報告1 人材サービスから見えるシニアの転職動向と活躍機会

データから見えてくるシニアの転職の実態

55歳以上の転職は増加傾向

私は、人と組織が持つ「無限の可能性」を拓くことをライフワークにしています。現在は、転職市場の新しい動き、採用戦略や働き方の新潮流をお伝えすることを仕事にしています。

まず紹介するのは、リクルートエージェントにおける転職者数の推移です。2019年度を1とすると、全体では2023年度が1.53です。しかし55歳以上に限ってみると、2020年度が1.31、2021年度が2.21、2022年度が2.96、2023年度が4.52となっており、55歳以上の転職者が年々増加しています。

これは企業側がシニアを中途採用、キャリア採用していることの裏返しでもあると思います。

男性は年齢の上昇にともない雇用形態が多様化

次に紹介するのはジョブズリサーチセンターの調査で、直近1年間で仕事探しを行い仕事が決まった55歳以上の人における、決まった仕事の雇用形態です。

まず男性についてみると、「正社員・正職員」は55歳~59歳で61.2%ですが、60歳~64歳は29.2%、65歳~69歳が8.4%です。年齢が高くなるにつれて「正社員・正職員」の割合が低下しています。一方で「契約社員」は55歳~59歳が9.2%、60歳~64歳が30.6%、65歳~69歳が33.0%と、年齢の上昇により増加しています。「アルバイト・パート」は55歳~59歳が18.5%、60歳~64歳が28.7%、65歳~69歳が48.1%となっています。このように、男性は年齢が高くなるにつれて雇用形態が多様化しています。

女性については、「アルバイト・パート」が55歳~59歳が60.5%、60歳~64歳が76.0%、65歳~69歳が80.9%と、いずれの年齢層でも高いシェアを占めています。「正社員・正職員」や「契約社員」の割合は少ないです。

これらの結果は、本人がこの働き方を希望したパターンと、自身の生活上の制約などから希望が叶わず、消極的に雇用形態を選んだパターンが混在していると認識しています。シニア一人ひとりの「働き方と働きがい」を両立する多様な選択肢の整備が重要だと思います。

ポータブルスキルによるシニアの越境転職事例

企業も個人も異領域に越境

次に、ポータブルスキルや持ち味をうまく生かして、業種や職種を超えて転職した事例を紹介します。

以前は「転職35歳限界説」という言葉もありましたが、そのような年齢による限界は、現在の転職市場を見ていると少なくなってきていると思います。

その背景にあるのは、変化を求めて企業も個人も、異領域に越境してきているということです。私は企業の人事の方にもよく話を聞きますが、やはり既存事業は時間が経つとコモディティ化してしまうので、新しい市場、アジア市場、グローバル市場に進出したり、既存の商品・サービスを新しいものに変えて、新たなイノベーションを起こして再成長するという企業が多いです。自動車業界、金融業も含めて、あらゆる産業がトランスフォーメーションに取り組んでいます。そうしたなかで、社内にはいない新たな異能人材の獲得が強化されています。そして、シニアが持っている豊かな経験、スキル、視座に期待して、企業は採用しているのだと思います。

一方で個人の方は、既存の業界や職種で同じキャリアをずっと積み上げていくなかで、自分のスキルが徐々に陳腐化してしまうことに危機感を覚えて、新たな業界、新たな職種領域、新たな成長領域に越境しています。そうした動きを支える大きなキーワードがポータブルスキルだと思います。

厚生労働省の定義によると、ポータブルスキルとは「業種や職種が変わっても通用する、持ち出し可能な能力」のことです。個人はこれをうまく棚卸しをして、企業はそれを積極的に評価することで、業種や職種が異なっても活躍する能力があることを多くの企業や個人が理解していきます。それによって新たな人材流動が発生します。

専門スキルや知識も非常に重要ですが、同じ業種や職種、同じ会社でも、一人ひとりの仕事のしかたや人との関わり方は千差万別です。仕事のしかたは、現状の把握、課題設定、計画立案、課題の遂行、状況への対応と、一人ひとりに違った持ち味があります。人との関わり方についても、社内対応に強い人、社外対応に強い人、上司対応に強い人、部下マネジメントに強い人、メンバーと一緒に共創して面白いチームビルディングができる人と、さまざまな人がいます。こうした観点と、本来持っている専門スキルや知識を組み合わせて、越境がどんどん進んでいる、人材流動がどんどん加速していくと思います。

ホテルの経理業務と親の介護経験をもとに、有料老人ホームの施設長に転職

リクルートエージェントにおける、ポータブルスキルによる60代前半の転職事例を4つ紹介します。

まず1人目は、ホテルで経理を長く担当していた人で、有料老人ホームの施設長への転職に成功しました。この人はマネジメント経験というポータブルスキルに加えて、親御様の介護経験も企業から評価されました。まさに、業種も職種も越境した象徴的な事例です。

メーカーでの品質保証とスポーツのコーチ経験をもとに、スポーツ団体の設備管理に転職

2人目は、機械メーカーで品質保証の業務に携わっていた人が、スポーツ団体の設備管理に越境転職した事例です。この人は定年後に、今まで長く向き合ってきた趣味でもあるスポーツ関連の仕事に従事したいと希望していました。転職に際して活きたのは、設備保全の知見と、スポーツチームでのコーチ経験でした。機械メーカーで品質保証に携わっていた人が通常の転職活動をすると、また機械メーカーで品質管理の仕事を探すことが多いですが、こちらも業種や職種を越境した例です。

