事例紹介2 「ジョブ型」と「キャリア自律」のリアルケース──個の"らしさ"を解放する新人事制度

講演者
中西 敦
株式会社リクルートスタッフィング 人事部長
フォーラム名
第124回労働政策フォーラム「日本の人事制度・賃金制度「改革」」(2023年2月6日-9日)

制度改定のきっかけ

リクルートスタッフィングは、リクルートホールディングスの中で国内の人材派遣を担う、従業員約2,000人の会社です。今回の人事制度改定は、派遣スタッフの方ではなく、事業運営を担う従業員が対象です。当社のビジョンとして、「『らしさ』の数だけ、働き方がある社会。」「働き方の進化に挑戦し続ける。」とうたっており、今回(2022年10月)の人事制度改定も、このビジョンをわれわれ自身が体現しようと進めてきました。

職種構成の中心は、顧客との接点を持つ営業系の職種で、1人で派遣スタッフの方々を50~100人ほど担当します。営業担当の人数と生産性アップ=事業の拡大という事業構造になっています。

制度改定には、大きく2つのきっかけがありました。1つ目は、社長の山本が就任直後に拠点を回った時に、ポテンシャルの高い人はけっして総合職ばかりではないと体感したこと。2つ目は、年度初めのキックオフという社員総会で、山本が会社方針を話した際、「派遣スタッフの方の処遇を向上していこう」とメッセージを出した時に、「それはとてもいいことですね、でも、私たちの処遇はどうなんですか」と主に総合職以外の社員から、リアルタイムでコメントされたことです。そのようにボトムアップで課題も出てきて、解決していこうという流れが生まれた背景がありました。

当社の人事制度の変遷をみると、20年ほど前から、いわゆるコア業務とノンコア業務を切り分けて生産性を上げようとし、総合職と職域限定の契約社員、短時間のアルバイト職などが分かれていきました。さらにそこから派生して、職責限定や地域限定の社員などが生まれました。制度が少し複雑化するなかで課題が生まれ、今回の制度改定で、雇用区分については2区分に統合するという流れになりました。

今回の制度改定の要件は、大きく2つあったと思っています。1つ目は営業組織のフェアネスと一体感の強化。営業系などの顧客接点領域におけるわれわれの強みは、個々の営業の目標コミットとそれをチームで達成する一体感だと思っています。しかしながら、従来は、例えば地域限定職、総合職、契約社員と多様な雇用区分があるなかで、「転勤しないかわりに給与が低いって、理屈は分かるけど何だかな」とか、「責任範囲が少ないのは分かるけど、やってることは同じ営業だしな」というような少しモヤモヤを抱えている課題がありました。これをシンプル&フェアにしたかった。

もう1つは、バックヤードの構造です。恒常的に雇用にまつわる社会保障コストが増えていく事業構造のなか、バックヤードは、継続的に生産性を上げて利益を出すことが大命題です。そんななか、以前のバックヤード部門は、上流で設計する総合職社員とオペレーションを遂行する契約社員が2極化する構造で、契約社員の中では「業務改善したところで給与は変わらないよね」というデモチベーションの課題がありました。

新人事制度の概要

そこで新人事制度では、まずコンセプトとして「多様な個のポテンシャルの解放~Unleash your potential〜」を打ち出し、働きやすさと働きがいを両立するSimple Fair Flexibleな人事制度になるよう設計をしました。

働き方は個々の価値観や時期によって変わることを前提に、ワークエリア継続制度という事前申告をすれば転勤を回避できる仕組みや、時短勤務制度の拡充を行いました。

雇用区分の再編では、大きく5つあった区分を、成果型である「ミッションスタイル」と、遂行型である「ジョブスタイル」の2つに統合しました(※下記の同社プレスリリースでの画像を参照)。そして、すべての職種に年次や経験に関わらず個人が担う職務の価値を「期待役割の重さ」と「裁量度」という共通要素で整理し、グレード制を入れました。「ミッションスタイル」は、一般的なイメージでいう総合職・管理職もありますが、エリア・職種限定はありません。「ジョブスタイル」はエリア・職種限定があります。

具体的なグレードの設計ですが、ミッションスタイルは、従来の総合職、地域限定職、成果型インセンティブがある契約社員の3つを、1つのテーブルに統合しました。ジョブスタイルのほうは、成果目標のない契約社員やパート・アルバイト領域などの3区分を再構成しました。あわせて、ジョブスタイルのいわゆる契約社員・アルバイト職にも、賞与を導入しました。

職種限定や地域限定の区分を統合するにあたり、職種を限定したかった人、地域にとどまりたかった人のニーズも組み込む意味も込めて、ミッションスタイルでは「ワークエリア継続制度」、簡単に言うと転勤NG申告制度を作りました。半年に1回、申告すれば原則例外なく転勤は発生しない扱いにします。ただし管理職は制度対象外としました。

