基調講演2
わが国のキャリア教育の現状とこれから:第41回労働政策フォーラム

日本とアメリカのキャリア教育最前線
学校・地域・産業界をいかにつなぐか
(2009年10月14日)

三村 隆男/労働政策フォーラム(2009年10月14日)開催報告

早稲田大学大学院教職研究科教授 三村 隆男

本日は小中学校におけるキャリア教育を中心にお話したいと思います。現在、私は東京都の依頼で「ひきこもり等に関する年齢別未然防止対策の調査検討」会にて、ひきこもりとキャリア形成の関連を検討する部会に所属しています。その中で、若者支援に携わるサポートステーションの方と一緒に研究を進めて感じたことは、20代、30代の方たちのキャリア支援を行う際のキャリア形成の営みは、実は小中高等学校で行ったキャリア教育の再現ではないかということです。そういった意味では、ここでわが国の学校教育における取り組みを紹介することで、大学や企業のキャリア教育に関するさまざまな示唆を感じ取っていただけるのではないでしょうか。

日米のキャリア教育のはじまり

先ほどダリル先生からお話いただいた日米のキャリア教育について、その始まりを見ていきたいと思います。ちょうど今年はアメリカのキャリア教育にとってメモリアルな年にあたります。キャリア教育が進路指導や職業指導の系譜上にあるという仮定のもとでお話しますが、1908年にフランク・パーソンズがボストン市民サービス館で職業カウンセリングを開始しました。この職業カウンセリングはいわゆる職業相談、職業指導のはじまりと言われています。その翌年、パーソンズは『Choosing a Vocation(職業選択法』という著作をあらわします。今年はその本から出てから100周年というメモリアルな年になります。

わが国ではそれから10年後の1919年に大阪市立児童相談所で職業相談が始まります。これは三田谷啓(さんだや・ひらく)という方が始めたのですが、その時の相談内容が『大阪市立児童相談所紀要』というかたちで現在も残っております。当時は、学校教育としてではなく、大阪市社会部の救済課というところで所管されていたのですが、いわゆる労働行政としてわが国で最初に行われた職業相談、職業指導ということになります。

さて、時代を現在に戻しますと、さまざまな国がさまざまなキャリア教育を生み出しています。特にわが国は学校教育においては、出口の段階で社会と確実な接続をしなければならない。つまり、就職や進学という実績を残し、子どもたちを次の環境、進路へ100%つなげなくてはならないという非常に強い思想が形成されてきました。おそらくそれは、太平洋戦争時代に人材をどう活かすかという国策の中で形成されたのではないかと思うのですが、現在もその流れは続いているわけです。

教育基本法改正の方向性

学校教育で「何を学ぶか」という教育課程の基準となっているものは学習指導要領と呼ばれています。この学習指導要領はほぼ10年ごとに改訂されており、ちょうど昨年から今年にかけても改訂の年にあたりますが、その中でキャリア教育の位置づけを見ていこうと思います。今回の改訂には大きな節目となる出来事が存在します。それは学校教育を含め、すべての教育を規定した教育基本法が2006年12月に改正されたことです。

今回の教育基本法の改正はキャリア教育に関連する内容が多く含まれています。まず、教育の目標として、「職業及び生活との関連を重視し、勤労を重んずる態度を養うこと」を明記しました。改正前の教育基本法にはこうした教育の目標自体が明記されていませんでした。さらに、「義務教育の目的を国家及び社会の形成者として必要とされる基本的な資質を養うこと」と示し、さらに「生涯学習の理念」「家庭教育」「幼児期の教育」に関する条項も加えました。

こうした改正の流れを全体的に解釈すると、これからの社会で子どもたちが育っていくには一生学び続ける必要があるということです。学ぶ目的は平和で民主的な国家を形成する社会人、職業人をめざすことであり、その基盤となるのが義務教育であるととらえられるのではないでしょうか。こうした方向性で、教育基本法が改正されました。その中でキャリア教育がどのような位置づけにあるのか考えてみたいと思います。

