パネリストからの報告2 フローレンスの活動紹介

講演者
桂山 奈緒子
認定NPO法人フローレンス みらいのソーシャルワーク事業部 マネージャー
フォーラム名
第131回労働政策フォーラム「時間帯に着目したワーク・ライフ・バランス─家族生活と健康─」(2024年3月2日-6日)

ミッションは親子に関係する社会問題の解決

私からは、困窮世帯への支援を通じた現場から見えていることを紹介します。フローレンスは2004年に設立した認定NPO法人で、親子に関係するさまざまな社会課題の解決をミッションに掲げています。当初は病児保育問題に取り組み、その後は待機児童問題、障害児保育、多胎児、子どもの貧困や赤ちゃん虐待死にも取り組んでいます。

「37.5℃の壁」に着目して自宅訪問型の病児保育に取り組む

当法人が病児保育事業を行う背景には「37.5℃の壁」があります。保育園では子どもが37.5℃以上の熱を出すと預かってもらえません。子どもが熱を出すのは当然ですが、それによって預け先がなくなり職を失う人がいます。この問題に着目して、自宅訪問型の病児保育を2005年に開始しました。預かり件数は累計12万件を超えています。

障害児の保護者の就業を支援

10年ほど前は医療的ケア児を預かる施設が極度に不足しており、保護者が24時間ケアし疲弊している・働きたくても働く選択肢がない状況でした。こうしたなか、われわれは2014年に、日本で初めて、医療的ケアの必要な子や重症心身障害児を専門に長時間保育する「障害児保育園ヘレン」を開園しました。2015年には、保育スタッフが自宅で1対1で保育をする「障害児訪問保育アニー」を開始しました。両サービスを利用することで「安心して就労を続けられます」という声を保護者からいただいています。

「こども宅食」事業で子育て家庭に伴走

本日のフォーラムで特に紹介したいのが「こども宅食」事業です。日本の子どもの約9人に1人が相対的貧困、ひとり親家庭では約2人に1人が相対的貧困という状況に対してアプローチしている事業です。単なる食支援ではなく、定期的な食品のお届けをフックとして家庭とのつながりをつくり、子育て家庭に伴走しています。

具体的には、農家や企業から寄付食品を集め、それを梱包して個別に自宅に配送しています。配送の際に家庭の様子を見守らせていただき、何かお困り事などあれば、相談支援という形で社会資源につないでいく活動です。

最初は2017年に「文京区こども宅食」として、文京区と当法人を含む複数の団体と一緒に事業を開始しました。官民の複数の団体が連携して取り組むコレクティブ・インパクトという形式による運営で、文京区を含めたさまざまな企業・団体がそれぞれの強みを生かし、役割を分担して事業を運営しています(シート1)。

この事業は利用者が年々増えており、直近では約800世帯が利用しています。文京区こども宅食の活動とは別に、フローレンスグループの『こども宅食応援団』という中間支援団体は全国への普及活動も進めており、196団体、約40都道府県まで広がっており、利用数は約1.2万世帯となっています。

サービスを利用する世帯の8割が公的支援を利用していない

このサービスを利用している家庭にアンケートをして判明したことは、8割の世帯が公的支援を利用していないという実態です。自治体の窓口での相談経験がない世帯も多くありました。また、こども食堂やフードバンク、学習支援などの地域での活動もなかなか利用できていないことがわかっています(シート2)。

周囲に知られたくないという心理的な障壁も

これらの支援を利用できない理由を調査すると、さまざまな制約や障壁が存在していることがわかりました。なかでも大きいのは心理的な障壁です。子育てをうまくできていないと思われることや、生活が困窮していることを周囲に知られるのが心苦しい、親として失格と思われるのではないかという気持ちです。さらに物理的な制約もあります。仕事を掛け持ちしており、平日に行政の窓口に行く時間がない人もいます。また金銭的な余裕がなく、フードバンクやこども食堂に行くための交通費が捻出できないという声もあります。情報の伝達の問題で、そういった支援があることをそもそも知らなかったという声も多く聞いています。

「こども宅食」事業を全国に普及させるなかで見えてきた課題として、そもそも日本の福祉は申請主義で、困っている人が自身で行政の窓口を訪れて支援制度を申し込まなければ利用できないということがあります。もう1つは地域間格差です。地域の支援者の慢性的な不足が起きているため、形としては支援制度が整っているように見えても、実際には十分に支援を届けられない実態が生じています。

