報告 勤労者医療の現場から──17万件のメール相談から学んだもの

講演者
山本 晴義
横浜労災病院勤労者メンタルヘルスセンター長
フォーラム名
第126回労働政策フォーラム「労働と健康─職場環境の改善と労働者の健康確保を考える─」(2023年3月15日-20日)

労災病院の母体は、独立行政法人労働者健康安全機構で、基本理念は勤労者医療の実践です。勤労者医療とは、勤労者の健康と職業生活を守ることを目的として行う医療およびそれに関連する行為の総称と言われています。横浜労災病院には臨床の心療内科に加え、予防医療として1998年に勤労者メンタルヘルスセンターが開設されました。

平成時代はさまざまなメンタルヘルス関連指針が出される

平成時代は経済産業面では「失われた30年」と言われていますが、労働衛生分野では、労働安全衛生法のもと、さまざまなメンタルヘルス関連の指針が出された時代です。

今日のテーマに最も関係のあるのが、労働者の心の健康の保持増進のための指針、いわゆるメンタルヘルス指針です。心の健康づくり計画に基づき、セルフケア、ラインによるケア、事業場内産業保健スタッフ等によるケア、事業場外資源によるケアという4つのケアを継続的・計画的に実施し、メンタルヘルス不調に対する予防活動を行うという指針です。

一次予防とはメンタル不調を未然に予防すること、二次予防とはメンタル不調の早期発見・対応で重症化を予防すること、三次予防は再発の予防を意味します。

キーワードは「気づき」と「セルフコントロール」

まず、一次予防としての健康教育についてお話しします。メンタルヘルスとはストレス対策であり、キーワードは「気づき」と「セルフコントロール」です。

ここでメール相談事例を紹介します。30代の女性からのメール相談で、4月に転勤になり上司との人間関係に悩んでいる事例です。要約すると、「もう仕事をしなくていいと捨てぜりふを吐かれ、言葉にはできないくらいショックでした。仕事へのやる気をなくし、何をするにも自信がなくなってしまいました。私を叱責した上司は、仕事はできる方ですが、機嫌が悪いと八つ当たりされるので、一日中びくびくしています。何か良いアドバイスをください」という相談でした。

「お辛いご様子伝わってきます。上司に言われたこと、かなりきつかったのですね。たぶん上司もその時忙しくて大変だったのでしょう。私も同じようなストレスに悩むことがあります。そんな時に愚痴を聞いてくれる仲間がいることで救われています。そして、ストレス解消法もたくさん見つけてください。1度しかない人生です。自分を信じ、仲間を信じ、将来の幸せを信じて今の職場で頑張ってください」というのが私の回答趣旨でした。

これに対して、「『上司もストレスが溜まっていたのでしょう』という言葉に、ハッとさせられました。あらためて目からウロコでした。仕事にも頑張れるようになりました」との返信をもらいました。こうした相談者からの感謝のメールに私自身も大きな勇気をもらっています。

インターネットでメンタルヘルスチェックできる「メンタルろうさい」を開発

次に、ストレスチェック制度についてお話しします。ストレスチェック制度の目的は、労働者自身のストレスへの気づきや、対処の支援によるメンタルヘルス不調の一次予防です。さらに、ストレスの高い人を早期に発見し、医師による面接指導につなげることです。

ストレスチェック制度は、「実施前の準備」「ストレスチェックの実施」「面接指導」「集団分析」の4段階に分かれていますが、高ストレス者と判定されても面接指導につながっていないという課題があります。医師面接を勧められても、実際に医師面接を受けるのは1%にも満たないというのが現実です。

そこでわれわれは労災疾病研究として、インターネットによるメンタルヘルスチェック&サポートシステム「メンタルろうさい」を開発し、現在普及活動をしています。

質問項目は、米国国立労働安全衛生研究所(NIOSH)の職業性ストレスモデルの6要素すべてを含み、うつ評価には国際基準であるCES-D(うつ病自己評価尺度)を、ストレス対処法には影山隆之氏が開発したBSCP(勤労者のためのコーピング特性簡易尺度)を採用しています。約200の質問に回答すると、即座に結果報告書が表示されます。これを産業医や、保健師、あるいは主治医に、労働者本人から提供することで、メンタルヘルス不調の一次予防のみならず、二次予防、三次予防にも利用可能です。

