事例報告2
NPOがコーディネートするキャリア教育:
第41回労働政策フォーラム

日本とアメリカのキャリア教育最前線
学校・地域・産業界をいかにつなぐか
(2009年10月14日)

毛受 芳高/労働政策フォーラム(2009年10月14日)開催報告

NPO法人アスクネット理事 毛受 芳高

私たちアスクネットは「『地域』と『学校等の学びの場』の仲介役」である「教育コーディネーター」です。子ども会や公民館、各種イベントといった地域教育や学校教育を教育資源に企業、企業経営者、さまざまな経験、技術をもった市民らが活用できるようコーディネートすることが私たちの仕事です。市民の参加により、「『出会い』と『挑戦』の教育を推進する」ことで子どもたちに夢を育てるきっかけを提供するのが私たちの理念です。

活動のいくつかをご紹介します。まず、私たちがNPOとして最初に立ち上げた「市民講師ナビ」ですが、さまざまな学校の教育ニーズにあわせて、その学校のカリキュラムに活用できる市民講師をコーディネートするというものです。例えば、「環境教育」のリクエストであれば、具体的にどのような環境教育をやりたいのか話を聞いた上で、それに適した市民を地域から発掘して紹介します。キャリア教育の「生きる」というテーマへのリクエストには、「やんちゃ和尚」と呼ばれている、不登校や引きこもりの生徒をお寺で住み込みで預かる活動をしている面白いお坊さんを紹介したこともあります。

情報誌『Schan(エスチャン)』というキャリア教育情報誌を年2回発行し、毎回5万部を高校生に配布しています。これは、高校生が社会で活躍するさまざまな人びとにインタビューし、生きる情熱や仕事について語ってもらうという内容です。インタビューに参加した生徒にとってのキャリア教育になると同時に、それを読む子どもたちもキャリアについて考えるきっかけにしてもらいたいという狙いをもっています。

他には「教育CSR」という企業が支援する教育プログラムの推進も行っています。また、厚生労働省のふるさと雇用再生特別基金を活用し、公立高校でのキャリア教育などをコーディネートする人材を採用、育成する「愛知県・人材育成コーディネート推進事業」を実施しています。今年度採用された9人のコーディネーターは今、県内各地の学校を飛び回り、各学校のキャリア教育の要望に対してコーディネートを行っています。

教育コーディネーターの必要性

キャリア教育になぜコーディネーターが必要なのでしょうか。キャリア教育を行うためには、多くの人や企業、場を必要とするからです。例えば、講師を招いての授業を例にとれば、よい生徒への効果の高いプログラムにするには、学年全体に対して1人の講師が講演を行うよりは、複数の様々な講師で、少なくとも1クラス単位で話した方が、生徒にとっては講師の話がより身近になります。心をゆさぶるような体験、私たちは「波風体験」と呼んだりするのですが、キャリア教育の場がそういった体験になるには、多くのいろいろな人たちの情熱が必要です。また、受動的ではなく、参加者自らが考え行動するような主体的な授業プログラムにするためには企画、実行にノウハウと多くの手間が必要となります。先ほどご報告いただいた小境先生の取り組みも、さらりとご報告されていましたが、実現までにかなりの苦労と手間がかかっているはずです。すべての学校でキャリア教育を実施するためには、こうしたマンパワーをどうするか、という問題になる。また、体系的なプログラムをどうつくっていくのか。事前、事後の指導をどう充実させていくのか。こうした教育を毎年、持続的に実施するためには相当な支援体制が必要で、これを現場の人たちだけでやるのは無理があります。これらの課題を解決するために教育コーディネーターの育成、整備が必要なのです。

たとえば、1学年6クラスの高校で6人の講師を手配しようとすると、教員が限られた人脈の中で行わなければなりません。コーディネーターがいれば、彼らがもっている人脈の中から、ニーズに応じた講師を紹介してもらうことができます。講師手配にかけていたエネルギーを生徒への指導や支援活動にかけられるので、教育の効果も高まります。

これは直接的なメリットですが、副次的なメリットもいくつかあります。1つの学校でプログラムがうまくいっても他の学校になかなか広がらない。人脈やノウハウがその学校にしか存在しないからです。しかし、コーディネーターを介せば、ノウハウや人脈がその他の学校と共有されるので、スムースに移転できます。他にも、協力する市民側も、複数の学校に関わることで、年1回だけにならず、回数も増えることでスキルも向上し、また、より教育に主体的に関わる気持ちが生まれます。教育力のある市民が増えることで地域全体の教育力が高まり、プログラムの持続性も向上します。これらのメリットを訴え、私たちはコーディネーターの活用策を提言しています。