学校教育におけるキャリア教育の位置づけ

教育基本法が改正された翌年の2007年に学校教育法も改正され、小学校教育も含む義務教育の目標として、「職業についての基礎的な知識と技能、勤労を重んずる態度、個性に応じて将来の進路を選択する能力を養う」ことが明記されました。小学校教育において、将来の進路を選択する能力を養うことを明記した法令がつくられたのは戦後初めてのことです。これまでの「進路について考えるのは中学校から」という流れから、小学校の6年間も含めて考えていく流れに変わったことは非常に重要です。もちろん、この「進路」には、小学校の場合は中学校への進学、中学校の場合は高等学校への進学、高等学校の場合は大学、短大、専門学校、就職といった一般的な意味での「進路」には限定されず、生き方そのものを扱っていこうという意味への変化があったことをご理解ください。

小中学校の学習指導要領が告示される2カ月前、中央教育審議会答申の中で「将来子どもたちが直面するであろう様々な課題に柔軟かつたくましく対応し、社会人・職業人として自立していくためには、子どもたち一人一人の勤労観・職業感を育てるキャリア教育を充実する必要がある」という文言が付されました。私はこの「柔軟にかつたくましく」をキャリア教育に対する1つのイメージと考えています。残念ながら、小学校、中学校の学習指導要領には明確にキャリア教育という文言が記されているわけではありませんが、方針としてはキャリア教育を念頭におくことが強調されています。

2008年に告示された小学校、中学校の新学習指導要領では、「確かな学力」定着のため、授業時数と学習内容が増加しました。職場体験は道徳性を形成する体験活動として位置づけられています。また、総合的な学習の時間には職業や自己の将来に関する学習活動が例示されました。さらに特別活動では、人間関係の形成が強調されています。以上のように新学習指導要領ではキャリア教育を推進する方向性がうかがえます。

その後、2008年7月には今後10年間の目指すべき教育の姿を明らかにし、今後5年間に取り組むべき施策を示した教育振興基本計画が出されました。これには、「子どもたちの勤労観や社会性を養い、将来の職業や生き方についての自覚に資するよう、経済団体、PTA、NPOなどの協力を得て、関係府省の連携により、小学校段階からのキャリア教育を推進する」と書かれています。キャリア教育は学校教育という狭い範囲で行われるものではなく、社会運動、教育運動としてダイナミックに展開していく必要があるということを方針として打ち出したわけです。

これを受け、2009年3月に告示された高等学校の新学習指導要領には「生徒が自己の在り方、生き方を考え、主体的に進路を選択することができるよう、学校の教育活動全体を通じ、計画的、組織的な進路指導を行い、キャリア教育を推進すること」として、教育課程の編成基準の中にキャリア教育が盛り込まれました。これらが意味するところは、キャリア教育はすでに一時的なブームではなく、教育課程の中で重要なものとして位置づけられており、少なくとも向こう10年間はこれにウェイトをおいた教育活動を行わなければならないことが強く求められたということです。

キャリア教育の基本的理解

続いて、キャリア教育の基本的な理解というテーマでお話をしたいと思います。先ほど100年前にボストンでフランク・パーソンズが職業相談を始め、それまでの考えをまとめ、『Choosing a Vocation』にあらわしたという話をしました。キャリア教育が日本の公的な文書にはじめて登場したのは10年前のことです。中央教育審議会答申「初等中等教育と高等教育との接続の改善について」の中で、「キャリア教育(望ましい職業観・勤労観及び職業に対する知識や技能を身に付けさせるとともに、自己の個性を理解し、主体的に進路を選択する能力・態度を育てる教育)を小学校段階から発達段階に応じて実施する必要がある」という文言でキャリア教育が示されました。私たちは主に自らの価値基準でものを選んでいますが、生き方自体も価値観を形成することで選択することができるという考えがこの文言には認められるのです。

2002年には「職業観・勤労観を育む学習プログラムの枠組み(例)」が示されました。そこには「職業的発達にかかわる諸能力」として「人間関係形成能力」「情報活用能力」「将来設計能力」「意思決定能力」という4つの能力領域が示されました。これらは、例えば就職基礎力とか社会人基礎力とか厚生労働省のジョブ・カードでも示されている能力の基盤となるものと考えてよいでしょう。つまり、この4つの能力領域は基本的にはさまざまな能力の基盤をなすものと考えられます。

