パネリストからの報告1 両親の帰宅時間が子どもの成績や母親の両立葛藤に与える影響─「仕事と教育の両立」問題の実証的研究─

この発表は、「2021年度参加者公募型二次分析研究会『子どもの生活と学びに関する親子調査』を用いた親子の成長にかかわる要因の二次分析研究成果報告書(PDF)新しいウィンドウ」をもとにしたものです。分析の詳しい数値等は本報告では載せておりませんので、詳しくは報告書をご覧いただければと思います。

初めに自己紹介すると、私は新聞社勤務をした後に『「育休世代」のジレンマ』(光文社新書、2014年)という本のもとになる修士論文を出し、そこから東京大学大学院教育学研究科に博士課程として戻り、その後、シンガポールに夫の帯同で子どもを連れて5年間住んでいました。2022年4月から東京大学男女共同参画室で特任研究員、2023年4月から特任助教を務めています。

問題設定

子育て世代の課題が子の学齢期後の仕事と教育の両立問題に移行している

今回の報告の問題設定ですが、シンガポールでもこういった子どもの教育と仕事の両立といったテーマで調査をしており、子育て世代の課題が、仕事と乳幼児の育児の両立から、子どもが学齢期に達した後の仕事と教育の両立問題に移行してきているのではないかという問題意識で取り組んでいます。

「教育する家族」についてはすでにさまざまな先行研究が行われていますし、学校外教育の利用が必ずしも親の負担を軽減しないことや、教育役割が主にアジアなどで女性のライフコースに影響を及ぼしていることなども指摘されるようになっています。

時間帯や働く時間に関心が向けられてこなかったと考え調査を行う

ただ、こういった子どもの学力と家庭の環境の関連を見る際は、親の社会経済的地位との関連など、階層差に注目するものが多いと思います。母親の仕事については、母親が有職か無職かということにはわりと関心が寄せられてきていますし、パートタイムかフルタイムかといったことや、職種については多少、先行研究がありますが、必ずしも時間帯や働き方、働く時間には関心が向けられてこなかったのではないかと考え、この調査を行いました。

また、日本では特に、「教育する父親」ということで父親の存在もわりと取り沙汰されていますが、フルタイムで働く母親が増えるなかで、父親あるいは祖父母の支援というものが母親の役割に対してどういうふうに効いてきているのかということを調査しようと思いました。

問い

両親の帰宅時間の両立への影響を「教育」と「仕事」の面から分析

問いとしては、「両親の帰宅時間は『仕事と教育の両立』問題にどのように影響しているか?」ということで、主に2つのことを見ていきます。1つは、教育に関してで、「親のかかわりと子どもの成績や自己肯定感への影響」です。2つ目の仕事に関しては、「母親自身の就労への影響」です。母親が子どもともっと時間を過ごしたいと考える「時間負債」というようなことが言われていますが、それが確認されるかといったことを分析しました。

仮説

帰宅時間が遅いと親子のかかわりや成績などに影響が出るか

仮説としては、まず教育のほうですが、両親の帰宅時間帯を考慮に入れた場合の子どもへの影響として、1つ目として「両親の帰宅時間が遅いと、親子のかかわりが減る」。2つ目が「親子のかかわりが減る結果、子どもの成績や自己肯定感に悪影響がある」。次は、「帰宅時間とは独立に、他の育児資源を活用できれば、子どもの成績や自己肯定感に悪影響はない」。4つ目が「帰宅時間とは独立に、親の教育期待が高ければ、子どもの成績や自己肯定感に悪影響はない」。

仕事のほうは、主に母親の両立の悩みへの影響で、1つ目が「母親自身の帰宅時間が遅いと、『仕事と家庭の両立』の悩みを抱えやすい」。2つ目が「親子のかかわりが持てないと、『仕事と家庭の両立』の悩みを抱えやすい」。3つ目が「教育熱心であると、悩みを抱えやすい」。4つ目が「他の育児資源を活用できれば、悩みは抱えにくい」です。

