特別報告 ドイツにおける労働&福祉政策実施の現状
──「良き労働」プログラムとその実現

講演者
Franz Josef Düwell
コンスタンツ大学 名誉教授,
元ドイツ連邦労働裁判所 裁判官/独日労働法協会 会長
フォーラム名
第105回労働政策フォーラム「労働時間・働き方の日独比較」(2019年9月30日)

私は、ドイツで施行された「良き労働」プログラムがどのようにできたのか、その経緯と実施についてお話ししたいと思います。

2018年2月7日、ドイツキリスト教民主同盟(CDU)、キリスト教社会同盟(CSU)、ドイツ社会民主党(SPD)の3党の代表が、第4次大連立構築に関する連立協定構想に合意しました。この協定には、「欧州の新たな出発。ドイツの新たなダイナミクス」というタイトルがつけられています。

その後、CDU/CSU連合党委員会とSPD党員の投票により、協定締結が承認されたことを受け、同年3月12日に正式署名が行われました。協定の第5章「良き労働、大きな安心および社会参加の確保」のなかの、「良き労働」条項において、第19次連邦議会(被選)期間に実施する政策のロードマップが記載されています。ここでの「良き労働」は、幅広い負担軽減と、社会参加の確保を目指しています。

「ブリッジ・パートタイム」の導入

取り組みの一つ目は、「ブリッジ・パートタイム」の導入です。2018年4月17日に、「パートタイム権利の強化に関する法律」のための素案が提出されました。また、同年12月21日には、新規定「ブリッジ・パートタイム法」が発効されました。

実は、この前の第18次連邦議会期間においても、パートタイム労働の取り組みは行われていました。しかし、ドイツキリスト教民主同盟(CDU)やキリスト教社会同盟(CSU)の反対があり頓挫してしまいました。その当時、フルタイムへの復帰を掲げていたことから、今回の新しいプログラムでは、一つの橋を架けるような形で、フルタイムに戻るための橋、すなわち「ブリッジ・パートタイム」という言葉が作られました。

フルタイムで働く人のなかには、育児や介護等で短時間勤務期間を必要とする人もいます。ブリッジ・パートタイムは、事前に希望した制限期間内(1年以上、最長5年間)に短時間勤務を行った後、再びフルタイムに復帰する方法です。この権利は、原則45人以上の従業員を雇用する企業で、被用者と6カ月以上の雇用関係があることが前提となります。

導入の目的は、仕事と個人生活のより良い両立を目指すことで、最近では男性にも、この働き方が大変よく受け入れられています。また、ブリッジ・パートタイムは、元々の労働時間に戻すことが可能なので、1度パートタイムになったらフルタイムに戻れない、いわゆる「パートタイムの罠」が発生しないことも特徴的です。

長期失業者の再就労

二つ目の取り組みは、「参加機会法」の制定と雇用促進制度の導入です。ドイツでは、長期失業が大きな問題になっていることから、15万人のパートタイマーを再び労働市場に戻すことを目標にしています。そこで、2019年1月1日に、社会法典第2編の改正に関する第10法律「一般及び社会的労働市場における長期失業者の新規就労機会の確立に関する法律」、いわゆる「参加機会法」を発効しました。ここで、「労働市場への参加」条項が設けられ、雇用促進制度を導入しています。

この制度では、主に2年以上失業していた人を対象に、雇用1年目に給料の75%、2年目に50%の助成金を給付することが定められています。ただし、通常の標準的な雇用契約が締結されていることが前提となります。

統計を見ると、その重要性もよくわかります(シート)。全体的に失業率は低下していますが、長期失業者はなかなか減らず、制度開始当初は81万3,000人いました。現在は、17万2,000人まで減少し、当時の15万人という目標に近い数まで長期失業者の数を減らしています。

継続的職業教育の推進

三つ目は、職業訓練資格の取得です。「労働4.0」と言われるもので、デジタル化、IoT化に向けてのさまざまな教育訓練を締結することが盛り込まれ、企業などの職業訓練を推進するためのプログラムです。

2019年1月1日に発効した資格取得機会法では、雇用主は従業員を継続的に教育するものとし、連邦労働局は教育の際に発生する費用の全部あるいは一部を負担し、給料助成金を給付することとしています。この助成金は、業務関連で必要となる様々なスキル、能力の習得に対して給付されます。職業教育訓練は、事業所内外のどちらでも受けることが可能ですが、最低160時間以上にわたって実施されることが前提になります。

対象者は、デジタル化などの新しい技術による配置転換の可能性がある従業員や、その他のリストラ影響を受ける従業員です。また、介護職など、大きな労働力不足が生じているボトルネック業種などもその対象になります。

モバイルワーク、ホームオフィスの権利保護

四つ目は、モバイルワーク、ホームオフィス(在宅勤務)の推進です。連立政権は、モバイルワークを推進するために、労働法、社会法といった法的な枠組みの整備を予定しています。具体的な内容としては、雇用主に対する拒否事由開示請求権を従業員に付与することなどが盛り込まれています。また、ドイツでは被用者の約80%が通常、あるいは時折ホームオフィスを行っており、自営業者の多くも自宅で仕事をしています。使用者、被用者、そして準被用者的存在であるホームオフィスにおいても、この権利を保護する法的な安定性を目指すことは一つの重要なポイントだと考えています。

これは2020年の初頭に実現する予定です。「モバイルワークおよびホームオフィスの権利」を、パートタイム法や有期契約法と同様に規定する計画を立てています。2016年にエッセンで行われた第71回ドイツ法律家会議では、法専門家による検討もされました。

「明日の労働」法の策定に向けて

今後、ドイツでは「明日の労働」法という法律が策定されます。これは全部で三つに分かれており、2019年10月、2020年1月、同年7月と順次策定される予定です。

まず、「明日の労働」法Ⅰでは、変容助成について言及されます。資格取得機会法をさらに拡張し、前提条件を満たせば、使用者、被用者への助成金を増やすことを考えています。また、企業で構造転換などにより事業所等の一部を閉鎖する場合に、使用者に助成金を与えて従業員の継続的な教育期間を保証するパースペクティブ資格取得についても言及されます。事業所閉鎖に見舞われた従業員が、ほかの企業に移行できるように時短手当の給付を延長する移転時短手当の拡充も盛り込んでいます。

次に、「明日の労働」法Ⅱでは、客観的事由のない有期労働契約の制限について言及されます。この制度は既に「良き労働」プログラムにおいても定められており、従業員が75人を超える企業では、全従業員の最大2.5%について、客観的事由のない有期労働契約が認容されています。その期間は1人18カ月までとし、期間延長は1回まで、合計期間5年を上限としており、使用者に対して大きなインセンティブを設けています。これをより厳格化し、有期労働契約がチェーンのようにつながり、15年、20年と継続する状態の改善を図ります。他にも、モバイルワークやホームオフィスの規定を確立することや、1日の労働時間と勤務間インターバル休息時間を、規制緩和ではなくフレキシブルにする項目を労働協約に設け、労働者に自由度を提供することも盛り込んでおり、注目されます。

最後に、「明日の労働」法Ⅲでは、EUレベルの指令や国内法に点在している就労情報保護に関する規制を一つの特別法にまとめ、わかりやすくすることが考えられています。そして、労働協約の一般義務条項を簡素化するということ、それによって労働協約のインセンティブを与えることを盛り込んでいます。

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