事例報告 実態調査にみるアニメ制作従事者の働き方

講演者
桶田 大介
一般社団法人日本アニメーター・演出協会 監事、弁護士
フォーラム名
第112回労働政策フォーラム「アニメーターの職場から考えるフリーランサーの働き方」(2020年12月15日)

1.JAniCAとは

日本アニメーター・演出協会(JAniCA、Japan Animation Creators Association)は、アニメーターや演出のほか、制作進行、美術背景など、アニメ制作を専ら業として従事する個人・フリーランスなどによって構成される団体です(シート1)。現状、正会員としてアニメーターおよび演出が1,173人おり、そのほかの関係者を含めると、およそ1,600人強の会員が加盟しています。

本日ご報告する実態調査は2019年に公表したものです。実施期間は2018年11月~12月で、有効回答数は382でした。なお、アニメ業界に関する同種の調査としては、われわれが把握する限り、直近のものを含めて2005年、2009年、2015年、そして2019年報告と4回行われています。直近3回については、全てJAniCAが実施しており、そのうち直近2回は文化庁の支援などもいただきながら実施しています。

2.アニメ業界の範囲

そもそもアニメ業界とはどの範囲を言うのかという点について、簡単に説明したいと思います。今からお話しするのは「作品制作」で、実際にアニメーションという映像作品をつくる人、また、それに関連する人たちの働き方についてですが、一般的にアニメ業界と言った場合には、シート2にあるように、その作られたアニメーションを利用するような人たち、一般的には製作委員会というものを構成する企業で働く人たちが主になります。さらには、今、『鬼滅の刃』という作品が大ヒットしており、関連する様々なものを町で見かけない日がないといったような状況にありますが、その商品の許諾を受けたライセンスの先で行われているビジネスも、広い意味ではアニメ業界と言えなくはありません。

さらに言えば、コミックマーケットなどに代表されるような同人誌即売会やコスプレなど、アニメを楽しむユーザーやそのユーザーのニーズを満たすような業界もありますので、アニメ業界というのは広い概念だということを念頭に置いていただければと思います。

3.アニメ制作の取引関係

アニメ制作の個人の取引関係はどうなっているのか。シート3および4がその資料です。今日はここがポイントではないのでごく簡単に説明しますが、かつて明治製菓をスポンサーとして『鉄腕アトム』が作られたように、テレビ局と広告代理店が広告料を元にアニメ制作をするということが一般的でした。1980年代、90年代頃からは、アニメでビジネスをする人たちがお金を出し合って製作委員会を構成し、アニメ制作会社に発注をして、制作会社との契約に基づいてフリーランスが働くということが一般的になっています。

なお、業界の全体動向としては、2016年頃からネットフリックスやアマゾンプライム、中国の配信会社など、外国の需要が非常に高く伸びており、劇場用作品が活況になったこととも合わせて、アニメ業界としては、今、拡大基調にあります。

製作委員会もしくはテレビ局などから制作会社に対して発注がされますが、一つの制作会社が作品の全てを自社のみで作りきるということは通常ありません。他の制作会社、美術背景を描く会社やCG会社にも発注をし、そこからさらに個人に対して発注がかかる。さらには、他の制作会社に対して「丸ごと何話と何話を作ってください」というようなことでグロス請けを出す。そこからさらに下請けが出ていくという多分岐・多層構造になっています。

アニメ制作会社の数は、正確な統計はありませんが、今、国内に恐らく400社程度あるのではないかと言われています。そこと契約をして働いている個人の事業主、フリーランスは、これも正確な統計がありませんが、恐らく数千人以上程度いるのではないかと言われています。

4.アニメ制作のタイムライン

アニメ制作はどのような時間軸で行われるのかについてご説明します。いわゆるアニメを作るぞと企画をして、実際にお金を出す人を集めて、そのうえで製作委員会を構成し、出資金を集めてそれを原資にアニメを作ってもらって、利用する。このような製作全体は、およそ3年程度のタイムラインで流れていくのが一般的です(シート5)。これに対して、今日の本論になりますが、実際にそれを作る制作では、2年程度のスパンで行われているのが一般的だと思います。

