企業の取組2 小さくはじめる大きな変化 リスキリング事例

当社は石川県加賀市にある樹脂製の食器雑貨、工業部品、仏具を製造している会社で、その食器類は外食チェーンのサイゼリヤさんにも導入していただいています。今までは、工業部品、仏具がメイン事業でしたが、会社も大きく変わっていきました。現在のメイン事業は、2020年からの新規事業である割れない器「ARAS(エイラス)」で、売り上げの7割を占めています。

当社は石川県加賀市という、石川県の中でも県境の端の地域にあります。最も大きな課題は石川県加賀市の生産人口の減少です。20年後には生産人口が54%になると推計されています。現在は人口が約5~6万人程度ですが、今年生まれた赤ちゃんは200~300人となり、かなり厳しい状況です。これは、当社にとっても大きな経営課題です。

DX・CXの取り組みで労働生産性が倍以上に向上

そのなかで、当社はここ数年でDX(デジタルトランスフォーメーション)・CX(カスタマーエクスペリエンス)を進めており、労働生産性が2019年~2022年にかけて倍になっています。最新のデータでは、そこから1.5倍~2倍程度になっているので、2020年頃と比べると3~4倍程度の労働生産性になっています。

それを受けて、2024年の「日経リスキリングアワード」や、ベンチャーやスタートアップのアワードである「Industry Co-Creation (ICC) サミット FUKUOKA 2024」においても、デザイン&イノベーションアワード グランプリを受賞しました。業界の内外からも評価をいただいています。

取り組んだのは「社内コミュニケーション」「新規事業」など4項目

今日の本題である、どのようなDX・CXに取り組んでいるのかという点ですが、大きく分けて4つあります。1つめは「社内コミュニケーション」、2つめは「新規事業」、3つめは、「ロボット」、4つめは「社内ITのプロジェクト」の改革です。

ただ結構大事な点として私が意識するのは、あくまでDX、CXはツールや手法であって、どこに向かいたいかというビジョンと、現状をしっかりわかっていれば、戦略戦術はそこを結びつけるだけだと思っています。

徹底したのはビジョンを社員と共有すること

実は、DXやCXに取り組む前に徹底したところは、どういう会社にしていきたいのかというビジョンを社員と共有したということ。このアプローチに関しては、今回の主題ではないので飛ばしますが、本当に大事なところなので少し強調します。

そのうえで、1つめの「社内コミュニケーション」として、最初に取り組んだのはSlackの導入です。多くの企業ですでに導入されていると思いますが、当社はSlackが日本でローンチした当初から導入していました。多くの企業がSlackなどのいろいろなコミュニケーションツールを導入していると思いますが、当社も導入前はメールや電話といったコミュニケーションが多く、言った・言わないといった認識の齟齬や、紙文化、コミュニケーションが複雑だったということがありました。

チャットツール1つで企業文化が変わった

しかし、Slackを導入することによって、伝達漏れがなくなり、オープンコミュニケーションになりました。社内の電話は、さすがに緊急の用事があるので廃止していませんが、今は電話のほとんどを廃止していて、少なくとも社内のメールはもう完全に利用していません。私自身も実はメールを打つのが苦手で、社外の人ともSlackで連絡したいと思っているくらい、徹底して導入しています。私が強調したいのは、チャットツール1つで会社の文化そのものが変わったという点です。

Slackの本当にいいところは、オープンコミュニケーションになるので、コミュニケーションがフラットで透明性がある状態になります。企業風土自体がツール1つで変わったというのが、私の想像以上の結果だったと思っています。

大事なのはスモールスタート

Slackで企業風土が少しずつ変わったあと、次に取り組んだことは、2つめにあげた「新規事業」のEC(インターネットを通じての商品・サービスの売買)、3つめにあげた「ロボット」になります。