ここで、よく「能力さえ身につければいいんだ」と誤解する方がいます。しかし、能力はあくまで手段であり、目的は生き方に対する考え方や感じ方、つまり、職業的な価値観を形成するところにあるわけです。車にたとえるなら、能力はエンジンで、それをハンドリングできる価値観が形成されなければいけません。ですから、先ほどダリル先生からお話があったようにキャリア教育は活動に基づいたものといえます。つまり、活動の中で能力を発揮しながら、それぞれの場面において一人一人がそれぞれの価値観を形成していくことが重要となるのです。

キャリア教育の中核は進路指導の取り組み

2004年に「キャリア教育の推進に関する総合的調査研究協力者会議報告書」というものが出され、ここでキャリア教育を「児童生徒一人一人の勤労観、職業観を育てる教育」とすることが盛り込まれました。さらに進路指導との関連をキャリア教育の中核と位置づけ、その周囲を他の教育が囲んでいるという関係性を示しました。

その2年後の2006年には文部科学省が『小学校・中学校・高等学校キャリア教育推進の手引』を出しました。そこには「子どもたちが『生きる力』を身に付け、社会の激しい変化に流されることなく、それぞれが直面するであろう様々な課題に柔軟にかつたくましく対応し、社会人・職業人として自立していくことができるようにする教育の推進が強く求められている」と書かれています。昨年、100年に一度と呼ばれる経済危機が訪れ、誰もが社会の激しい変化を認めています。この手引では、そこを歩み始める子どもたちにとって重要なものをキャリア教育の意義として位置づけたわけです。手引にはキャリア教育が求められる理由が2つ書かれています。1つは学校から社会への移行をめぐる課題です。就職、就業をめぐる環境の激変や若者自身の資質が未成熟であるといったことがこれにあたります。2つ目は子どもたちの生活・意識の変容です。子どもたちの働くことや生きることへの関心、意欲が低下したり、高学歴社会において、職業について考えることや職業の選択、決定を先送りにするモラトリアム傾向の高まりなどがこれに該当します。こうした状況下において、学校教育にキャリア教育を取り入れる必要性が高まったわけです。その中で、価値観を育成し、組織的・系統的な取り組み、一人一人の発達に応じた指導、職場体験インターンシップの充実などを通じて、学ぶこと、働くこと、そして生きることを展開していくのです。

基調講演(2):図表1進路指導6活動の構造モデル/労働政策フォーラム(2009年10月14日)開催報告

学校教育の場合、この働くことだけに限定して、キャリア教育を考えている先生もまだいらっしゃいます。職場体験やインターンシップだけがキャリア教育と理解している方も多い。実はキャリア教育は、「働くこと」だけではなく、「学ぶこと」「生きること」にも働きかけることです。よく狭義のキャリア教育、広義のキャリア教育といいますが、学校教育の場合にはより広い意味でとらえているとご理解ください。

先ほどキャリア教育の中核は進路指導の取り組みであると申し上げました。進路指導の6つの取り組みとして (1)個人資料に基づいて生徒理解を深める活動と生徒に正しい自己理解を得させる活動(自己理解) (2)進路に関する情報を得させる活動(進路情報理解) (3)啓発的な経験を得させる活動(啓発的経験) (4)進路に関する相談の機会を与える活動(キャリア・カウンセリング(コミュニケーション活動)) (5)就職や進学等に関する指導・援助の活動(移行支援) (6)卒業生の追指導等に関する活動(追指導)があげられます(図表1)。人は進路情報に触れて自己理解を深めます。鏡で自分の姿を映すように生き方の情報に自分を映すことで初めて理解することができます。その営みとして、キャリア・カウンセリング活動があげられます。

基調講演(2):図表2 保護者は職場体験学習をどのように評価しているか/労働政策フォーラム(2009年10月14日)開催報告

学校教育におけるさまざまな活動、そしてその活動を価値観形成のための能力を育成しながら、さらに価値観を形成していくということになるかと思いますが、大学や企業でも同様ではないでしょうか。ここでは活動の効果性というものが求められます。

