事例紹介2キッズドア 困窮子育て女性への就労支援の取組について

ファミリーサポート事業を2020年に開始

キッズドアは、主に貧困状況の子どもたちに学習支援をしたり、居場所をつくるなど子どもの貧困を中心に取り組んできた団体で、2007年に設立しました。子どもの保護者は非常に厳しい状況にあり、多くがシングルマザーです。年間約2,000人のお子さんたちの学習支援をしています。

今日お話しするのは物資・情報・就労支援を行う「ファミリーサポート事業」で、コロナ禍の2020年に始めました。ほとんどの人がシングルマザーで、困窮子育て家庭は非正規で働いている人がとても多いことから、コロナ禍で仕事に行けなくなると全く収入が途絶えてしまいます。「これは大変だ」と始めたのがファミリーサポート事業です。

困窮子育て家庭、例えば児童扶養手当を受けている家庭や、住民税非課税の家庭、夫婦共働きでも子どもが多いので大変な家庭など、そのような人たちに登録してもらい、食料品や文具などの物資や、必要な情報を届けています。

「収入ゼロ」「子連れホームレス」の話が聞こえ就労支援を開始

これに加えて、就労支援を行っています。キッズドアの活動はもう14年ぐらい行っていますが、就労支援は初めての領域です。始めた理由は、コロナ禍で「もう来月の収入はゼロです」「このままいくと家賃も払えません、私たち子連れホームレスになるんでしょうか」という話が出てきて、就業意欲の高い人が多いので「これはもう一生懸命寄付を集めて食料を送ってもやり切れないぞ」「何か働く手助けをしないとどうにもならない」と思ったからです。

ファミリーサポート事業の登録者は、9割が母子家庭です。世帯収入は年収100万円未満が6割弱で、全体でも約9割が300万円以内です。非正規率が非常に高く、正規は19%程度しかいません。パートが33%で、アルバイトと派遣、契約社員を入れると49%です。収入もとても少なく、ワーキングプアが非常に多い状況です。居住地は東京が多いですが、日本全国にいます。

完全無料でオンラインによる寄り添い型の取り組み

就労支援の取り組みとして、「わたしみらいプロジェクト」をつくりました(シート1)。「子どもを持ち働く非正規雇用者を主な対象とした『無料』・『オンライン』による『寄り添い型』の新たな就労支援の試み」で、日本全国のファミリーサポートの登録者が自宅にいながら参加できる就労支援の取り組みをと思い、始めました。本当にご飯を食べるお金もないような状況なので、テキストも送付して完全無料で行い、家にパソコンもネット環境もない人には、寄付でいただいたパソコンやインターネット回線を提供しました。

2021年1月から始め、2022年の6期まで、1回50人、計300人超が参加しました。財源は、東京海上日動キャリアサービスの「働く力応援基金」で、その後、2021年度の厚労省のコロナの基金(生活困窮者及びひきこもり支援に関する民間団体活動助成事業)をいただきました。

化粧品メーカーからの協力もあおぎ、オンラインのメイク講座も実施

私どもは就労支援に関して全くノウハウがないので、ママの就労に関してスキルを持つ株式会社Will Labの小安美和さん、NPO法人ママワーク研究所の田中彩さん、株式会社スリーアウルの蒲生智会さんの、お三方に協力いただいてプログラムをつくりました。

そのなかの「子育てと仕事の両立方法や自分の生活状況に合った仕事の見つけ方、実際の履歴書の書き方等を提供するプログラム」では、完全オンラインで、1時間半のプログラムを5回と、最後の6回目に、化粧品メーカーPOLAの協力により、オンラインのメイク講座を実施しました。その後、キャリアカウンセラー・キャリアコンサルタントと1時間の個別相談を行いました。最後に、ひとり親の就労に理解のある企業5、6社に参加いただき、企業相談会で企業を知る機会をつくりました。

開催時間は、皆さん働いているので、土曜日の朝10時~11時半までと、平日水曜日の夜、19時~20時半に実施しました。

セミナーの内容は、本当にリスキリングの手前のことで、自己分析で自分の強み・弱みを知り、自己肯定感を上げ、就職活動に前向きになる。また、履歴書や職務経歴書の書き方など、少し準備を始める、というものです。まずは自分たちで少し前向きな気持ちをつくって就職活動を後押しする、というプログラムです。

自分の強みを考えて、時給アップや昇格する人も

就労支援の取り組み終了後、毎回、十数人程度が一般の企業に申込みをしました(シート2)。このほか、民間や行政などが実施するスキル獲得のための講座に応募したり、ハローワークに行くなど、多くの人が各方面でアクションを始めました。

ステップアップの事例もありました。皆さん最低賃金のような時給でパートの仕事を5年、10年やっていて、スキルや経験があるのですが、これまで全く昇給昇格がない人が多かった。しかし、いろいろと自分の強みを考え、時給が上がったり、マネジャー職やリーダー職に昇格したり、転職するなど、多くの人がより積極的に働けるようになりました。専業主婦から就職が決まった人もいました。

仕事選びや就職準備に積極的になる効果があらわれる

アンケートで効果を聞いたところ、まず、仕事選びや就職準備に対して非常に積極的になっています。自分の現状はよくないと認識しているにもかかわらず、なかなか具体的な一歩を踏み出せなかった人が、今回、オンライン参加するなかで、必要な情報収集を始めたり、履歴書や面接、試験対策など、次に向けて動き始めたという回答が増えています。

