研究報告2 産業人材ニーズと大学教育内容の関係の見える化の試み
- 講演者
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- 宮本 岩男
- 中小企業庁 総務課長
- フォーラム名
- 第132回労働政策フォーラム/大学等の質保証人材育成セミナー「キャリア形成に寄与する学び直し・リカレント教育」(2024年3月16日-19日)
産業界からすると、産業界の人材育成ニーズに合った教育を大学側にしてもらえたらありがたいという話が昔からありました。しかし、20~30年前は、入社面接で、大学で何を勉強したか、どんな成績だったかはあまり評価されていなかったような気がします。
その頃は、終身雇用で、企業側も定年までに教育すればいい、むしろ地頭の良い学生を採用できればいいと考えていたのだと思います。ところが、これがいつの間にか変わってきた。特に近年、産業界のニーズに合った教育をもっとしてほしいという議論のなかで、産業界が言い出したキーワードの1つだと思っているのは、「即戦力のある人材が欲しい」。ですので、IT人材が不足しているということが議論されるようになったのだと思います。
即戦力を求めるもう1つの背景は、終身雇用がそこまで維持されなくなり、人がどんどん辞めてしまうという状況が出てきたことだと思います。
本日は、産業界が求める人材ニーズと、大学教育の内容の関係がどうなっているのか、特にIT分野に注目して分析した結果を紹介します。
分析を行ったきっかけ
シート1は、私が面白い事象が起こっているのではないかと思って着目するきっかけとなったデータであり、文部科学省が毎年実施している学校基本調査の2019年のデータです。それぞれの学部・学科に在籍する学士、修士・博士の学生の人数や、その学生たちがどういった職業に就職したのかがわかります。左側のグラフが学士のデータで、右側のグラフが修士・博士のデータです。学校基本調査では、技術系と事務系の職種に分けて分類しています。技術系の職種だと、研究者、製造技術者(開発)などに分かれます。事務系の職種では、事務従事者、販売従事者などに分かれます。
棒グラフは、文系出身者と理系出身者に分けて悉皆調査で人数をプロットしたものですが、学士からみていくと、全体的に文系の事務系の職種に就職している学生のほうが圧倒的に多くなっています。ただ、不思議なことに、情報処理・通信技術者については文系と理系が同じぐらいおり、割合にすると約50%しか理系出身者がいません。これが修士・博士になると、人数は大きく減るのですが、割合でみると8割以上が理系出身者になります。
学士の情報処理・通信技術者でなぜこんなに文系の割合が高いのか。このあたりの点が、IT系の人材が不足していることと何か関係するのではないかと思ったわけです。これを問題意識の発端として、内閣府に出向したときに、「エビデンスシステム」(e-CSTI)といわれる、さまざまなデータを集めて政策を科学するプロジェクトに関わった際に、「人材育成に係る産業界のニーズの見える化」について、データを取って分析しました(シート2)。以下、この分析結果を紹介します。
分析結果
20歳~45歳未満の社会人に対して、2014年、2016年、2019年、2021年に実施したWEBアンケートの結果を分析しました。毎回、約6万人のデータをとっています。対象者の業種や出身学部・学科、現在の業務において重要な専門知識分野など、分析が可能です。また業務上で必要とされる専門知識分野も分析しています(シート3)。
回答者の属性をみると、シート4の右のグラフですが、化学系業種では、最も割合が高い学部・学科は応用化学等であり、農学系、生命工学等と続きます。真ん中のグラフの機械系・電気系業種をみると、機械系や電気系の学部・学科を筆頭に、情報系などが続きます。情報系業種をみると、情報系の割合が最も高いのですが、経済学系、経営学・商学系、法律学系、文学系など、文系出身者も非常に多いことが見て取れます。先ほど紹介した学校基本調査の結果とも非常に整合的となっています。
このデータを使って詳しく分析したものがシート5です。アンケートの中で、情報関連の業務に従事していると回答した人は約6,700人いたのですが、この約6,700人に対して、会社での業務を遂行するにあたって、「学んでおくべき科目」について聞きました。具体的には、理系の科目を中心に約135科目を並べ、特に「学んでおくべき科目」を上位5つまで選んでもらいました。
3科目以上選んだ人たちが6,700人中約4,000人おり、この約4,000人がどういう科目を選択したのかというパターンを、クラスタリングで分類しています。クラスタは1番~14番まであり、「学んでおくべき科目」の中から、最も選ばれた科目を左から並べ、上位30科目を表示しています。全体的に、「学んでおくべき科目」として投票数が最も多かったのがプログラミングになります。
私が面白いなと思ったのは、どの科目が重要なのかのパターンが、クラスタによって大きく異なっている点です。例えば7番の「セキュリティ」のクラスタをみると、情報通信ネットワーク、情報セキュリティの科目が選ばれていますが、8番の「基本ソフト、アプリ開発」のクラスタでは、全く異なる科目が選ばれています。
