事例報告1
埼玉県立岩槻商業高等学校におけるキャリア教育:
第41回労働政策フォーラム

日本とアメリカのキャリア教育最前線
学校・地域・産業界をいかにつなぐか
(2009年10月14日)

小境 幸子/労働政策フォーラム(2009年10月14日)開催報告

教諭 小境 幸子

私は教育現場の一教師として、普段実践していることを報告させていただきます。

まず、埼玉県立岩槻商業高等学校の概要についてご説明します。本校は92年の伝統があり、地元に卒業生をたくさん出している地域密着型の学校です。岩槻は人形の町として有名で、学校教育の中にも人形づくりを取り入れております。また、地元に親しみをもたれており、私たち教員が企業を訪問すると、「商業の先生」と親しみをこめて呼ばれます。当校は商業科3クラスと情報処理科2クラスからなる専門高校です。当校の目標は「豊かな知性と教養を持ち、地域に貢献できる岩商生の育成」です。生徒の特徴は、商業高校に入学する生徒全般に言えることかもしれませんし、あるいは岩槻という土地柄によるものかもしれませんが、非常に純朴です。また、検定試験の取得など与えられた目標に対しては地道に努力する一方、発展性や主体性には乏しい生徒が多いように思えます。中学校時代からリーダーになるような経験はなく、受け身の生徒が多かったのではないでしょうか。

本校の進路指導は「キャリアの発達に応じた進路指導を徹底し、生徒自ら進路選択・決定ができる能力を養う」ことを目標にしています。昨年度の進路状況ですが、就職が99人で全体の6割前後です。進学は、大学が17人、短大7人、専門学校37人で全体の3割から4割程度です。今年は就職活動で非常に苦戦しています。例年この時期は8割から9割の内定をいただいているところですが、今年は10月14日時点でまだ56.5%の内定率です。

1年生の進路指導は「自己理解の促進と適性の把握」を目標にしています。具体的にはレディネステスト、「岩商起業家派遣塾」、卒業生による体験談会、進路テストとその振り返りなどがあります。「岩商起業家派遣塾」は、地元ロータリークラブの会員の協力で、1クラスに1人講師を派遣してもらいます。起業時の話をしてもらうことで、起業家マインドを養うことが目的です。

2年生の進路指導の目標は「業種・職種の理解」「能力・適性化を考え、自己の進路の明確化」です。取り組みとしてはレディネステスト、進路テストとその振り返り、それからインターンシップです。

3年生は「進路希望の具現化」が目標で、進級後、最初に高校生版SPIの適性検査を実施します。また、就職、大学、短大、専門学校、公務員と進路に応じた分野別ガイダンスを担当教員が行います。他には地元の商工会議所から社長、企業の人事担当者などを紹介してもらい面接指導をお願いしています。さらに卒業生による進路説明会、進路講演会、就職・進学指導支援なども実施しています。

「地域連携」によるキャリア教育

岩商のキャリア教育のキーワードは「地域連携」ではないかと考えています。先ほどご紹介しためざす学校像にも「地域」という言葉が出てきたとおり、本校は地域と密接な関係にあることが特徴の1つです。キャリア教育もこの地域との連携が欠かせないのではないかと思っており、実際、地域の「教育力」には助けられています。岩槻というのは昔からの城下町であり、地場産業も盛んです。また、地元住民は代がわりしても長く住んでいるため、二代、三代にわたって岩商に通ってくるという方もめずらしくありません。このような地域密着型の学校ですので、地域の教育力を活用した連携がキャリア教育のキーワードになると思います。地域連携の取り組みの具体例として今日は、 (1)商業科目の課題研究 (2)生徒会活動 (3)インターンシップ ―についてお話したいと思います。

