事例報告3 地域総がかりで取り組むキャリア教育支援
—大阪における支援活動 :第41回労働政策フォーラム

日本とアメリカのキャリア教育最前線
学校・地域・産業界をいかにつなぐか
(2009年10月14日)

吉田 聡/労働政策フォーラム(2009年10月14日)開催報告

大阪キャリア教育支援拠点運営協議会事務局長 吉田 聡

本日は「地域総がかりで取り組むキャリア教育支援」をテーマに産業界における取り組みを紹介させていただきます。ご報告させていただく内容の一点めは私ども大阪キャリア教育支援ステーションが設立された経緯、二点めが私どものおもな支援活動、三点めはキャリア教育支援を地域総がかりで行うための連携体制の構築についてです。

ステーション設立の経緯

まず、一点めの私どもが設立された経緯ですが、その前に私どもを設立した大阪商工会議所がなぜキャリア教育に取り組んでいるかというところから説明させていただきます。発端は平成8年頃にさかのぼります。当時、会員企業の間で、最近の新入社員の様子が以前と少し変わってきたことが話題になりました。たとえば、危険な場所に平気で近づいたり、知っていて当然と思われることを知らなかったりということがありました。ひらたく言うと「ちょっと変やな」という感覚で、ほどなくそれは危機感に変わっていきました。図1が、その当時話し合われていた危機感の内容です。

図1 「モノづくりのためのヒトづくりをめぐる3つの危機感(抜粋)

図1 「モノづくりのためのヒトづくりをめぐる3つの危機感(抜粋)/労働政策フォーラム(2009年10月14日)開催報告

そこで「モノづくりのためのヒトづくり」というような観点から、現状を踏まえ、産業界にとどまらず社会全体に必要な取り組みを検討し、提言というかたちにまとめました。提言の中には産業界を担う人材育成のグランドデザインの策定や産業界による理数科教育支援の実施、産業界と教育界の「対話」によるミスマッチの解消といったものが含まれていました。

ちょうどその頃、ニートなど職業観が未成熟だったり、就業意欲が低下している若者の存在が世間でも取り上げられていました。商工会議所でも「学ぶこと」と「働くこと」を関連づけるキャリア教育について、産業界との連携が不可欠であるという認識をもち、教育界、産業界、地域全体が協力してキャリア教育を推進する組織をつくる必要があるという結論に至りました。

それ以降、商工会議所ではいくつかの取り組みを行ってきました。1つは平成16年5月に企業の人事部長111人、若手社員895人を対象に「企業が求める若手人材調査」というアンケート調査を行いました(図2)。人事部長、若手社員とも求める人材像は一致しており、たとえば、「本質を見極め、自ら課題を発見している」「人に関心があり、世代や価値観を超えてコミュニケーションをしている」といったものがあげられていました。これらの能力がどこで培われたかについて設問で聞いたところに、学校のクラブ活動やアルバイトという回答が目立ちました。こうした社会的体験が企業で働くうえで必要な能力を身に付けるためのキーになっているのではないかと思います。

図2 企業が求める若手人材像調査の実施(H16年5月)

図2 
企業が求める若手人材像調査の実施(H16年5月)/労働政策フォーラム(2009年10月14日)開催報告

平成17年に、大阪におけるキャリア教育の方向性について議論した結果をまとめた「大阪におけるキャリア教育推進プラン」を発表しました。この中で「タテ(小中高の学校機関)、ヨコ(企業、教育界、行政など)が連携して社会全体でキャリア教育を推進するための拠点」を設立するという構想を提唱しました。これを受けて、平成17年7月に「大阪キャリア教育支援拠点運営協議会」が設立され、大阪キャリア教育支援ステーションの活動を開始しました。以上がステーション設立の経緯です。協議会は法人格はなく、賛助会員制の任意団体というかたちをとっています。平成20年度末の会員数は法人約100社、個人40人です。

ステーションによる支援活動

二点めの私どもが行っている主な支援活動ですが、図3のとおりになります。1の社会人講師の紹介については、最近は生徒だけでなく、教員や保護者への研修にも派遣を行っています。皆さんもお気づきのとおり、これからのキャリア教育では保護者の役割が非常に重要になってくるため、より一層この取り組みを進めたいと考えています。

図3 主な支援活動
~学校現場のニーズにこたえる活動を中心に~

図3 主な支援活動~学校現場のニーズにこたえる活動を中心に~/労働政策フォーラム(2009年10月14日)開催報告

2の社会人講師、職場体験・インターンシップの受入先紹介について、平成20年度の実績は図4のとおりです。社会人講師の紹介にせよ、職場体験の受入先紹介にせよ、私どもが実行プログラムを組み立てるのではなく、学校側で組み立て、足りない分を私どもが補っていくというやり方のほうがよいのではないかと考えています。

3のキャリア教育に関する情報提供としては、企業向けに「企業向け職場体験受入手引書」を作成しています。また、全国の企業、団体、NPOなどから提供されているキャリア教育関連プログラムを整理して、インターネットで検索できるようにした「キャリア教育ナビ」を公開しています。