また、シングルマザーの人などは孤立して相談相手がいない場合が多いのですが、50人で一緒にプログラムに参加しグループワークを進めるなかで、キャリアについて相談できる人やメンターがいるという人が大きく増えました。「わたしみらいプロジェクト」でお手本にできる人と出会えた、いろんな人と出会うことでロールモデルが増えたと言ってくれています。例えば「グループワークで相談ができた」「体験談を聞いたり、講師の3人の先生方の様々な話を聞いて非常に勇気が出た」「同じような悩みを抱えているひとり親のお母さんたちと出会えて、話し合ったことのない話を共有でき、想像以上に心が軽くなりました」といった声がありました。

プログラムにより、本当に自己肯定感が上がります。ひとり親の人たちは自己肯定感がとても低いのです。ひとりで家事も、育児も、仕事もしているので、本当はマルチタスクで大きなスキルがあるのですが、なかなかそれを自分の中でスキルセットとして捉えられず、うまくいかないところばかりに目が行き、「私なんか全然駄目だ」と思ってしまう。しかし、講師の先生が、「あなたはこんなことができる」「今までやってきたキャリアがこういうふうに積み上がっているんですよ」と伝えることで、自分のことを肯定的に好ましく感じることができるのです。

参加することで子どもにもよい影響が

また、プログラムに参加して子どもによい影響があったという回答も多くありました。家で子どもにずっと「勉強しなさい」と言っていたけれど、お母さんがオンラインで何か勉強している姿を見て、「自分もやらなきゃ」と子どもが勉強し始めたというケースや、お母さんが頑張っている姿を見て自分も頑張ろうと、子どもが就活に積極的になり就職が決まったなどの例がありました。やはりお母さんが未来に向けて頑張っている姿を子どもに見せることがとても重要だと思っています。

登録者の就労支援ニーズは本当に高く、「わたしみらいプロジェクト」には困窮子育て家庭を支援する「ファミリーサポート事業」登録者3,000人のうち計311人、約1割の人が参加しています。ほかのオンラインの就労支援プログラムにも非常に多くの応募がありました。

就労支援事業のネックは金銭面や時間的制約

既存の就労支援の事業がなかなかうまく活用できていない事例も目立ちますが、その理由は、やはり経済的支援の不足です。また、時間的な制約が非常に大きい。そして、自己肯定感が低い人はなかなか一歩を踏み出せないので、まずそれを上げることが必要かと思っています。

ファミリーサポートに登録している困窮子育て家庭の人に、ひとり親や生活が困窮している人のための様々な就労支援事業についてのアンケートを取ったところ、知っている人は実はとても多い。利用しない理由を自由記述で聞いたところ、「経済的支援の不足」「自己負担比率が高過ぎる」など、そもそも最初のお金が用意できない。

やはり有料のものは本当に難しく、私たちもオンラインで検定試験を受けるプログラムを実施したときに、受検料を支援したのですが、無事に資格を取れたお母さんが、「特によかったのは、1万円の現金ではなく、テキストとプログラム費用という現物だったので、自分のために使うことができました。現金や図書カードだと子どもの物に使ったと思います」と言っていました。

また、働きながら勉強したいと考えているので、やはり大きな資格は難しい。失業者向けのプログラムではなく、働きながらスキルアップをめざしたいというニーズが多いです。時間的な制約は、家事や子育てもあるので厳しい、時間や曜日が合わない、などが主な内容です。

シングルマザーが働きながらスキルアップ・キャリアアップの道を

困窮しているシングルマザーは、とにかく非正規の人が非常に多い。非正規で働く人は、働いている期間は長くても、研修などもなくスキルの獲得が難しく、ステップアップできない。やはり、失業中の人だけではなく、働きながらキャリアップをめざせるプログラムがあるととてもよいと思います。時間や場所の制約が少ないオンラインも有効です。

また、疲れ切った状態の人もいるので、そういうときは、職業訓練や学習期間に十分な生活保障があればよいのですが、やはり子どもを育てている人には足りません。単身の人1人だったらいいのですが、子どもを育てて、主生計者ということを考えると、なかなか厳しいです。

また、意欲や能力のある方が多いので、非正規から正規へ転換できれば大変望ましいと思います。メンターや心理的サポートもとても有効でしたので、こういったことが進むとよいと思っています。

ワーキングプアの問題を解決しないと、少子化問題も解決しない

母子世帯の保護者のワーキングプアの問題を解決していかないと、日本の少子化問題も解決しないのではないかと思っています。生活レベルとしては、本当に生活保護を受けてもいい水準の年収200万円というような人が本当に多いのですが、福祉の世話にはならずに、自分で働いて育てたいという人たちが多い。この人たちの労働意欲がまだ高い間に、いかにしっかりと働いてもらうようにつなげていくかが非常に重要です。もうコロナが3年続いて、皆さん疲れ果ててきて、メンタルが悪化して生活保護に移行する人も増えているなかで、この人たちにどう対応するかは非常に大きな課題だと感じています。

プロフィール

渡辺 由美子(わたなべ・ゆみこ)

NPO法人キッズドア 理事長

2009年内閣府の認証を受け、特定非営利活動法人キッズドアを設立。子どもの学習支援および居場所を東京、千葉、埼玉、宮城で運営。2020年からは、日本全国の困窮子育て家庭を支援する「ファミリーサポート事業」を開始。内閣府子どもの貧困対策有識者会議構成員。厚生労働省生活困窮者自立支援及び生活保護部会委員。

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