5.アニメ制作のフロー

アニメ制作のフローは、大きく分けて、まず「プリプロ(プリプロダクション)」と呼ばれる10人程度の小人数のチームで作品の根幹である設計図を作る作業の段階があります。それに続き、「プロダクション」と呼ばれる設計図を元にして個別の映像を作っていく段階があり、さらに、そのできあがった映像に音をつけたり、アフレコをして声を入れるなどの「ポスプロ(ポストプロダクション)」という後工程があります。

人手を多く要するのは「プロダクション」の段階で、とりわけレイアウトから原画、動画にかけてです。いわゆる動画という原画を書いた以降の1枚1枚の止め絵を書く工程、そして、それに色を塗る工程(この彩色のことを仕上げと言います)の作業に関しては、現状、中国や韓国などに8割程度が外注に出されているのではないかと言われています。

また、レイアウトを含めた原画や動画という工程に関しては、いわゆるテレビシリーズの1話当たり、30分ものでおよそ200カットから400カットという単位となります。これは1話当たり、だいたい数人から20人程度が従事しないと作りきれない量です。動画では、原画を元に1枚1枚の動きを作っていきますが、およそ30分の番組に対して、数千枚から1万枚を超える程度の枚数が発生します。これを月の動画作業者の生産数で割ると、およそ1話当たり数十人程度の動画作業者が関わらないと完成しないということになります。

6.平均年収

どのような働き手で構成されているのか説明します。シート6は、2015年調査結果報告(2014年調査)と、2019年調査結果報告(2018年調査)を比較したものです。2015年報告では、20歳から24歳が121万円(年収)となっているのが分かるかと思います。一時巷を沸かせたアニメーター悲惨物語のような月10万円しかもらえていないという話は、業界に入りたてのまだ技能が十分でないような人たちに対する評価だったということが分かるかと思います。

ただ、当時においても、グラフのオレンジの線が全産業平均、青色の棒グラフがアニメ業界における実態調査平均ですが、およそ40歳代になると全産業平均と見劣りしないようになってきて、高年齢になってくるとむしろ上回るというような結果が出ています。

また、2019年報告に目を移すと、2015年報告と比べて全体平均でプラス33%となっており、20代の前半では、155万円と増加傾向にあることが分かります。

では、それは手放しで良いことなのかと言うと、シート7を見てください。2014年調査と2018年調査を比較すると、2014年は平均経験年数が約11.5年だったのが、2018年は16.3年で、4.8年ほど増えています。調査回答数は2014年調査が700強、2018年が300強で、どちらも統計的に比較的有意な数字ではないかと思っていますが、にも関わらずプラス4.8年という大きな経験年数の増加が起きているのは、結局、新しく入ってきた人がなかなか定着しない、それによって全体の年齢がぐっと上がっているということを意味しているのではないかと思っています。

特徴的なのは、経験年数10年から15年を超えたあたりは男性のほうが圧倒的に多いのに対して、10年未満は女性が圧倒的に多い。最近、現場でも若い人では女性が非常に多く、そうした人たちが現場を支えていると言えます。なお、余談ですが、今、アニメ業界で最も大きな母集団となっている年齢層は50歳代後半から60歳過ぎぐらいの男性だろうと言われています。いわゆる団塊の世代の谷間に当たるのですが、なぜそこが多いのかということの俗説として、『エヴァンゲリオン』の監督である庵野秀明さんなど、『宇宙戦艦ヤマト』やその前後のヒット作に触発されて業界に入ったからではないかと言われています。

