事例報告3 大企業における、起業という挑戦

講演者
脇 奈津子
サントリーホールディングス株式会社 未来事業開発部
株式会社一坪茶園 CEO兼CPO
SAAI Wonder Working Community コミュニティマネージャー
フォーラム名
第118回労働政策フォーラム「副業について考える」(2022年1月21日-25日)

私は入社後まず営業職へ配属、第一子出産を経てペットボトル緑茶飲料「伊右衛門」の原料茶葉の調達責任者を務めました。その後「南アルプスの天然水」のブランド担当で、水以外の新カテゴリーの製品を開発していました。そして2019年4月、原料茶葉の調達責任者時代に出会った日本茶の専門知見を持つ茶葉設計技師である永井大士氏と、副業として「一坪茶園」を創業しました。2020年にコロナ禍でテレワークになったことで、活動に加速がかかり、事業拡大を目指しました。2021年3月、テストマーケティングを実施後、7月に日本国内で立ち上げ、今に至ります。

自分にとっての転機

一坪茶園を創業した大きなきっかけは、飲料部門のブランドマネージャーになって感じた無力感でした。ブランドマネージャー時代に、南アルプスの天然水ブランドの「ナチュラルエナジードリンク」という製品を、チームで1年の開発期間を経て、2018年夏に立ち上げました。こうしたニッチな商品を育てるには、例えば冷蔵庫をスタートアップに納品し、そこで飲んでいただくなど、一定のコアなターゲットに刺さる届け方をする必要がありましたが、その必要性を社内で伝え切れませんでした。さらに、売り上げ達成が必達で新ブランドに時間をかけて育成することはできませんでした。

このとき会社内で自分がやりたいことをやり切る限界を初めて痛感し、無力感を感じました。同時期に、自ら外部のいろいろな人にコンタクトを取り、多くの刺激も受け始めていました。考え続けていましたが、悩むぐらいなら、まずは自分がやれることからやってみようと、2019年4月に個人事業主として一坪茶園を立ち上げました。同じタイミングで、サントリーでは尊敬する担当役員の後押しがあり、現在の未来事業開発部の前身部署に異動することになりました。

創業にあたっての経緯

創業に踏み切る経緯をお話しします。2018年のエナジードリンク開発から落ち着いた頃、Amazonでリコメンドされた『組織にいながら、自由に働く』(仲山進也著、日本能率協会マネジメントセンター)という本と出会い、自発的に感想文を送るなどして、著者の元楽天大学学長の仲山さんとお話をする機会をいただきました。

著書で書かれていたのは、会社組織の常識や、しがらみに絡まっていると深い水のなかに潜ってしまい、出会える人にも出会えない。一方で、組織で浮いてしまうと水面に顔が出て、価値観の合う自由人と社内外ともに出会いやすくなる、ということでした。

自分自身で感じていたことが言語化されており、衝撃を受けました。組織で浮いているからこそ、社外につながりを求めることで、価値観の合う人たちと出会う素敵な機会に恵まれました。組織にいながら自由に働くことは、私のキャリアスタイルそのものとなっていきました。

また、一坪茶園を始めるタイミングで三菱地所の関係者からコワーキング(co-working)「SAAI Wonder Working Community」のマネージャーをしてみないかというお話をいただきました。このコワーキングは、大企業に所属しながら、やりたいことを自分自身あるいは会社を通じて実現しようという人たちが集う場です。ここで出会った人たちからは、一坪茶園の事業においてたくさんの応援をいただいています。最初はゴールのイメージはなかったのですが、実際に走り始めてみた結果、いろいろなことにつながっていくことを体験しました。

9職種を回って料理研究家になった知人が、まずやってみて、最後に合うものに落ち着けばいいよと言っていました。自分が人と出会い、刺激を受け、過去のキャリアを含め、やれること「can」を考え、始めたのが一坪茶園でした。やりたいこと「will」にはすぐたどり着けない。だからこそ、自分がやることができて、なおかつ楽しい、ワクワクすることに意識を向けて、それって何だろうと立ち止まっていく。「can」から考えて行動すると、私の場合は「will」に直結しました。

だからこそ、自分がやりたいと思うことがあるなら、まずやってみる。人から誘いを受けて楽しそうならまずやってみる。やってみて違えば、その時点でやめればいい、そこから開ける世界は必ずあります。