個人使用は無料で提供していますので、ぜひご活用いただければと思っています。現在実行しているストレス対処法を分析し、足りない対処法を知ることもできます。また、リンク先として、ポータルサイト「こころの耳」を紹介しています。「こころの耳」では、対象者別、目的別にページが示されており、医療機関を見つけるのにも役立っています。「5分でできる職場のストレスセルフチェック」も紹介しています。

メンタルヘルスの不調に気づいた時の解決方法は、①セルフケアを実行する②身近なサポートを利用する③専門家と協力する──ですが、メール相談や「こころの耳」の積極的な活用を勧めています。

全国19の労災病院で電話相談を実施

次に、二次予防としての相談窓口の役割について説明します。相談窓口設置の背景には、自殺者の急増による自殺対策基本法と自殺総合対策大綱の制定があり、長時間労働の是正、職場におけるメンタルヘルス対策の推進、ハラスメント防止対策など、勤務問題による自殺対策が重要な課題となりました。

「自殺前8割が相談せず」という新聞記事も出たなか、対策の1つとして、全国19の労災病院で電話相談を実施しました。横浜労災病院ではメール相談を受け付けており、現時点で約17万件の相談を受けています。現在、電話相談業務は「こころの耳」に受け継がれており、「こころの耳」では電話のほか、メールやSNSでも無料でサービスが受けられます。

メール相談事例を紹介します。早朝4時28分の受信です。「死ぬことにします。私が生きていると、家族も友人も誰も彼も嫌な思いをするのです。・・・さようなら」

返信メールです。「お辛いご様子伝わってきます。専門医の診療を受けていますか。いつごろから死にたくなったのか、もう少し詳しい状況を教えてください。1度しかない人生です。絶対に死んではいけません。決して心が弱いからではありません。専門医に診てもらってくださいね」と返信し、出勤しました。病院についてパソコンを開くとすでに返信がありました。

「先生、メールありがとうございます。私は20代の会社員です。最近、毎日辛くてつらくて会社にも行けません。うつ病については何となくそうかなと疑いながら、病院に行く勇気が出ませんでした。(中略) 明日にでも病院に行ってみようと思います」とありました。私はメールでうつ病の診断や治療をしようとは思っていません。ただ、誰にも相談しないで命を絶つ人が多いなか、メールをはじめとした相談窓口の役割は大きいと確信しています。

管理者は時間管理し、産業医は定期的に面接指導を行うことが大切

次に、過重労働対策についてお話しします。2002年の過重労働対策では、長時間労働者に対する面接指導が義務づけられました。当初は月100時間を超えた時間外・休日労働により、疲労の蓄積が認められる労働者で、本人が申し出た場合、事業者は医師から就業上の措置に関する意見を聴取し、必要に応じて労働時間の短縮などの措置を講ずると定められましたが、現在は本人の申し出のない場合も、過重労働者には積極的に医師面接を受けるよう指導されています。

格好の事例を紹介します。夜11時35分の着信で、過労の夫を心配した奥さんからの相談メールです。

「夫30代銀行員のことでご相談します。今までもだいたいの帰宅時間は午後10時でしたが、異動してからは朝7時に出社し、帰宅は午前2時という生活になってしまいました。土曜日も出勤で、その土曜日ですら午前2時の帰宅です。頭痛や平衡感覚がなく揺れているという状態が続いていました。こんな生活スタイルなので、病院へ行く時間がありません。このままでは夫は倒れてしまいます。どうすればよいのでしょうか?」

この現実を事業主や管理監督者や産業医は知っているのでしょうか。本人の申し出がなければチェックできないのでしょうか。この労働者が倒れたら、日本のどこかの医療機関の救急で診てもらえるでしょう。でも、それでは遅すぎるのです。

「どんな病気にも言えることですが、どれだけ良い薬や病院があっても1番大切なことは、健康的な生活を自分で実践するということです。もし会社に産業医がいるならば、ぜひ相談し対応してもらってください」と回答しました。

