事例報告1 看護現場におけるハラスメント防止に向けた日本看護協会の取組み

講演者
森内 みね子
公益社団法人日本看護協会 常任理事
フォーラム名
第119回労働政策フォーラム「職場環境の改善─ハラスメント対策─」(2022年2月10日-17日)

看護職員が安心安全に働き続けられる職場環境の整備に向けて

かねてから看護職員の労働環境改善に重点的に取り組む

日本看護協会では、看護の質の向上を図る、働き続けられる職場環境づくり、看護領域の開発・展開という3つの使命を掲げています。働き続けられる職場環境づくりにおいては、看護職員の労働環境改善に継続的、重点的に取り組み、①働き方システムの整備②多様性を認め合う組織文化の醸成③看護業務の効率化・生産性向上──を推進しているところです。

今、日本では約168万人の看護職員が保健医療福祉分野で働いています。少子高齢化が進展するわが国において、看護職員が安心安全に働き続けられる職場環境づくりは優先度の高い課題になっている一方、医療現場における暴力・ハラスメントの課題が潜在化しています。本日は、病院における看護職員への暴力・ハラスメントの実態と本会の取り組みについてお話しします。

増加する看護職員へのハラスメント

国では2018年に労災支給に至った事案の分析を行っています。『平成30年版過労死等防止対策白書』の精神障害による看護職員の過労死等をめぐる調査分析結果をみると、その発病に影響したと考えられる業務上の背景としては、事故や災害の体験・目撃が40件(76.9%)と特に多く、その半数にあたる23件が暴力・暴言に起因するものでした。そして、それらの半数は深夜帯に発生していることが分かっています。

看護職員の精神障害による労災の請求件数が増加しているという資料もあります(「過労死等の労災補償状況」(厚生労働省))。2017年には労災の請求件数について保健師・助産師・看護師が6番目にあげられていましたが、2020年には、一般事務、介護サービスに次いで、保健師・助産師・看護師が3番目となっています。

医療現場のハラスメントの例です。「看護師のくせに余計なことを言うな」、新人看護師に対して「本当に資格あるの」「あなたには看護師は無理」「休みを希望するなんて10年早い」「給料泥棒」などの言葉によるハラスメントもあります。また、わざと患者や大勢の前で怒鳴る、女性看護師の胸や臀部を触る、抱きつくなど、行動によるハラスメントもあります。

2017年の厚生労働省の資料によると、パワーハラスメントを受けたと感じた者におけるその後の行動について、「何もしなかった」との回答が40.9%でした。その理由としては「何をしても解決にならないと思ったから」「職務上不利益が生じると思ったから」などが上位となっています。

患者・家族や勤務先職員からのハラスメント

精神的攻撃は勤務先職員、身体的攻撃は患者から

本会の暴力・ハラスメントへの取り組みについて紹介します。その1つが実態把握と分析です。本会では定期的に全国の病院を対象に、看護職員の確保・定着の状況、労働環境に関する実態等の調査を行っています。

2019年9月に行った看護職員への暴力・ハラスメントの実態についての調査結果では、看護職員の2人に1人が、最近1年間に、何らかの暴力やハラスメントを受けた経験があると回答しています。

内容別には「精神的な攻撃」が最も多く24.9%で、次いで「身体的な攻撃」が17.9%、「人間関係からの切離し」が14%の順でした。最も多かった「精神的な攻撃」には、暴言、脅迫、執拗なクレームなどが含まれています。またハラスメントの内容によって、誰から受けたハラスメントであるかには差が見られます。

精神的な攻撃については「同じ勤務先の職員」からが53.7%と最も多く、次いで「患者」からが39.5%でした。身体的な攻撃では「患者」からが92.1%と最も多くなっています。意に反する性的言動も「患者」からが71%を占めています。人間関係の切り離し、過大な要求では「同じ勤務先の職員」からが多くなっていました。

内容別の発生状況と、誰から受けたかという2つの軸から整理すると、医療現場において暴力・ハラスメントが深刻化しており、対応が課題となっていると言えます。

8割近くの病院で相談対応等の取り組みを実施

次に、病院における暴力・ハラスメント対策の取り組み状況です。患者・家族からの暴力・ハラスメントへの対策を病院がどの程度講じているかをみると、相談対応等の取り組みが最も多く、回答病院の77.5%がすでに何らかの措置を講じていました。次いで発生後の迅速適切な対応等の実施は74.8%、暴力・ハラスメントに対する病院としての基本方針の明確化は72.2%の病院が取り組んでいました。