2005年に文部科学省が中学校において、勤労観、職業観を育てるための職場体験学習「キャリア・スタート・ウィーク」を始めました。現在、中学校の96.5%が1日以上の職場体験を行っています。また、20.7%が5日以上の職場体験を行っています。つまり、日本のほぼすべての中学生が職場体験を経験しており、全体のうち2割は5日以上の職場体験を行っている状況です。

保護者を巻き込み、地域でキャリア教育を

基調講演(2):図表3 職場体験を受け入れた経験のある保護者/労働政策フォーラム(2009年10月14日)開催報告

実は学校と職場との連携の鍵を握る保護者は地域人であり、職業人であるという図式のもとで保護者の意識調査を行いました。労働政策研究・研修機構と日本キャリア教育学会との共同研究で、調査結果は労働政策研究報告書No.92 『子どもの将来とキャリア教育・キャリアガイダンスに対する保護者の意識』に掲載されています。まずは職場体験学習をどのように意識しているか聞いたところ、8割の保護者が職場体験について好意的にとらえているということがわかりました(図表2)。つまり、保護者は職場体験を支える人材、あるいはキャリア教育を支える人材として大きな期待が持てます。職場体験に好意的な意識を持っている8割の親たちのうち、職場体験を受け入れた経験がある保護者は約17%しかいません(図表3)。ということは、働きかければ、保護者として、職業人として、地域人として、中学生を受け入れるという潜在的な受け皿となりえるでしょう。

基調講演(2):図表4 地域住民としてキャリア教育にどの程度関わること
ができるか/労働政策フォーラム(2009年10月14日)開催報告

地域住民としてキャリア教育にどの程度関わることができるか聞いたところ、「積極的に関わることができる」という人はまだ少ないですが、「少しは関わることができる」という人たちは多い(図表4)。その条件として、「地域住民が関わる仕組みができたら」とか「地域に受け皿となる施設があったら」とか「仕事に割く時間が少なくなったら」という回答が多く(図表5)、ちょっとした条件が整えば一歩踏み出せる段階にあることがわかると思います。

現在、経済産業省では、「キャリア教育民間コーディネーター育成評価システム開発事業」として、学校教育やそれ以外の機関でキャリア教育を支える人材をどう育成していくか検討を行っているところです。また、厚生労働省と中央職業能力開発協会が開催する「キャリア・コンサルティング研究会」では、中学校、高等学校のキャリア教育に参画する専門的な人材の育成を行っています。前者はどちらかというと小中高全般におけるキャリア教育、後者は中高等学校における職場体験やインターンシップの場で活躍できる人材を育成しようという取り組みです。

基調講演(2):図表5 保護者が地域住民として将来に向けた取り組みに関わ
る条件(複数回答)/労働政策フォーラム(2009年10月14日)開催報告

以上見てきたようにわが国のキャリア教育は、学校教育の中で重要な位置づけがなされてきたことがご理解いただけたかと思います。これを支援するには教育運動としてキャリア教育を広範囲に展開する必要がありますが、それを学校教育のなかだけで行うことには無理があります。そういった意味で外部の人材と連携し、地域で子どもたちのキャリア形成を支援していくことがこれから日本のキャリア教育において求められてくるのです。

プロフィール

三村 隆男(みむら・たかお) /早稲田大学大学院教職研究科教授

公立高校教員(24年間)を経て2000年に上越教育大学講師、2002年准教授。2008年より早稲田大学大学院教職研究科教授。厚生労働省労働政策審議会委員。経済産業省キャリア教育民間コーディネーター育成・評価システム開発事業開発研究会委員。日本キャリア教育学会常任委員及び研究推進委員長。学会認定キャリアカウンセラー、学校心理士。2002年より静岡県沼津市立原東小学校6年一貫のキャリア教育立ち上げに携わることを皮切りに、数多くの小中学校のキャリア教育を支援、現場に直結した実践活動を展開。著書に『新訂キャリア教育入門』実業之日本社(2008年)、『小学校キャリア教育実践講座』日本進路指導協会(2008年)、『キャリア教育の系譜と展開』雇用問題研究会(編著、2008年)などがある。