報告・討論(4) テレワーク環境整備とワーク・ライフ・バランス

フォーラム名
第120回労働政策フォーラム「ワーク・ライフ・バランス研究の新局面─データ活用基盤の整備に向けて─」(2022年3月3日)
報告
大竹 文雄
大阪大学 感染症総合教育研究拠点 特任教授
討論
角谷 快彦
広島大学大学院 人間社会科学研究科 教授

報告

どういう人たちがよりテレワークをしたのか?

今日は2つお話しします。まず、JILPTのパネル調査を利用した分析結果について、そして、ある製造業人事部が実施した緊急アンケートの結果について、紹介します。

新型コロナウイルス感染拡大にともない、テレワークが利用されるようになったわけですが、特に2020年4月からの1年間についての動きを研究しました。その際に利用したのがJILPTの実施したパネル調査です(シート1)。特に緊急事態宣言、そして解除後に、どのような労働者がテレワークに従事していたのか、テレワーク環境面についてお話しします。

シート1 分析データと分析対象
・JILPT『新型コロナウイルス感染拡大の仕事や生活への影響に関する調査』(5, 8, 12月調査のパネルデータ)
・2020年4月1日時点における業種、職種や仕事の特徴に焦点を当てるために、以下の条件を満たすサンプルを使用する
1.【12月調査】で2020年4月1日時点の就業形態が「正社員」、「パートタイマー」、「アルバイト」、「契約社員」、「派遣労働者」もしくは「嘱託」と回答した人(12月調査で欠損値であれば、8月調査、5月調査の順に代替する)
2.【12月調査】で2020年4月2日以降から現在までに「転職していない」と回答した人(12月調査で欠損値であれば、8月調査、5月調査の順に代替する)

3つの仮説を考えました。1つは非定型な仕事に就いているほど、あるいは成果主義に基づく仕事をしているほど、テレワークに従事しやすいのかどうか。それから、ICTの普及によってテレワークが定着したのかどうか。そして、日本的雇用慣行がテレワークの定着を阻害しているのかどうか。以上について議論したいと思います

テレワーク従事者の割合は、緊急事態宣言前に比べると、5月の第2週で3倍ぐらいになり、しかし緊急事態宣言解除後はずっと下がっていき、ただし、流行前よりも少し高い水準にはありました。どういう人たちが、よりテレワークをしたのかについて、いくつかの仕事の特性に応じて分析しました。

非定型な業務や評価基準が明確な人でテレワークが進む

タイプ別に、時点別のテレワーク確率を計算すると、明らかにマイナスなのは、マニュアルでやり方が決まっているタイプの人たちで(シート2)、テレワークをすることが少なかった。

シート2 非定型的な仕事や評価が明確な仕事に就いている人はテレワークに従事する確率が高い

一方、特に仕事への評価基準が明確であるタイプの人たちは、緊急事態宣言後もテレワークの比率が高かった。自律的な仕事が多いだけの人は、緊急事態宣言中のみテレワークが増えています。ですから、技術革新も含めて、このショックがパーマネントな影響を与えたのは、まず評価基準が明確だとか、あるいはマニュアルでやり方が決まっていないタイプの人たち、ということになるかと思います。

日本的雇用慣行ではむしろテレワークが推進

それから、ICT活用が多い仕事、特にビデオ会議システムの普及によってテレワークが増えたのかどうかを検証したところ、会議や打合せが多いタイプの仕事をしている人たちは、コロナ流行前からも多かったのですが、やはりテレワーク水準が高い状況になっている(シート3)。一方、デスクワークでなく現場業務が中心という人たちはテレワークの比率がどんどん低下していった。こういったタイプは技術革新の影響を受けなかったということです。

シート3 ICT活用機会が多い仕事(会議が多い・デスクワーク)に就いている人はテレワーク従事確率が高い

メンバーシップ型かどうかについては、あまり大きな影響はありません。細かく言うと少しはあるわけですが、例えば担当する業務の範囲が与えられている人たちは、どちらかといえばテレワークの比率がだんだん上がってきましたし、契約時に職務範囲が限定されている人たちも比較的高い。ジョブローテーションがない人たちについては、あまり関係がないという結果が出ています。

定年まで働く人が多いところ(日本的雇用)では、緊急事態宣言中は逆にテレワークが多かった。必ずしも日本的雇用であるとテレワークが阻害されるとは言い切れないのではないかと思います。一方、教育訓練を社外で受けるタイプは、緊急事態宣言後にテレワークが上がっていて、むしろ緊急事態宣言中には少し下がった傾向があります。

