パネリストからの報告1 労働者側弁護士からのコメント
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- 竹村 和也
- 東京南部法律事務所 弁護士
- フォーラム名
- 第134回労働政策フォーラム「ICTの発展と労働時間政策の課題─『つながらない権利』を手がかりに─」(2024年8月30日-9月5日)
- ※所属・肩書きは開催当時のもの
- ビジネス・レーバー・トレンド 2024年12月号より転載(2024年11月25日 掲載)
つながらない権利の労働政策上の課題について、労働者側の弁護士としていくつかコメントしたうえで、今後の労働時間政策の課題についても簡単に触れたいと思います。
「つながらない権利」の政策的対応の必要性
勤務時間外の業務連絡にストレスを感じる労働者は6割超に
前提として、時間外・休日の連絡の実態はどうなっているのか。連合が実施した「“つながらない権利”に関する調査2023」の結果によると、多数の労働者がICT(情報通信技術)機器等を業務のコミュニケーションツールとして日常的に利用しており、「勤務時間外に部下・同僚・上司から業務上の連絡が来ることがある」と回答した雇用者は72.4%にのぼっています。
また、それにより勤務時間外に部下・同僚・上司から業務上の連絡が来ることで、「ストレスを感じる」労働者は62.2%、「連絡の内容を確認しないと、内容が気になってストレスを感じる」労働者は60.7%に及び、多くの労働者がストレスを感じている現状にあることもわかっています。
連合調査では、取引先からの連絡に関する状況も尋ねており、「勤務時間外に取引先から業務上の連絡が来ることがある」の回答割合は44.2%にのぼっています。こうした結果から、つながらない権利を制度化するにあたっては、この取引先との関係をどうするかという点も意識する必要があると思います。
また、在宅勤務については、勤務時間と生活時間が密着・混在していることから、勤務時間外の連絡へも対応しやすく、長時間労働になるリスクが高いという指摘があります。私が担当する案件でもそうした実態がみられますが、こうした在宅勤務固有のリスクも考える必要があります。
勤務時間外の指示に対応した場合は労働時間に該当する可能性
時間外の連絡について、実務的にどのような問題が生じるのか。まず前提として、時間外・休日の連絡には、①即時の業務遂行の指示②翌日以降の業務遂行の指示③報告のみ──など、さまざまなパターンがあります。いずれにしても、時間外・休日であるため、労働者には対応する義務、労務を提供する義務は基本的にないと考えてよいでしょう。
そのうえで、①即時の業務遂行等を指示する連絡があり、それに対応した場合、それに要した時間は当然、労働基準法上の労働時間に該当する可能性が高いと考えられます。一方で、明示または黙示の業務遂行の指示はないものの、労働者が自主的に対応してしまった場合、これを労働時間としてどのように評価するかという点においては、争いが生じるものと思います。労働者に健康被害が生じていなかったり、紛争になっていない段階では顕在化しにくいことが多いのですが、自宅でのメール等のやりとりは、労災事案や残業代請求事案などで時に争いになるケースが多くあります。
勤務時間外の業務連絡の心理的負荷を考慮する必要性も
また、労働者が対応しない場合でも、時間外に業務連絡があることそのもので心理的負荷を与えていることは先ほどのとおりですが、現状では労災事案等において、時間外にメールがあった事実のみをもって業務起因性判断で考慮されることは少ないのではないかと思います。この点、今後どのように評価していくか、検討が必要です。
なお、時間外に業務指示が頻繁にある場合、労働時間の特別規制(事業場外みなし/裁量労働制)や適用除外(管理監督者)の要件には影響があるのかという点も注目しています。裁量労働制についてはいわゆる自主性の要件に抵触する可能性、管理監督者については労働時間に関する裁量に抵触する可能性があるのではないかと考えます。
ただし、より問題なのは、これら裁量労働制、管理監督者として扱われている人ほど、必ずしも業務指示ではないメールにどんどん対応してしまう傾向があることです。これは、私自身、個別案件を担当していても感じているところです。いずれにしても、こういった事態は労使双方にとって好ましい事態ではないでしょう。
ICTの発展によって、いつでもどこでも働ける社会になったことで、時間外・事業場外でもつながりやすい社会になっています。時間外の業務指示に対応すれば、それは労働時間になり、質の問題だけでなく量の問題にも影響しますし、対応しなかったとしても、仕事に接続されることへの心理的負荷も考慮しなければならなくなります。一方で、つながらない権利はテレワークの進展に伴い注目されるようになりましたが、一般的にはまだまだ認知度が高くありません。そうした意味でも、国がつながらない権利に対する政策的対応を行い、その推進を図る必要性は極めて高いと考えています。
「つながらない権利」の具体的規制のあり方
「つながれない労働者」にも注目すべき