一坪茶園の事業

自分の思いを実現していくために立ち上げた一坪茶園について、あらためて代表としてお話しします。一坪茶園は2019年4月に会員制のサービスから始まりました。年間1万円程度で一坪の茶園を会員でシェアして、春、夏、秋の季節ごとのお茶を作って送っています。

このサービスを1年回した2020年の春頃には、会員は数十人となりましたが、お茶の需要を拡大させ日本茶の未来を作るには、茶園をシェアするビジネスモデルだけでは限界があると感じ始めていました。そのタイミングで、コロナパンデミックが訪れ、オンライン上で一緒に日本茶の未来を作ろうと、強くつながる仲間が参画してくれました。メンバーは全員40歳以上、経験豊富な各職域のプロフェッショナルのプロモーション組織として活動を再開しました。

私たちのミッションは、農家と飲み手の思いをつないで、衰退の一途をたどる日本茶の未来を創ることです。この事業をやる決断をした理由は2つあります。まず、1つは原料茶葉の調達責任者時代の経験からです。出会った農家の方々は口々に自分の子どもには先がない茶業を継がせたくないと言っていました。長期買い取り契約を結び、安心して生活してもらえるように、サントリーとして出来ることを全力でやってきたものの、もっと農家の人たちが自分の仕事に誇りを持てるように、私にもやれることがあると考えました。

そして2つ目の理由は、私は幼少期から日本茶を飲む家庭に育っており、農家が作るおいしいお茶がペットボトルという便利な形というだけにとどまるのはもったいない。もっと気軽においしいものを飲めることができればいいと思ったからです。

提案するライフスタイル

事業をとおして、忙しく働き、五感が鈍り、リラックスしきれてない人たちに向けて、日本茶を楽しめるスタイルを実現していきたいと思っています。まずは、いつでもどこでもティーバックをポンと入れて飲める手軽さ、次に一坪茶園が誇る茶葉設計技師によるおいしさ、そしてマイボトルで地球にやさしいエシカルさです(シート1)。

2021年3月のテストマーケティング以降、日本の経済雑誌やテレビに取り上げられたり、東京都ベンチャー成長促進事業にも採択されたりと、注目される機会が増えました。

日本茶の将来の課題

われわれの考える課題と背景についてお話しします。シート2は、日本茶の生産量のグラフとなります。

緑色の部分は急須で飲まれる上質な日本茶で、水色の部分はペットボトルで使われる廉価な日本茶です。上質なお茶は急激な減少傾向で、20年後には消滅の可能性が示唆されており、ペットボトルのお茶は横ばいとなっています。急須で飲まれる上質な日本茶は農家の生産量の39%で、市場取引される単価が高く、農家の収入の7割を占めます(シート3)。しかし、需要がないことで単価が下落し、農家は茶業を存続できなくなっていきます。

この状況は、農家とお茶を飲む人の顔が見えず、分断されているからこそ起こってしまったと私たちは考えました。そこで考えた私たちのビジョンとミッションは、農家とお茶を飲む人のお互いの顔が見えるようにし、それらの思いをつないでいくことです(シート4)。

私たちが創るのは日本茶の未来だけではなく、大きな社会課題も解決できると考えています。

お茶の未来を創造

急須を利用した茶葉需要が激減し、廃業する日本茶農家という課題に対し、作る人と飲む人の思いをつなぎ、日本茶の未来を創ります。日本茶の水出しマイボトルをライフスタイルにすることで、農家の収入源である上質な一番茶の需要が高まり、適正価格で継続的に売買される仕組みが構築し、お茶の新たな需要を創造していきます(シート5)。

また、海外では、御縁があったアメリカのポートランドから展開を開始し、国内外ともに既存のお客様やブランドパートナーを一番大事にし、コアなファンを作ります。

そして、コアなファンを増やすために国内ではD(direct)toC(Consumer)の顧客満足を上げ、サービスを強化し、企業とその従業員との耕作放棄地の再生、次世代の担い手の創出をすべく企業ファームを推進していきます。アメリカと日本で共通するのは、茶園体験ツアーをターゲットごとにオフラインやオンラインで開催していきたいと考えています。