1つめの商業科目の課題研究は、「商品開発」「岩槻プロデュース」「地場産業」で3学年時に行います。「商品開発」では地元の和菓子屋さんの協力で、生徒たちのアイディアによる岩商ブランドのお菓子を開発しています。開発したお菓子は文化祭やお祭りなどイベントの場で販売しています。「岩槻プロデュース」は区役所と協力して岩槻の地図をつくったり、町のよいところを掘りおこすという授業です。「地場産業」は、地元人形店の協力で人形づくりを体験するというものです。新しい人形の開発もしており、学校の創立90周年の行事のときには「感謝びな」という人形をつくり、来賓の方に記念品として配布しました。

2つめの生徒会活動ですが、代表的な取り組みとして、岩槻まつりへの参加があげられます。岩槻は人形の町ですので、お祭りの際に大きなひな壇が設置され、おひな様に扮装した人が上に乗るのですが、生徒たちもこれに参加しました。また、神輿の担ぎ手として参加する生徒もいます。文化祭でクラスごとに出店の企画を行う「岩商マーケット」も生徒会活動の1つです。出店に際しては必ず地元商店のアドバイスを受けることになっています。たとえば、野菜とチョコバナナを販売する出店では、あらかじめ市場で材料を仕入れ、仕入値、売値の計算も体験しました。焼きそば屋を出店したクラスでは中華料理店に材料の仕入れ方から焼きそばの作り方までを教わりました。パスタ屋では、イタリアンレストランに行って、パスタのゆで方とかソースの作り方を習いました。それ以外の生徒会活動としては「未成年飲酒喫煙防止キャンペーン」があげられます。これは岩槻の駅前で啓蒙活動としてティッシュの配布を行いました。

インターンシップで望ましい勤労観、職業観の育成

3つめがインターンシップです。「望ましい勤労観、職業観の育成」を目的として掲げており、2学年全員が対象となります。本校卒業後、約半数の生徒が就職し、進学希望者も将来の就職を踏まえて進学するわけですから、在学中にこうした経験を与えることが必要ではないかと考えたのが導入の背景です。本校では、アルバイト経験者が非常に多いのですが、正社員として働いた際、アルバイトで養った勤労観との間にギャップが生じて離職へつながってしまうというケースが実際にありました。ですから、在学中に正社員として働くことがどういうことなのか体験させることは進路指導上必要ではないでしょうか。当初、2年生全員を外に出すことには非常に不安でした。「希望者だけにすべき」との意見もありましたが、インターンシップの目的を考え、全員出すことに踏み切りました。

インターンシップは比較的教員の手が空く2月に実施します。派遣期間は5日間です。当初、「5日は長い。3日で十分」という声もありましたが、「最低5日やらなければ意味がない」という意見で押し切りました。勤務時間は1日8時間です。

受け入れ事業所は67あり、その開拓は本校がほぼ独力で行いました。地元の商工会議所やロータリークラブにもお願いしましたが、卒業生が就職している近隣の企業、幼稚園、区役所、公民館などほとんどは自分たちの足でまわりました。インターンシップ開始当時の校長は非常にまめで、直接生徒受け入れのお願いに出かけたため、事業所側の対応もよく、すんなり受け入れてくれるところが多かったようです。学校と取引のある会社、たとえば、文房具を扱っている会社にも、資料を渡すなどして、当初200社ぐらいに受け入れのお願いをしました。

最初は生徒がアルバイト感覚でインターンシップに行くことを心配していましたが、実際にはよく頑張ったと思います。外に出すことが不安だった生徒も外面がいいのかしっかりとやっており、「TPOをわきまえている子なんだな」と改めて思いました。

インターンシップを通して実感したことは企業の社会貢献の大きさです。生徒を受け入れてくれた企業からは地元の高校生を育てようという姿勢が感じられました。生徒もまたそれを感じとったのか、普段学校では見せないような生き生きとした表情で5日間働いていました。企業を巡回していると生徒の表情が日に日によくなっていくのがわかりました。

