企業の取組1 デンソーにおけるデジタル技術の活用と人材育成
- 講演者
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- 藤澤 優
- 株式会社デンソー 人事企画部 担当係長
- フォーラム名
- 第141回労働政策フォーラム「企業におけるデジタル技術の活用と人材育成」(2025年12月24日-2026年1月8日)
- ビジネス・レーバー・トレンド 2026年3月号より転載(2026年2月25日 掲載)
当社は自動車技術、システム・製品を提供する自動車部品のサプライヤーです。従業員数は連結で16万人、単独では4万人です。当社の特徴は、技術と技能に非常に強みと誇りがあることです。
自動車業界は100年に一度の激変期
現在の自動車業界は100年に一度の激変期と言われており、当社も事業のポートフォリオを大きく変えなければいけないフェーズとなっています。特に、新モビリティ領域やモビリティ以外の領域への事業の拡大により、理念・収益を両立するポートフォリオの実現を目指しています。
デジタルも含め求められる能力やスキルが変化
事業が変われば会社の中の仕事が変わるので、デジタルも含めて人財に求められる能力やスキルが変わります。単に会社都合だけでデジタル化を推し進めるのではなく、従業員のキャリア形成とも連動させながら、デジタル人財育成を進めていく必要があります。デジタル活用を推進している部門は、その分野のプロフェッショナルではありますが、それをキャリアと接続するために、人事部門とコラボレーションすることで取り組みを進めてきました。本日は、デジタル活用部門と人事部門がタッグを組み、いろいろな施策を仕掛けている状況について紹介します。
最初に、当社におけるデジタル人財育成に関する考え方を紹介します。当社が事業や工場においてDXに取り組んでいる事例は数多くあり、自社メディアにおいて公開しています(技術・デザイン|DRIVEN BASE(ドリブンベース)- デンソー
)。DXは事業そのもののトランスフォーメーションと、業務のトランスフォーメーションがありますが、こういった取り組みは、各事業の中でビジネスそのものを大きくデジタルで変革する取り組みとなります。本日は全社の取り組みとして、人事部門やデジタル部門として応用可能性が高いであろう業務方面のデジタルトランスフォーメーションに関わる人財育成にフォーカスしてお話しします。
「誰一人取り残さない」こととキャリアとの紐づけが特徴
当社におけるデジタル人財育成の考え方は、特徴的な点が2つあります。1つめが、「誰一人取り残さない」というコンセプトを掲げていることです。
まず、トップである役員がコミットメントを示しています。また、工場などの生産現場で働くすべての従業員に対して、1人1台のモバイルデバイスを配付しました。現場の従業員一人ひとりに専用デバイスを支給するのは、国内の製造業では極めて異例のことです。このようにして、「全員でデジタルを頑張ろう」という風土を持って進めています。
2つめの特徴は、会社が押し付けるのではなく、自身のキャリアとしっかりと紐づけてもらいながら進めるという考え方です。自分のキャリアに接続するデジタルスキルを身につけてもらえるよう、取り組みを工夫しています。
「プロ人財の創出」と「全社員の底上げ」がデジタル人財育成の方針
当社のデジタル人財育成の活動方針には2つの観点があります。1つめが「プロ人財の創出」です。「ビジネスのデジタル変革をリード・推進できる専門スキル人財の創出」「専門スキル人財のキャリア形成の後押し」を目指しており、その取り組みの一環として、後で紹介する「デジタル越境チャレンジ制度」があります。
2つめが「全社員の底上げ」です。「自職場のデジタル変革を受け入れるデジタルリテラシーの習得」「専門スキル人財のステップアップの後押し」を目指しており、その取り組みとして後で紹介する「デジタル人財認定制度」があります。
デジタル人財が社内でより活躍してもらえるマッチング制度を開始
「デジタル越境チャレンジ制度」は、すでに社内で活躍しているデジタル人財に、より活躍してもらう、キャリアについてより考えてもらうために設けた制度です。2023年度に本格的に開始しました。
