問題提起 誤解の多い働き方改革──残業依存体質の解消が鍵

講演者
佐藤 博樹
中央大学大学院戦略経営研究科 教授
フォーラム名
第105回労働政策フォーラム「労働時間・働き方の日独比較」(2019年9月30日)

現在、日本の働き方を変えるため、様々な法律が施行されています。それに伴い、各企業でも様々な施策が進められていますが、そもそも、働き方改革というものを誤解している企業も多いと思います。働き方改革の目的は何か、どう進めたら良いか。特に、社員一人ひとりの生活のあり方を変えていくことが大事になってきます。

「働く時間の制約」の落とし穴

働き方改革を推進する背景には、長時間労働の問題があります。長時間労働は、企業にとっては多様な人材活用の阻害、個人にとっては生活の質の低下、社会にとっては少子化の進展や女性の就業継続の阻害などを引き起こします(シート1)。そこで、働き方改革に取り組む際には、単に残業を削減するのではなく、創造性を阻害するような働き方を変えることや多様な人材を活用できるようにすること、生活の質を高めることが重要になります。また、長時間労働は、ビジネスモデルや管理職のマネジメント、社員一人ひとりの仕事や生活への考え方などに原因があり、広い視野を持って改善していく必要があります(シート2)。

しかし、多くの企業の働き方改革の現状を見ると、コンプライアンスが重視され、長時間労働を解消するための取り組みが主になっています。その結果、本来行うべきである、働き方を変えるところまで進んでいません。

例えば、ある大企業では、社員が月40時間の残業をしていたところ、働き方改革を進めた結果、残業が20時間程になりました。どんな働き方改革をやったかというと、20時以降は残業を禁止にしたり、水曜日を定時退社にしたりと、働く時間に制約を課す方法でした。その後、社員の仕事満足度を調べたところ、管理職からは、仕事が増えたという回答がありました。部下に早く帰るよう言う代わりに、管理職が仕事をカバーしないといけない状況になってしまったためです。仕事の仕方を変えずに残業だけを禁止したことで、このようなことが起きてしまったと言えます。

多様な人材活躍と質の高い仕事を目指して

管理職は企業から、部下をしっかり育成しろ、と言われます。しかし、管理職からすると、昔は働く時間に制約がないなかで様々な仕事を経験しながら成長してきたわけですが、今は、時間に制約があるなかで部下を育成しなければならないため、どう育成したら良いかわからないと感じています。また、中堅社員には、残業代が減ったことを不満に感じる意見もあります。また、良い仕事をしたいのに、所定労働時間内ではいい仕事ができない、さらに残業削減で得をしたのは会社だけではないかと考える人もいます。若手社員のなかには、早く仕事を覚えて一人前になりたいので、職場に残って仕事をしたいという人もいます。企業は良かれと思って働き方改革を進めていますが、社員からすると、それは自分たちにとって意味があるのか、十分に理解できていない状況が起こっています。

働き方改革は、コンプライアンス上も、生産性を高めるためにも、多様な人材が活躍できるためにも、企業として進めることは大事だと思います。他方で、社員一人ひとりがそのことを理解し、今の働き方を変えることが自分の生活を豊かにすることにつながると思ってもらうことが必要だと考えます。長時間労働の解消も大事ですが、本来、働き方改革で目指すべきは、多様な人材が活躍できるようにすることと、質の高い仕事をすることです。時間あたりのパフォーマンスを上げて、質の高い仕事ができるように、働き方を変えることがとても大事だと思います。

長時間労働が評価される職場風土の改善

それにはまず、職場風土を変えることが重要になってきます。日本の職場には、まだ長時間働くことを評価する職場風土が残っています。例えば、管理職がAさんとBさんの2人の部下の働き方を評価するときに、能力や仕事上の貢献を見たところ、両者ともB+評価が妥当だとします。しかし管理職は、Aさんはいつも無理を聞いて、急な残業にも対応してくれるので、本来はB+評価で良いところをA評価にしてしまうといったことが起きがちです。

今の管理職は、時間をかけた働き方が評価されて管理職になった世代です。そのため、人事から、時間をかけた働き方を評価するのではなく、1時間あたりどの程度良い仕事をしたかで見るように言われても、実際に評価する場面では、時間をかけた働き方をしてくれる部下を評価するということが起きてしまうのです。

シート3は、ある企業の実際の人事考課データで、課長一歩手前の、時間管理されている主任についての評価結果です。横軸が評価結果で、縦軸は月の残業時間を示しています。評価結果が良い主任ほど、月に45時間以上残業する割合が高くなっています。

この結果には2通りの解釈ができます。一つは、評価が高い人ほど仕事に対する能力、貢献度が高いが、そうした人に多くの仕事が割り振られる結果、残業が多くなるという解釈です。もう一つは、無理を聞いて残業に対応する点を評価されて、本来はB+評価であるべき人がA評価になっているとの解釈です。このデータを作成してくれた企業の人事担当者は、残念ながら後者の解釈が妥当だろうと話していました。こうした時間をかけた働き方を評価する職場風土を解消しないと、本当の意味で働き方改革は定着しないと考えます。

つまり、働き方改革を実現するためには、職場の管理職のマネジメントの仕方を見直すことが重要になります。多様な人材が活躍でき、質の高い仕事をしてもらうためには、単に時間をかけた働き方ができるからといって評価してしまうと、例えば短時間勤務の女性が活躍できるのか、といった問題も生じます。そこを変えていかなければいけません。

ここで難しいのは、管理職自身にとっては、これまでの自分の働き方を否定しないといけなくなることです。自分と違う価値観を持った部下に、意欲的に働いてもらうようなマネジメントをしていくためには、そのことが非常に重要です。

社員一人ひとりが自分の生活を豊かにするために

生活改革も重要です(シート4)。社員のなかには、早く帰ってもやることがないという人もいます。例えば、小学校3年生の子どもをもつ父親で、月の残業時間が40時間から20時間になり、毎日1時間残業するとします。9時から18時までが、所定労働時間8時間と昼休み1時間で、通勤に片道1時間を要する場合、1時間残業して19時に退社すると、家に着くのは20時過ぎになり、子どもと一緒にご飯を食べるのは厳しくなります。そうすると、遅くても19時に家に帰らないと、平日に子どもと一緒にご飯を食べることはできません。

残業時間が40時間から20時間に短くなったことは確かに大事ですが、月20時間に残業が削減されたことで、社員一人ひとりの生活が豊かになるかというと、月40時間の残業時間の時と生活は変わらないのです。働き方改革を生活改革につなげるためには、例えば、残業ゼロの日を設けて19時前に家に帰る、残業する日は21時過ぎまで仕事をするなど、メリハリのある働き方をすることが大事だと思います。そのためには、社員一人ひとりが選択して、自分の生活を豊かにするための働き方改革はどういうものかを考えていくことも必要です。そして会社としては、社員が自分の生活を豊かにできるように、働き方を選択できるようにしていくことが必要だと思います。

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