キャリア学習の「体験談」による自己理解の促進

インターンシップ後の事後指導として、生徒に体験談を書かせ、「記録集」としてまとめています。先ほどの下村さんのような効果測定は行っていませんが、インターンシップを行った後は生活態度の改善が実感できます。具体的には時間をちゃんと守る、遅刻はしなくなる、挨拶をちゃんとする、授業に取り組む姿勢がよくなるといった変化がありました。生徒に行ったアンケートでも、8割の生徒が「自分の将来を考える上でためになった」と回答しています。ただ、残念なのはそれが長続きせず、1週間経つともとにもどってしまうということです。これを持続させるためには継続した指導が必要で、これからの課題だと思います。

事前指導では、2学年時に週1回行われる「総合的な学習の時間」を利用して、「キャリア学習授業」を実施しました。この授業の目的は「自己理解の促進と自己効力の育成」にあります。具体的には、前年度実施したインターンシップの体験談を記載した「記録集」を教材に使い、その中から「働く」ことを考える手がかりとなる言葉を探し出して、それに対する自分の考えを導き出すという授業を行いました。「自己理解カード」というものをつくり、そこに働くことついての感想を書かせました。

自己理解カードには、生徒の自己効力感の促進がうかがえる記述がありました。たとえば、授業の前は働くことについて「面倒くさい」「やりたくない」「つらくて大変だ」というイメージを抱いていたのが、働くことの喜びや社会への貢献など考え方の変化がうかがえました。また、自分たちがインターンシップを行うことについては、「働く意味がわかるようになりたい」「他人のために5日間を過ごしたい」「早く体験して仕事の大変さを知りたい」などの記述が見られました。

ですから、この授業で自己効力感が促進され、自分たちのインターンシップの充実に貢献し、それが体験後の記録集の内容にも反映され、次の学年の自己効力の促進につながるというよい循環が出来上がるのではないかと考えています。

取り組みを通して見えてきた課題

これまで3つの取り組みについてお話してきましたが、これらを通して見えてきた課題があります。1つめは主体的に行動する力の育成、2つめは人間関係形成能力の育成、3つめは基礎学力の定着です。このうち、すぐに取り組めるのは3つめの基礎学力の定着ではないかと思っています。また、そこから他の2つも育成していけるのではないかとも考えています。そのためには日々の授業が大切です。私は国語の教員ですので、国語の授業で実践していることをお話したいと思います。まず、主体的に行動する力を育成するため、新しい教材に入る前に学習目標を設定するということです。「この授業ではこういうことを学習します」ということを明確にすると同時に生徒にも「自分がこの教材でどんな力をつけたいのか」ということを各自に設定させます。授業が終わったあとは、自己評価させ、どの程度力がついたかを振り返らせました。この実践を行うようになってから、生徒の目のかがやきや、授業中の顔の上げ具合などが違ってきたのではないかと教師の勘で感じています。主体的に学ぶ力が育成されれば、主体的に行動する力も養成されてくるのではないでしょうか。

2つめは人間関係育成能力の育成のため、「私の履歴書」というものを生徒に書かせています。今までの自分を振り返り、それを書くことによって自己理解力、自己表現力を育成することが目的です。自分を表現できるということはコミュニケーション能力の育成にもつながり、それが人間関係形成能力にもつながっていくのではないかと考えています。

基礎学力定着との関連では、まず各教科による習得的学習によって基礎学力を身につけ、それを体験活動で活用していく。それが生きる力につながっていくのではないかと思います。

今後の岩商の課題ですが、この地の利を利用した地域の教育力を活用することはもちろん、授業、生徒会活動、進路指導の取り組みをキャリア教育の視点で体系化すること。それから、教育活動全般をキャリア教育の視点で見なおすことへ広げていくことです。

プロフィール

小境 幸子(こざかい・こうこ)/埼玉県立岩槻商業高等学校教諭

1981年埼玉県の公立高等学校に採用。担当教科は国語。2008年休職して早稲田大学大学院教職研究科高度教職実践専攻入学、「キャリア教育」を中心として教職全般を学ぶ。2009年修了、復職。現任校でキャリア教育の推進を図っている。