制度を導入した背景としては、社内にはデジタルに詳しい専門人財が多くいるのですが、その人財にヒアリングすると、「今の業務以外でもいろいろなデータに触ってみたい」「経験を積みたい」という声が聞かれました。
一方で、職場にヒアリングすると、デジタルで解決したい課題はたくさんあるが、それができる人が職場のメンバーにはいないという声がありました。こうした状況下で、両者をマッチングする取り組みとして始めたのが「デジタル越境チャレンジ制度」です。
この制度では、実際にデジタルの課題に困っている職場が、社内公募で募集をかけます。それを見たデジタル人財が「このプロジェクトであれば自分の経験が広がる」というものに申し込み、両者がマッチングすれば半年程度の期間でプロジェクトを進めるという制度です。
本業をしながら別の職場のプロジェクトにも関与するので、当初は「本業への影響が出るのではないか」という懸念もありました。しかし結果としては、本業以外で学んできたことを自身の職場に持ち帰り、また、本業ではできない経験ができて、本人としても成長を実感できたという声があります。
デジタル人財がAIを活用してFAQを作成
具体的な事例を紹介します。ある事務技術系の職場において、システムに関する問い合わせが多いことが業務課題となっていました。そこでFAQを充実させるなど、そもそも問い合わせが起こらないようにすることを目指そうとしていたのですが、日々の問い合わせに対応するなかで、アナログでその充実に取り組む時間はなかなか取れない状況でした。
この状況を見たあるデジタル人財が、問い合わせ履歴をAIで読み込んで、LLM(大規模言語モデル)を用いたナレッジ自動抽出ツールでFAQを作成することに取り組みました。
つまり、一つひとつの問い合わせの履歴を人間が読むのではなく、AIが履歴を読み込んだうえで、AIが作ったFAQを人間が確認して、人間から見ても大丈夫であれば実務に組み込むという流れです。
これは効果が非常に大きいプロジェクトでした。まず、デジタル人財のほうは、本業の所属部署ではAIに関する専門性を試しづらい部分もあったのですが、こうした本業以外のプロジェクトで試行して知見が蓄積するなかで、それを本業や本人のキャリアの進展に還元することができました。
そして課題を抱えていた部署では、非常に高いコスト削減効果が見込まれています。また、ここで生まれたツールは全社展開もされるという大きな流れになっています。
レベルに分けて3段階でデジタルスキルを認定する制度を構築
次に、全体の底上げである「デジタル人財認定制度」を紹介します。この制度は2025年度に開始しました。
一言にデジタル人財と言ってもいろいろなレベル感があるので、この制度では「デジタル入門人財」「デジタル活用人財」「デジタル開発人財」の3区分を設けています。
「デジタル入門人財」は「デジタル・AIの必要性を理解しデジタルの学習を開始できる人財」、「デジタル活用人財」は「デジタルツール・AIを使いこなして自身の業務の効率化・高度化を実現できる人財」、「デジタル開発人財」は「アプリ開発を行い職場業務のデジタル化を実現できる人財」とそれぞれレベルを定義しています。
それぞれのレベルに到達するために必要な学習コンテンツを用意して、その受講記録やテストによって認定する仕組みです。
全社の底上げとなると、「デジタルなんて興味ないよ」という人もいますし、ハードルが高いと感じる人もいます。そこで、デジタル活用部門が親しみやすい見栄えの「デジタル人財認定アプリ」を作成・展開し、気軽に学びやすい環境を整えました。
社内ですでに1万人以上が学習コンテンツを受講
2025年度から始めた制度ですが、すでに1万人以上が受講しています。実際に受講した従業員からは「非常にとっつきやすかった」という声がありました。
そのほか、「正直、自分事ではないと思っていたが、受講して、『すぐにやらなければいけない状況』と認識できた。周りにも勧めたい」「ITには苦手意識が強かったが、登場人物が面白く、楽しみながら学べた。業務の合間で勉強するにはちょうどいい量だった」「広く社員に浸透させたいという意思が強く伝わり、会社の本気度を感じた」という声もありました。
