事例紹介4 働く人のキャリア相談相手、頻度、および効果の関係──企業で働くホワイトカラー1,000名の調査結果より

講演者
古田 克利
立命館大学大学院 テクノロジー・マネジメント研究科 准教授
フォーラム名
第122回労働政策フォーラム「働く人のキャリア支援を考える─これからのキャリアコンサルティングはどうあるべきか」(2022年9月12日)

伝統的キャリア観から自律的キャリア観への移行が90年代後半に始まる

まず、働く人のキャリア観の変遷とキャリア形成支援施策について、簡単に概観します。

19世紀半ばから20世紀半ばにかけて、1つの会社でキャリアを積み重ねるという伝統的キャリア観が形成されてきました。しかし1970年代以降、アメリカを代表とする先進国においては、経済の長期的停滞に伴うリストラが進み、境界のないキャリアとかプロティアン・キャリア、変幻自在なキャリア観が誕生しました。それから20年あまり、日本でも社会と企業のあり方が大きく変化し始めたのが、1990年代後半でした。

「伝統的キャリア観」から「自律的キャリア観」への企業側の非常に急激な変化と、それについていけない個人の意識の緩やかな移行が始まったのが、1990年代の後半です。それ以降、2001年をキャリア形成支援元年と位置付けて、国も各種施策を行ってきているところかと思います。

職業の選択、職業生活設計、または職業能力の開発および向上に関する相談、つまりキャリアコンサルティングのことを、本報告では「キャリア相談」と呼びます。また、キャリア相談の相手は友達であったり、上司であったり、場合によっては家族であったりと、必ずしも専門家としてのキャリアコンサルタントである必要はないと捉えてキャリアコンサルタントとキャリアコンサルティングの議論を分けて進めます。

このキャリア相談の取り組みが、現在、企業でどのように導入されているのか。2021年度「能力開発基本調査」によると、キャリアに関する相談を行う仕組み、セルフキャリアドック等は42.3%。また計画的なOJTの実施が61.8%、労働者の主体的なキャリア形成に向けて実施した取り組み(上司による定期的な面談(1on1ミーティング等))が64.3%となっています。

また、リクルートマネジメントソリューションズの「1on1ミーティングに関する実態調査」(2022年)でも、1on1ミーティングを施策として導入している企業が全体の67.7%で、約7割弱がこのようなキャリア相談の仕組みを導入しています。

一方、個人におけるキャリアコンサルティングの経験を調査したデータは、労働政策研究・研修機構2017年(労働政策研究報告書No.191「キャリアコンサルティングの実態、効果および潜在的ニーズ―相談経験者1,117名等の調査結果より」)のもので、専門家によるキャリア相談を受けたことがあると回答した個人は全体の11.2%、約1割でした。

このような先行調査がある中で、働く人のキャリア相談相手と頻度の現状、また、上司とのキャリア相談頻度と、その効果などについて調査した結果を報告します。

キャリア相談は、上司、知人や家族、専門家の順に多い

調査対象は日本法人で働く正社員30歳~59歳、職種はいわゆるホワイトカラー職です。ただし、サンプルの都合上、女性は事務職のみです。時期は、2019年2月に1時点目、2020年1月に2時点目の調査を行いました。分析対象は1,000人です。

キャリア相談頻度を基準に相手をカテゴライズすると、「上司」「知人や家族」「専門家」と、3つに大別できました。社内のキャリアコンサルタントや心理職、いわゆる専門家に対してキャリア相談を行ったことがない人は全体の90%程度でした。

また、上司とのキャリア相談頻度と、個人属性の関連をみると、性別が女性であること、学歴が中高卒であること、企業規模が99人以下であること、職位が一般社員相当であること、このような個人属性を持つ個人は、上司とのキャリア相談頻度が低いという傾向が見てとれます(シート1)。ただし、重回帰分析の結果、性別と、上司とのキャリア相談頻度の間には、統計的に有意な関係性はありませんでした。

リサーチクエスチョン1「働く人のキャリア相談相手と頻度の状況は?」に対する回答をみると、キャリア相談頻度は「上司」「知人や家族」「専門家」の順に多くなっています。中高卒、99人以下、一般社員相当は、「上司」とのキャリア相談頻度が少なくなっています。