一坪茶園の強み

一坪茶園の強みは3つあります(シート6)。1つ目は茶葉設計技師のお茶づくりの知見、2つ目は水出しのテクノロジー、3つ目はサステナブルな生産体制です。

1つ目だけお話しします。ペットボトルの日本茶は、急須で飲まれるお茶に比べ、充填段階で熱処理されることで大幅に香味が失われます。そのため、原料選び、焙煎、ブレンドにおける知見が蓄積されています。一坪茶園では蓄積された知見を生かして、日本でも技術的に難しい、水出しでもしっかりした香りでおいしい茶葉の設計ができます。茶葉設計技師によって、お茶の原料を厳選し、それぞれ温度、時間、焙煎方法を決めて、お茶の部品を作り上げていきます。そして、それぞれの部品をブレンドすることで、求められるお茶の味、色、香りを設計できることがわれわれの強みです。

本業の経験の社会への還元

本業で得た知見や体験を自身の力にして、それを会社の枠を超えて社会に還元していくことが私の副業スタイルです。

1日の使い方は、朝の6時から9時の間に一坪茶園のミーティングや英語の勉強、日中はサントリーの仕事、夕方の6時頃から夕飯づくりを開始し、息子と一緒に食べて、夜は20時前後から21時半頃まで、日によっては仕事をしています。現在、二足のわらじを履くことの葛藤は、どちらにも本気になればなるほど大きくなります。そのなかでも2つの仕事をするメリットは、本業や副業で得た知見や人脈をそれぞれで生かせること。デメリットは、やりたいことがあり過ぎて、心身の限界まで頑張ってしまうことです。今後は、自分の気持ちや、志と対話をしながら、後悔しない道を選び取りたいと思っています。

1社で働くことは安全か

自分がやっていて、ワクワクして時間を忘れて没頭してしまうことって何だろう。ないならば、それをやっている人と一緒にやればいい。ただそれだけで一歩を踏み出すことができると私は考えています。2021年3月、一坪茶園のテストローンチをしたタイミングで『ニュータイプの時代』の著者、山口周さんとオールドタイプ、ニュータイプ、役に立つ価値や、必要な考え方などさまざまな角度からクラブハウスでお話をしました。そこで、1社で働くことは、本当に安全・安心なのかという議論になりました。

終身雇用が保証されず、コロナパンデミックで雇用や収入の先行きの見えないVUCA(Volatility:変動性、Uncertainty:不確実性、Complexity:複雑性、Ambiguity:曖昧性の4つの頭文字をとった造語)の時代、自分を守るのは自分でしかありません。社会でも活躍できる力を身につけていれば、さまざまな危険因子から自らを守り、安全・安心して過ごしていけるのではないかという結論になりました。著書のテーマでもあるオールドタイプというものは、綿密に計画したうえで実行に移すタイプで、ニュータイプとは直感に従い、すぐに行動し、駄目なら別の方法を試してみるタイプです。

ちなみに、私はその場でニュータイプと指摘を受けました。オールドタイプは計画段階で完成を目指し、失敗を避けますが、ニュータイプは計画段階では100%を目指すことはなく、動きながら柔軟に軌道修正をしていきます。オールドタイプは正解を出そうとしますが、ニュータイプは局面で問題を発見し、それに対して最善の方法を提案していきます。今の時代、経験重視のオールドタイプよりも、都度直面した課題に対峙し、学習していくニュータイプのほうが時代の荒波を乗り越えていきやすいのではないかというような話になりました。

まさにサントリーの創業者、鳥井信治郎さんの「やってみなわからしまへんで やってみなはれ」そのものだと思いました。今の時代、やってみなはれで見えてくることが必ずあります。迷ったらまずやってみることから始めていけば、ワクワクすることにきっといつか出会えると信じています。

プロフィール

脇 奈津子(わき・なつこ)

サントリーホールディングス株式会社 未来事業開発部/株式会社一坪茶園 CEO兼CPO/SAAI Wonder Working Community コミュニティマネージャー

東京都出身。2001年サントリーホールディングス(株)入社。営業部門でトップセールスを記録。出産後、「伊右衛門」の原料茶葉調達部署で新規調達ルートを開拓。その経験からメーカーにしかできないものづくりに携わるべくマーケティング部署へ異動し「南アルプス天然水」ブランドのサブカテゴリー創造を担当。現在は新規ビジネスの立上げに注力する一方で、複業として2019年に立ち上げた、株式会社一坪茶園CEO兼CPOを務める。

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