それでは、つながらない権利の具体的規制をどのように行っていけばよいか。前提として、まず、つながらない権利を確認することが出発点となると考えます。プライベートを軽視しがちな日本の労働環境ですが、まずはそこに「気づき」を与えることに意味があります。そのうえで、労働者によってはつながらない権利を主張しにくい場合があり、その不公平感をどのように対処するかという点も考えていく必要があります。
また、ここで私が留保したいのは、「つながれない労働者」にも注目すべきではないかということです。ここで言う「つながれない労働者」は、機器等の設備等の物理的な意味ではなく、時間外につながれない、つまり家事・育児などの無償のケア労働等に従事している労働者を示しています。つながらない権利を議論する際、規制されずに「つながりたい」と考える労働者や、「つながりたくない労働者」の観点で意見が出ることが多いと思いますが、この「つながれない労働者」との関係をどのように考えるかという点も、ぜひ検討したいと考えています。
対応しないことへの不利益取扱いの禁止を明文化すべき
そのうえで、ここでは現時点での私の見解を、山本先生の報告にあった、諸外国におけるつながらない権利に関する法規制の類型をふまえて整理させていただきます。
まず、勤務時間外・休日に業務上の連絡に対応しなかったことを理由とする不利益取扱いの禁止については、明文化すべきと考えます。ただし、業務命令としての正当性が認められるケースが全くないと言えるかは、例外を設けるかどうかという点にも関わり、検討する必要があると思います。
次に、勤務時間外・休日における連絡の禁止という規制を設けるかについては、私は法律のもとで一定の枠をはめなければ実効性に欠けると考えており、あり得る選択肢だと思います。ただし、現場ごとの状況の違いで、例えば現場の自主的な対応がうまく機能する可能性もあるので、国による一律の規制を前提として、労使協定等の労使コミュニケーションによる例外設定や調整を可能にすることも考えられると思います。
なお、労使協定や労働契約中における、つながる時間帯、あるいはつながらない時間帯の明記の義務付けや、つながらない権利を行使するための労使交渉・企業内キャンセルポリシー策定の義務付けは、ゼロベースで労使交渉に任せるのであれば、労働組合が機能していない現場もあるため、懸念するところです。
つながりたい労働者への配慮は労使交渉による調整で解決を
労働者のなかには、規制されずに「つながりたい」と考える人も一定数存在します。私も実務上、耳にすることが多いのですが、「つながる」結果として業務遂行まで行う場合、先ほど述べたとおり、それは時間外労働となる可能性があるため、それが尊重されるべきことなのかどうかについては労使で考える必要があります。
また、「つながりたい労働者」の希望を優先することは、先ほど申し上げた家事育児などを担う「つながれない労働者」との間で不均衡をもたらすのではないかという点も危惧しています。「つながりたい労働者」がつながれないことへの心理的負荷については、一定の配慮・対応が必要だと思いますが、規制のベースを置くことで一定程度改善される可能性があります。ただし、労働者が納得することが必要なので、労働者の個別合意だけに任せるのではなく、労使交渉による例外設定・調整を行うなかで、そのニーズを反映させることで解決すべきと考えています。
また、取引先からの連絡をどのように規制するかですが、時間外の取引先からの連絡に対応する必要がないということを労使で明確化し、取引先と使用者との間で時間外の連絡方法についてルールを設定すればよいと思います。
「つながれない労働者」も含めた労働時間規制の捉えなおしを
最後に、労働時間政策を進めるうえで、私は、労働時間規制の捉えなおしが必要であると考えます。そもそも現在の労働時間規制が想定する標準的労働者に、「つながれない労働者」のような家事育児を担う労働者が含まれていないと思われますので、そういった労働者も想定した最低基準の設定を行うべきです。こうした観点から、現在の量的規制を改善する必要があり、上限規制の引き下げやインターバル規制の義務化などにつなげていくべきではないかと考えています。
そのほか、労働者に負荷を与えるものが労働基準法上の労働時間に限定されないことをふまえた対応について、実務上、例えば医師の自己研鑽時間や、飛行機の運航乗務員等のスタンバイ時間など、労働基準法上の労働時間に必ずしも該当するとは言えないグレーな時間帯があります。これらを労働時間規制においてどう評価するか、組み入れていくかという点は重要だと思いますし、少なくともインターバル規制の対象にしたり、健康確保措置の対象とすることが検討されるのでないかと思います。
プロフィール
竹村 和也(たけむら・かずや)
東京南部法律事務所 弁護士
東京南部法律事務所弁護士。大阪府出身。関西大学卒業。早稲田大学法務研究科修了。2012年弁護士登録。現在、日本労働弁護団事務局長・常任幹事、東京弁護士会労働法制特別委員会委員、日本弁護士連合会労働法制委員会委員。労働者・労働組合側で労働事件に携わっている。