事例報告4 修復的司法の理念に基づく対話の重要性
──ハラスメント予防・克服のために

講演者
鴨下 智法
NPO法人対話の会 副理事長(弁護士)
フォーラム名
第119回労働政策フォーラム「職場環境の改善─ハラスメント対策─」(2022年2月10日-17日)

従来の司法では捉えきれないニーズを対話で解決

現代社会では様々なトラブルを防止するために一定のルール、「法」というものを使って世の中の動きをコントロールしようとしています。トラブルが起きたときに、法を適用して解決をすることを、司法と呼びます。司法の代表例は裁判です。裁判を中心とするこれまでの司法活動、これが現代において、はたしてトラブル解決のためにどこまで役に立つのか。そうした疑問からわれわれの会の活動はスタートしています。理事長をはじめ、弁護士や裁判所の出身者が中心になって会の活動を支えています。

名前が示すとおり、われわれの会では、人と人との対話を用いてトラブルや紛争を解決しています。人と人とのトラブルといえば犯罪などを代表に語られることがありますが、現代では犯罪にまで至らなくても、ハラスメントやいじめの事案が学校や職場など様々な場所で起きていて、それらが人々の心を悩ませています。そうした悩みを対話という手法で解決することができないか、従来型の司法では必ずしも捉えきれないニーズを拾うことができないか、という気持ちで活動しています。

刑罰による応報的司法と対話による修復的司法

「修復的司法(Restorative Justice)」という考え方を紹介したいと思います。これまでの問題解決の手法としての司法は、犯罪を中心としたトラブルを国家への規律違反であると捉えます。国家が刑罰権を一手に引き受けて、罪を犯した者に被害者になりかわって刑罰を科す。これを一般的には応報的司法と呼ぶこともあります。

しかし、場合によっては、国家の刑罰権の発動において、被害者の気持ちが必ずしも酌み取られていなかったり、被害者と加害者の関係そのものの修復に役立たなかったりすることも少なくありません。

これに対して修復的司法というのは、もともと外国から持ち込まれた考え方ですが、犯罪をはじめとするトラブルというのは、その地域に起きた害悪であると広く捉えて、国家などの権力に任せたりしないで、当事者や地域の人たちが直接関わり、害悪の影響を修復していこうというものです。対話という手法を中心に、人と人とのコミュニケーションを通じて問題点を洗い出し、解決方法を探していく。

対話の会は、現理事長の山田由紀子がアメリカ留学で学んだこうした考え方、知識を基に設立したものです。

対話の会という運営センターを設け、被害を受けたとされる方、または加害者とされてしまった側、どちらからの申し込みも受ける形をとっています。申し込みがあると、進行役とする者を選び、その進行役が双方に面談を重ねて、それぞれの対話への準備が整った場合には、実際の対話へと進んでいきます。

対話の会では、誰からでも、いつでも簡単に申し込みができるようにと努めています。裁判のように事実認定を権力的に行うことはないので、事案を受けるときには事実関係に争いがないということも重要になります。また裁判とは違い、誰かに公開をしなければいけないという考えはありません。どんな事案でも必ず対話にこぎ着けるということではなく、進行役は、それぞれの当事者が本当に直接対話することに適しているのかを判断していきます。

円になってそれぞれのストーリーを語る

実際の対話の進行を、以下のハラスメント事案を例に説明をします。

例えば、高齢者のデイサービスの施設で働く職員さんが自殺未遂の騒動を起こしたという事案です。パワハラをしたとされる介護主任がいて、そのパワハラ被害を受けたとされる介護員が、思い悩んで自殺未遂を図ったとします。

実際の対話のときには、机を置かずに、円になって行うことがほとんどです(シート)。思ったよりも近くに感じるかもしれません。

シート 円になって対話する写真

参照:配布資料24ページ(PDF:2.19MB)

最初は自己紹介などをします。職場や学校などで関係性がはっきりしている場合には簡単に済ませることがほとんどです。

そして、第1段階として、それぞれから見た体験を語ります。自殺未遂を図ってしまった介護員の人は、例えばこのような話をするかもしれません。

「私は妻子もいる40代です。会社からリストラを受け、介護の仕事に転職しました。真面目で一生懸命仕事をしていることは評価されることが多いのですが、締切りのある仕事や書類の細かい仕事がどうにも苦手で、締切りを守れなかったり、ちょっとしたミスが重なったりして、介護主任からは何度も叱られていました。それでも1年ぐらいは頑張って仕事を続けていましたが、厳しい言い方にだんだん心が萎縮していき、ある日、一生懸命作ったケアプランを、こんなものは使い物にならないと、机から放り投げられてしまいました。私は、そのときに何かがぷちっと弾けてしまったような気がして、それから先は介護主任の注意やアドバイスが全く耳に入らなくなってしまいました」。こういう感じだったとしましょう。