デジタルとリアルの「ハイブリッド」ソーシャルワークを展開

このような状況を解決するためにわれわれが取り組んでいることの1つが、デジタル技術の活用です。

食品配送等の支援を届けながら、さらにオンラインで継続的に声かけをして、ゆるやかに雑談・相談を受けて、情報提供・支援へとつなげています。われわれはこれをデジタルとリアルの「ハイブリッド」ソーシャルワークと呼んでいます。従来のソーシャルワークは、いわゆるリアルでの活動がメインですが、さらにオンライン上でのつながりや情報提供を組み合わせていく取り組みです。

現在、「デジタルソーシャルワーカー」として全国からフルリモートでさまざまな専門性を持った有資格者に参画していただき、こうした支援をより多くの家庭に届けられるように展開しています。神戸市、山形市、前橋市などの自治体とも連携しています。

企業と連携して、体験格差の解消へ

さらに最近取り組んでいるのが、体験格差への活動です。世帯年収300万円未満の困窮家庭の子どもは、3人に1人が学校外の体験がゼロであるという統計があります。こうした状況を受けて当法人は2023年、「夏休み格差をなくそうキャンペーン」として、複数の企業から提供してもらった遊びの体験寄付を、さまざまな困難を抱える家庭に提供する取り組みを実施しました(シート3)。

結果として2,885世帯に体験機会を届けました。参加者の感想をみると、「養育費をもらっていないので、収入確保のため平日と土曜日の週6日働いています」「休みは日曜日しかないため子どもと過ごす時間が少なく、夏休み等の長期休みも関係なく仕事をしている。長期休みの時期は値段も高くなる関係でどこかに連れていってあげたことがない」など、まさに時間貧困も含めた貧困状態にある家庭の悲痛な訴えがありました。

こうした家庭に無料で機会提供をすることは、非常に意味があったと考えています。こうした体験を、夏休みだけでなく恒常的に届けられる仕組みをつくることを目指し、現在も活動を続けています。

事業のインパクトを定期的にモニタリング

次に、「時間の貧困」に対する「こども宅食」事業のインパクト評価の結果を紹介します。「文京区こども宅食」事業では社会的インパクトマネジメントとして、事業を通じて生み出されたインパクトを定期的にモニタリングしながら、さらに事業改善に生かしていく取り組みをしています(シート4)。

事業が目指すアウトカムの定義をロジックモデルで整理しており、このなかで「余剰時間の増加」をアウトカムの1つとしています(シート5)。

年1回の評価を継続しており、そのなかで余剰時間にも一定の変化を観測しています(シート6)。

評価結果をみると、宅食利用家庭の35%が、余剰時間が増加したと回答しています。こども宅食を利用したことで、買物や調理に使っていた時間が減るなどして、1カ月の間に捻出された時間は平均31分です(シート7)。

31分だけかもしれませんが、その時間を休息や子どもと過ごす時間に充てられたという回答もあります(シート8)。また、「体験機会の提供」によって生まれている効果として、子どもと過ごす時間の増加に寄与しています。たとえば野球観戦など、余暇的な活動を親子で過ごすことができるという効果です。

経済的に苦しい世帯は他の困りごとも抱えている

最後に紹介したいのが、「こども宅食」利用家庭から見える就労と課題重複の状況です。「こども宅食」を利用している家庭に対して、家計や生活困難、病気・障害、子どもの体験機会の状況、また精神的なストレスと相談相手の有無についてアンケートをしたところ、重複する課題の数が多い家庭ほど生活満足度が下がるという傾向がわかりました。

生活満足度が低く、課題が重複している家庭をほかの世帯と比較すると、いくつかの特徴がわかりました。まず母親の正社員率が低く、無職の割合が高い傾向にあります。年収は約半数が200万円未満です。子育てに関してネガティブな経験を持っている人が8割います。経済面に加えて教育や就労面での困り度が高いです。

相談できる相手とのつながり、専門的な支援へのニーズも高いです。周囲からわからないように支援を受けられることがより重視されており、精神的なケアや相談に関するニーズも高い。つまり、経済的な負担が大きいだけでなく、病気・障害や、教育、自身の情緒不安定、子どもとの関係性、就労面でのトラブルなどに関して、一様に困り度が高い状況となっています。

プロフィール

桂山 奈緒子(かつらやま・なおこ)

認定NPO法人フローレンス みらいのソーシャルワーク事業部 マネージャー

2007年慶應義塾大学総合政策学部卒業後、株式会社リクルートに入社。国内最大規模のウェブサービスの企画開発・マーケティング、海外企業とのジョイントベンチャー立ち上げ等の新規事業開発、テクノロジーを活用した全社人事戦略等を担当。2019年より認定NPO法人フローレンスにて、文京区こども宅食等の複数の官民連携事業、地域団体の事業立ち上げ支援等の中間支援事業を統括。

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