モーレツサラリーマンは倒れる前には病院に行きません。倒れてからでは、遅すぎます。過重労働による血管病変が自然経過を超えて著しく増悪し、死に近づくというのが過労死のモデルです。管理者は時間管理をきちんと実施し、産業医は定期的に長時間労働者に対する面接指導を行うことが大切です。

これまでのメール相談の経験を、『ドクター山本のメール相談事例集』(2011年)、『メールカウンセリングエッセンス』(2020年)という本で紹介しています。自殺予防には、やはりうつ病の症状を早めにチェックすることが必要です。そのためにも、医師面接や「メンタルろうさい」の活用をお勧めします。

合同面談を用いた復帰支援「横浜労災モデル」が効果上げる

三次予防は再発予防ですが、具体的には、「職場復帰支援」と「治療と仕事の両立支援」がそれに当たります。メンタルヘルス不調により休業した労働者に対する職場復帰支援については、事業者向けマニュアルとして「こころの健康問題により休業した労働者の職場復帰支援の手引き」が公表されています。

この手引きでは、5つのステップで復職を考えることが大切だとしています。まず休んだ段階から復職の準備をすることです。そして、第2ステップで主治医による復職の判断をし、それをもとに、職場で復帰支援プランを作成し、その経過を見て職場が最終的な職場復帰の決定を行い、復職した後のフォローアップを行い再発予防につなげます。

われわれは専門医による合同面談を用いた職場訪問型復職支援を行い、これを「横浜労災モデル」として実践し、効果を上げています。合同面談の参加者は、当該労働者のほか、上司、人事担当者、保健師、それに嘱託産業医である私で、手引きにある復職支援を定期的かつ継続的に行います。

休職中は、病状が安定したあたりから毎日、生活記録表を記し、週1回産業医と保健師に報告し、月1回の合同面談に活用するようにしています。日中の昼寝が多かった人が、基本的な生活習慣ができるようになると、本人も周囲も産業医も主治医も、安心して復職時期の判断が可能となります。

コロナ禍で職場訪問ができなくても同等の復職の成績

復職後のフォローアップも合同面談で確認し、安全・安心かつ安定した職場復帰が可能となりました。職場訪問型復職支援は、冊子にまとめていますが、当病院のHP上でPDF形式でも公表しています。この方法はコロナ禍で職場訪問ができなくなってからも、オンラインによる合同面談が可能となり、復職の成績もこれまでと同等以上でした。

復職支援のポイントは、合同面談と生活記録表、メール相談の活用で、合同面談がオンラインに移行したことでのデメリットは特になく、キャンセルがなくなるなどのメリットがありました。合同面談の特色は、「本人のことは本人のいないところでは決めない」というオープンダイアローグの視点を取り入れているところです。

最後にコロナ禍のメンタルヘルスについて、日本渡航医学会と日本産業衛生学会による『職域のための新型コロナウイルス感染症対策ガイド』を紹介します。実地でとても役立つもので、在宅勤務のメリット、デメリットの比較も記載されています。在宅勤務環境の整備に関して、①業務とプライベートの切り分けの必要性②コミュニケーション方法の検討③在宅勤務の限界を理解することの必要性──が書かれていますので、ご参考にしてください。

勤労者医療の現場から、メール相談事例を交えて心療内科医と嘱託産業医の立場でお話ししました。

プロフィール

山本 晴義(やまもと・はるよし)

横浜労災病院勤労者メンタルヘルスセンター長

横浜労災病院勤労者メンタルヘルスセンター長、神奈川産業保健総合支援センター相談員、埼玉学園大学客員教授。専門は、心身医学、産業医学、健康教育学。1972年東北大学医学部卒業、1991年横浜労災病院心療内科部長、1998年より現職。社会医学系専門医制度専門医・指導医、日本医師会認定産業医、日本心身医学会認定専門医・指導医、日本内科学会認定医、日本精神神経学会認定専門医、社会医学系専門医・指導医、日本温泉気候物理医学会認定温泉療法医など、2018年緑十字賞受賞。

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