AI時代の人財育成のあり方
AIの進化は目覚ましいもので、人間がやっていたことをAIに任せられるレベル感、世界観がもう目下に迫ってきていることを、当社としてもひしひしと感じています。
実際、いろいろな研究知見をふまえると、AIが浸透することで労働者の裁量や技能が剥奪されてしまうのではないかという懸念が示されています。他方で、むしろ人間がやることが変わり、判断や設計やコントロール、こういったことに人間に求められる能力の比重が移っていくのではという議論もあるので、そういった内容も参照しながら、当社においてはどうなのかと考えている状況です。
人間がやってきたことをAIが取って代わるということは、これまで進めてきた人財育成のあり方や人事制度のあり方も変えなければいけない、そういうフェーズが来ているのではないかと社内で考えています。これは非常に重要な問いです。「人間とは何か」という話でもあり、そうしたことも勉強しながら、「こういった考え方があるかな」というものを検討している状況です。
AIによる業務の代替可能性の検討
当社として取り組んでいることを紹介します。まず、「社内にある仕事におけるAIの代替可能性の把握」です。AIにどのような仕事が取って代わられるのかという議論がありますが、やはり、業務の可視化、具体化をしないと議論が空中戦になる印象がありました。
そこで、業務に関するテキスト情報をAIに読み込ませてその業務に紐づくタスクを抽出したうえで、実際にAIに代替される業務がどれぐらい社内にあるのかを検討しています。まずは特定の職種や部門からこの試算を始めていますが、一部の業務はすでにAIに任せられるかもしれないという印象です。
そうした世界観になった時に、AIに代替された後の働き方をどうするかということが論点として浮上します。これまでの時間の使い方、能力を組み替えていく必要があります。現在、チーム内で議論していると「物事の説明責任を果たす」「人間的、共感的なつながりをつくる」「AIや仕組みを構築、統制する」といったことは人間に必要な能力として残り続けるのではないかという仮説を持っています。
キャリア相談はAIに任せられない可能性
一方、興味深い事例として、AIに任せられない業務もいくつか見つかり始めています。例えばキャリア相談です。AIを活用したキャリア相談について実験・検証を行いました。具体的には、従業員役のAIと、そのキャリア相談に応じるAIを作り、そのAIどうしで会話をさせて、やり取りに問題がないかを別のAIが監視することで、あらゆるパターンのキャリア相談ややり取りにAIを応用できるのか検証しました。やり取りを観察してみると、いくつかの懸念点が明らかになりました。
具体的には、キャリア相談の文脈から会話が転じた際に、「AIが希死念慮に対して不適切な対応を行う」「パワハラ判断に相当するAIの発言が認定と誤解される」「AIが積極的な医療的助言を行ってしまう」などの懸念があるやり取りです。
これらに関する対応は、人間の責任が伴うものです。また、ある種の人間的な判断をもって解決しなければいけないものです。こうした業務はAIに任せるには危険かもしれない、といった議論を行っているのが現在の状況です。
こうした試行錯誤をしながら、実際にAIにどのようにして、どの業務を任せるべきなのか、そして、AIに任せるべき業務は任せたうえで、そもそもの人財開発のあり方、人事制度のあり方、さらには人間のあり方、働き方のあり方という論点についても社内できちんと検討して言語化をしていきたいと思っています。
プロフィール
藤澤 優(ふじさわ・まさる)
株式会社デンソー 人事企画部 担当係長
2016年に大阪大学大学院人間科学研究科修了。リサーチ企業や人材サービス関連企業、外資系飲食関連企業での勤務を経て現職。現在は、人事領域におけるデータやAIの活用推進及びガバナンスに関する業務に従事。その他、人的資本経営に関わる統合報告等の業務にも従事。一般社団法人ピープルアナリティクス&HRテクノロジー協会にて上席研究員として活動。ピープルアナリティクスの推進に関するワーキンググループの運営に取り組む。人事データ保護士、専門社会調査士。