雇用区分の再編以外でこだわったところは、全員のWill・Can・Must面談です。根本思想は、この働きがい・働きやすさは個々それぞれですし、個の中でも、それぞれのライフスタイルの変化によって変化します。「継続的に上司と対話していくことでしかこの働きがい・働きやすさを会社と最適化していくことの解はない」というシンプルな結論です。

Will・Can・Mustをこうした概念で捉え、キャリア自律の観点からできるだけ公募申告制で、社内でマッチングしていくのが狙いですが、結局、上司との1on1、Will・Can・Must面談が起点にならないと成立しないことから、これらとつなげて制度設計をしています(※下記の同社プレスリリースでの画像を参照)。

制度改定を実現できた理由

なぜ、この選択ができたのか。1つには、やはりトップのリーダーシップがあったと思います。社長の山本は以前、オーストラリアのグループ会社のCEOだったたため、日本の雇用慣行をフラットに見ることができたことと、グローバルなダイバーシティ感覚があったことが大きかったと思います。

しかし、進めるなかで迷いどころもありました。「遂行型の職種にグレードを入れて正しいジョブ設計はできるのか、ジョブ設計や面談必須が負荷にならないか、適正な評価ができるのか?」、そして、「本当に転勤NGにして大丈夫か」というところでした。

その迷いを乗り越えたのは、自社の強みや特性と向き合って正しく理解したことです。面談やジョブ設計の負荷については、派遣サービスの営業が中心である大半の管理職が、顧客のジョブ定義や派遣スタッフの労務管理・キャリア面談を経験しており、一定のジョブ設計力も、1対1の対人力もあるはずだと改めて捉えられたことが、踏み込めた理由です。転勤NGに関しては、不安はありましたが、冷静に他の業界業態と比べてみると、そんなに転勤が多いわけではなく、拠点展開も首都圏中心で影響は限定的、もともと今の運用でも個々人の事情に考慮していると判断し、断行しました。

実際、フタを開けてみたら、今のところ問題にはなっていません。これは、歴史的にここに至る地ならしができていたためだと思っています。2004年頃から、30~40人ぐらいの組織単位毎に営業利益をコミットさせて権限委譲を進める「ユニット経営」という手法を進めていますが、この現場での経営感覚が前提にあるため、温情などでむやみにグレードを上げるということが起こりにくい、シビアに人件費やパフォーマンス評価をしていく土壌が生まれていたと思います。加えて、2015年にミッショングレード制を導入し、抜擢人事やグレードを下げることもあるという強いマネジメントが浸透しました。

もう1つが、スマートワークと呼んでいた働き方改革や、リモートワークをはじめとした多様な働き方の促進です。2012年、13年あたりからトップメッセージを出しているので、ここが相まって、この制度改定ができたと思っています。

改定後の社員の嬉しい反応としては「これまで会社に対して他人事だったことが自分事になっていく感覚があった」などがありました。

議論の過程においては、雇用形態をどう再編するか、社長から「現制度ありきじゃなく考えてくれ」とオーダーをもらい、まず1本化するとしたらという思考実験をしながら、どこが本当に切り分けなければいけない線なのかを考えました。結果的に、このミッションスタイル・ジョブスタイル、いわゆる成果型と遂行型の性質の違いが一番大きいという結論に至り、強い意志を持って分けることにしました。任せ方と報い方、会社と個人の関係が大きく違うのだと、言語化して整理できました。

最後に、この制度改定に込めた思いで締めさせていただきます。私たちは派遣会社だからこそ、ジョブデザイン力と多様な個に向き合う力を従業員に対しても発揮できた部分は大きいなと思っています。そこにリクルートグループのカルチャーである個の尊重 Bet on Passion というエッセンスがミックスされ、最終的に今回の人事制度の実現につながったと考えています。派遣会社としてこのエッセンスを少しでも体現し、われわれが目指す「らしさ」の数だけ、働き方のある社会の実現に少しでも寄与できればいいなと、そんな思いをお伝えし、本日の発表とさせていただきます。

プロフィール

中西 敦(なかにし・あつし)

株式会社リクルートスタッフィング 人事部長

2003年 株式会社リクルートスタッフィング入社。営業推進部で営業予算管理や部門管理会計の仕組みを強化したのち、カスタマー戦略部長・デジタルコミュニケーション部長を歴任し、派遣スタッフの集客・マッチング領域のデータ活用とデジタルマーケティングを推進。2021年4月より人事部長として現職。2022年10月、雇用形態の壁を取り払い、働きやすさと働きがいを両立する新人事制度を導入。