テレワーク普及には自宅設備の充実が非常に重要

そして、テレワーク周辺環境についてどういう影響があるかについて分析をしました。ワーク・ライフ・バランスと関わるのはこの3つの項目で、①テレワーク時に同居家族がいることで業務に支障が出ているか②自宅以外の場所でテレワークをすることがあるか③テレワーク時の設備が充実しているかどうか──です(シート4)。ただ、留意点に書いていますが、これは、テレワークを一度でも経験した人のみのサンプルで分析しています。

シート4 テレワーク周辺環境の変数

まずテレワークを一度でも行った人のなかで、同居家族によって業務に支障が出るようなタイプだと、やはりテレワーク比率が緊急事態宣言後も下がる傾向があります(シート5)。一方、自宅以外の場所でテレワークすることができる人たちについては、それはあまり関係ない。一番大事だったのは設備が充実していることです。自宅の設備の充実がテレワークを普及させる上では非常に重要であるということです。

シート5 自宅等の環境が悪い人はテレワーク確率が低い

月収や労働時間については、簡潔にまとめますと、テレワークは必ずしも月収を下げる方向には行かないとか、労働時間を増やすか減らすかについてははっきりしなかった、ということです。

上司がテレワークをしているか否かが圧倒的に影響

次に、1年目の緊急事態宣言中の状況について、ある製造業で人事部が緊急アンケートを実施したのですが、その結果を少し紹介したいと思います。

在宅勤務の利用日数、在宅勤務の適用可能割合、私生活の充実度がどう変わったかや、ストレスがどうだったかなどを聞いており、それが様々な職場の環境や、在宅勤務の環境によって影響を受けたかどうか、特に両立に役立っている程度との相関関係を調べたので、それについて紹介します。

2020年の緊急事態宣言中の話なので、初めて在宅勤務をした人たちも多かったため、テレワークに慣れる程度がどうだったかを様々な属性別にみました。例えば性格特性だと、外向性とか協調性、開放性(新しいことにチャレンジすることが好きなタイプ)が高い人たちはすぐに慣れました。

年齢別にみると、年齢が高い人のほうが慣れるのに時間がかかりました。また、育児にとても役立っています。そういうことを求めていた人たちはテレワークに慣れるために非常に努力した、相関関係がある。介護についてははっきりしないのですが、両立支援という意味では、病気の治療との両立に役に立つ人は一生懸命慣れたということです。

また、先ほどと同様に、テレワークの環境が整っているかどうかが非常に大事だと分かります。もう1つ面白いのは、日本的雇用かどうか、部門がどうかよりも、上司が積極的に使っているかどうかが大事なポイントであったことです。

また、実際にテレワークの利用日数が多かった人の特性ですが、これは外向的な人は少ないなどの性格特性もありますが、先ほどとは逆に、年齢が高い人のほうが多くて、若い人のほうが少ない。それから育児に役立っている人が使っています。そして、これも上司が使っているかどうかが、テレワークをしているか、利用日数が多かったかに圧倒的に大きな影響を与えています。環境もやはり整っている人たちが多い。

業務のうちどのくらいを在宅で可能かも分析しています。やはり育児に非常に役立っているとする人たちは、多くの業務ができる。育児と両立したい人たちはかなり多くの業務をテレワークでやりたい。しかし、役立っていないとする人たちはそうでない。同様に、治療についても同じような影響があります。

在宅勤務の労働時間への影響は不明

ワーク・ライフ・バランスの面では、私生活が充実したかどうかを聞くと、当たり前なのかもしれませんが、通勤時間が長い人は充実しており、育児に役立ったという人たちは「非常に充実した」と答えています。治療についても同様です。ワーク・ライフ・バランスの面で病気の治療と両立するかどうかという意味で役立っている人たちはテレワークで私生活が充実したとしています。環境面も同じような特性があります。

ストレスはどうか。これも基本的には今までの結果と似ていて、育児に役立ったという人たちは、テレワークでストレスが大きく低減した相関関係がありますし、治療についても同じです。

在宅勤務で業務に費やす時間が増えたのか減ったのかについては、あまりはっきりした結果が出ていません。

在宅勤務で業務効率が上がったのかどうかについては、これも今までの質問に似ているところはありますが、育児に役立った、治療に役立ったという人たち、そして環境が整っている人たちについては、在宅勤務で業務効率が高まったとしています。

まとめると、若年層は在宅勤務にすぐに慣れる特性がありますが、在宅勤務でできる仕事がおそらく少ないのだろうと思います。したがって、生産性も向上しにくいのですが、実は高年齢層では逆であることが1つの結果として出ています。