そういった話を受けた介護主任からは、もしかすると、こういった話が出るかもしれません。

「私はデイサービスの仕事を続けて10年以上になります。今回の介護員も真面目に取り組んでくれるのですが、いつも締切りを守らないし、書類を作らせても間違いだらけで、私の話を無視しているように思ってしまうことがありました。あるとき、書類のことを強く注意したところ、私のアドバイスに全く聞く耳を持たなくなり、目も合わせてくれなくなったように思います。私がいろいろな人に厳しく当たるのには理由があります。私が初めてこの仕事を始めた頃、うっかり施設の戸締まりを忘れてしまい、高齢者を1人、置き去りにしてしまいました。もう少しで熱中症にかかって取り返しのつかないことになったかもしれません。それ以来、絶対にミスのないように最初から最後まできっちりしなければならないという気持ちを強く持つようになりました。思い返してみれば、こうした私の昔話なども、その介護員には話してもいなかったですね。あと、私のほかに管理やアドバイスできる人が確保できないかと、法人の上司に相談してみましたが、なかなか人を採用できないと言われるばかりで、職場の人員が全然増えず、介護員さん一人ひとりの負担も知らず知らずに重くなっていたかもしれません」。

まず自分の目線でのメッセージを語り、質疑応答

第1段階で、それぞれの当事者が語るときに注意しなければいけないのは、私メッセージで語るということです。もちろんトラブルになっているのですから、相手に対する非難や恨み節も話したくなるところですが、まずは自分の目で見た自分のメッセージを語ることで、相手に、それぞれの自分が思い描いていることや見聞きしたことを体験してもらう。これがとても大事になってきます。

そうした私メッセージでの体験を十分に語り合ったところで、初めて第2段階として、相手に対する質問や答えを行います。ここで大事なのは、相手を詰問したり責めたりすることではなく、知りたいことに答えることです。被害を受けたとされる側の多くが相手方に望むのは、どうして自分がこうして苦しい目に遭わなくてはならなくなったのか、真実を知りたい、ということです。

お互いの質問や答えを話し合ったのち、第3段階として、今後どうするのかを話し合います。関係者それぞれが望む解決や、あとは関係者以外のトラブルのあった場所に関わる人みんなが、対話の席の中で、今後どうしたらいいのかというアイデアを出し合うことになります。

ここでは、従来型の裁判と違って、お金で賠償したり、刑罰を与えればそれでよいということではなく、参加者の創意工夫が大切になってきます。

第4段階は、合意文書の作成について検討します。いろいろなことが考えられると思いますが、その解決法について書面でまとめるかどうかも話し合っていきます。もちろん書面に残すことが目的ではなく、お互いを理解して関係を修復するためのプロセスとなります。

その後、合意が進んでいるのかというフォローアップも行います。

対話の会は、進行役となった者がこうした各段階において当事者の方々に関わり、それぞれの方が苦しんでいることを知り、そしてお互いの関係の修復を行っていくことになります。

被害者・加害者、双方からの申し込みを受理、32件の対話を実施

これまで、90件の対話の申込みを受け、対話が成立したのは32件です。いじめの事案や親族のトラブル、職場でのハラスメントなど、必ずしも従来型の司法では拾い切れない問題についても関わってきました。もちろん犯罪としての重大な事案についても多く手がけ、場合によっては人が亡くなってしまうような重大事件の対話についても、進行役が関わってきました。

加害者側からだけではなく、被害者とされる側からも一定数の申し込みがあることは、対話による関係修復を望むニーズが被害者側にもあることを示唆していると思います。

以上が、修復的司法という考え方に基づいて、われわれが行っている対話の会の活動です。

対話により双方のニーズを満たし心の距離を縮める

こうした対話の活動がもたらす効果について、3点に分けて説明します。

まず1点目、対話が紛争の再燃を防ぐという点です。これは外国の少年非行事件についての調査ですが、対話を経験した少年のほうが、再犯率(再非行率)が低いという結果が出ているそうです。

2点目は、当事者の対話によってニーズを満たすことが可能になるという点です。海外の調査で、対話の活動により被害者・加害者のいろいろなニーズを満たすことができるという結果が海外の調査で出ています。対話の活動に参加することで、自らの知りたいというニーズや、きちんとした謝罪やそれなりの対応が欲しいというニーズに応えてもらったと感じることが多いということです。

3点目は、対話によって距離を縮めるということです。ここでいう距離とは心の距離です。何かのトラブルに関わって被害者と加害者となってしまった場合、そこには心理的な距離感が生まれます。もともとはある程度の距離感だったものが、お互いをモンスター視してしまい、心理的にものすごく距離が広がってしまうことがよく見られます。対話によって、そうした距離感を元の距離に戻してあげる。そこで初めてお互いを理解して、謝罪や許す気持ちが生まれるのではないかと思います。

もしお互いの声がそれぞれ届いた場合には、ハラスメントやいじめ、さらには犯罪といったトラブル関係も場合によっては修復されていくのではないでしょうか。

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