そのほかにも、機械プラントで電気エンジニアをしていた人が、設備系施工経験とセールスエンジニア経験を活かして再エネ技術営業に転職した事例や、同じく機械プラントの電気エンジニアだった人が、経営企画や工場長としての人をとりまとめる経験をもとに建材メーカーの生産管理に転職した事例があります。

シニアの活躍機会の拡大へ

個人のチカラをパズルのように組み合わせて活かす「パズワク」

次に、転職した後に活躍するためのヒント、TIPSを紹介します。キーワードは「パズワク」です。これは、かつて私が在籍したジョブズリサーチセンターが「2017年のはたらくトレンド」として発表したキーワードです。働くことについて不安や苦手があっても大丈夫という、個人のチカラをパズルのように組み合わせて活かし合う「パズルワーク」に増加の兆しがあることを発表しました。

かつての企業は、何でもできそうな人の採用を目指すことが多い傾向にありました。つまり、時間も知識もスキルもすべて揃っていて、フルタイムで働けて夜中まで働ける人です。しかしこれからは個人のチカラをうまく組み合わせて、一人ひとりが「時間」「知識」「スキル」の全ては持っていなくても、「ここだけは強いんだ」とか、「この時間だけは可能だ」というものをパズルのようにうまく組み合わせることで成果を生む、そのようなトレンドです。この2017年のトレンドからずいぶんと月日が経過しましたが、この傾向はずっと続いていると認識しています。

シニアと若手のスキルを融合

この「パズワク」の具体的な事例を3つ紹介します。いずれも2017年時点の情報です。

1つめは静岡県の株式会社トーエネックです。シニアの熟練スキルと若手のCADスキルをうまく組み合わせることで、古い建設現場の図面のデータ化を実現して効率がアップしました。現場に行かなくても建設図面だけで電気工事の図面を書き起こせるスキルを持つ68歳のベテランと、CADスキルを持つ25歳が組み合わさることで、職場の生産性が圧倒的に高まりました。お二人のいわゆる成長実感や貢献実感も上がっています。

次はクリーニング業の株式会社喜久屋の事例です。週3日の療養と仕事を両立しながらも、包容力の高さや貢献意欲でリーダーとして活躍している50代の女性と、感謝の気持ちを忘れずに苦手でもやってみることを大切にしている40代の女性が組み合わさることで、オーダーメイド制シフトで非常にうまくいき、二人とも活躍しています。

3つめに小売業の東急ハンズ渋谷店では、長年培った彫金の豊富な知識を生かしてお客様に合わせた接客をする76歳男性と、PC作業や正確な在庫管理が得意な方が組み合わさることで、売り場全体のスムーズな接客が実現しました。

AI関連の業務にシニアの日本語力と真面目な姿勢を生かす

こうした組み合わせの妙として最後に紹介するのが、株式会社ライトカフェの事例です。リクルートの「グッドアクション・アワード」を2020年に受賞しました。日本語AIアノテーションという、AIに日本語の教師データを教える業務があり、教師役としてシニアの人材に白羽の矢が立ち活躍しています。この業務ではITスキルではなく、シニアならではの日本語力と真面目な姿勢を生かし、非常に成功しています。業務のスキル要件の定義と、働く人のスキルをうまく見極めている事例だと思います。

シニアがイキイキする社会へ

最後にまとめとして、シニアの皆さんがイキイキと働ける社会を築くためのポイントを3つ紹介します。

ポータブルスキルの可視化が重要

1つめは、暗黙知の強みや持ち味を見極めることです。私どものキャリアアドバイザーへ相談に来るシニアの人は、「自分には何も強みがない」と謙遜する人が多いです。しかし実際には、表出されていない暗黙知の強みをたくさんお持ちです。長年培った経験・知識の棚卸しをして、ポータブルスキルを可視化することが大事です。

苦手なことも隠さず伝え、チームで補う

2つめは、譲れない希望や制約に寄り添うことです。これは企業と個人の双方についてです。個人は、貢献したい希望を明らかにして企業に伝えることが大事ですし、譲れない時間や場所の制約をしっかりと伝えていくことも大事です。企業側も、この先の人生で何を実現したいのかというシニアの希望をしっかりと聞いて、さらに時間や場所の制約も把握したうえで、入社後に持続的に活躍できる環境を整えることが大事です。

最後に、3つめは、一人ひとりの持ち味を組み合わせることです。転職に際しては、企業側に強みを伝えることが多いです。しかし、苦手な部分も隠さずにあえて伝えることで、チームとして補い合えることは、先ほどのパズワクの事例からもわかります。

強みだけでなく、苦手なこともうまく伝えながら、それを組み合わせてシニアの豊かな知恵や経験を活かすことが、個人にも企業にも社会全体にも、とても大事なことだと思います。

プロフィール

藤井 薫(ふじい・かおる)

株式会社リクルート HR統括編集長/『リクナビNEXT』編集長

1988年リクルート入社以来、人材事業に従事。TECH B-ing編集長、Tech総研編集長、アントレ編集長、リクルートワークス研究所Works編集部、リクルート経営コンピタンス研究所を歴任。デジタルハリウッド大学特任教授、情報経営イノベーション専門職大学客員教授、千葉大学客員教員。厚生労働省・採用関連調査研究会の委員を歴任。著書に『働く喜び 未来のかたち』(言視舎)。

※所属・肩書きは開催当時のもの