7.アニメ制作の職種

アニメ制作の職種についてご説明します。シート8の下が、絵を描く作業者で、上のほうは、絵を描くのではなく、事務的な作業者や、脚本を書く作業者です。一般的には、アニメーターとは絵を描く人と想像されると思います。実際、皆さんが映像を見たときに目にする描線そのものを描く作業者として「動画」職があり、アニメーターのキャリアとしては、動画から入っていくのが普通です。「動画」職では先輩の書いたものを手本にしながら、いろいろなパターンを学べるので、ここから入ることが多い。

その後、人によりますが、「原画」になったり、さらには原画の調子全体を統一する「作画監督」という監督的な役割になったり、小説であれば1から造形を作り、漫画であれば漫画の描線をどのようにアニメーションに置き換えて翻訳するのかといったような作業を行う「キャラクターデザイン」、さらには「監督」になっていくというのが一般的なキャリアパスとなっています。

他方、「制作進行」というのは全体の進行・工程の管理を行う職種です。まず若い頃にいろいろなものを学んだうえで、全体統括をするような「デスク」や「ラインプロデューサー」、「プロデューサー」になっていきます。あるいは、そこから脚本を制作する「文芸」や「シリーズ構成」などになる。もう少しクリエイティブに近いところとしては、全体の各話ごとにどういう演出プランを作るのかを決める「演出」や、「監督」になるというキャリアパスが一般的だと言われています。

8.職業別の就業形態

就業形態は、どの職種に関しても、フリーランス・自営業が圧倒的に多いです。ただ、同時に、撮影、プロデューサーや制作進行などは、雇用関係、正社員、自社の役員といった人が多くなっています。ですので、一言にアニメーターと言っても、職種によって働き方は様々で、一概に全部こうだとはなかなか言いきれません。

また、働き方別の人数分布を見ると、やはり「原画」の人数が多くなっています。ただ、あるAという人が原画をやったからといって、他のことをしないのかというと、別にそういうわけではありません。作品や会社ごとに、様々職種と役割は変わっていきますので、原画をやっている人が時に作画監督をやったり、監督を一度やったのだけれども、その後、知り合いの作品でまた原画をやったりということも普通にあります。

9.就業形態と就業場所

就業形態と就業場所についてはシート9に記載のとおりです。およそ8割がフリーランス・自営業で、就業場所については制作会社が約7割、自宅が約3割となっています。これは逆ではないかと思われるかもしれませんが、実際には作業場所をスタジオが提供していて、いつ出入りをしてもいいのだけれども、作業はもっぱらスタジオでやるというケースが多い。コロナ禍で、緊急事態宣言の最中は自宅作業がかなり増えたと聞いていますが、やはりそれではなかなか作業が進まないということもあり、元に戻りつつあると聞いています。

平均作業時間については、長く働いているのではないかと言われますが、平均で1日当たり10時間を割る程度、中央値としても10時間程度となっています(シート10)。1カ月当たりの作業時間で見ると、休日が少ないということもあり、中央値、平均値ともかなり多めになっています。

作業の開始と終了時刻については、開始は10時ぐらいが最も多く、昼過ぎにかけても多くなっています。終了は、夜8時から日付が変わるぐらいまでが多くなっています。休日は、週休2日を取れている人はあまりいません。

10.就業動機と今後

ではなぜ、そんな環境でも働いているのかという、動機と今後の仕事の計画に関してです。当然ながら、職業ですので、「お金を得るため」(70.2%)ということではありますが、やはり「この仕事が楽しいから」(68.6%)や「自分の才能や能力を発揮するため」(45.8%)が動機の上位に来ています。

今後の仕事の計画については、やはり「働ける限り、アニメーション制作者として仕事を続けたい」(63.4%)が圧倒的に多く、モチベーションが高い人たちが多いということが分かります。

他方、契約はどうなっているのか。シート11を見ると、そもそも「説明はなかった」が36%を占めており、残念ながら、比較的その辺はルーズな業界だと言わざるを得ないのかなと思います。これを映すように、仕事での契約書の取り交わし状況を見ても、「必ず契約書を取り交わしている」は約14%にとどまっており、「時々取り交わしている」を加えても半分に届かない。これの理由としては、やはりアニメ制作の取引に固有の事情があるのではないかと思っているところです。