在宅勤務という新しい技術にすぐには慣れないけれども、実は高年齢層の仕事のほうが、この企業においてですが、在宅勤務でできる仕事が多い。それからワーク・ライフ・バランスに関して明らかなのは、在宅勤務は子育てや治療との両立に効果的であるということです。生産性向上や長時間労働の抑制にも効果があり、ストレスの軽減にもつながる。

そして、かなり多くの項目で最も強い相関があったのは、上司が利用しているかどうか。また、自宅での環境整備が充実していたのかどうかも重要でした。


討論

大竹氏の報告に対するコメント

使用したデータの記述統計をしっかりと示してもよかった

角谷 今回、大竹先生から2つ、研究報告がありましたが、主に前半に対してコメントします。

本論文はもともと優れたデータを適切な手法を用いて分析していますので、推計方法、結果の解釈ともに妥当で、あまり突っ込みどころがないと考えています。一方で、可能であればという条件付きで、改善の余地はある可能性がありますので、それらについて述べます。

まず本データの標本数は全体で4,307人ですが、パネルなので少し落ちていて、第3回調査の回答者は2,760人となっています。もちろんこのこと自体はデータの制約上の話で仕方がないことですが、あえて言えば、使用したデータの記述統計をしっかりと示す、また、可能であればサンプリングウェイトの利用などができると、なお良かったかなと思いました。

次の点、これも全く仕方がないことなのですが、最後のデータの収集時期が最初の緊急事態宣言からわずか8カ月程度ですので、アウトプットにある月収の影響はまだ顕在化していない可能性があると思いました。今後、すでに発表されているデータによる分析が待たれるところですが、第3回調査でも冬のボーナスのデータがありますので、月給よりも個人の業績が反映されやすいと考えられるボーナスへの影響について、考察しても面白いと思いました。

また、テレワークの継続の有無が、働き方のありようにどのような影響を与えるのか。3回目調査のQ39に、どういう働き方を今後していきたいか、というような質問があるので、それを分析すると面白いかなと思います。

今後の課題として、同じデータでサブサンプル分析を

最後に、これは私が最も重視したい点ですが、今後の課題として、同じデータでサブサンプル分析をしたら面白いと思いました。テレワークの利用は勤め先だけではなく、働く人の年齢や性別、あるいは勤務地などによっても異なる可能性があると考えるからです。

例えば、私の研究室で、パンデミックが人々の孤独に影響を与えたインパクトの要因を分析しました。全体では、パンデミックが孤独に与えた影響は女性のほうが強く出ていますが、それを年代別に分けてみると、要因は様々だと分かります。テレワークの実施も同様にサブサンプル分析によって、年齢、性別、そして勤務地などで異なる興味深い因子が発見される可能性があるのではないかと思いました。

まとめますと、後半の製造業の個別の分析も含めまして、大竹先生の研究は、コロナ禍初年度に起きたテレワークの普及の動きを捉えて、テレワークの視点から今後のワーク・ライフ・バランス研究の発展に重要な貢献を果たしたと考えます。今後はサブサンプル分析やテレワークの普及が労働意識や生産性に与える影響などについて、さらなる考察が求められると思います。

角谷氏のコメントへのリプライ

大竹 まず、今後の研究については、JILPTのパネルデータは継続パネルが実施されていますので、そのデータで分析を続ける予定です。結果が出たらまた報告したいと思います。月収等もそうですが、特に1年目のショックがだんだん消えていくなか、ある職種では残っているのですが、さらにあと1年たっても同じかどうか、そして、その後も緊急事態宣言は何度も出ているので、そのたびに変わっていったのかどうかについても分析したいと思っています。

サブサンプルについても、データの限りがあるのでどこまでできるか分かりませんが、今後もパネルが縦に伸びていきますから、もう少し分析ができるかなと思っています。


プロフィール

大竹 文雄(おおたけ・ふみお)

大阪大学 感染症総合教育研究拠点 特任教授、日本学術会議 第一部会員

角谷 快彦(かどや・よしひこ)

広島大学大学院 人間社会科学研究科 教授、日本学術会議 連携会員

豪州・シドニー大学大学院経済ビジネス研究科(現・ビジネススクール)博士課程修了。Ph.D.(シドニー大学)。シドニー大学研究員、大阪大学特任助教、名古屋大学特任准教授等を経て現在、広島大学大学院人間社会科学プログラム教授、広島大学ディスティングイシュト・プロフェッサーを兼任。専門分野は医療経済学。主著に「介護市場の経済学」(名古屋大学出版会)、"Human Services and Long-Term Care: A Market Model" (Routledge) がある。

GET Adobe Acrobat Reader新しいウィンドウ PDF形式のファイルをご覧になるためにはAdobe Acrobat Readerが必要です。バナーのリンク先から最新版をダウンロードしてご利用ください(無償)。