ECのリスキリングのポイントは「スモールスタート」と思っていて、最初は私自身でAmazonでの取引を始め、月収数万円程度からスタートしました。私はマーケティングの経歴があるわけではなく、ある意味、自分自身もリスキリングをしなければいけないところだったので、外部の広告代理店を交えながら、自分自身のスキルをリスキリングとアンラーニング(学びほぐし)していました。

少しずつ規模が大きくなってきて、1人だと手に負えなくなってきたので、設計者を抜てきし、ECマーケターにリスキリングし、配置転換をしました。一気に売り上げが3倍以上になりました。また、業務拡大により他部門からも配置転換をしています。

事業内容の1つである仏具も実はECで売れていて、Amazonでベストセラーを取るような商品が誕生しています。そのなかで生まれたのが割れない器「ARAS(エイラス)」です。特徴としてはInstagramで広告展開をし、フォロワー数が33万人を超えています。食器メーカーの中では、日本一のフォロワー数を誇っています。最近では再生回数2,000万回の動画も生まれていて、新進気鋭の食器ブランドとして少しずつ認知も進んでいます。

ロボットの導入では最初の1台目は失敗

次に3つめの「ロボット」についてお話しします。AIロボットも大事なのはスモールスタートだと思っています。最初は2人と1台でスモールスタートをしました。また、ECの時と同じように大事なのは専門家の支援だと思っていて、この時は大手電機機器メーカーのファナックの支援をしっかり受け、ファナックと一緒に二人三脚で1台を導入しました。

しかし、最初の1台目は全然うまくいきませんでした。ただ、その時、何ができて・できないかというのもわかったので、1年後には、当社に合う形で一気に4台導入しました。やはり製造業ですので、設備投資はリスクがあるものになってきます。この点は中小企業庁等の「ものづくり補助金」を活用しながら、リスクを低減していきました。

台数の増加に伴い、職人がロボットオペレーターに転換

結果として、導入後5年間で30台以上の導入が進み、現場のリスキリングもそれにあわせて進んでいます。現在では、以前現場の職人だった人たちが16人以上、ロボットオペレーターやエンジニアに転換しています。

先ほど紹介した労働生産性の向上について、多くの人は「新規事業のECが当たったからだ」と思われるかもしれませんが、実は大きな主因はこのロボットでした。日本のものづくりの中小企業は、なかなか自動化ロボットの導入が進んでいません。そういったなかで、自動化ロボットの導入というのは、大きな生産性転換の要因だったと思っています。

少人数の「AI勉強会」を数年前からスタート

次に4つめの「社内ITのプロジェクト」であるAIのスモールステップについてお話しします。AIについては、ChatGPTがリリースされた当初から自分自身で体験して、マーケティングや、プログラミングで実用性を確認しました。

その後、8人ほどの小チームでの「AI勉強会」を数年前から始めています。1人、1週間に1つのアプリ作成を目標として半年間行っていました。簡単なプログラムなら全員が取得することができるようになりました。AIを活用することで、今までできなかったことが、どんどんできるようになったなと感じました。

現在は、FAXの自動配信、日報の電子化、簡単な発注管理など、いろいろなことができるようになり、業務が効率化しました。DXリスキリングは非常にコストパフォーマンスの良いものだと考えますが、単なるツールであるとも思っているので、その前にビジョンが大事だと思います。

過去最高の売り上げのほか、離職率低下などの成果も

結果として、「自社ブランド売り上げ比率50%プラス」「過去最高の売り上げと営業利益」「賃金上昇、休日増加、福利厚生の充実」「離職率低下と採用力強化」「新規事業への投資」といった、本当にありがたい成果につながっています。

ただ、皆さんにお伝えしたいのは、新しい改革等をすればするほど、新しい課題が次々と噴出してくるということです。私自身が仕事の効率化をしたいがためにいろいろなことに取り組んできたつもりですが、結果として経営者としての私の労働時間やマインドは全然休むことなく、言ってしまえば労働時間は増えていますので、経営者は本当に大変だと思っています。