使用データ

ベネッセ教育総合研究所の親子調査のデータを分析

使用データとしては、ベネッセ教育総合研究所の「子どもの生活と学びに関する親子調査Wave1~4, 2015-2019」を使用しています。データの制約上、小学4・5・6年生を対象にしており、2016年と少し古いデータになります。コロナ禍などの影響は見られないデータです。

まず、基本的なデータとして、両親の仕事がある日の帰宅時間を押さえておきたいと思います。黄色の棒グラフが母親の帰宅時間、青が父親の帰宅時間です(シート1)。

左端の非該当というのは、基本的には専業主婦など働いていない人で、もしかしたら在宅で何か変則的な仕事をしている場合などもこちらで回答しているかもしれません。その非該当は母親の場合が多く、また、母親では15時よりも前、15時~17時ぐらい、17時~19時ぐらいの各割合が20%弱となっています。一方、父親は、17時~19時ぐらいが十数%で、19時~21時ぐらい、あるいはそれ以降に山があり、夕飯を食べて子どもが寝る支度をする時間には、間に合っていなさそうな状況がわかるかと思います。

母親の雇用形態は、先行研究でもよく調査されていますが、その雇用形態と母親の帰宅時間をクロス表にすると、シート2のようになります。フルタイムの場合、90%程度が17時以降に帰宅していますが、17時~19時の間に帰ってくる人も68%と、それなりにいます。

パートタイムの場合は、約84%が15時前や15時~17時までとなっており、ほぼ小学校から子どもが帰ってくる時間帯には家にいられる状態とは思いますが、17時~19時に帰宅する方もいますし、フルタイムでも15時~17時という方も1割前後おり、雇用形態が帰宅時間分類に完全に一致するわけではないということがわかります。

分析

父親の帰宅が遅いとむしろ母子の会話は増える

分析結果からわかったこととしては、まず、仮説「両親の帰宅時間が遅いと、親子のかかわりが減る」に対しては、実は父親の帰宅時間が遅いと、むしろ母親と子どもの会話量というのは増えている(シート3)。これは母親の帰宅時間にかかわらずです。また、親子のかかわりは必ずしも帰宅時間が遅いことで減少しているわけではないということがわかりました。仮説が必ずしも予測どおりではなかったということになります。

母が17時以降、父が21時以降の帰宅だと子の成績は悪く出がち

仮説「両親の帰宅時間が遅いと、親子のかかわりが減る結果、子どもの成績に悪影響がある」「両親の帰宅時間とは独立に、他の育児資源を活用できれば、子どもの成績に悪影響はない」「両親の帰宅時間とは独立に、親の教育期待が高ければ、子どもの成績に悪影響はない」に関してわかったこととしては、母親の帰宅時間が17時以降あるいは父親の帰宅時間が21時以降だと、子どもの成績は悪く出がちです。

親子のかかわりを入れると、親子のかかわりが長いほうが確かに成績は良くなりがちなのですが、それとは独立して、帰宅時間の、母帰宅17時以降や父帰宅21時以降のネガティブな影響というのは残ります。

祖父母の支援をどれぐらい得ているかや、塾に通っているかということをみると、祖父母のほうは、成績に対する効果はありません。塾に通っていることは成績に好影響を与えます。ただ、これも、それとは独立して帰宅時間の影響は残っています。

では、帰宅時間の影響を弱めるものは何かというと、親が「いい大学に入るために成績を上げてほしい」「競争に負けた人が幸せになれないのは仕方ない」という考え方を持っているなどの教育期待が高い家庭。ただ、それだけではだめで、子ども自身の学習時間を確保できている子どもは成績がよいということがわかりました。

