趣旨説明

学び直し・リカレント教育が重要となっている4つの理由

学び直しやリカレント教育が重要となっている理由は4つあります。1点目は技術革新です。皆さんもChatGPTのような生成AIを使ったことがあると思いますが、この予想もしなかった技術革新、いわゆる第4次産業革命(デジタル化)により、これまで人間がしていた仕事がAIに取って代わられてしまうという、雇用の自動化への懸念があります。

2点目は職業人生の長期化です。以前は60歳まででしたが、その後65歳に、そして70歳まで働くというように、日本社会が大きく変わってきています。職業人生が長期化すると、その途中で何度も大きな社会変化に遭遇します。長期にわたって社会で活躍し続けるためには、人生の早い時期に勉強して、働き、リタイヤするという従来のモデルではなく、必要に応じて学び直すリカレントモデルと言われるキャリアが重要になってきます。

3点目は、今の日本の大きな政策目標である、新しい資本主義「人への投資」です。学び直し・リカレント教育を通じて成長分野に移動してもらう。そして、生産性を上げて賃上げする好循環をつくりたいという政策目標です。

4点目は、こうした流れとはやや異なりますが、日本型雇用を変えていきたいという動きがこれまでも長くあり、さまざまなタイミングで立ち上がってきましたが、このたびの盛り上がりはメンバーシップ型からジョブ型に変えようという動きです。

この動きは今の日本社会で大きな流れになっているとは言えません。しかし、学び直しやリカレント教育という概念から考えると、これまで長く働いてきた中高年が自分のキャリアをあらためて整理し、そして学び直しやリカレント教育を経て新しいキャリアを切り開いていくという点では、ジョブ型という概念は大変重要です。

学び直し・リカレント教育とリスキリングの違い

学び直し・リカレント教育というと、「リスキリングとどう違うのですか」という質問を受けます。さまざまな人がさまざまな定義を使っていますが、ここでは主に政策で使われている定義で進めたいと思います。

シート1の左側の図は文部科学省が発表したもので、ここでは、リカレント教育はリスキリングやアップスキリング、職業とは直接結びつかない教養的な教育も含めた学び直しとして理解されています。右下は厚生労働省のホームページの記載で、ここでは「学校教育からいったん離れたあとも、それぞれのタイミングで学び直し、仕事で求められる能力を磨き続けていくことがますます重要になっていて、このための社会人の学びをリカレント教育」と定義しています。このフォーラムでは、リカレント教育というものを広く受け止めつつも、基本的にはキャリアと関連する内容として捉えて進めます。

日本の学び直し・リカレント教育の現状

さて、現在の日本の学び直し・リカレント教育はどうなっているのでしょうか。シート2の左側の図は人材投資(On the Job Training以外)のGDP比を国際比較したものです。日本は国際的にみて非常に低いことがわかります。右側の図はパーソル総合研究所の調査結果で、社外学習・自己啓発を行っていない人の割合は日本では非常に高くなっており、企業は学ぶ機会を与えず、個人も学ばない傾向が強いというこれまでの傾向を示しています。

こうした状況についてシート3の文部科学省の資料は、現状は企業、個人、教育機関が三すくみの状態であることが原因の1つではないかと整理しています。大学・大学院等の教育機関においては、企業ニーズや社会人ニーズがわからない。企業・団体においては、社員にスキルを身につけさせると退職される心配がある、あるいはどんな教育が行われているかわからない。そして社会人は何を学べばよいのかわからない。こうした悩みによって、三すくみの状態にあるということす。

「境界」を越えるための装置

このフォーラムで三すくみの状態を打破できる素晴らしい処方箋を提示できるわけではありませんが、「境界」を越えるための装置に着目することで、少しでも改善したいというのがこのフォーラムの意図でもあります。

例えば教育界と労働界、企業間、国や社会などのさまざまな境界があります。この境界を越えるために、共通言語、そして翻訳装置の創出、あるいは見える化が非常に重要な装置になっていくと考えています。

労働政策では、これまでにも境界を越えるために、職業能力の見える化と社会的承認等が行われてきており、例えばホワイトカラーの職業能力の証明として、職業能力評価基準などが使用されています。これに対して、JILPTが現在進めている日本版O-NETでは、タスクという観点から共通言語を創出しようと取り組んでいます。

シート4の図が示すように、これまでの職業情報は職業ごとに提示されていました。しかしO-NETでは、抽象化された共通の基準に基づき全職業を数値化しています。必要なタスクは数値が高くなり、不要なタスクは低くなります。共通の基準で全職業を把握すると、例えば職業Aに就いていた人がBの仕事に就きたい場合を考えると、Aで身につけたタスクとBで必要とされるタスクを比べることにより、不足している部分を学び直しやリカレント教育で埋めていけばよいということになります。

境界を越える別の試みとして、全国資格枠組み(National Qualifications Framework: NQF)があります。学位・資格のあり方は国によって異なりますし、アカデミックな教育と職業教育訓練機関の位置づけもさまざまです。そうした多様な学位・資格の情報を一元的に整理して可視化を図る参照ツールがNQFです。

シート5の図の例では、X国でレベル5に値する職業資格や学術資格を持つ人は、共通の資格枠組みではレベル4に位置づけられます。他方で、Y国でレベル3の職業資格や学術資格を持つ人は、共通の枠組みではレベル4に位置づけられます。このように異なる学位・資格制度の比較可能性が高まることで、例えば外国人労働者や留学生が日本に入ってくるときや、あるいは日本からアメリカなど海外に行くときに、大変役立つわけです。

この労働政策フォーラムを共催している大学改革支援・学位授与機構では、日本の教育資格枠組みの試案を示しています(シート6)。

フォーラムの内容

こうした問題意識をふまえて本フォーラムでは、まず「AIと共に働くための学び直しとは?」と題して、JILPTの森山智彦研究員がこれまでの先行研究を丹念に整理し、今後に向けての示唆を示します。次に「産業人材ニーズと大学教育内容の関係の見える化の試み」として、中小企業庁の宮本岩男総務課長がIT人材に関する分析を紹介します。この分析は、大学での履修科目を軸にして、労働市場のニーズと学生の履修状況を定量的に把握し、ギャップを埋める1つのアプローチを示したものと理解しています。

これらの報告を受けて開催するパネル・ディスカッションでは、学び直し・リカレント教育に実際に携わっている方々にお話をいただくとともに、意見交換を行います。各大学の事例報告を行う会合はよくありますが、今回は職業訓練の担当者も一堂に会し、かつ意見交換も行うという珍しい形式です。ぜひご視聴いただければ幸いです。

プロフィール

堀 有喜衣(ほり・ゆきえ)

労働政策研究・研修機構 統括研究員

2002年日本労働研究機構(現 労働政策研究・研修機構)入所。博士(社会科学)。中教審大学分科会特別部会委員、労働政策審議会職業安定部会委員、社会保障審議会年金部会委員などを務める。最近の著作に、「新規大卒労働市場の長期トレンドと就職活動」『IDE』2023年11月号No.655 などがある。専門は教育社会学(学校から職業への移行研究)。

(2024年6月25日 掲載)

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