AIが経営者の判断の質を上げる次元に突入

ここまでのお話は2025年前半の話です。ここから違う話をしたいと思います。

現在はこれまでと違う状況に置かれています。何が違うかというと、AIの活用において、先ほどお話ししたプログラミングの習得といった単なる作業効率化のようなフェーズはもう終わったということです。

具体的に説明すると、それまでは日報の作成や簡易ツール作成といった業務効率化のためのプログラミングができるといった話でしたが、もはやそういうことではなくて、経営の意思決定の叩き台の作成や、私自身がいろいろ調べたり考えたりする際の論点の抜け漏れを整理してくれます。もう「AIは手を動かす道具ではなく、もはや判断の質を上げるための補助輪になった」という、全然違う次元に入ったということです。

もう少し言うと、最もAIを使うべき人間は現場ではなく、「経営者自身」ということです。AIと経営者というのは、ROI(投資収益率)が最も高い使い方になります。そのため、実は現場の人間ではなく、経営者や経営陣、意思決定する管理職すべてが最もAIを使うべきだと思っています。

具体的にどういうことが起こるかというと、1つめは、市場仮説の検証速度が10倍以上になります。もはや市場分析なんて人間の仕事ではないし、AIに調べさせたら30分程度で、おそらく人間の全然できないレベルの市場仮説ができると思います。

2つめは思考のバイアスが可視化されます。自分の論点の癖というのがあると思いますが、AIの場合、自分の考えの抜け漏れや、考えたつもりだったところを全部AIが指摘してくれるので、意思決定にも有用です。私自身はAIを使わない日はないですし、意思決定そのものにAIをよく使っています。

何をAIに問いただすのかが経営者の仕事に

そのため、AIを活用する仕事の質の定義というのが少なくとも2025年後半で大きく変わったと思います。それまでは情報を集め、正解を探してまとめるというのが経営者や経営陣が取り組む仕事の質だったと思いますが、今はどちらかというと、どういう問いを立てて、何をAIに問いただすのか、そして、AIが出したアウトプットに対して、それはいいのか悪いのかといった判断基準をどう設計するのかというところが問われる。

当然ですが、最後の意思決定がとても大事なので、本当に単なる作業をAIにさせるよりも、自分自身は編集者・判断者としての仕事の割合が増えてくると思います。単なる作業というのはほとんどないかなと思っています。

スモールスタートから「AIをどう組み込むか」へフェーズが移行

なお、今回の投影資料の後半部分は、AIがサジェストしたものを活用しています。資料作成といったことも、もはや自分では考えることをやめている状況です。私のなかの論点としても、「スモールスタート」というのは2025年までで終わったのかなと思っていて、2026年以降のフェーズでは、「AIをどう組み込んでいくかということ」が問われると思っています。

したがって、リスキリングというのは、私の中ではすでに一回消化し終わったフェーズに来ています。これからは、仕事や会社人の再定義が問われるのだと思います。そして、これもずっと問われるところだと思っています。AIをどこに使うかといった論点ではない世界が来ているなと思います。

これからはAIが前提で「人の価値」が問われる

もはや、AIが前提の世界で何を人がやるのかを決める時代です。「人の価値」が問われるし、決めなければならない時代に差し掛かっていると思います。ただ難しいのは、最近のAI技術は日進月歩で進んでいるので、常々人が何をやるかということが問われ続けるということだと思います。

プロフィール

石川 勤(いしかわ・つとむ)

石川樹脂工業株式会社 専務取締役

1984年 石川県生まれ。東京大学工学部を卒業後、Procter & Gambleに入社し、約10年間勤務。在職中は日本やシンガポールで経営戦略、経営管理などに従事。“中小企業だからこそ生まれる新しい価値を模索し、”2016年より現職に就任。経営全般に携わりながら、新ブランド「1000回落として割れない食器、ARAS」の立ち上げやロボティクス・AI活用などのデジタルトランスフォーメーション(DX)および経営改革をリード。