両親の帰宅時間は自己肯定感に特に影響を与えていない

次に、自己肯定感をみます。まず、両親の帰宅時間は自己肯定感に特に影響を与えていないことがわかりました(シート4)。親子のかかわりが増えると、両親の帰宅時間とは独立に自己肯定感に好影響を与えることがわかっています。それから、祖父母が子どもとかかわる回数や頻度、父親が子どもと過ごす時間というのは自己肯定感に好影響を与えていました。教育期待や成績の良さというのも自己肯定感に好影響を与えています。

分析2では、専業主婦を除く母親への「悩みや気がかりがありますか」という質問に対して、「仕事と家庭の両立」を選択しているかどうかというのを変数に、母親の悩みの決定要因をみていきます。仮説は先ほど紹介しましたが、わかったこととしては、両立の悩みは、子どもの数が多い、帰宅時間が17時以降で、父親の帰宅時間が19時以降になると抱えやすいということでした(シート5)。

また、親子のかかわりは、この悩みがあるかどうかに影響を与えておらず、母親自身が自分の趣味やスポーツの時間を取れていると悩みを抱えにくいということがわかりました。子どもの成績や教育期待の高さと悩みとの関係は有意には出ていませんが、1つ有意になった項目としては、親自身が「競争に負けた人が幸せになれないのは仕方がない」と考えていると悩みを抱えやすいということでした。

結論

帰宅時間は子の成績に負の影響、親子のかかわりは好影響だが帰宅時間とは独立

結論です(シート6)。帰宅時間は子どもの成績にネガティブな影響を与えていて、親子のかかわりは成績に好影響を与えるものの、帰宅時間とは独立であったということでした。他方、子どもの自己肯定感は、両親の帰宅時間と必ずしも関係がなく、親子のかかわりや帰宅時間にかかわらず、母親以外の大人、例えば祖父母、父親などの関与がポジティブな効果をもたらしていました。

成績に対しては、外部資源の活用はあまり効果をもたらさないのですが、教育期待が高く、家庭で学習時間を確保できている場合は帰宅時間の遅さの効果を減らすことができる。ただし、親の「競争で負けたら幸せになれないのは仕方がない」という自己責任論によって子どもが学習時間に駆り立てられているのであれば、必ずしもそれはいいことではないのではないかとの見方もできます。

母親の葛藤については、帰宅時間が遅いことは両立の悩みを抱えやすくすることが確認されたわけですが、これに対して必ずしも子どもの学力や教育の状況は影響を与えておらず、冒頭で申し上げたような、「仕事と教育の両立」問題に日本の母親たちが非常に直面しているというふうには、必ずしも言えないということがわかりました。

夫婦ともに帰宅できる時間を早められることが重要

ですので、メカニズムが必ずしも明らかになってはいないのですが、外部資源を使えばいい、祖父母や塾を使えばいいということではなく、やはり夫婦ともに帰宅できる時間を早められるほうが良い。ただし、教育格差、階層の再生産の話などをふまえると、夫婦両方ともに教育熱心な親というのも、子どもにとって幸せなのか、家庭間格差ということを考えてもそれが良いことなのかということも懸念点として付け加えておきたいと思います。

プロフィール

中野 円佳(なかの・まどか)

東京大学 男女共同参画室 特任助教

2007年東京大学教育学部卒、日本経済新聞社入社。2014年、立命館大学大学院先端総合学術研究科で修士号取得、2015年4月よりフリージャーナリスト。2022年より東京大学男女共同参画室特任研究員、2023年より現職。厚生労働省「働き方の未来2035懇談会」、経済産業省「競争戦略としてのダイバーシティ経営の在り方に関する検討会」、「雇用関係によらない働き方に関する研究会」委員などを歴任。著書に、『「育休世代」のジレンマ~女性活用はなぜ失敗するのか?』(光文社新書)、『上司の「いじり」が許せない』(講談社)、『なぜ共働きも専業もしんどいのか~主婦がいないと回らない構造』(PHP研究所)、『教育大国シンガポール』(光文社新書)。キッズラインをめぐる報道でPEPジャーナリズム大賞2021特別賞、調査報道大賞2022優秀賞(デジタル部門)。

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