患者・家族からの暴力・ハラスメントを受けた被害者のうち52.3%の人は離職を考え、同じ職場の職員から被害を受けた場合は60.4%の人が離職を考えています。このように暴力・ハラスメント被害は離職傾向につながっています。一方で、上司・同僚から支援を受けた人は離職傾向を押しとどめていることも分かっています。

看護職員の働き方の提案と政策要望・提言の実施

実効性ある組織対応の推進やサポート体制の充実を

本会では2019年、病院および有床診療所における看護実態調査を実施し、就業継続が可能な働き方について多角的な集計・分析を行い、その結果を踏まえて2021年3月に就業継続が可能な看護職員の働き方を提案しました。この提案では就業継続の重要な要因として、①夜勤負担②時間外労働③暴力・ハラスメント④仕事のコントロール感⑤評価と処遇──の5要因をあげて、必要な対策について10項目の提案を行っています。ここでは③の暴力・ハラスメントについて説明します。

提案の1つ目は、暴力・ハラスメントに対して実効性のある組織的な対策を推進していこうということです。看護の職場で起きている様々な暴力やハラスメントに対して、個人ではなく、組織的対策が必要であることを強調しています。

取り組みとしては、組織の基本方針を明確にして、対処方針や内容を就業規則等に規定することや、基本方針を職員や患者・家族に周知啓発することをあげています。さらに相談などに対応するための体制整備等も必要です。このように取り組み例を示し、組織的対策の具現化を目指しています。

提案の2つ目が、上司・同僚、外部からのサポート体制を充実させることです。先ほども示しましたが、上司・同僚からのサポートはハラスメント被害者を癒やし、離職傾向を抑える効果があります。日頃から上司・同僚からのサポートが受けられるような組織体制の整備や、何といっても職場のコミュニケーションを活性化させ、お互いを助け合う職場風土・文化の醸成が必要であると考えています。

政策要望や啓発、公式サイトで相談窓口を開設

取り組みの2点目として、政策要望・提言を行い、カスタマーハラスメントへの対策の推進を求めています。2019年4月に厚生労働省に対し、患者・利用者から看護職員に対するハラスメント対策の強化について要望を行いました。要望事項は、以下の4点になります。

1. 改正「労働施策総合推進法」に基づく指針において、患者・家族によるハラスメントから看護職員を守るために事業主(医療機関)が講ずる対策を明確化されたい。さらに、早急に事業主にこうした対策を義務づけられたい。

2. 患者・家族によるハラスメントから看護職員を守るための対策に取り組む事業所(医療機関)を支援されたい。

3. 看護職員を含む医療従事者に対してハラスメントを行ってはならないことについて、国民への啓発を実施されたい。

4.「看護師等の人材確保の促進に関する法律」を改正し、国、自治体、事業主等が患者・家族等から看護職員へのハラスメント対策に取り組むことを明記されたい。

取り組みの3点目は、啓発です。本会のホームページに、ヘルシーワークプレイス、健全で安全な職場の周知活動の一環で、コラムを掲載しています。2018年から、これまで18回掲載していますが、そのうち9回がハラスメントについてになります。一例を紹介すると、第17回のコラムでは、組織で取り組む暴力・ハラスメント対策の重要性をコラムに掲載し、周知しています。

取り組みの4点目は、支援です。公式サイトを通じた情報発信と相談対応を積極的に行っています。看護職員のメンタルヘルス相談窓口を2022年1月に開設し、様々な相談を受けています。また動画も定期的に更新しており、最近ではコロナ禍と看護職員のメンタルヘルスの動画を掲載しています。

2020年4月以降、相談窓口に寄せられた新型コロナウイルス感染症に対応する看護職員からの相談の一例を紹介しますと、「妻が感染症指定病院で働いていることを理由に夫の会社から妻の行動履歴を求められた」「家族が看護職であることを理由に職場から休職を打診された」「汚いと言われた」などの声が寄せられています。今後も継続して、コロナ禍によるパワーハラスメントに注視していきたいと考えています。

今後も国の動向を踏まえ、ハラスメントを生まない職場づくりを目指して取り組んでいきます。

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