図4 社会人講師、職場体験・インターンシップ紹介

図4 社会人講師、職場体験・インターンシップ紹介/労働政策フォーラム(2009年10月14日)開催報告

4のキャリア教育啓発活動として、教育界、産業界などから著名人を講師として招き、教育界、産業界、保護者、地域などを対象としたフォーラムを開催してきました。また、産業界向けにキャリア教育支援に携わった企業の事例を紹介するセミナーも開催しています。キャリア教育支援に関わることで担当者がどう変わったのか、会社にどんな変化があったのか、あるいは生徒の保護者をはじめ、地域が会社を見る目にどのような変化があったのかということを伝えることが目的です。キャリア教育支援は、社会貢献だけではなく、担当した社員の活性化や人材育成にもつながるというメリットがあることを企業の方に伝えたいと考えています。伸び悩んでいた若手社員がキャリア教育支援を担当したことで、一皮向けたという例も実際にありました。

5の教育委員会との連携事業としては、キャリアカウンセラーの資格をもつ民間企業経験者を府立高等学校に派遣する事業などを大阪府教育委員会と行ったほか、大阪市教育委員会と大阪商工会議所が実施している小学校5年生、6年生による出店体験事業「キッズマート」や社会人講師活用型教育支援プロジェクトなども支援しています。

地域総がかりでの連携体制の構築

三点めの「地域総がかりでの連携体制の構築」の一例として、社会人講師活用型教育支援プロジェクトについてご説明します。これは企業の現役社員・OBが学校へ出向いて理科の実験授業を行うものです。授業を行う担当者の方には最先端の技術、製品と理科のつながりについて実験をとおして話すよう依頼していますが、それに加え、今の仕事を選んだ経緯や小学校の頃に興味があったことなども必ず授業に盛りこむようお願いしています。そのことが理科を学ぶことにとどまらず、理科を通して自分の将来に思いをめぐらすきっかけになることを願っています。

図5 社会人講師活用型教育支援プロジェクト

図5 社会人講師活用型教育支援プロジェクト/労働政策フォーラム(2009年10月14日)開催報告

このプロジェクトは経済産業省と文部科学省の連携により、全国で行われているのですが、地域ごとに運営方法が異なっています。大阪市の場合、文科省の実働部隊が大阪市教育委員会で、経産省側の実働部隊は大阪商工会議所です(図5)。その枠組みのなかで産業界側の商工会議所と教育界側の教育委員会がタッグを組んで、講師を学校へ派遣しています。大阪では同プロジェクトを「理科大好き〝なにわっ子〝育成事業」と名付け、平成19年度から行っています。昨年度は67校に派遣し、9,278人の児童を対象に授業を行いました。今年は95校への派遣を予定しており、協力してくださる企業の数もさらに増えています。

このように学校と地元企業の関係がうまくいっている要因の1つには、教育委員会との連携が挙げられます。大阪市教育委員会には、同事業を担当する学校長OBがいるのですが、その方と私どもがそれぞれ学校側と産業界側の窓口として連携をとっています。企業と学校では文化や言葉に違いがあり、そのコーディネートを受け持つものがそれぞれの窓口として、連携していることが非常にうまいくいっている要因ではないでしょうか。

大阪商工会議所とステーションは、一昨年はフィンランド、昨年はアメリカに視察団を派遣しました。アメリカの商工会議所の関係者の方が教育界と産業界の連携を成功させるポイントとして、「まず共通の目標を設定すること。そして、それを共有できたら、あとはそれに向かって、産業界、教育界側がそれぞれの強みを生かして役割を果たすことだ」と明確に話していました。この点について、先ほどの理科実験も同様で、教育界と産業界が理科好きの子どもを育てようという共通の目標に向かってそれぞれの役割を果たしているということです。

図6のとおり、ステーションも大阪府、大阪市の両教育委員会とチームを組み、産業界と教育界が一体となって、事業を推進しています。

正解のない課題に取り組むことこそ重要

図6 教育委員会との連携

図6 教育委員会との連携/労働政策フォーラム(2009年10月14日)開催報告

最後に私が最近感じていることをお話して報告を締めくくります。それは「キャリア教育って一体なんやろう」ということです。適正な勤労観、労働観を育むことはもちろんそのとおりで、非常に大切なことだと思っています。しかし、もう少し根本的な部分があるのではないでしょうか。これは私の解釈ですが、正解のない課題に取り組んで、自分で答えを出していくというプロセスを知っている、あるいは体験したことがあるといったことこそが重要ではないかという気がしてなりません。私は社会人になってからもう20数年たつのですが、その間、民間の企業に身を置き、正解のない課題にしばしば向き合ってきました。解決方法を見つけるため、現状を把握し、問題点がどこにあるのかを明らかにし、自分で考えなければなりません。わからないところは、同僚や先輩、時には上司に聞き、その上で自分の知識や経験をもとに解決方法を導きだしていくほかないのです。こうした体験ができる場がさらに増えることを願いながら、これからも支援活動を続けていきたいと思います。

プロフィール

吉田 聡(よしだ・さとし)/大阪キャリア教育支援拠点運営協議会事務局長

大阪市立大学商学部卒。1981年大阪ガス株式会社入社。83年から2年間大阪ガス労働組合専従(書記局)、関係会社営業部長、大阪ガス・北東部事業本部計画部マネジャー、総務部マネジャーを経て、2009年1月より現職。産業界の立場から教育界と産業界の橋渡し役を担い、大阪におけるキャリア教育支援活動の推進に取り組んでいる。