続いてリサーチクエスチョン2「上司との相談頻度は、どのような効果を持つか?」については、「上司」とのキャリア相談頻度はワークエンゲージメントを介して仕事の成果に正の効果を持つという結果が得られました。すなわち、「上司」とのキャリア相談頻度が、仕事の資源として機能する可能性を示唆する結果となりました。

キャリア相談の専門家であるコンサルタントを活用できていない可能性

考察を2点述べたいと思います。まず1点目として、キャリア相談のソーシャルネットワークモデルという少し新たなモデルを提示したいと思います。そもそもソーシャルネットワークというのは、個人をとりまく社会的関係性の結びつきを意味するものです。今回、キャリア相談におけるソーシャルネットワークモデルを図式化したものが、シート2の図です。

第1の同心円上に「上司」が位置し、第2の同心円上に「知人や家族」、一番外側に「専門家」が位置しています。現状のキャリア相談におけるソーシャルネットワークモデルは、このようになっているのではないかということです。

ここから示唆されることとして、キャリア相談の専門家であるキャリアコンサルタントを、個人および企業が十分に活用できていない可能性があるということです。同時に、キャリアコンサルタントが企業で働く個人に対するキャリア相談に、十分に対応できていない可能性があるのではないかということが、今回の結果から読み取れるかと思います。

企業の施策が個人のキャリア相談頻度に影響

考察の2点目です。上司とのキャリア相談頻度に影響を与える要因について、学歴、職位が低いほど、それから企業規模が小さいほど、「上司」とのキャリア相談頻度が低くなっています(シート3)。従業員が多いほど仕事に関する相談の仕組みがあり、従業員の規模が小さいほどその割合が減少するという結果が別の調査で得られていますので、企業の施策が個人のキャリア相談頻度に影響を与えることを示唆しています。

また、学歴や職位が低いほど、上司とのキャリア相談頻度が低かった理由の1つの可能性は、学校教育や職場での学習過程で習得される何らかの個人要因が存在し、上司とのキャリア相談頻度に影響を与えているのではないかというものです。

例えば、上司や他者に積極的に助けを求めたり、相談しようとする行動特性や態度の存在で、これが心理学的には、あるいは近年、組織行動論においては「援助要請行動」という概念で、議論が盛んになっています。今後このような概念を取り上げながら、今回の結果の要因、その背後にあるメカニズムを明らかにしていく必要があるのではないかと考えています。

社内で資格を取得しようとする社員には企業が時間や経済的支援を

最後に「これからのキャリアコンサルティングはどうあるべきか」という点に関して、2点述べたいと思います。

1つは、企業における、上司のキャリア相談スキル向上支援の強化です。「職場における学び、学び直しガイドライン」の中でも言及されていますが、社内でキャリアコンサルタントの資格を取得しようとする人について、企業が時間面での配慮や経済的支援を行うことが、具体的な1つの提案になるかと思います。

もう1つが、キャリアコンサルタントに対して、という点で、企業で働く個人、上司、企業に対するキャリアコンサルティングスキルの研鑽です。企業における人材育成の取り組みの改善や組織課題の解決に向けた提案力、組織活性化による生産性向上に活かすための専門性等の研鑽が、ますます必要になっているのではないかと考えています。

プロフィール

古田 克利(ふるた・かつとし)

立命館大学大学院 テクノロジー・マネジメント研究科 准教授

1997年大学卒業後、富士通株式会社に入社。その後、パナソニックシステムデザイン株式会社にて、システムエンジニア、経営企画課長、人事課長。関西外国語大学英語キャリア学部准教授等を経て現職。博士(技術・革新的経営)。日本キャリア・カウンセリング学会副会長、経営行動科学学会理事、同志社大学STEM人材研究センター研究員等を兼任。著書に『キャリア・カウンセリング エッセンシャルズ 400』(編著、金剛出版)『キャリアデザイン入門』(単著、ナカニシヤ出版)、『IT技術者の能力限界の研究─ケイパビリティ・ビリーフの観点から』(単著、日本評論社)等がある。

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