今度は、就活学生がどういった科目を学んでいるかというデータを取得した結果を紹介します(シート6)。なお、このデータは先ほどのアンケートとは別の調査のもので、株式会社履修データセンターが就職活動をする学生の履修データからとったものになります。約12万人のデータを可視化しました。シート5と比較するため、情報関連業務に従事している人が「学んでおくべき科目」としてあげた30科目を抜粋しました。このデータでは、就活生約12万人のうち、情報関係の科目を3科目以上履修している学生は約3.4万人いました。
履修パターンが似ている学生ごとに16個のクラスタに分けてみたのですが、科目の取り方に着目すると、プログラミングは、どのクラスタもそれなりに履修しています。しかし、アルゴリズムという科目は、上の情報系の学生のクラスタは履修していますが、下の非情報系のクラスタはほとんど履修していないことがわかります。情報理論も同様です。
一方で、統計学のように上のクラスタから下のクラスタまでまんべんなく履修している科目もあります。これは、情報系のクラスタに限らず、情報系の科目を学んでいないけれども統計学やコンピュータ概論は取っているクラスタもあるからです。
ミスマッチの背景
シート5で提示した産業界で働いている人たちがどのような科目を重要と考えているかというデータと、シート6で提示した学生はどういった科目を選んでいるかというデータは、並べて比較することができます。シート7がそれです。上側のグラフが社会人で、下側のグラフが学生です。
1つだけ特徴的な点を指摘すると、IT人材の中でも特に話題なのは、人工知能(AI)です。産業界ではAIは、「データ集計・可視化(研究・企画・営業)」のクラスタでとても重要だと認識されています。一方、学生のデータをみると、人工知能が主たる受講科目の学生でよく学ばれているのですが、学部や学科でみると、他の学部・学科ではほとんど教えられていない。したがって、量的なミスマッチ、供給と需要のミスマッチが起こっているのではないかと考えられます。
さらに、情報関連業務に従事している社会人が、今後どういったクラスタの業務がより高度化してくるか、あるいはニーズの不足感が出てくるかを集計した内閣府のデータもあります。例えば、人工知能を重要と考えている「データ集計・可視化(研究・企画・営業)」は、今後業務が高度化し、専門的な知識がさらに求められる分野になっていることがわかります(シート8)。
これらのアンケートに回答した産業界の人たちの年収も聞いています。クラスタに属する人たちの平均をプロットしたものです。実は意外に、業務の内容は異なるのですが、平均年収はどのクラスタもそれほど変わりません(シート9)。
見える化で得られる効果
これらの分析を総合すると何が言えるのか。まず、産業界のニーズと、大学が教えている教育内容の質的・量的ミスマッチがどうなっているのかについて、分析していくことが可能になったと考えています。そのうえで、大学として産業界のニーズに合致した教育内容にする必要があると考える場合には、例えばこういうデータを見れば、「どういった科目を受講した学生が産業界からより求められているのか」というようなことが見えるようになりますので、学部・学科のカリキュラムの中でどういった科目を用意すべきかや、どの科目の種類を増やすべきかなどのアイデアを得ることが可能になると思います。
一方、産業界は、学生の成績表でどんな科目を履修したかを参照すれば、自分たちが求める即戦力人材を選び出すことができます。ただ、情報科学系の学生は圧倒的に人数が少なく、IT人材を獲得しようと情報科学系の学生を探してもなかなか見つからないわけですが、年収が高いなどの情報を伝えることで、学生の履修の動機づけをすることができます。
また、求める学習内容を学んだ人材を採用時点で選びきるのが難しかったとしても、6~7割必要な内容を学んだ学生を獲得できれば、残りの3~4割の内容は、入社後にリカレント教育として提供できる。こうした内容を履修した人だから、この人にとって足りない科目・専門知識はこういうことであり、だからそれを教えましょう──というようなことを個人ごとにマネジメントできるデータが整理されれば、体系的に教育も可能になります。
最後に、学生も、自分たちの動機づけとして必要な科目を学ぶということができるようになって、これが実際の入社後の給与などのインセンティブと結びつけば、おそらく頑張ってそういう科目を履修するということにもなるでしょう。また、大学側、産業界側、学生側、それぞれにうまくインセンティブが働くような仕組みをつくっていけば、産学官の教育のミスマッチというものを縮小できるのではないかと考えています。
プロフィール
宮本 岩男(みやもと・いわお)
中小企業庁 総務課長
1995年東京大学大学院理学系研究科生物学科修了後、通商産業省入省。2002年米国ジョージタウン大学MBA修了。産学連携関係の部署としては、大学連携推進課課長補佐、大学連携推進室長、内閣府総合科学技術会議事務局参事官(エビデンス担当)を歴任。この他、観光、サービス業生産性向上等の分野でエビデンスに基づく政策立案(EBPM)に注力。2023年7月より現職。
(2024年6月25日 掲載)