事例を話しますと、例えば、工場見学というプログラムは学校では当たり前に行われているのですが、それをさらに充実させるための事前・事後指導を組み入れられないか、という依頼を受けました。そこで地元の配電盤などをつくっている河村電器産業という企業と組んで「カイゼンゲーム」というワークショップを企画しました。この授業を担えるようになるための講師研修が、社員研修の一環として組み入れられ、この研修を受けた社員が学校に行って、工場で「カイゼン」する面白さを生徒に教えるという内容です。

また、私たちは経済産業省が立ち上げた「社会人講師活用型教育支援プロジェクト」の委託をうけ、企業のさまざまな技術を小学校5、6年生の理科の授業に活用するというコンテンツ開発を行っています。たとえば、瀬戸市にあるお菓子のパッケージなど生産する富士特殊紙業という企業は小学校5年生の「ものの溶け方」の単元で授業に参加しました。印刷用のインクで「水性と油性の違い」や「物が溶けるとはどういうことか」いったことを実験を通して説明してくれます。また、ブレーカーを製造する会社が参加した授業では、電磁石が電気をコントロールする仕組みに使われていることを教えています。

地域との連携によるキャリア教育

私は学校だけで教育を行うことには限界があるため、地域が教育に関わる「愛知サマーセミナー」というイベントを行っています。これは「誰でも先生、誰でも生徒、どこでも学校」を合い言葉に、地域で面白い人たちを集めて、その人たちと子どもたちとが接する場を提供しています。愛知では毎年、約1,000講座、4万人が参加しています。この活動は奈良、大阪、神奈川、仙台にも飛び火し、たとえば仙台では10月12日に約200人の講師を招き、2,500人が参加するイベントを開催しました。こうしたイベントの中で見えてくるのは、教えることが、教える人自身にとっても変わるきっかけになるということです。これからは市民が教えることで学び、それが楽しみとなると思います。

経済産業省はキャリア教育の実現に欠かせない「キャリア教育コーディネーター」を定義付けし、コーディネーターの育成に必要なカリキュラムの開発を行っています。私たちもこれを活用し、約20人の受講者にコーディネーターを育成するための研修を行っているところです。その際、企業も巻き込み、資金援助も含めた協力を促す活動も行っています。「経済的に厳しい状況下にもかかわらず、人材を養成することは、将来的に自社にとってもメリットとなる」と考えられる企業と組むと非常によいプログラムが開発できます。「教育CSR」とは、単なる企業の社会貢献のみならず、社内の人材育成と、若者たちの人材育成を組み合せ、中長期的に投資として、行っていくことだと考えています。

コーディネーターの役割とは

「学校、地域、産業界をいかにつなぐか」が本シンポジウムのテーマですが、教育コーディネーターの役割をITの世界でたとえるならば、ウインドウズなどオペレーションシステム(以下「OS」)に相当するものではないでしょうか。OSがない時代は、プリンターやスキャナーなどのリソース(資源)を活用するのにそれぞれプログラムごとに対応が必要だった。それでは不効率だからと、各リソースを効果的に活用するためにOSというものが生まれたわけです。それと同じことが教育の世界でも起こるのです。市民講師や企業といったよいリソースを活用するためのOSが提供できれば、学校の先生たちは外部のリソースをうまく取り入れたよいプログラムを自分たちで開発できるようになるのです。ですから、「教育コーディネーター」の発生は外部の教育資源の活用が当たり前になれば、当然の帰結と言えるでしょう。

民主党の政策でも「これからは子どもたちの教育に投資しなければならない」という視点が出ています。投資された子どもたちが社会の中で活きて、働いて、投資したお金がまた戻ってきて、また新たな教育の資金になるような循環をつくっていくためには、地域人材育成の仕組みが小学校、中学校、高校、大学でぶつ切りになっていては難しいと思います。全体を通して、人材育成の仕組みを構築していくことが私たちの目標であり、これからの社会が解決すべき課題だと考えます。

プロフィール

毛受 芳高(めんじょう・よしたか)/NPO法人アスクネット理事

名古屋大学工学部情報工学科卒業。名古屋大学大学院人間情報学研究科修了(認知科学専攻)。1999年より愛知市民教育ネットを立ち上げ、2001年にNPO法人化、代表理事に就任。学校と地域の間にたち、様々な地域の教育資源をコーディネートする事業を全国に先駆けて立ち上げ、学校における「教育コーディネーター」の先駆者としての実績を積んでいる。