間の定めは無効になる。

「有期契約被用者規則」の中に具体的規定があるわけではないが、有期契約が客観的理由によって締結されている場合は、有期契約を無期契約に変更しないことができる。有期雇用期間が4年を過ぎたとしてもである。ただ問題は「有期契約被用者規則」の中で、客観的理由の解釈が明確でない点である。そこで、客観的理由の解釈は裁判所が下すことになる。

この客観的理由の解釈が、「ボール対アバディーン大学」事件の裁判で問題となった。アンドルー・ボール博士は有期契約で雇用された研究者である。ボール博士は、3回連続して有期契約を更新されていた。これにより9年以上にわたって雇用されていたことになる。

問題の焦点は、ボール博士に有期契約を無期契約に転換する権利があるか否かであった。スコットランドの裁判所では、欧州司法裁判所における判断と照らし合わせて、「外部からの資金提供による雇用であったことが、直ちに有期雇用を正当化するわけではない」と判断した。

高等教育分野において、「ボール対アバディーン大学」事件の判例は大変重要になっている。イギリスの教育分野では現在、外部からの資金提供が重要になっているが、この資金提供を理由に使用者が有期雇用を利用することができなくなった。以前は、学校の教員については9年間を上限に有期雇用を利用できることになっていたが、2009年から「外部からの資金提供」を客観的理由として使うことはできなくなった。

「有期契約被用者規則」(8条5項)が定めている「無期契約への転換に必要な期間」や「有期契約を正当化する客観的理由」を、労使協定あるいは労働協約によって変更することができる。協約によって、より低い基準を設定したり、より高い基準を設定することができる。

均等待遇

EU指令には均等待遇の規定がある。有期契約労働者を無期契約労働者と比較して不利に取り扱ってはならないとの規定である。これを実現するためには多くの障害がある。不利益であるか否かは、労働者にしか分からない。仮説的な比較ができないという限界があるといわざるを得ない。

「有期契約被用者規則」はこの点について、かなり批判を受けている。規則は、比較可能な無期契約労働者を、同一の使用者に雇用され、同一のまたは類似の労働に従事しており、同一の事業所である場合にのみ認められると定めている。この規定にしたがうと、有期契約労働者が、均等待遇を受けていないことを証明するために、比較対象となる無期契約労働者を探すことは極めて難しい、との批判である。

さらに、「有期契約被用者規則」では、使用者は、客観的理由によって処遇の不平等を正当化することができると定めている。使用者は、特定の理由があれば有期労働者を不利益な状態に置くことが認められる。複雑なことに、場合によっては、有期契約労働者の待遇が無期契約労働者よりも高い水準となっている場合がある。

EU指令の影響

EU指令は、イギリスの労働法に対して重要な影響を及ぼしている。EU指令によって、均等処遇の原則が取り入れられ、有期契約をどれだけ継続できるのかが決まってきた。しかし、イギリスの国内法が果たしてEU指令と本当に合致しているかといえば、まだ疑問が残る。最近では、使用者は、客観的理由で有期雇用を継続、更新する場合には、厳密に審査されることになっている。

とはいえ、ここで強調したいことは、EU指令に基づく規則は、非典型労働者の待遇の改善に結びついていることである。イギリス政府は、有期雇用契約の待遇改善を図りつつ雇用システムに柔軟性をもたらす有期契約の利用促進を図っているといえるだろう。

質疑・応答:イギリス

荒木:

基本的にイギリスは政府による労働市場規制が比較的弱い国であったが、EU指令の影響の下で、どのように有期契約が規制されるようになったかについて説明していただいた。イギリスは、有期契約について4年間の上限規制というEU加盟国の中では比較的緩やかな規制を導入しているようである。

質問:

有期契約労働者の雇用安定について聞きたい。例えば、有期契約の労働者で1年以上雇用され、1年間の不公正解雇に関する「待機期間」を経過したケースで、もし当該労働者の有期契約が更新されなかったり、無期契約労働者は全く解雇されていないのに有期労働者が人員整理で解雇された場合、これは不公正解雇に当たるのか。有期と無期の間に差別が存在することになるのか。あるいは使用者にとって、無期労働者よりも有期労働者の解雇が容易であるのか。有期雇用にはどのようなメリット、デメリットがあるのか。

クキアダーキ:

有期契約労働者と無期契約労働者の処遇には確かに大きな違いがある。
だが、イギリスでは、無期契約労働者の雇用保護もそれほど手厚くはないが、有期労働者にも無期労働者と同じ権利がある。待機期間を過ぎていれば、解雇手当、剰員整理手当を要求できる。したがって、イギリスの労働法では有期労働者は常用労働者と同じ扱いを受けることになっているが、実態としては、有期労働者の雇用安定に関する保護は限定的であるといわざるを得ない。

質問:

説明のあった均等待遇に関して、比較対象となる労働者について確認したい。例えば、有期契約で6カ月働いており、有期契約が3回更新されている労働者の場合には、比較対象の無期契約労働者も6カ月働いた者なのか、あるいは2年半働いた者なのか。

クキアダーキ:

「有期契約被用者規則」では、広義に同じような労働者と比較すると定めている。どれ位の期間、雇用関係がある労働者と比較するのかは定義されていない。裁判所でもこの点は大きな問題となっている。比較対象は無期契約労働者であるが、最近では裁判所は、全く同じ職業でなくていい、広義に同じような職であれば比較対象になると判断している。

質問:

有期労働者が、例えば2年半の間に得た権利は蓄積されるということか。

クキアダーキ:

そうだ。継続的に雇用されている場合には、権利も蓄積される。しかし、問題はこの継続が途切れた場合である。イギリスの裁判所では、継続中断について厳格な定義を採用している。

プロフィール

アリステア・クキアダーキ/ケンブリッジ大学リサーチフェロー

2000年トラキア・デモクリトス大学(ギリシャ)法学部卒業後、2002年マンチェスター大学の国際商法法学修士取得、ワーウィック大学PhD. リサーチャーなどを経て、2006年より現職。

最近の著書は、"The Establishment and Operation of Information and Consultation Arrangements in a Capability-Based Framework",Economic and Industrial Democracy, 2010(近刊)、"Case Law Developments in the Area of Fixed-Term Work", Industrial LawJourna(2009) など。