11.製作・制作の課題

どういうことが製作・制作の課題であるのかを見ていくと、発注者の立場としては、映像ビジネスは一般論としてリスクが高い。儲かるものもあるけれども、その分はこれまで損した分とこれからの投資に回るとか、フリーランスが多い制作者と直接契約関係にないので、利益配分が難しいというような話も聞きます。

他方、直接フリーランスを雇う、もしくは、契約を結ぶ立場になる制作会社の立場では、繁閑の差が大きくて、作品を作っているときにはいっぱい人手がいるけれど、作っていないときは人を抱える余裕がない。また、フリーランスが主ということは、結局、人材育成に投資をしても人が出ていってしまうので、人材育成に関する投資効率が悪く、なかなか投資しようと思えない。また、良い作品や人材を輩出しても、必ずしもそれらによって直接、経済的利益は得られないので、なかなか経営が厳しいというような話があります。ただ、最近は全体としては活況ですので、一部の儲かっている制作会社に関しては、社員化と囲い込みが進みつつあります。また、テレビ局やメーカー、外資などが盛んに買収や出資などを行っているところです。

12.働き方に関する固有の課題

最後に、アニメ制作に関する働き方に関する固有の課題について述べます。2億円強のプロジェクトに対して延べ200人ぐらいが関わり、多品種少量で毎度メンバーも違うことから、非常に関与人数が多い。また、テレビアニメーションというのは、毎週放送していく関係上、A班からD班とかE班まで、4、5班が1話、2話、3話、4話というのを同時並行で作っていきます。1話の制作が終わると、5話や6話の制作に入るという格好で、同時並行で多重かつ工程が進んでいきます。

また、フリーランスが8割で、延べ人数が多いということは、1人当たりの作業量は、1作品について言うと少ない。結果として、個人たちが複数の作品に同時で掛け持ちをするのが一般的であり、どこかで進行に遅れが生じると他に影響を与える。発注者と受注者のどちらも自らに直接的な落ち度がなくとも、他のプロジェクトの影響が波及してしまうので、スケジュールや発注の変更が多く生じます。そのため、どうしても固定的とならざるを得ない従来一般的な契約関係は、トランザクションコストの関係で恐らく難しいのではないかと思われます。

非定量的な作業内容という課題もあります。分かりにくい部分だと思いますが、高い技能を有している人なら1時間で済むような作業が、そうでない人になると100時間かかってもできない、また、技能の物差しも一筋縄ではいかないので、人物の芝居は上手だけれどもエフェクトが描けないとか、エフェクトはすごくうまいけれども人物は描けないとか、様々な評価軸があり単一の評価が難しいという面があります。

このようにアニメ制作現場においては、フリーランスが主体で、多品種少量で多層構造のなかで群れを作って仕事をしているような格好となっているのが実態です。今日ご紹介した実態調査の報告書は無償で公開していますので、詳細について御関心をお持ちいただいた方は、JAniCAのHPをどうぞご参照ください。

プロフィール

桶田 大介(おけだ・だいすけ)

弁護士(シティライツ法律事務所、東京弁護士会)・日本アニメーター・演出協会 監事

2002年一橋大学法学部卒業、2010年ロンドン大学クィーンメアリー校ロースクール修士課程修了。専門はアニメーション及び出版等に関する企業法務。日本アニメーター・演出協会 監事(2008年~)ほか、NGO/NPOの活動支援や政治及び/又は行政との連携によるプロジェクトマネジメントや社外役員等、国内外で多数の経験を有する。

GET Adobe Acrobat Reader新しいウィンドウ PDF形式のファイルをご覧になるためにはAdobe Acrobat Readerが必要です。バナーのリンク先から最新版をダウンロードしてご利用ください(無償)。